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ウェールズ戦での気づき。戦術、リーダーシップ、そして南アフリカ戦への意欲。エディーとの60分
7月のウェールズ代表との2連戦には1勝1敗。昨年の就任以来、テストマッチ13戦を戦って5勝8敗。(撮影/松本かおり)
2025.08.08
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ウェールズ戦での気づき。戦術、リーダーシップ、そして南アフリカ戦への意欲。エディーとの60分

田村一博

 カジュアルな雰囲気の中でやりましょう。
 8月7日に都内で開かれたエディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチ(以下、HC)によるメディアブリーフィングは、報道陣が同氏を半円で囲むようなスタイルでおこなわれた。

 前日に富士スピードウェイで活動中のハースF1チームを訪ね、チームの代表、小松礼雄氏と話したというジョーンズHCは、「ハースも(ラグビー日本代表と同じように)再建の途中にあるそうです。F1だと再建には5年かかる、と。しかし、私たちには5年はない。(準備期間は)3年です」と切り出して、7月に戦ったウェールズとの2つのテストマッチを振り返った。

 7月5日に北九州で24-19と勝ち、同12日には神戸で22-31と敗れた両試合を分析して、4つのエリアについて気づきがあったようだ。

◆メンタル強化とキック戦術。


 1つめに挙げたのはメンタル。「選手たちの感情的なスキル、感情をコントロールする力を育成しないといけない」とした。第1テストに勝利した後、2戦目に、初戦同様の張り詰めたメンタル、あるいは初戦以上のそれで相手に臨めたか。その点については、試合直後から指摘していたことだ。
 この日も、「2戦目に向けて感情的に正しいマインドになるように、どう持っていくか、が大事だった」とし、若手選手が自ら気持ちを合わせていくのは簡単ではない、とした。「訓練が必要。そこに取り組んでいくつもりです」

 若手に限らず、選手たちの心の動きは繊細だ。それは日本の選手に限らず、ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズのように、それぞれの国で多くのキャップを持っているチームでも変わらないと、この日のトークの中で何度か繰り返した。
 3テストマッチシリーズの最初の2戦で連勝して安堵したライオンズの選手たちの心の動きと、3戦目に奮起したオーストラリアの選手たちを例に出して、話すシーンがあった。

約60分のブリーフィングはカジュアルな雰囲気の中でおこなわれた。(撮影/松本かおり)


 ウェールズ戦を経ての、2つめの気づきは、アタックのバランスについて。
 近年のラグビーでは多くのチームがコンテストキックを多用し、空中コンテストが多い。各試合で30回のコンテストが起こる中で、「私たちは超速ラグビーを体現していく。けれど、キックを混ぜながらアタッキングゲームに取り組む。(8月下旬のカナダ戦から始まる)パシフィックネーションズカップの中でも、それを発展させていきたい」と話した。

 そして、1時間に及ぶブリーフィングの途中で、「キック力はリーグワン(の活動の中)で高めてほしい」とした。「インターナショナルレベルで、新しいスキルを育成するのはなかなかできない。時間も限られている」からだ。
 ただ、国内シーンの各チームがキック戦術にあまり力を注いでいないことを「(代表チームの)言い訳にはしない」とも言った。そのためにも、「独自のプレースタイルを構築していく」。

 戦術的に優れていることが重要と話し、持論を展開した。ポジティブポゼッションとネガティブポゼッションという言葉を使い、特にネガティブな時の戦い方について言及した。
「2回ラックを重ねたあと、それでもディフェンスに乱れが生じていない局面。ディフェンダーが正面を向いたままなら、ディフェンスが有利。そんな時に、新たなコンテストを生み出し、そこからアタックする機会を作れるようにしないといけない」
 キックを蹴る判断と精度、組織としての統一された動きが必要だ。
 簡単ではないから、「その落とし込みのコーチングをどうするかが重要」と語り、今後も選手たちとともに試行錯誤を重ねていく。

◆PNCは新リーダー出現のいい機会。


 3つめの気づきは、「ディフェンスの安定」だ。近日中にアナウンスされる新しい防御担当アシスタントコ―チのもと、「容赦なく、徹底的にディフェンスしまくるスタイルを確立させたい」と話した。

 この点については他の話題の時に、「ディフェンスには秘訣も隠し事もなく、しっかりポジションについて、ラインから前に出て、タックルする。それだけ。そしてジャッカルのスキルを得て、ボールを取り返さないといけない」と話した。

「ディフェンスのいい習慣を持っている選手を作らないといけない。そして、ボールキャリアーに対してできる限りインサイドプレッシャーをかける。そうすると早くパスをする。ウェールズシリーズから、そんな仕掛けをしています。今後、それをアップデートしていきます」

 ブレイクダウンについて話す時間もあり、その際は、「基本的にブレイクダウンは良くなってきているが、ファーストフェーズの精度が悪かった」と指摘。「ウェールズとの2戦目では、ファーストフェーズのラックで4回ターンオーバーされました。相手のダブルジャッカルに対処しないといけない。インサイドプレーヤーがもっと素早くボールに寄り、ボールキャリアーも、グラウンドでハードワークしないと(倒れた後にグラウンドワークをもっとしないといけない)」と続けた。
 その上で、「方向性は間違っていない」とした。

ウェールズとの第2テストを終えた後、リーチ マイケル主将の労をねぎらう。(撮影/松本かおり)


 そして4つめに挙げたのは、「リーダーシップの育成」。ウェールズとの対戦時に主将を務めたリーチ マイケルを「素晴らしい仕事をしてくれた。しかし、(現役生活の)終盤を迎えようとしている選手で、毎回最後だという気持ちでやってくれている。なので、彼のリーダーシップがなくなった時に、そこを埋める選手を見つけないといけない」。
 PNCを「そこを強化する絶好のチャンス」と見ている。

 この話題に関しては、これまで接してきた中の傑出してきたリーダーたちとして、元オーストラリア代表のジョン・イールズ(RWC1999優勝主将)や元南アフリカ代表のジョン・スミット(RWC2007優勝主将)、リーチ、今回のライオンズシリーズでも存在感を示したオーストラリア代表のウィル・スケルトン(RWC2023主将)らの名前を挙げたほか、チーム内におけるキャプテンシー、選手たちの自主性についても話した。

 いろんなチームでの指導経験を経て感じたのは、「選手たちがリードするところと、ガイドされる(導かれる)ところのバランスをしっかりとることの大切さ」だ。
「いまのラグビーを見ると、キックオフ後も試合が止まったり、リーダーシップを発揮するチャンスが多くある。コーチとしての仕事は、戦術プランを提示すると同時に、選手たちがもっとリードし、自分たちで判断、決断していくように促す。何かを変えないといけないときに、それを各々できるようにすることです」
 ハーフタイムにも「自分たちで打開していくようにさせる」ことで、チーム力の高まりを呼びたいようだ。

◆南アフリカ撃破から10年。再び!?


 2015年のワールドカップでジョーンズHC率いる日本代表が南アフリカに勝ち、衝撃を与えてから10年が経ち、その間に日本ラグビーはどう成長し、課題として残っているものは何か、という質問には、「私はその間ずっと日本にいたわけではないので、それについて言う権利がない」としながらも、持論を語った。

 まず、当時の日本代表にはプロ選手もいたが、準備の仕方など、精神的にはまだアマチュアの選手もいたと言った。「それが、2019年大会の時には多くがプロとなり、いまは完全にプロです」と切り出した。

パシフィックネーションズカップを戦う日本代表は8月12日に発表される。(撮影/松本かおり)


 同HCは、1995年のW杯を機にラグビーのプロ化が一気に進んだ時期のオーストラリアの状況を知っていることを前提に、(契約的に)プロ選手になっても、最初から本当のプロフェッショナルにはなり切れないものと言った。

「プロフェッショナルは、やるべきことを自分でやれる。お金をもらうためにトレーニングするのではなく、勝つためにトレーニングする(そして稼ぐ)。チームとして過ごすのが1週間に10時間あるとするなら、20時間は自分自身の時間。その時間を使って(自己)分析をして力を得ていかないといけない」
 プロ選手が増えたことは歓迎も、その次のステージに進むことを求める。

 また国内シーンを見つめ、試合(先発)メンバーの構成が日本選手10人前後、外国出身選手4、5人だったのが、いまは逆転していると指摘。「メンバーに選ばれない、プレーできないでは、日本人選手が自信をつけるのが難しい。(日本代表も含め)外国人選手は必要ですが、日本人選手がリードしていくチームを作らないと」と力説した。

 最終決定の報がなかなか届かないものの、11月初旬に日本代表×南アフリカ代表の実現が噂される。そのことについては、「素晴らしいチャンス。実現することを願っています」と話した。

 世界のベストチームと戦うことについて、「多くのことを学べる、それ以上のものはない」とする。
「(そんな相手と対峙すれば)時間もスペースもない。フィジカル的にも圧倒されるのは分かっています。そういう環境でプレーしないと経験できないものがある。実現するなら素晴らしいチャンス。世界のベストのチームに対して、自分たちの現状を把握するいい機会。彼らはパワーゲームを新しいレベルまで引き上げています。我々は真逆のことをしないといけない。違うスタイルがぶつかり合う試合になる」

 対戦が決定したら、世界ランクが1位と14位だろうが、勝ちにこだわる人だ。そのチャレンジを見てみたい。
 そして、それが日本代表の力を一気に引き上げるものとなればいい。






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