
5月3日、メキシコ×ジャマイカのテストマッチがメキシコシティ郊外、メキシコ国立自治大学内のロベルト・スタジアム(Roberto stadium “Tapatio” Mendez)で行われた。
最高気温31度となったこの日。メキシコシティは標高約2200メートルに位置している。湿気は感じないものの太陽との距離が近く、強い日差しの中で開催された。
このテストマッチはRAN(Rugby Americas North)による北米トーナメントの準決勝。優勝チームは、来年のヨーロッパ遠征が確約されている。コロナ禍で4年あまり代表活動が停止していたメキシコにとっては、極めて重要な試合だった。
結果は、37-22でメキシコがジャマイカに勝利。優勝、そしてこのビッグチャンスに王手をかけた(試合はRugby Americas North チャンネルよりフル視聴可能)。

【写真左下】メキシコ代表はアップ終了後、ジャパンを彷彿とさせる隊列を組んでロッカールームへ。(撮影/中矢健太)
【写真右】メキシコ代表は国旗を掲げながら入場。(撮影/中矢健太)
メキシコは前半10分に先制トライこそ許すも、この日スタンドオフを務めたクリスチャン(Christian Alvarez)のキックが絶好調。50/22キックをはじめ、何度もボールを敵陣に進めた。エリアマネジメントで優位に立ったことで、その5分後にすぐさまトライを取り返す。ディフェンスでもプレッシャーをかけ、ウイングのパブロ(Juan Pablo Martinez)が敵陣でのインターセプトから一気に駆け抜ける。立て続けにトライを奪取し、逆転に成功した。スタンドに並んだ伝統的な縦長のハット「ソンブレロ」や国旗を身につけたメキシコサポーターは大いに湧き上がった。
ただその後、ハンドリングエラーや肝心なところでのミスで、今ひとつ勢いに乗りきれない。前半を15-8、7点リードで折り返す。

ハーフタイム、ヘッドコーチのジェフェリー(Jefferey Clarke)が伝えたことはシンプルだった。
「修正しようと話し合ったのはディフェンスです。ジャマイカがラインブレイクを狙ってきているのに対して、それをいち早く阻止しなければなりませんでした。ディフェンスで我慢し続け、ボールを奪ったらキックでエリアを取っていこうと伝えました」
キャプテンのセバスチャン(Sebastian Diaz)は、チームメイトたちの心に再び火を灯した。ノーサイドの後、丁寧に言葉を紡ぎながら語ってくれた。
「我々はセットピース、エリアマネジメント、各々の役割に対してしっかりと準備をしてきました。そこに必要なのはパッションです。仲間たちには、自国への情熱と誇りをもう一度、ジャージに注ぎ込むように言いました。このグリーンのジャージは、普段以上の力を引き出してくれるんです。たとえ疲れていたとしても、より強く、速くなれます。ここから自分たちが何をすべきか、みんなに問いかけました」
後半が始まると、早くもジャマイカに疲労の色が見えた。起き上がりが遅くなり、足が攣る選手が目立った。メキシコはそれを逃さず、粘り強いディフェンスで我慢を続ける。ターンオーバーすると、一気にカウンターへ。このパターンでいくつもトライを取り、ジャマイカを突き放しにかかった。後半18分には、カウンターを仕掛けたバックスを最後までサポートしていた最年長ロックのトム(Tomas Vessey)がインゴールにボールを叩きつけ、勝利を確信づけるトライ。この日一番の歓声が送られた。

【写真左下】引退がもう1試合伸びたミゲル。(Miguel Carner)。(PHOTO/Brenn Tellez @therealbrenn)
【写真右】キャプテンでチームの精神的支柱セバスチャン(Sebastian Diaz)。ロックだがタッチキックも得意。(PHOTO/Brenn Tellez @therealbrenn)
長年メキシコ代表としてプレーし、現在はチームマネージャーを務めるチャーリー(Carlos Prieto)は、前日のキャプテンズランの際にジャマイカのスタイルについて言及した。
「ジャマイカは、フォワードやバックス関係なく、全員がとにかく速い。身体は大きいのにスピードがあります。それにオフロードパスが得意で、まさにフィジーに似たスタイルのラグビーです」
ラグビーは修正のスポーツだ。ラスト10分でジャマイカにトライを2本許すも、ハーフタイムで見事にディフェンスを修正し、相手の強みを遮断したことがメキシコの勝因となった。
決勝進出が決まったことで、『メキシコリポート#2』で触れた34歳のベテランスタンドオフ、ミゲル(Miguel Carner)の引退も伸びた。この日は後半からプレーし、チームを勢いづけた。
「みんなともう1試合できる。決勝で勝てれば、後悔なく引退して次の世代に引き継げます!」

【写真右上】ナショナルアンセム時のジャマイカ代表。(撮影/中矢健太)
【写真左下】ジャマイカ代表のキャプテン、フランカーの闘将M.Dawes。ハーフタイムにはひょっこり出てきてくれるお茶目な一面も。(撮影/中矢健太)
【写真右下】ジャマイカの応援団は少人数ながら、踊りや歌でメキシコに引けを取らない声援を送り続けた。(撮影/中矢健太)
私が目視する限り、この日は選手の家族、友人をはじめ300人以上のメキシコサポーターがスタジアムに駆けつけた。セバスチャン主将は振り返る。
「スタンドからは家族や友人、サポーターからの応援が溢れていて、それが本当に励みになりました。そして、それが我々を後押ししてくれました。タックルし続ける。走り続ける。自分たちのためだけでなく、みんなのために勝利をつかまなければならないと思えました」
また、試合後には両チーム入り混じる中で、この日メキシコ代表として史上最多25キャップを獲得したミサエル(Mizael Loredo)へのセレモニーが催された。長年代表を支えたミサエルの名前を場内MCが呼ぶと、大きな拍手が送られた。全員の前で、記念のキャップが贈られた。
すべてを終えたあと、ミサエルはロッカールームで取材に応じてくれた。
「チームメイト、コーチ、スタッフ、ドクター、ここまで助けてくれたすべての方々に感謝しています。彼らをとても誇りに思います。自分自身はこれからも努力を続けて、40、いや50キャップを達成できればと思っています」
ミサエルは、兄が地域でラグビークラブを設立したことが、ラグビーを始めるきっかけになった。当時15歳。メキシコではラグビースクールがごく限られた地域にしかなく、ラグビーとの接点が少ない。日本の中高、大学生にあたる時期にラグビーを始めることが主流だという。

【写真左中】試合後に勝利を喜ぶメキシコ代表。(撮影/中矢健太)
【写真左下】両チーム一緒にファンに挨拶。(撮影/中矢健太)
【写真右】喜ぶ最多キャッパーミサエルをもう一枚。(PHOTO/Brenn Tellez @therealbrenn)
兄に「1試合出てくれ」と言われ、半ば助ける気持ちでラグビーに出会って以来、楕円球の虜になった。
「17年経った今でも、毎日、ラグビーを愛しています。始めた頃から、ずっと同じ気持ちです」
メキシコ代表には、プロ選手は一人もいない。平日は各々が別の仕事に取り組んでいる。加えて、日当や遠征費など、協会からの経済的支援はごくわずかだ。選手はもちろん、スタッフの8割はボランティアで、それはトレーナーやフィジオも例外ではない。それでも、セバスチャン主将は前を向く。
「パンデミックで世界中が影響を受けたと思いますが、特に予算などを含め、我々のような非プロチームが最も大きな打撃を受けました。メキシコの選手は仕事をしているか、大学で勉強しているかのどちらかです。それぞれが違うスケジュール、事情を持っているので、全員で練習する時間は多くありません。いろんな意味で、プロ選手の2倍の努力が必要だと思っています。それも一種の課題ですが、より強く熟練したチームと対戦することで成長していきたいです」
大一番の決勝は、6月21日、メキシコシティ内で行われる。ヘッドコーチのジェフェリーは、今後の展望を語った。
「今年のテストマッチにしっかり勝って、来年はヨーロッパと対戦することで、世界ランキング20位入りを目指しています(現在40位)。とても興味深いのは、アメリカやイギリスなど、他の国から来たメキシコ出身の選手がチームにたくさんいるということです。世界中からメキシコにルーツのある選手が集まり、世界レベルで戦えるようなチームになっていけるよう、これからも努力します」
念願のヨーロッパへあと一つ。メキシコにとって、大きな一歩を踏み出した一日になった。

◆プロフィール
中矢 健太/なかや・けんた
1997年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。ラグビーは8歳からはじめた。ポジションはSO・CTB。在阪テレビ局での勤務と上智大学ラグビー部コーチを経て、現在はスポーツライター、コーチとして活動。世界中のラグビークラブを回りながら、ライティング・コーチングの知見を広げている。
