
大雨と強風の悪天候の中、100分間戦った。拳を突き上げたのは、黒のジャージーのウェリントンだった。
その中に日本人選手のPR紙森陽太(かみもり・ようた / 日本ではクボタスピアーズ船橋・東京ベイ所属)が終盤からピッチに立ち、インパクトあるパフォーマンスで勝利に貢献した。
10月27日(土)ニュージーランド(以下、NZ)の首都ウェリントンでおこなわれた、NPC(NZ国内州代表選手権)決勝は、ホームのウェリントンが延長戦の末、ベイ・オブ・プレンティー(以下、BOP)を23-20で退け、2022年以来2年ぶりにNPCの王者となった(通算6度目)。
◆ウェリントンが元オールブラックスの活躍で前半をリード。
この試合が100試合目となるSOジャクソン・ガーデンバショップ(10番)が先にピッチに入ってきた。その後両軍が入場。決勝と言う事でNZの国歌斉唱があり、その後まもなくキックオフ。
開始早々に勢いがあったのはホームのウェリントンだった。元オールブラックスのWTBジュリアン・サヴェア(14番)がパワーを活かして左隅にトライを挙げて先制する(7-0/4分)。
その後、ビジターのBOPが悪天候を考慮してFWの近場で勝負し、じわじわと前に出る事に成功。最初のチャンスはノックオンの判定をされるも、その後ふたたび訪れたチャンスでは、またも際どい判定ながらも1番のエイデン・ロスのトライが認められる。
ゴールも決まり7-7の同点に追いついた(18分)。
26分にPG(ペナルティゴール)で3点を追加したウェリントンは、その7分後の33分、サヴェアがパワーを活かしてCTBエモニ・ナラワを吹き飛ばす。インゴールになだれ込んでこの日、自身2つめのトライを挙げて15-7とリードを広げた。
サヴェアは34歳でも、まだまだ元気だ。2トライの活躍を見せ、ウェリントンが15-7とリードして前半を折り返した。
◆後半巻き返したBOP。80分で決着つかず
前半は、スコアと同様に内容でもウェリントンが優勢だったが、後半に入ると流れが一変した。
53分にBOPがPGで13-15と2点差に迫る。その6分後の59分には、再びFWの近場での勝負がうまくいき、一気にゴール前へ。早いリサイクルから、最後はCTBナラワがラックサイドを潜って5ポインターとなった。
コンバージョンも決まり、20-15とBOPがこの試合初めてリードする。
73分、ウェリントンはゴール前でペナルティを得てスクラムを選択。プレッシャーを受けながらもボールを確保してBKに展開した。13番ピーター・ウマガジェンセンが作ったスペースに走り込んだのは11番、ロシ・フィリポ。インゴールになだれ込んで20-20の同点とした。
その後試合を優勢に進めるウェリントンだったが、BOPの固いディフェンスに遮られる。結局80分で決着がつかず延長戦に突入した。
◆延長戦で紙森が吠えた! ビックスクラム&タックルで勝利に貢献
実は、両軍がレギュラーシーズン7節(9月21日)で対戦した時も80分で決着がつかなかった。その時はゴールデンポイント(サドンデス)の末にウェリントンがトライを奪い、30-25で勝っている。
決勝はゴールデンポイントを採用しておらず、さらに20分(10分ハーフ)の延長戦で決着をつけることになった。
悪天候の中での80分を超える戦いだ。選手に疲労が見えていた。その影響がウェリントンのスクラムに出ているように感じた。BOPのプレッシャーを受けて何度か反則を取られるようになった。
そこでウェリントンが動いた。両PR(プロップ)を代える選択をする(延長戦の前半4分)。ザヴィア・ヌミアと交代で、17番を付けた紙森がピッチに入った。緊張感のある場面での登場だった。

紙森がピッチに入ってすぐ、スクラムを組む場面が訪れた。左PRの位置に入った紙森は、低い姿勢のスクラムを組んだ。その後、タックル。その際、頭部周辺から出血があったように見えた。それだけBOPの攻撃が激しかった。
しかし、ウェリントンは27フェーズ続いたBOPの攻撃を凌ぐ。追加得点を与えなかった。
両軍無得点のまま延長戦の前半が終了。わずか1分の休憩をはさんで延長戦の後半に突入した。
後半開始早々のスクラムで紙森が魅せた。ウェリントンがBOPにプレッシャーをかける。ペナルティを誘った。
その瞬間、紙森は雄たけびを挙げた。あまり喜怒哀楽を表に出さない印象の男が吠えた。
この反則でPGを狙うチャンスが来た。キッカーは途中出場の22番カラム・ハーキン。決して簡単ではない角度と距離のあるゴールキックは、見事に決まりウェリントンが23-20と勝ち越しに成功した(延長戦後半2分)。
しかし、その3分後にBOPがペナルティを得る。PGで同点を狙いに行くと思われた。
しかし、仮にPGが入って同点になったとしても、延長戦で決着がつかなかった場合には、トライ数で上回るウェリントンの勝利が決まる事になっていた。時間的にも厳しいと見たのか、タッチキックからラインアウト→トライを取りいく選択をした。
しかし、ウェリントンが固いディフェンスを見せる。BOPはタッチに押し出され、チャンスを逃した。
延長戦も残り時間を2分を切ったところで、BOPが逆転を狙い、果敢に攻めた。ここで再び紙森がビックなプレーを見せる。サイズのある選手の突破を、低いタックルで仕留めた。ノックオンを誘った。
直後のスクラムで、ウェリントンは再びプレッシャーをかける。反則を誘った。
残り時間を上手く使うため、ウェリントンは再度スクラムを選択。そして、互いが組み合っている間にサイレンが鳴る。スクラムから出たボールをタッチに蹴りだした瞬間、ウェリントンの勝利が決まった。
100分間の死闘戦を制したウェリントンが2年ぶりにNPCの王者となった。雄たけびを挙げ、抱き合う選手たちの姿があった。
◆死闘を終えて、お互いをリスペクト。
ウェリントンの勝因は、延長戦に入ってからのスクラムと言っていいかもしれない。紙森が入る前まではスクラムでプレッシャーを受けていた。
しかし、紙森は低い姿勢のスクラムで相手にプレッシャーをかけた。その結果、PG機を呼ぶ。そして逆転に至った。
さらに紙森は、最後のピンチもビックタックルで止めた。
プレーオフに入ってから紙森の出番は、残り10分を切ってからになっていた。それだけタフな試合が続いていた。オールブラックスXVに選ばれている左PR、ザヴィア・ヌミアが先発で継続して使われていた。
そんな中、決勝の大舞台に登場した紙森。信頼を得ていた証だ。最後まで、プレシャーのかかる場面でしっかりと仕事をした。
試合後の紙森は、「いいパフォーマンスができてとても嬉しい」と語り、「人生の中でも貴重な経験。気持ちよく日本に帰ることができる」と続けた。
優勝の喜びだけでなく、NZでのラグビーを精一杯楽しんだ様子がうかがえた。
試合直後の表彰式直前のインタビューだった。惜しくも敗れたBOPのキャプテン、カート・エクランドは、「(敗戦は)ショックだが、私たちのチームを誇りにおもう」と語った。そして、「ウェリントンにおめでとうと言いたい」と勝者にお祝いの言葉を贈った。
勝者のキャプテンFLデュプレッシー・キリフィは、この日も試合を通じてハッスルした。ビックタックル連発。ブレイクダウンでも常にプレッシャーをかけ続けた。
そのキリフィは試合直後のインタビューで、大雨の中でもすぐに帰らず、スタジアムに残っているファンに対して感謝の気持ちを伝えた。
続けて、BOPを称賛した。「(BOPは)大会の中で最も一貫性を持っていたグループ(チーム)だと思う。キャプテンのエクランドがリードし、素晴らしいチームとなって決勝まで上り詰めた」と語った。
自チームに関しては、「私が怪我で2か月欠場している間も、ウマガジェンセン、ピータ・ラカイ、ブラッド・シールズ、ジュリアン・サヴェアらがキャプテンを務めてチームを引っ張ってくれた」と語り、チーム一丸となって優勝を勝ち取った様子を熱く語った。
インタビュー後、優勝カップがキリフィに渡された。そして、バショップが指揮する勝利の歌をチーム全体で歌って優勝の喜びを噛み締めた。
その中に紙森、そしてスピアーズから紙森と共にNZに来た加藤一希(かとう・かずき)の姿がある事を誇りに思う。
同日おこなわれたオールブラックスの試合より、ある意味エキサイティングだったかもしれない。NZラグビーの強さを、このNPCを通じて感じることができた。