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オールブラックスがアルゼンチンの刑務所チーム『スパルタンズ』を訪問。
スパルタンズのメンバーとボランティアたちに囲まれるPRパシリオ・トシ。(写真提供/セバスティアン・ペラッソ、以下同)

オールブラックスがアルゼンチンの刑務所チーム『スパルタンズ』を訪問。

中矢健太

 8月16日、ザ・ラグビーチャンピオンシップが開幕。アルゼンチン代表プーマスは、ニュージーランド代表オールブラックスをホームで迎えた。

 チェ・ゲバラがかつて住んでいたことでも知られるアルゼンチン第2の都市、コルドバで行われた1戦目は41-24でオールブラックスに軍配が上がった。だが、ブエノスアイレスでの2戦目はプーマスが29-23で試合を制した。
 昨年8月にもアルゼンチンはオールブラックスを38-30で破っているが、それはウェリントンでのアウェーゲームだった。ホームゲームでの対オールブラックス戦勝利は、史上初めてのことだった。

 激しい2連戦の最中、オールブラックスのメンバーはわずかなオフで観光を楽しみ、現地の空気を感じていた。ブエノスアイレスの名門サッカークラブ「ボカ・ジュニアーズ」の試合観戦や、国民的バーベキュー「アサード」を堪能している様子はSNSにもアップされていた。
 また、ボーデン・バレット、ジョーディー・バレット、ダミアン・マッケンジーの3選手が道にはまってしまった車を持ち上げ、運転手を助けたことが話題となった。その様子をおさめたオールブラックス公式インスタグラムの動画は約370万回再生され、現地メディアにも取り上げられるなど話題になっていたようだ。

 そんな中、スコット・ロバートソンヘッドコーチとPRパシリオ・トシの2人は、ある場所を訪れていた。ブエノスアイレスのサン・マルティン刑務所だ。

【写真左上】ボランティアの広報とともにグラウンドへと向かうオールブラックスのスコット・ロバートソンHC。【写真左下】ボランティアスタッフにサインをするHC。【写真右】スコット・ロバートソンHCと、今回の情報を提供してくれたセバスティアン・ペラッソ氏
当日の、いい空気が伝わってくる。(写真/スパルタンズ財団インスタグラムより)

 同刑務所のユニット48には、アルゼンチンの刑務所で初めてラグビーが導入されて生まれたチーム、スパルタンズがある。受刑者の更生、社会復帰を目的としてラグビーが持ち込まれて以来、今ではアルゼンチンのみならず、チリ、エルサルバドル、スペイン、ケニア、ペルー、ウルグアイなど現在進行形で国外にも拡大している。

 というのも、ラグビーを経験した受刑者の再犯率は65パーセントから5パーセント以下と劇的に減少している。かつてサン・マルティン刑務所では、所内の小競り合いや暴動によって月に1人以上の死亡者が出ていた。2014年以降は、誰一人として亡くなっていない。
 スパルタンズ誕生からのストーリーは書籍化、またディズニーチャンネルでは映像化されている。私が実際にここを訪れたレポートは【Feel in Argentina Vol.2】でご覧いただきたい。

 オールブラックスの2人は、社会復帰のために設置されているコンピュータールームやミシンルーム、そして大規模なミーティングルームなどを見学した後、スパルタンズのメンバーやボランティアが作った花道を通り、歓迎を受けた。

スパルタンズとボランティアの歓迎を受け、花道を歩くオールブラックスの2人


 オールブラックスがここを訪れたのは、初めてではない。2018年、同様にチャンピオンシップでの遠征時に、リーコ・イオアネやアーディー・サベア、ソニー=ビル・ウィリアムズなど10人ほどの選手がここを訪れている。実際に受刑者たちが暮らしている房に入ったり、一緒にラグビーをしたりと交流を深めた。

 今回、この企画の中心になったのは、法律関係の仕事に就きながらノンフィクション作家としても活動をしている熱狂的ラグビー愛好家、セバスティアン・ペラッソ氏(Sebastián Perasso)だ。スパルタンズ財団の大使としても名を連ねているペラッソ氏曰く、「ニュージーランド側が主導してくれたおかげで今回の企画が実現した」とのこと。

セバスティアン・ペラッソ氏のクラブ訪問の足跡と予定
2005年4月に行われた日本代表南米遠征でのファンクションにて、エミリオ・ペラッソ氏と故・日比野弘氏がおさまった1枚。なお、試合は36-68で日本はアルゼンチン代表に敗れた。(撮影/中矢健太)


 ペラッソ氏は、アルゼンチン国内に約600あるクラブのうち450以上を自身の足で訪れている。まだ訪れていないクラブについても、すでに100クラブについては来訪の予定が立っているという。その記録を残したメモからは、凄まじい熱量を感じた。

 彼は各地で、必ずポールとスクラムマシンを撮影すると決めている。理由は「沈黙の中で語るから」。私も現地取材では大変お世話になった。

 また、彼の父であるエミリオ・ペラッソ氏(Emilio Perasso)は過去にアルゼンチン協会の会長を務めており、プーマスの監督候補としても何度か名前の挙がった人物だ。2005年4月に行われた日本代表の南米遠征では、会長代行として帯同した故・日比野弘氏とも交流していた。

 セッションの最後には、トシがスパルタンズにハカを教え、スパルタンズのメンバーやボランティアも含めた全員で踊った。

セッションの最後にはトシのリードでハカを踊った


「ジャージを交換し、抱擁し、笑顔を交わし、そしてその場にいた人々の記憶に刻まれるであろう光景。スパルタンズにとって、フィールド上の一歩一歩は、新たな人生への一歩でもある。そしてオールブラックスにとって、これはラグビーが、たとえどんなに困難な状況にあっても、救済の手段となり得ることを確信する機会となった」(LA NACION)

 実はコルドバでの第2戦を終えた後、オールブラックスは人数を増やして再訪する計画もあったようだ。ただ、悪天候が理由で流れてしまった。
 しかし、オールブラックスが7年ぶりに再訪、また監督が訪れたという事実は、スパルタンズプロジェクト、そしてメンバーたちの社会復帰を加速させるに違いない。












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