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今季のオールブラックスに成長はあったのか。
このフレーズがニュージーランド(以下、NZ)国内のあちらこちらから聞こえてくる。
NZで最も敬意を払われるチーム、オールブラックスは、11月23日(NZ時間早朝)におこなわれたウェールズ戦に46-23で勝利し、2025年のシーズンを終えた。スコアだけを見ればダブルスコアでの快勝。しかし後半10分までは3点差だったことに加え、4トライを献上するなど、近年大不振のウェールズ相手に苦戦したことから、厳しい意見も少なくなかった。
レイザーことスコット・ロバートソン ヘッドコーチ(以下、HC)の2年目は、13試合で10勝3敗。前年の10勝4敗と比べると表面的には改善しているように見える。しかし、ザ・ラグビーチャンピオンシップのタイトルを逃し、北半球遠征でもグランドスラムを達成できなかった。NZ国内では大きな失望を呼んでいる。
それでも、LO陣やCTBの若手の成長が見られ、将来に向けたポジティブな材料もあった。
ロバートソンHCは、「世界のレベルが上がっている」と語るも、今季の歩みを成長と評価できるかどうかは、慎重に見極める必要がある。本稿では、今季のオールブラックスの戦いをNZ国内の反応も交えながら振り返ってみたい。

◆3つの敗戦と共通する課題。
① アルゼンチン戦(8月24日/23-29):史上初のアルゼンチンの地で敗戦
前半は13–6でリードするなど優勢に見えたが、後半はプーマスに押され、試合の主導権を失った。
●敗因のポイント
・イエローカード3枚:数的優位を失った。
・レフリー対応不足:細かい笛に最後まで適応できず、テンポの速い攻撃が制限され、ポゼッション(ボール支配率)が低下した。
・空中戦、キック処理の課題:ボックスキックやキックオフで圧力を受け、後半は安定したキック処理ができなかった。
・キャプテンシーの疑問:主将のスコット・バレットがチームを立て直せず、リーダーシップの不足が露呈した。
NZ国内では「結果を優先するあまり選手起用が保守的になり、育成が止まっている」との指摘も強まった試合だった。
◆② 南アフリカ戦(9月13日/10–43):自国のファンの前で歴史的惨敗
9月6日イーデンパークでスプリングボックスに勝利し不敗記録を更新した直後、ウエリントンで悪夢のような結果となった。前半は10-7と接戦でリードしていたが、後半のスコアは0-36。まさに「スプリングボックス劇場」でディフェンスは崩壊した。
●敗因のポイント
・セットピースの崩壊:スクラム、ラインアウトとも安定せず、特にラインアウトは後半に乱れ、相手に勢いを与えた。
・空中戦、キック処理の脆弱さ:テリトリー(地域)とポゼッションを奪われ、攻撃の起点を作れなかった。
・キャプテンシーの疑問:スコット・バレットのリーダーシップが後半の劣勢時に十分に発揮されず、再び課題が再燃した。
翌日のラジオ番組では、「大恥をかかされた」と冒頭で批判されるほど国内に衝撃が走った。
◆③ イングランド戦(11月15日/19-33):後半失速でグランドスラムならず
序盤の2トライで良いスタートを切ったオールブラックスだったが後半に急失速。特に最後の20分は完全に押し込まれ、勝機を逃した。
●敗因のポイント
・イエローカード:HOコーディー・テイラーの10分間退場。勢いがイングランドに傾いた。
・負傷退場:SHキャム・ロイガード、SOボーデン・バレットのキーポジションの離脱で戦力低下。
・後半の乱れ:後半3トライを献上し、攻撃も1トライにとどまった。
・修正力不足:序盤の勢いを取り戻せず、試合中の建て直しに苦戦した。

◆見えてきた弱点。
・スクラム:
シーズン序盤は「スクラムが武器になってるね」と、評価したロバートソンHCだったが、南アフリカ、イングランド戦ではプレッシャーを受け、劣勢に陥った。
・キック処理(空中戦):
依然として致命的な弱点。現在のテストマッチで重要度が高く、改善なくして2027年W杯の優勝は厳しいだろう。特にバックスリー(FB・WTB)のセレクションと合わせ改善が急務。
・後半の修正力:
3敗すべての共通。後半の得点力不足と合わせて、劣勢時に立て直せない課題が明確になった。
◆セレクションと選手層。
今季は約45選手を起用したものの、経験の浅い選手の起用が限定的であり、「本当に選手層を厚くできたのか」という疑問が残る。
フォワード陣は、長年課題であるブラインドサイドFL(6番)のベストな人選が定まっていない。サイズのあるサイモン・パーカーに期待が寄せられたが、まだテストマッチレベルでプラスになっているとは言えない。2011、2015年W杯連覇のメンバーだったジェーローム・カイノ(全盛期の6番)の存在を懐かしむ声もあり、来季以降の選考に注目が集まる。
バックス陣でも、CTB、WTBなどのポジションは怪我人の影響を受けたとはいえ、シーズンを通してコンビネーションも含めた課題が依然残る。
司令塔(10番)問題は、今季も大きなテーマとなった。
ロバートソンHCは来季復帰するリッチー・モウンガ(東芝ブレイブルーパス東京)を見据え、昨年はダミアン・マッケンジー、今年はボーデン・バレットを中心に起用した。その一方で、将来性抜群のSO/FBルーベン・ラブの起用は限定的で、経験を積む機会を十分に与えられなかった。ラブの起用不足は、メディア、ラグビーファンの間で大きな不満となった。

NZ国内のメディアやファンや期待は非常に高く、「負けが許されない」状況が常にあり、スプリングボックスのように若手を積極的に育てるセレクションができていない印象だ。
とはいえ、明るい材料も確かにあった。
特に怪我人が相次いだLO陣では、新人ファビアン・ホランドがシーズンを通して躍動し、世界最優秀新人賞を受賞したことは大きな収穫だ。
また、怪我の影響で出場が限られていたジョッシュ・ロードも、ようやくテストマッチで存在感を示し、203センチの長身ロックが強豪相手にも戦える目途が立ったこともチームにとって大きい。
バックローでは、怪我から復帰後すぐに良いパフォーマンスを見せたNO8ピーター・ラカイの成長には、ロバートソンHCも太鼓判を押している。昨年ブレークしたFL/NO8ウォレス・シティティとのポジション争いも含め来季が楽しみだ。
バックスでは、CTB/WTBレスター・ファインガアヌクとクイン・トゥパエアの台頭がCTB陣を底上げした。ファインガアヌクはフランスから帰国後、持ち味のフィジカル戦で迫力が増し、プレーの精度も向上。トゥパエアも膝の大ケガから復帰後数年経ち、完全復帰の兆しだ。来季はレギュラー争いの中心となる可能性が高く、このポジションにおいても選択肢が増えつつある。

◆ コーチング体制への疑問。
遠征先のウエールズでロバートソンHCが「アシスタントのスコット・ハンセン氏が実質的にHCの役割を担っている」と発言したと報道され、メディアやラグビーファンの間で議論が起こった。就任当初から、ロバートソンHCは多くのコーチ陣による役割分担を掲げていたが、「声が多すぎて選手たちが混乱しているのでは」という指摘が続いている。
また、2年の間にアシスタントコーチ2名が辞任している点も含め、チーム運営の在り方に疑問の声が上がっている。
◆結論:明確な課題と改善点が残った1年。W杯までにレベルアップできるか。
2026年に向け、ロバートソンHC体制はこれらの課題にどう対応するのか。世界一奪回の鍵は、そこにある。
12月3日には、RWC2027のプール組み分けが発表された。オールブラックスはW杯で初めてオーストラリア(開催国)と同組(プールA)となり話題となった。プールステージを順当に首位通過すれば、準々決勝はプールBの1位、現在世界ランキング1位でW杯連覇中の南アフリカ代表との対戦が濃厚となる。
現状のチーム力では世界王者の壁を破るのは容易ではない。2年で差を埋められるのか疑問視する声も少なくない。
来季はモウンガが復帰するが、日本で3シーズンを過ごした影響がどう出るか未知数という意見もある。2026年は南アフリカ遠征も控えており、若手育成とチームの成熟が問われる正念場の1年となる。

