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【日本 15-19 オーストラリア】4点届かず。でも、こんな試合を待っていた。
後半12分、日本代表のPR竹内柊平が左中間にトライ。仲間が駆け寄る。8-14となった。(撮影/松本かおり)
2025.10.27
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【日本 15-19 オーストラリア】4点届かず。でも、こんな試合を待っていた。

田村一博

 こんな試合を見たかった。
 勝利の歓喜は見られなかったけれど、国立競技場に足を運んだ4万1612人のファンの多くは、観戦後の酒場で「きょうのディフェンス、よかったな」と語り合っただろう。
 特に背番号2、江良颯のタックルを称える人たちは多かった(だろう)。172センチの体はこの日、魚雷だった。

 10月25日におこなわれたテストマッチ、日本代表×オーストラリア代表は、最後まで勝敗の行方が分からぬ好ゲームとなった。
 日本代表は15-19と僅差で敗れるも、両チームの歴代対戦の中での最小得失点差試合となった。

 日本代表は対オーストラリア戦史上初勝利とはならなかったが、本物のテストマッチを戦った。
 勝つことだけがすべて。
 ワールドランキング7位の相手は(日本は13位)、フルタイム直前の数分間、FWがリスク回避のブレイクダウンを作る動きを繰り返し、ボールを保持し続けて試合を終わらせた。

キックオフを蹴るSO李承信(左)。FB矢崎由高はボールの再獲得、相手への圧力のため、好チェイスを何度も見せた。(撮影/松本かおり)


 この日のトライ数は勝ったオーストラリアが3、日本が2。勝者はブレイクダウンの強さを前面に出して前半、優位に試合を進め、日本はタックルし続けて後半を自分たちの時間にした。

 前半はオーストラリアが2トライで14点、日本が1PGの3点。日本は13分、ラインアウト後のモールでのターンオーバーからショートキックなどでトライライン前に迫られる。反則後、最後はFWで攻め切られた。
 30分にはスクラムからのムーヴでラインブレイクされ、CTBジョシュ・フルックにインゴールへ入られた。

 オーストラリアには、もっと多く得点チャンスがあった。しかし、日本が許したトライは2つだけ(トライキャンセルとなったもの1)。その展開についてLOワーナー・ディアンズ主将は、「(前半に)あれだけプレッシャーをかけられ、自陣でプレーしたのに2トライしか取られなかった。それが自信になった」。
 19分と37分に2枚のイエローカードを提示されるも、「いいゴールラインディフェンスとクリーンエグジットができた。それも自信になった」とした。

 パシフィックネーションズカップではゴール前ディフェンスが脆く、相手チームに何度もインゴールに入られた。
 そのチームが、この試合ではトライラインを背負って19フェーズを守り抜き、最後にはボールを取り返した前半16分頃のシーンをはじめ、激しく、粘り強くディフェンスした。

【写真上】HO江良颯の後半28分の猛タックル。相手のボールロストを誘った。【写真左下】そのタックル後、ベン・ガンターに頭を撫でられる。【写真右下】アタックにもよく絡んだ。(撮影/松本かおり)


 ラグビー専門Webサイト『RUGBY PASS』の出したスタッツによると、この試合の「Tackles Completed」のランキング上位には日本代表選手の名前が並んでいる。
 最多はHO江良颯の24で、LOジャック・コーネルセンが23。22の相手FL、カルロ・ティッツァーノを挟み、21のNO8リーチ・マイケル、20でPR竹内柊平、LOワーナー・ディアンズ、FLベン・ガンターが並び、小林賢太の19と続く。

 江良のタックルの中でも強烈な2発は、多くの人の記憶に焼き付けられた。
 前半10分過ぎ、自分たちボールのラインアウト。タップしたボールが弾むところを相手HOジョシュ・ナッサーが拾い、前進。サポートするSHジェイク・ゴードンにパスが渡った瞬間、サクラのジャージーの2番、江良が、猛タックルで185センチの9番を倒し、タッチに押し出した。

 後半28分になろうかというシーンでは、ラックから出たボールを受けたPRトム・ロバートソンを仰向けに倒してボールをこぼさせた。
 この日で37キャップ目だったベテランPRは、芯を喰うタックルを受けて座り込み、しばらく立ち上がれない。そのままピッチをあとにした。

 後半32分までピッチに立った江良は試合後、松葉杖を使ってピッチサイドに立ち、ファンの声援に応えていた。
 あれだけタックルし、走ったのだ。痛めた箇所もあれば、すべての力を出し切った。報道陣が待つミックスゾーンに姿を見せる間もなく病院へ向かった。
 いつも、日本代表に憧れる子どもたちに夢を与えるようなプレーをしたいと言っている。取材対応をできていたら、この日も「小さくてもやれることを証明できた」と言ってくれただろう。

FLベン・ガンターの、相手を圧倒するタックル。(撮影/松本かおり)


 後半は日本が2トライ、オーストラリアが1トライで、22分からフルタイムまで4点差のままだった。
 サクラのジャージーが与えたトライは16分、PKを与えた後にラインアウトからのモールを一気に押し切られたもの。ただ、その前に相手の21フェーズに及ぶ攻撃を止め続けた。

 日本の挙げたトライは2つとも、少ないフェーズで攻め切ってみせた。
 PR竹内が決めた12分のものは、敵陣深い位置でのラインアウトからサインプレーを仕掛けて前進。最後は、ラックからパスアウトされたボールを受けたPR竹内が絶妙な角度で防御ラインのスペースに走り込んだ。

 21分にはスクラムからSH藤原忍が右にボールを持ち出し、WTB長田智希へ。できたラックからこぼれたボールを持って藤原が再度走り、トライライン直前のラックからFLガンターがインゴールへねじ込んだ。
 日本ラグビーの特色が色濃く出た両プレーだった。

後半12分、日本代表PR竹内柊平のトライシーン。(撮影/松本かおり)
後半21分のFLベン・ガンターのトライを呼んだ、SH藤原忍の好走。オーストラリア代表のジョー・シュミットHCは、この藤原とFL下川甲嗣の名をタフな相手だったと挙げた。(撮影/松本かおり)


◆ディフェンスで世界一のチームに。


 タックルまたタックルの展開にもかかわらず、動き続ける日本スタイルのラグビーが相手の体力を削っているのは明らかだった。結果、試合の最終盤に攻め続けたのは赤白のジャージー。ゴールド&グリーンの側はリスクの少ないプレー選択を続けた。
 チーム最多のボールキャリー数(14回)と、この日もハードワークに徹したリーチ マイケルは、「勝たなきゃいけない試合でした。勝ち切らないと」と悔しさを口にしながらも、「選手、スタッフも、自分たちの可能性が見えた試合だったし、ファンの皆さんも可能性を感じたと思います」と続けた。
 2027年ワールドカップの2年前にそういう感覚を得られて表情は明るかった。

「勝つ準備をしてきました。(その結果)4点差で(残り)10分(という状況まで持っていけた)。あそこでどうボールリテンション(ボールの保持)して、どうスコアにつなげるか(を突き詰めていかないといけない)。いい経験できた、負けが(次への)経験につながると言っていますが、本当に自信がついてきました」

 世界のトップレベルに勝つためには、最初の20分、前半最後の10分、後半最初の時間帯、そして終盤と、時間の使い方をもっと学び、高めないといけないとした。
 この日もうまくいかなかった前半の戦い方は特に重要。僅差のまま時間が経過していけば「自分たちは(より)頑張れる」と知っている。

後半28分までピッチに立ったNO8リーチ マイケル。「もっと動けるようになる方法を、これから考える」。チーム最多のボールキャリーを見せた。(撮影/松本かおり)


 ディフェンス力が高まったことについては、「シンプルになった」という。
「日本の選手は賢い」を前提にして、どの所属チームでもあまり変わらぬシステムで守っているから、前に上がる、必ず2人で入る、それを繰り返すという約束を決め、徹底して練習を重ねたら、この日の試合でも実行できた。

「ただ、ゴール前1メートルのところのディフェンスはもっと強化しないといけない。(インゴールに)入れさせないようにする対策も作らないと。タイトなところでオフサイドもあったし、シンビンも出たので、練習を見直し、規律を高めないといけない」

 ゴール前のディフェンス力の高まりについてエディー・ジョーンズ ヘッドコーチは、今季からチームに加わったギャリー・ゴールド アシスタントコーチの指導が効いていると話した。
 同コーチは常軌を逸したこだわりを持っている人で、テクノロジーを駆使して自分の担当分野について研究。ハードワーカーで、「選手たちがワクワクしながらディフェンスに打ち込めるようになっている」とした。

 ディアンズ主将も、「(土曜日の試合に向けて)水曜日にしっかり体を当てて、レッドゾーンのディフェンスの練習をします」と言い、ワラビーズ相手にも「練習通りにやれた」と体感を口にした。
「自分たちの低さを活かし、はやく、強くヒットし、1人に2人で入る」と、こちらもシンプルなキーワードを並べた。

目の上を腫らしながらも、スクラム、タックル、ボールキャリーと、体を張り続けたPR小林賢太(写真中央)。(撮影/松本かおり)


 右目の上が大きく腫れ、痛々しい左PRの小林賢太も、「ディフェンスシステムはパシフィックネーションズカップの頃と変わっていないが、遂行力が高まっている」と話す。
 1か月半前は脆かったトライラインを背にした守りの強化にチームとして注力した結果が、強くピッチ上で再現されている。

 小林は、ゴールド コーチが「ディフェンスで世界一のチームになるぞ」と選手たちに呼びかけたことを紹介した。
「自分たちはすごくアタックにフォーカスするチームではあるけど、アタックするためにも、ディフェンスの時間にエキサイトできる選手、チームになろう、と」
 心に火を点け、タックルの高さなど細かい指導もする。その結果チームは、全員が、何度でも相手の姿勢より低く刺さる集団となる道を歩み始めている。

攻守両面で持ち味のキレを出したWTB石田吉平。(撮影/松本かおり)


 ジョーンズHCは試合を振り返り、前半について「ベストな状態を見せることができなかった。自分たちがやりたいように戦えなかった」と話し、「シンプルなことをしっかりやることができなかった理由は、緊張もあっただろうし、オーストラリアから強いプレッシャーもあった」と続けた。

 指揮官は会見の冒頭に勝利を逃したことへの悔しさを口にしたものの、総じて明るい表情だった。世界トップクラス相手に、最後の最後まで競ったことで得られるものは大きい。「選手たちはファイトし続け、最後まで失速しなかった。それが嬉しい。(4点差と)勝てるところまで持っていけた。力不足で勝ち切れなかったのは残念ですが、若手主体のチームにとっては非常にポジティブな収穫があった」とし、一人ひとりの闘争心の高まりを評価した。

「世界の強豪とも戦えると確信できました。いろんな局面で、すべてのボールに対して、瞬間瞬間、一つひとつのプレーでしっかり戦っていたし、競っていました。そうすることで勝機は見えてくるもの」
 80分戦い続けることは1年前のチームはできなかったがいまはできるとし、「さらに強化する」と、前へ進み続けることをやめない。

 ジョーンズHCがチームの進化を感じた点の中には、対応力の高まりもあった。
 うまく試合を進められなかった前半について、「ネガティブな状況からでもはやい展開をしようとしていた。だからアタックの効力を失っていた」と総括。しかし、選手たちは後半に修正した。

試合後、ゲームキャプテンを務めたLOワーナー・ディアンズ(左)の表情は明るかった。(撮影/松本かおり)


「コンテストボールを手にして、アンストラクチャーな状況から攻め、崩したり、ジャパンらしいプレーができていました。(もともとの)戦術的なプランを試合の中で発展させ、(その状況に合ったものを)作り上げていた。従来のジャパンのアタックから違う形のアタックに持ち込めたのは未来の明るい兆しです」

 チームはオーストラリア戦翌日のオフを経て、国内で数日間のトレーニング。その後ロンドンへ向かい、11月1日に南アフリカ代表と戦う。
 ジョーンズHCは、「ウェンブリーで南アフリカに勝つなんて、それ以上に気持ちを奮い立たせることがあるでしょうか。選手たちも偉業を成し遂げたいと楽しみにしています」と、胸に秘めたものを言葉にした。

「世界のベストに挑む準備をします。きょうの試合の後半に見せたような戦い方を80分通してやって、南アフリカを倒しにいきたい」

 2015年のワールドカップ、南アフリカ代表に34-32と勝った『ブライトンの奇跡』から10年。選手たちは、雨の国立競技場で、ワールドランキング1位に勝つ気で挑む気持ちになれる戦いをした。
 みんなが待っていた熱い80分は、多くの人に、次の一歩を楽しみにさせるものだった。

若いメンバーも多かったワラビーズは辛勝。ジョー・シュミットHCは「日本は最後の最後まで戦った。点差を離したかったが、強いディフェンスに苦しんだ」。(撮影/松本かおり)




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