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【Just TALK】「日本人の選手やスタッフの成長を助けられないなら、本来、来るべきではありません」。トッド・ブラックアダー[東芝ブレイブルーパス東京HC]
1971年9月20日生まれの54歳。ニュージーランド代表12キャップを持つ。(撮影/松本かおり)
2025.12.07
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【Just TALK】「日本人の選手やスタッフの成長を助けられないなら、本来、来るべきではありません」。トッド・ブラックアダー[東芝ブレイブルーパス東京HC]

向 風見也

 東芝ブレイブルーパス東京のトッド・ブラックアダー ヘッドコーチが12月5日、都内で会見した。

 自軍にとっての初戦が12月14日にあるジャパンラグビーリーグワン1部の展望、3連覇が待たれるチームの現状について語った。

 また終盤には、国内リーグと代表強化との関連性についても言及。終了予定時間が過ぎてもなお、「いまから話すことが、日本に来ている外国人コーチ全員の感覚を代弁する結果となればいいなという前提でお伝えします」と話すシーンもあった。

 現役時代にニュージーランド代表の主将を務め、引退後はスコットランド代表のアシスタントコーチ、自国のクルセイダーズのヘッドコーチなどを歴任。2019年にブレイブルーパスにとって初の外国人指揮官として招かれ、就任5年目の2023年度に14シーズンぶりの日本一に輝いた。

 朗らかな54歳は会見の冒頭、まず、こう切り出した。

「皆さん、いつもありがとうございます。きょうは正式にプレシーズンの最終日になりました。お祝いしてください。朝のミーティングで選手たちにそのことを言ったら、選手は嬉しそうにしていました。

 先週、クボタスピアーズ船橋・東京ベイとプレシーズンマッチをして(11月29日/東芝府中グラウンド/●22-36)、この1週間は練習量を減らしました。火曜日は川崎にある東芝の拠点で挨拶。水曜日は府中事業所内の皆様と交流しました。元気をもらって、いい1週間でした。クボタとの試合後は、スポンサーさんにもお越しいただき、決起集会をしました。自分たちが誰を代表しているかを再認識する機会になりました。

 今年のプレシーズンのフォーカスについてお話しします。

 スピアーズとの昨季のプレーオフ決勝(6月1日/東京・国立競技場/○18-13)では、自分たちがリードして迎えた最後の局面で、試合終了のホーンが鳴るまで時間を潰さなければならない時間がありました。そのためのストラクチャーは準備していたつもりでしたが、緊張感もあってか、選手は何をやったらいいかをわからない状態でした。その約1分間を見たら、優勝してほっとしたのと同時に、チームとしてまだピークには達していないし、改善の余地があると思えました。プレシーズンが楽しみになりました。

 また昨季は、起用した選手の数が少なかった、つまりメンバーを固定して戦っていたことも認識しています。『K9』と呼ばれる控えメンバーの練習試合で、ひとつも勝利がなかったこともまた(認識しています)。

 いわゆる『B戦』でも勝利をおさめ、そこにいた若手が公式戦のジャージーに手をかけられるかどうか(が伸びしろ)。そこでプレシーズンは、緊張感のある展開でも自分たちの求める基礎スキルを発揮できるかにフォーカスしました。

 6つのプレシーズンマッチを通し、大きな成長が見られました。最後の2つは負けましたが、それがいまでよかった。シーズンに入ってから手痛い敗戦で学びを得るより、プレシーズンの適切なタイミングで学びを得たほうがよい。

プレシーズンマッチは11月29日のクボタスピアーズ船橋・東京ベイ戦で終了。その試合には22-36と敗れるも、「大きな成長が見られました」。(撮影/松本かおり)


 リーチ マイケル(主将=ナンバーエイト)、木村星南(左プロップ)といった怪我人も、開幕に照準を合わせて戻ってほしいです(木村はプレシーズンマッチで復帰済み)。

 初戦の相手は埼玉パナソニックワイルドナイツ。プレシーズンマッチの映像は分析済みです。例年通り質の高いチームです。ラグビーの肝の部分でベンチマークとなる数値を残している。

 各チームとも選手層の拡大にチャレンジしていて、いままで以上に競争力が高まるでしょう。

 もうひとつ今季大事になるのはレフリング基準への適応です。ルールへの新たな解釈、指針が出されている。それに伴った変化にアジャストできるチームが結果を出せるはずです。秋の各国のテストマッチシリーズでも、イエローカード、レッドカードが試合に与える影響は大きかった。

 ゲーム中のレフリーとは別に、戦後のサイティングコミッティーがショルダーチャージに厳しくなると聞いています。そのあたりにどれだけ対応できるかも重要です。
 
 チームが積み上げたものに自信を持っています。自分たちのコントロールできることを高い水準でコントロールしてきたこの道のりに、満足しています。ワイルドナイツ戦にはいい状態で臨めます。

 …つまらない話はこの辺で。皆様からの楽しい質問を待っています」

——ブラックアダーさんが名前を挙げたリーチ選手、木村選手をはじめ、代表活動で怪我をした選手は少なくありません。受け止めは。

「コンタクトスポーツをしています。レベルが上がるほど負荷、怪我のリスクは高まります。このスポーツに関わっている以上は、ある程度、織り込まなければいけません。

 それを望んでいるかと言えば、そんなことはありません。皆、健康に帰ってきてほしい。またリハビリはチームでするので、我々のチームのメディカルスタッフへの負担は忘れちゃいけません。

 ただ私は『自分がコントロールできることをコントロールする』を信条とします。怪我人の穴を埋める選手が奮起した側面もあります。シーズン中に離脱者が出たケースへの準備ができた。そう思うようにします」

——この話に絡め、シーズン中の起用法についても聞きます。多くの選手にプレータイムを与えたいチーム事情を鑑みれば、勤続疲労の見られる選手に休暇を与える、もしくはメンバーをローテーションさせるといった考えも出てきそうです。

「今年、リーグワンのフォーマットが変わりました。3つ試合をしてバイウィーク…という流れが繰り返されます(昨季あった5連戦がない)。例年よりもショートスプリントの要素が強い。3週間頑張れば、その翌週にコンディションを整えられます。ある程度、チームの核となる選手を固定して戦うことを許してくれるフォーマットだと思います。

 もっとも、週の序盤に発表したメンバーが(練習中の故障などで)入れ替わる例は過去にもあります。ゲーム当日に体調不良者が出たため、その場で代役を選んだことも。

 まずはもっともチームが勝つ確率が高まるベストな選択をしながら、練習で競わせ、全員が試合に出るつもりで準備するような環境を作っていきます。

 あらためて、新しい選手を使わないと言うつもりはありません。プレシーズンを通し、自信を持って送り出せる選手の数は去年よりも増えています。

 また予定では、各ブロックの最終戦の翌日に『B戦』を入れます。あらゆる選手の出場機会を確保します」

穏やかな表情で、報道陣との対話も楽しんだ。(撮影/松本かおり)


——チームの成長はどこに見られますか。

「あらゆる基礎スキルを繰り返し、それを高い水準で遂行できるようになってきています。ラグビーには様々な戦術がありますが、結局、チームに流れをもたらすには細かいプレーを正確に繰り返すことが必要です。ここについては、バックスコーチのユアン・マッキントッシュが選手ひとりひとりと向き合ってくれています。

 ラインアウトはいままでにないくらいシャープに仕上がっている。スクラムの成長も見るのが楽しみです。ロックに重い選手が入り、ルースフォワード(3列目)もきちんと向き合っている。それまでスクラムについては、耐えてボールを出せれば…と捉えたところもありましたが、フィジカルでタフな東芝の歴史と伝統を考えたらドミネートしたいと考えます」

——攻撃面の変化は。

「見てもらえたらわかるので、試合まで10日ほど待ってもらえますか? …コーチングコーディネーターの森田佳寿はスマートで革新的なアイデアを持っている。また我々のチームには、スキルフルでボールを回して翻弄したい選手が多い。ラグビーにおいてディフェンスは大事ですが、リーグワンではアタックしやすいトレンドがある。各チームがスタイルを表現するチャンスがあります。僕たちも見ていて、やっていて楽しいゲームを目指します。

 東芝はアタックが好きなチームだと認知されている。どのチームも対策を立ててきているとわかる。そんななかでもスペースを作り出し、アタックする術を考えます。無理に攻めるばかりではなく、(防御の)裏にスペースがあるならそこをキックで的確に突いてバランスを取るなど、チーム内で議論しながら最適解を探っていきます」

 ここからブラックアダーは、報道陣へ問い返した。

「逆に、こちらから質問をしてもいいですか。メディアの皆さんのほうがラグビーを見ているでしょう。今年はどんなシーズンになりそうか、どんなチャレンジがありそうかといった予想、見立てを教えてもらえますか」

 ここで求められたのは、質疑応答の枠を超えた対話だろう。いまの日本ラグビー界での話題について、ブラックアダーが誠実かつ率直に持論を展開する。

——「見立て」とは異なるかもしれませんが…。ここ数年、テストマッチではハイボールの競り合いが増えています。今後、リーグワンにも同じ流れは来ると思いますか。また、そうなってほしいと思いますか。

「北半球ならクラブレベルでもコンテストキックが増えています。ただリーグワンは、全体的にゲームスピードが速い。少なくとも今年は蹴り合いでゲームを止めて、ラックを作って、セットアップして、蹴って…という風にはならないのではないでしょうか。

 昨季の東芝は、キックの本数がリーグでも少ない部類に入ります。キックの蹴り合い、コンテストキックは、特段、力を入れている分野ではありません。

 正直、そう(ハイボール合戦の傾く傾向に)なってほしくないとも思います。私たちのスタイル的にはもちろん、ファンの方が見ていて面白くないと思うからです。

 リーグワンには見ている人を楽しませようとする気概のあるチームが多いです。これは一個人の見解ですが、展開ラグビーを楽しんでほしいです」

——コンテストボールと言えば、捕球役を保護するエスコートという動きが厳しく取り締まられています。それがハイボール合戦を助長しているような。

「もはやエスコートという概念はなくなっている。蹴られた側が戻ってチェイサーを妨害するのは反則となっています。以前は私たちもチーム練習でエスコートを確認していましたが、いまはそうしていません。

 蹴られた側が捕る選手をプロテクトできなくなった。同時に、蹴ったほうがそのことによってよい結果を獲得する可能性が高まった。キックが増えているのはそのためでしょう。以前と違い、空中戦のこぼれ球を拾ってからのアタックが得点源になってきています。

 ストラクチャーを使った展開ラグビーから離れ、脱構築的になってきています。繰り返しますが、そうならなければよいのに…と思います」

今季が日本でのラストシーズンとなるリッチー・モウンガ。「頭の中が、よりクリアになっているように感じます」。(撮影/松本かおり)


——相次いで外国人コーチが来日し、海外代表経験者が主将を務めるケースも増えています。

「外国人、多すぎるかなと。

 いまから話すことが日本に来ている外国人コーチ全員の感覚を代弁する結果となればいいなという前提でお伝えします。

 日本でコーチングさせてもらう事には、大きな責任を感じています。日本人の選手やスタッフの成長を助けられないなら、本来、来るべきではありません。私たちが日本以外で培ってきたものを、知的財産として還元させなくてはならない。

 横浜キヤノンイーグルスのレオン・マクドナルドさん、ワイルドナイツのロビー・ディーンズさん、コベルコ神戸スティーラーズのデイブ・レニーさんなどが、質の高いコーチングを施しています。国内シーンでのコーチングレベル、そこへ投資されている金額を考えたら、日本代表は世界のトップ8にいて然るべきです。ただ、現状はそうなっていない(世界ランク12位)と認識したうえで、日本におけるラグビーの価値、存在感が高まるよう働きかけられれば」

——エディー・ジョーンズヘッドコーチ率いる日本代表は、そのリーグワンのクラブでレギュラーに定着していない選手もポテンシャル重視で選出。独自の道を歩んでいます。

「ただ、いまのリーグワンには、ワールドカップ2連覇中のスプリングボックス(南アフリカ代表)のメンバー、オールブラックス(ニュージーランド代表)として何試合も経験している選手が何人もプレーしています。選手やコーチの質は世界有数のものになっている。『それがなぜ代表の力に反映されていない』と皆さんが思っているのだとしたら、それは自分じゃない人に聞いてみてください。
 
 いまの日本ラグビー界には、日本代表の世界での活躍に転換しうる要素がたくさんあります。各企業が多額の資金を投じてくれています。そのタイミングを掴み、代表強化に繋げないと、出資元への申し訳なさも生まれます。この質問に真摯に答えるべき人が、私以外にもいるのではないでしょうか。

 マルコム・マークス。今年の世界最優秀選手です。彼はどこでプレーしているか。リーグワンです(スピアーズに在籍)」

 ナショナルチームのあり方にも絡む見解を示しながら、司会者が「次で最後の質問」と発したら「あと3つほどどうぞ」と返答する。

——昨季まで活躍した原田衛選手とワーナー・ディアンズ選手がスーパーラグビーに挑戦します。

「原田はまだ若いがポテンシャルがあり質の高いプレーをする。いまこのタイミングでの海外挑戦はプラスになる。違う文化、日本語の通じない環境で、それまで持てなかった視点が生まれる。より多角的にものを見られるようになってくれるのではないでしょうか。ワーナーも最高の経験ができるでしょう。

 今年この2人がチームにいないことは、短期的な目線であれば必ずしもいいものではない。抜けた穴の大きさは少なからずある。でも長期的に見れば、彼らが海外でよい経験をし、よりよい違う視点を持った選手として東芝に帰ってくればプラスになると言えます。そう思うようにします」

——2年連続シーズンMVPのリッチー・モウンガ選手は、今季限りで退団。母国のニュージーランド代表へ復帰すべく、帰国します。

「いままで見てきた彼のなかでもっとも仕上がっている。話しても、練習の姿勢を見ても、頭の中がクリアになっていると感じます。東芝によいものを残したい気持ちが強いのでは。彼は家族も日本に連れてきて、皆で府中、東芝を楽しんでくれている。先週は息子が日本で生まれました。これからは息子の生まれた国として日本を見てくれると思います」

——モウンガ選手以外のスタンドオフを育成する計画は。また、チームからその手の要請を受けていますか。

「具体的にリッチーが抜けるからいまのうちに…というクラブからのリクエストは特にありません。

 リッチーが万全でパフォーマンスを発揮できるのなら、彼を10番で出場させるつもりです。一方、ここ数シーズンも彼が全試合に出たわけではない。彼が出られないなら、その時の2番手の10番がプレーすることになります。チームとしては目の前の試合で勝つために一番いいチームを作る。先を見過ぎることはない。

 それにリッチーは昨季、手の骨折があっても(プレーオフ決勝に)出たがっていました。来年を考えて休んでくれなんて、言えません!」

 約1時間のカンファレンスを「金曜日の午後は一番しんどいもの。退屈させてはいけない、何とか起きていてもらえればと話しました! 皆さんからは普段、得られない視点もいただき、ありがたく思います」と締めた。




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