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【Just TALK】「あぁ、俺、デビューした」。木村星南[日本代表/PR]
7月12日、神戸でおこなわれたウェールズ代表との第2テストで初キャップを獲得。最初のスクラムで相手の反則を誘った。(撮影/松本かおり)
2025.08.09
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【Just TALK】「あぁ、俺、デビューした」。木村星南[日本代表/PR]

向 風見也

 際立つ名前の由来は、南半球で見られる南十字星。大阪府内でカフェを経営する両親に授かった。

 ラグビー日本代表の木村星南(せな)は、身長175センチ、体重105キロの26歳。最前列の左プロップを務め、スクラム、タックル、接点で存在感を示す。

 所属先は東芝ブレイブルーパス東京。2022年より在籍する。今年6月までの国内リーグワン1部では、2季連続で日本一達成、ベストフィフティーン受賞の両方を叶えた。

 テストマッチデビューは7月12日。兵庫のノエビアスタジアム神戸で、対ウェールズ代表2連戦の最終戦へ前半37分から途中出場した。22-31と敗れるも、持ち味を発揮した。

 さかのぼって7月5日、福岡のミクニワールドスタジアム北九州での同カード第1戦では、リザーブ入りも出番がなかった。24-19で勝った瞬間を、タッチライン際で迎えた。

 当時の心境を振り返ったのは同月30日。8月中旬からの宮崎合宿、パシフィックネーションズカップ(PNC)への参加を見据え、ナショナルチームに課されたトレーニングに励んでいた折だ。

きむら・せな。1999年6月24日生まれ、26歳。大阪府出身。175センチ、105キロ。大阪産業大学附属高(高1)→東海大→東芝ブレイブルーパス東京(2022〜)。日本代表キャップ1。(撮影/向 風見也)


——あらためて、直近の代表キャンペーンをどう振り返りますか。前年度の同じ時期は活動中に途中合流という形でしたが、今回、6月中旬以降の宮崎合宿に初日から加われました。

「去年は夏のシリーズ(6~7月)には2週間くらいしか加われず、PNCにも行けず、秋(10月以降の国内外での転戦)も呼ばれてすぐ怪我をしちゃって…。

 今年は、絶対に怪我なしでやり切るという目標を持っていました。今回、初めて(合宿に)最初から最後まで参加できた。追加招集の時よりも、他の選手たち、エディーさん、スタッフとコミュニケーションが取れた。参加したな、という感覚がありました」

——「エディーさん」ことエディー・ジョーンズヘッドコーチ体制は2季目を迎えています。初年度と雰囲気に違いはありましたか。

「それほどメンバーが変わらなかったのもあり、選手同士の仲がよく、声も出ていました」

——指揮官の印象は。
「エディーさんは練習だけではなく、普段からひとりひとりのことを観察しているんじゃないかと思います。プレー面での『あそこのあの動きはよかった』とか、『いま、体重はどれくらい?』といったコミュニケーションもよく取ってくれて、全員のことを知ろうとしている。

 僕が初日に言われたのは『自分をプッシュしろ』。練習で走れていなかったからです。そして、『起き上がって3歩ダッシュする』『歩かない』と心がけるようにしたら、3~4日目の練習で『プッシュできたよ』と(褒められた)。『あ、これが、自分をプッシュするということなんだ』と」

——鍛錬はハード。早朝から2部もしくは3部のセッションが続きました。

「覚悟はしていましたが、予想以上にハードワークしなければいけないとは思いました。

『すっごいな、これ…』と。

 すべてにおいて、少しでも『できていないところ』があると全体がずれてくる。細かいところを、いつも以上に意識しないといけない。また(チームが唱える)『超速ラグビー』をするには常に走り続けなければいけない。歩くことは許されない。早く起き上がることを意識しています。

 僕はまだこのワンシーズンしか経験していないですけど、これをマイケルさんのような方は10年間くらい、このスケジュールで、毎日やっているんだと考えたら…」

HO江良颯からのパスを受けてボールキャリーするシーンもあった。(撮影/松本かおり)


——「マイケルさん」。つまりブレイブルーパスの主将でもあるリーチ マイケル選手は2008年、東海大2年で初めて代表入りしました。ジョーンズHCが最初に指揮を執った2012年からの4年間のうち、最後の2年間は船頭役を務めています。ワールドカップイングランド大会翌年の2016年こそ心身の疲労から代表辞退も、2017年以降は体調が万全ならほぼフルコミットしています。

「もう、尊敬しかない。そのうえリーグワン、(前身の)トップリーグもしていたとなれば身体もきつくなってくるはずですし、本当に凄いとしか…」

——ちなみに昨秋のテストマッチは1勝3敗。この7月の連戦の結果次第では、ジョーンズ体制の継続も見直される可能性がありました。その空気は感じていましたか。

「そこはまったく考えていなかったです。ニュースや、SNSの噂などで見ていましたけど、僕らはテストマッチに勝つことだけにフォーカスしていました。僕は0キャップだったので、出る、そのうえで勝つ、と」

——かくして迎えたテストマッチの初戦。交代からの出場機会が回ってきませんでした。試合後のロッカールームでは、ジョーンズヘッドコーチが木村選手のほか同じく最後までベンチを温めた江良颯選手、為房慶次朗選手も集めて何やら訓示していました。

「『申し訳ない。試合序盤からスクラムが優勢で、(スターターを)代える必要性はなかった』と。それはその通りです。試合に出られなかった悔しさは忘れないままでいましたが、リザーブから出るタイミングは僕がコントロールできない。説明してくれたので、『はい』と(切り替えられた)」

——7月12日にデビューしたのは前半途中。最前列3人をいっぺんに代える大胆な采配で、ピッチに送り出されました。

「全然、予想していなかった。ジャパンのリザーブは、前半15分、35分にアップをするんです。あの日は15分にゴール裏で走って、帰ってきて、35分にもう一度始めようと移動していたら、(スタッフから)『帰ってこい! 行くぞ』と。

『あ、もうなんや』と。あれくらいだと、緊張する暇もなく出られました」

ウェールズとの第2戦、前半37分。フロントロー3人が揃ってピッチに出る直前。(撮影/松本かおり)


——ピッチに入る心境は。

「『あぁ、俺、デビューした…』と。そして、1発目のスクラムでペナルティを獲れた。いい入りでした。

 前半の間、(一緒に投じられるフッカーの)颯が相手のスクラムを分析していました。それを踏まえて、コントロールしてくれた。(向こうは)距離を取りたい感じだったので、僕らは、(間合いを)詰めた、という感じです。

 それと、僕ら(木村と江良)がファーストキャップの中、テストマッチの経験があるTKさん(一緒に投じられた右プロップの竹内柊平)は『行こうぜ!』とエナジーを出してくれていました」

 今後は接点での寄りなどの課題を見直し、定位置争いへ前向きに挑む。

 ジャパンの一員となった所感を聞かれ、充実した口ぶりで述べた。

「したくてもできない経験ばかり。当たり前じゃないと感じます。めっちゃしんどいんですけど、そこに楽しさと嬉しさもあって…。しんどいことを一緒にした仲間は、わかり合える。『だから、代表のメンバーがすぐに仲良くなるんや!』って。

(この先も)選ばれ続けたい。行って成長できることが多くあると感じたので」






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