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【オールブラックス】イングランドに屈しグランドスラムならずも、若手で挑むウェールズ戦は2025年締めくくる大事な一戦。
久しぶりにメンバー入りのルーベン・ラブ。今季2度目の先発へ。(撮影/松尾智規)

【オールブラックス】イングランドに屈しグランドスラムならずも、若手で挑むウェールズ戦は2025年締めくくる大事な一戦。

松尾智規

「オールブラックスはグランドスラムを逃した。(その勝利は)イングランドにふさわしいものだ」
 Sky Sport NZの実況が、試合終了と同時に放った言葉だ。

 現地ロンドン時間の11月15日、グランドスラムツアーの最大の山場と見られていた第3戦・イングランド戦は、後半に失速したオールブラックスが19-33と敗れた。ツアー最終戦となるウェールズ戦を前にニュージーランド代表のグランドスラム達成は途絶えた。

 ここでは完敗に至ったイングランド戦の展開を振り返り、失望に包まれたニュージーランド(以下、NZ)国内の反応も交えつつ、目前に迫ったウェールズ戦で大幅変更があった選手起用について紹介してみたい。

◆オールブラックス、敵地での洗礼。イングランドはハカに「V字」で対抗。


 ロンドンのトゥイッケナム。8万2000人の観客と共に戦ったイングランドは、オールブラックスの「ハカ」に対し、予想通りプレッシャーをかけてきた。
 2019年、日本開催のW杯準決勝でオールブラックスに勝利した時と同じく、イングランドの23人の選手は「V字」に並び、観客は「Swing Low(スイング・ロー)」でハカに対抗した。当時のようにセンターラインを越える事はなかったが、それでも十分に圧を感じさせる演出となった。

 V字の左側の最前列に立ったFL ヘンリー・ポロックは、まるで「蛇が獲物を狙う」ように唇を舐めながら、不気味な笑みを浮かべてハカを見つめた。その姿は強烈だった。
 対するオールブラックスは、少しずつ前に出る「カパ・オ・パンゴ」を披露したが、昨年の同カードように全員で揃って前に出て圧に対抗する一体感は見られなかった。

◆序盤はオールブラックスが優勢も、接戦の前半。


 ハカでプレッシャーを受け、嫌な予感が頭をよぎった、しかし、試合はオールブラックスが良いスタートを切った。
 ファーストクォーター、スペースを生かした攻撃と素早いリサイクルで、レスター・ファインガアヌク(15分)とHOコーディー・テイラー(18分)が立て続けにトライ。12-0とリードを奪い、幸先の良い立ち上がりとなった。
 しかしその後、イングランドは修正に成功。徐々に勢いを引き寄せた。オールブラックスはアウトサイドCTB(13番)オリー・ローレンスのパワーを2人のディフェンスが止めきれずトライを許す(12-5/25分)。

試合の結果を伝える『englandrugby』、『allblacks/NZ RUGBY』のInstagram


 さらに、ポッゼション(ボール支配率)と敵陣でのテリトリー(地域)を有効に活用したイングランドに流れを掴まれ、司令塔ジョージ・フォードに的確な2本のドロップゴールの成功を許した。12-11と1点差に迫り、ハーフタイムを迎えた。
 まさにがっぷり四つの展開となり、後半の展開も目が離せなくなった。

◆オールブラックス後半失速!グランドスラムならず。


 流れを取り戻したかったオールブラックスだったが、後半開始早々にHOテイラーがイエローカードの判定を受ける。チームで初めての反則に加え、レッドゾーン(自陣22メートル内)以外での反則だったが、TMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)の介入により、10分間退場の厳しい処分となり、ここからイングランドに勢いが傾いた。
 加えて、前半素晴らしいプレーをしたSHキャム・ロイガードとSOボーデン・バレットの負傷退場が重なりチームは後退した。
 後半はディフェンスの連携の乱れも重なった。3トライを献上。攻撃面では1トライにとどまり、序盤の勢いを取り戻せなかった。
 結果、19-33で完敗。グランドスラムの夢は潰えた。

 試合後の指揮官スコット・ロバートソン、主将のスコット・バレットの表情は、当然冴えなかった。ロバートソンHCは、「スタートは良かったが……」と一瞬笑顔になったものの、前半12-0でリードしたあと、ハーフタイムまでに数回にわたるタッチキックのミスでチャンスを逃し、追加点を挙げられなかったなかったことを悔やんだ。
 勝者のイングランドに対しては、「チャンスを生かすのが上手いと思う。それがおそらく、彼らがやって来た大きな特徴です。昨年の厳しいテストマッチではチャンスを逃したこともあったが、今回は小さなチャンスもものにしている」と相手の成長を分析した。

◆敗戦後、ファンは失望と怒り。


 この試合を見たラグビーファンは、同日(NZ時間11月16日)のランチタイムから始まるラジオ番組の中のトークバックで早速不満を漏らした。某番組の司会者は、「オールブラックスのブランドが死んだ日だ」と番組の冒頭から強烈な言葉を放った。
 今季3回目の敗戦は、過去2回と同じく後半の得点力不足に加え、守備の乱れから失点が増えるパターンで負けた。プレッシャー下で修正できないチームに対し、怒りを表現するファンも少なくなかった。「ただグランドスラムを逃しただけの問題ではない」という空気が、電話越しの声からも、そして司会者の口調からも、はっきりと伝わってきた。

ウェールズ戦のメンバー。All Blacks/NZ RUGBYの公式『X』より


◆今季の最終戦、対ウェールズ戦は大幅変更へ。10番マッケンジー、15番ラブ。


 現地カーディフ時間11月22日、午後3時10分キックオフのウェールズ戦に向け、オールブラックス23人のメンバーの発表された。イングランド戦に敗戦したものの、これまで出場機会に恵まれていない選手たちにチャンスを与えるため、ツアー初のメンバー入り7名を含む大幅な入れ替えがおこなわれ、先発12人の変更とポジションのシフトも実施された。

●フォワード
 フロントローは総入れ替え。これまで後半のインパクト要因としてベンチスタートだった左PR(1番)タマイティ・ウイリアムズ、HOサミソニ・タウケイアホ、右PR(3番)パシリオ・トシの3人が揃って先発昇格。 
 セカンドロー(LO)は、前戦を体調不良で急遽欠場となったファビアン・ホランド が復帰し、主将のスコット・バレットとコンビを組む。
 バックロー(FL/NO8)は、ブランドサイド・FL(6番)サイモン・パーカーが据え置きで、7番にデュプレシス・キリフィ、NO8にウォレス・シティティが入る。

久しぶりの出場はWTBからCTBに戻って13番を付けるリーコ・イオアネ。(撮影/松尾智規)


●バックス
 このツアー初先発のSHコルテス・ラティマと先発に昇格したSOダミアン・マッケンジーのチーフスコンビのハーフ団となった。
 中盤のCTBは、インサイド(12番)にアントン・レイナート=ブラウンが入った。アウトサイドは(13番には)、9月6日のスプリングボックス戦以来のメンバー入りとなったリーコ・イオアネが務める。今季はWTBで起用されていたイオアネがCTBで先発するのは興味深いセレクションだ。

 バックスリー(WTB/FB)は、脳震盪から回復したケイレブ・クラークが左WTB(11番)、ウィル・ジョーダンはFBから右WTB(14番)シフトされ、空いたFBには、ルーベン・ラブが今季2回目の先発で入る。
 実力がありながらなかなか起用されていなかったラブは、記者会見で、「ボーデン(バレット)、Dマック(マッケンジー)、ウィル(ジョーダン)のうしろでプレーしていたので、かなり忍耐が必要だった。ずっと練習ばかりでフラストレーションを感じる事もあった」と素直に胸の内を語った。
 オールブラックスの一番の課題であるキック処理も良い。試合に飢えているラブが最終戦で大暴れする姿が目に浮かぶ。

●ベンチ
 フロントローは、NPCで好調だったHOジョージ・ベル、先発で定着していたフレッチャー・ニューウェル、久しぶりのメンバー入りのジョージ・バウアーのPR陣が後半から出場を伺う。前戦で急遽先発に回ったジョッシュ・ロードがベンチに戻り、今季代表デビュー後に一度スコッド外となったFL/NO8クリスチャン・リオ=ウィリーが再びメンバー入りと、興味深いセレクションだ。
 バックスは、SHフィンレイ・クリスティ、CTB/WTB レスター・ファインガヌク 、WTBセヴ・リースが控える。

 なお、前週負傷退場したSHロイガード、SOボーデン・バレット、そしてFLアーディ・サヴェアは、怪我人リストに入ってないことから、休養と言う形でメンバー外となった。

 大幅にメンバー変更したものの、ベンチを含めて戦力ダウンの印象はない。ここでアピールし、来季に向けてコーチ陣へ強く印象づけたいところだ。

オールブラックスに挑むウェールズのメンバー。Welsh Rugby Unionの公式『X』より


◆若手主体も「圧勝はマスト」! 不調のウェールズ相手に内容も問われる。


 ウェールズ戦は単なる年内締めくくりの試合ではなく、これまで出場機会に恵まれていない選手たちの可能性を見極める重要な一戦となる。前週、日本代表に辛うじて勝利したウェールズ相手に、「大差で勝利がマスト」という声が多く、勝利だけでなく内容面での圧倒が求められる。イングランド戦の敗戦で失望したNZ国内のファンやメディアからの視線は厳しくなっている。

 一方のウェールズは1953年を最後にオールブラックスから白星がない。歴史的に見ても現在が「どん底」と言える状況。今回も苦戦が予想される。
 しかし、ロバートソンHCは、「ウェールズの情熱と決意を軽視することはできない。私たちはそれに応じるため、組織的かつ正確で、容赦ないプレーが必要だと分かっている」と語った。

 ウェールズが日本戦の勝利を機に勢いを出し、若手主体のオールブラックスを慌てさせることができればスタジアムを盛り上げることもできる。「消化試合」との声が聞こえてくる一戦だが、その言葉を打ち消すような試合を見せられるか。もし接戦になれば、再びNZ国内は荒れかねない。

 オールブラックスは今季最終戦でどのような結果を残すだろう。若手主体のチームが、可能性を示すことができるだろうか。




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