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2026年2月28日 午前11時。
突然、携帯電話から警戒アラームが鳴り響いた。
誤報かと思った。
だが5分後、低く重い爆音が空気を震わせた。
窓の外を見ると、遠くに黒煙が上がっていた。
数時間後、現地メディアはアメリカ海軍基地への攻撃を伝えた。
私の住居から約10キロ。
肉眼ではっきり確認できる距離だった。
テレビ画面には「イランによる空爆」の文字。
その瞬間、戦争はニュースの向こう側の出来事ではなくなった。

◆前日までの平穏。
前日の27日、私はバーレーンでリーグ戦を戦っていた。
中東ラグビーリーグ第12節。バーレーンとカタール、UAEのクラブが争うリーグの一戦だ。
ドーハラグビークラブとの試合は64-19で快勝した。
80分間フィールドを駆け、夜は仲間たち、相手チームとともにお酒を酌み交わした。
国籍も宗教も違うラガーマンが同じグラスを持つ。ラグビーの「その後」だ。
いつも通りの、ラグビーのある日常だった。
それが、翌日崩れた。

◆日常は予告なく終わる。
警報はその後も数時間おきに鳴り続けた。
バーレーン国際空港もドローン攻撃を受け、閉鎖された。
この原稿を書いている時点で、空路での出国はできない状況が続いている。
チームからは「自宅待機」の指示。プレーオフに向けた活動は停止された。
夜は迎撃ミサイルの光が空を横切った。その光景を、私は現実のものとして目に焼きつけた。
爆音が鳴るたびに、身体が反応する。正直、眠れない夜が続いている。
そのとき気づいた。
私がいつも「当たり前」だと思っていた練習、試合、勝利の喜び、敗北の悔しさ……それらはすべて「安全でいられる」という、見えない地盤の上にあった。
それが揺れたとき、スポーツは一瞬で止まる。
◆それでも。
以前、早稲田大学ラグビー部元監督・大西鐵之祐氏の著書『闘争の倫理』を読んだことがあった。
大西氏がその生涯を通じて問い続けた信念がある。「戦争をしないために、ラグビーをする」という考えだ。
当時の私はそれを、ひとつの理想論として受け取っていた。
今夜、その言葉の意味を初めて骨で感じている。
スポーツで戦争は止められないかもしれない。それでもグラウンドに立つとき、私たちは暴力ではなくルールで戦うことを選んでいる。先ほどまで隣でタックルしてきた相手と、試合後に酒を飲むことを選んでいる。
その積み重ねが、何かを作っていると、私はまだ信じたい。

◆いま私にできること。
私はいま、安全第一で生活している。マンションからは数日間出られない。
それでも、生きている。
前日まで普通にラグビーをしていた。
地元の子どもたちにラグビーを教えていた。
国籍も言葉もバラバラな子たちが、楕円球ひとつで笑っていた。
あの光景が、どれだけ尊かったか。
いまになって、ようやく本当にわかった。
『平和』は当たり前ではない。
『スポーツ』もまた、当たり前ではない。
だからこそ、いまここで感じていることを書き記す。
皆で、心の底から笑ってまたラグビーができる日が来ることを信じている。
※忽那健太(プロフィール)の中東挑戦記#1はこちら。#2はこちら。#3はこちら。
※バーレーンでの現地情報はYouTubeチャンネル『忽那健太』でアップしています。