完売のスタジアム。近年にない盛り上がりとなったNPC(NZ国内州代表選手権)の決勝は、まさに熱気に包まれる一戦となった。
10月25日(土)の午後、数日前にカンタベリー地区を含む南島で被害をもたらした強風の余韻が残るクライストチャーチ。南島決戦となった決勝は、ホームのカンタベリーが36-28でオタゴを下し、2017年以来8年ぶりに王者に返り咲いた。
カンタベリー代表の一員として、三宅 駿(みやけ・しゅん)も決勝の大舞台に立った。後半途中から出場し、優勝の瞬間をピッチで味わった。昨年はウエリントン代表で紙森陽太(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)が優勝を経験しており、2年連続で日本人選手がNPC決勝に出場した。

◆例年以上に注目を集めた決勝の背景。
今年のNPC決勝が大きな注目を集めたのには、いくつかの理由がある。
まず、プレーオフ進出チームの行方が最終節まで分からないほど、それぞれの実力が拮抗していたこと。そして何より、長年低迷していたオタゴ代表が今季「覚醒」し、2005年以来20年ぶりに決勝進出を果たして多くの人を驚かせた。もし優勝となれば1998年以来、実に27年ぶりのこと。このストーリーがファンの心を掴んだ。

「オタゴ27年ぶりの優勝なるか」という期待は地元ダニーデンを中心にNZ国内を駆け巡り、メディア、ラグビーファンの間で大きな話題となった。
1998年にワイカトを49-20で破った当時の優勝メンバーには、前日本代表のアシスタントコーチで現スプリングボックスのアシスタントコーチのSOトニー・ブラウンや、現在は解説者、ラグビー番組などのメディアで活躍するWTB/FBジェフ・ウィルソンなど、多くのオールブラックスのスターたちが名を連ねていた。
当時の映像や写真がSNS上で拡散されることで注目度は加速し、チケットは異例の「完売」。近年のNPCでは見られなかった熱狂が蘇った。
◆激しいコリジョンで幕を開けた前半。
強風が少し残る天候下、スタジアムにはカンタベリーのレッド&ブラック、オタゴのブルー&ゴールドに身を包んだファンが詰めかけた。
20年以上前のNPC黄金期を思わせる雰囲気のなか選手たちが入場。国歌斉唱で一瞬穏やかな空気が流れたものの、直後には再び熱気が爆発した。ホームの声をのみ込むほどのオタゴの勢い。スタジアムは、まるでニュートラルの地のような雰囲気に包まれた。

試合は序盤から激しいコリジョン戦が繰り広げられた。5分、オタゴはNO8クリスチャン・リオウィリーの見事なオフロードから9番ディオン・プレジャーが大きくゲインし、12番トーマス・ウマガ・ジェンセンが先制トライを挙げた(7–0)。
しかし、カンタベリーもすぐに12番ダラス・マクロードがトライを返す(8分)。その後も互いに譲らぬ攻防を展開し、前半は2トライずつ。14–10とオタゴがリードして折り返した。
◆後半、地力を見せたカンタベリーが逆転勝利。
ハーフタイムには、恒例のマスコットレースがおこなわれ、各州代表のマスコットが100メートル競走で観客を沸かせた。
そして後半、風上に立ったカンタベリーがギアを上げる。45分、相手の乱れたラインアウトを突いてトライを奪って逆転(17–14)。その後も攻撃の手を緩めずトライラインを2回越え、58分には31–14と突き放した。
オタゴも粘りを見せた。62分にボールを大きく動かしカンタベリーのディフェンスを揺さぶり、1トライを返して10点差まで詰め寄る。しかし、レギュラーシーズンでは残り20分で15点差をひっくり返され、逆転負けを喫した教訓を生かしたカンタベリーが69分に追加のトライ。その時点で勝負あり、となった(36–21)。
残り3分でオタゴがトライを返すも時すでに遅し。最終スコア36-28でカンタベリーが見事な勝利を得た。リベンジを果たし、8年ぶりにNZ国内王者へと返り咲いた。

◆キャプテン、クリスティーのリーダーシップ。
試合直後、勝者のカンタベリーのキャプテン、FLトム・クリスティーは観客に向けて雄叫びを上げた。チーム全員と喜びを分かち合い、熱い抱擁を交わしながら感情を全身で表現。8年ぶりの優勝に、スタジアム全体が歓喜に包まれた。
優勝セレモニーでクリスティーは「4年前に、私たちは夢を持っていた。タイトルを獲得するだけでなく、スタンドを満員にすることだ。そして今日クライストチャーチはそれを証明した。信じられない雰囲気だ。私たちのファンの皆さんが、試合に駆け付けてくれたおかげです」と、最初にファンに感謝を伝えた。近年観客減が激しいNPCだけに、最高の雰囲気でプレーできたことに興奮している様子だった。
シーズンを通して素晴らしいパフォーマンスをしたクリスティーは、プレーオフに入ってからギアを上げた。渾身のタックル、身体を張ったブレイクダウンでは何度もジャッカル(スティール)でピンチを救った。決勝でもそのパフォーマンスを継続し、チームの皆があとを追った。

当初のキャプテン、NO8カレン・グレイスの大怪我により、キャプテンを引き継いだクリスティーの存在はチームに安定感をもたらし、優勝を勝ち取った最大の原動力となった。
決勝後まもなくして、ニューカッスル(イングランド)に移籍するが、今の実力ならオールブラックスに匹敵する実力と言われているだけに、ニュージーランド(以下、NZ)を去るのが惜しまれる。
◆決勝出場の三宅駿とザッグ・ギャラハーは、まもなくリーグワンへ。
10月22日のメンバー発表では名前がなかった三宅。しかし決勝当日、ベンチ入りを果たした。
終盤にピッチへ送り出されると、積極的に声を張り上げ、ボールを持てば前へ。ここ2試合は、数分での出場で歯がゆい思いをしていたが、決勝はそれより長くプレー。フルタイムの笛が鳴った瞬間の笑顔は、これまで見せたどんな表情よりも晴れやかだった。
試合後の第一声は、「勝てて良かったです」とほっとした様子。「今季はあまり試合時間はありませんでしたが、周りを見たらオールブラックス2人とオールブラックスXVの選手5人くらいに囲まれて、他にもスーパーラグビー経験者ばかりなので学ぶことは多かった。チームの仲間はみんな良い人だったので楽しかったです」とシーズンを振り返った。
NPC終了後、三宅は日本でのプレーを選択。「(日本でのプレーに向けて)気持ちを切り替えて、もっと試合時間を増やせたらと思っています」と語る。
NZの永住権取得の関係で、ビザが正式に確定する2年間は、1年のうち半年はNZに滞在する必要があるため、リーグワンのシーズンが終わったらNZに半年間は戻ってくることになるようだ。
「来年ニュージーランドに戻ってきた時、カンタベリーでのプレーがあるかどうかまだ分からないけど」と前置きしたうえで、「リーグワンで良いパフォーマンスをして、こっち(NZ)のチームに見てもらえればと思っています」。近年レベルが上がっている日本のリーグワンでプレーする選択には、そのような意向もあった。

10月27日には三菱乗降相模原ダイナボアーズへの加入が発表された。クラブラグビーだけでなく、NPCでも見せたゴール前でディフェンスを切り裂いてトライを取る勝負強さをリーグワンでも発揮されることが期待される。
もう一人、NPC王者カンタベリーからリーグワンに加入するのがザック・ギャラハーだ。LO/FLで今季大活躍。NPC終了後にトヨタヴェルブリッツに合流する予定で、「新しい環境に挑戦することを楽しみにしている」と笑顔で話す。
今季のカンタベリーではLOではなく、ブラインドサイド・フランカー(6番)でプレーした。「私はこれまでほとんどロックでプレーしてきて、そこが慣れ親しんだポジションではあるけど、6番でのプレーもとても楽しんでいるよ。今季はチームの6番をやる選手に怪我人が何人か出たので(フランカーを)やる事になった。(ロックよりも)スペースがあり楽しんでいるよ。どちらのポジションも好きだけど、良い変化だと思っている」と語った。
日本では「どちらでプレーしてもハッピーだよ、コーチがどこのポジションを指名してくるかによるけど」と話している。
今季のギャラハーは6番という慣れないポジションでの出場も多かったが、3トライを挙げる試合もあり、ボールキャリーでの存在感を存分に見せた。NPCでも高いパフォーマンスを毎試合発揮し、NZ国内でも評価を上げた。日本ではポジションがどうなるのか、注目される。
◆カンタベリー代表、アポロプロジェクツ・スタジアムで有終の美。
キャプテンのクリスティー、ギャラハーらがチームを去ることに加え、カンタベリーが14年間本拠地として使用してきた「アポロプロジェクツ・スタジアム」もこの決勝が最後の試合となった。
2011年のクライストチャーチの大震災で、当時のホームグラウンドであったランキャスターパークが損壊。2012年からこの仮設スタジアムをスーパーラグビーのクルセイダーズと共に拠点としてきたカンタベリーにとって、冬の寒さに凍えながらも、選手とファンが困難を共に乗り越えた思い出の地だ。

来年4月には新しいホームスタジアム「テ・カハ」が完成予定。今季大いに盛り上がったNPCは、スタジアムとのお別れも含め、ホームチームの勝利で締めくくられた。まるでドラマのような展開だ。
※スーパーラグビー(クルセイダーズ)序盤は引き続きアポロプロジェクツ・スタジアムで開催予定。
最高に盛り上がった今年のNPCを振り返ると、NZラグビーの底力をあらためて感じる。優勝キャプテンのクリスティーも毎年成長しているNPCを体感しながら「今後もそうなると思う」と語った。
今季の盛り上がりを機に、来シーズンのNPCはますます熱くなるだろうか。