
心震えるような、素晴らしい試合を見せてもらった。
ラグビー王国ニュージーランド(以下、NZ)で130年以上の歴史を誇る伝統の一戦がある。
NZの南島に位置するクライストチャーチ・ボーイズ・ハイスクール(以下、CBHS)対 クライスト・カレッジは因縁の対決。「南島最大級」と言われており、毎年、熱狂の渦に包まれる。
単なる試合ではなく、両校の長い歴史と学校の誇り、そして次の世代に受け継がれる想いが詰まった特別な舞台だ。伝説的な一戦を一度でも目にすれば、それが「ただの試合」でない事を誰もがすぐに理解できるだろう。
6月3日(火)の13時にキックオフとなった今回の対戦は、1892年にクライスト・カレッジが34-0で勝利して以来、記念すべき140回目の対戦となった。
その日の戦いは、激戦の末にCBHSが48-38のスコアで辛くも勝利を収めた。その結果、両校の通算戦績はCBHSが88勝、クライスト・カレッジが43勝、9つの引き分けとなった。
この歴史と重みのある伝統の一戦にCBHSに所属する日本人高校生の渕上裕(ふちがみ・ひろ)が出場した。渕上は、2023年のYear11(高校1年)から1stXV(一軍)のレギュラーで活躍しており、同年の伝統の一戦には14番を付けて出場して37-3で勝利。2024年は9番を付けて出場して34-25と勝利し、2年連続でトライを挙げて歴史に名を刻んだ。高校ラストイヤーのYear13でも昨年同様、9番のジャージを着て3年連続での先発出場を果たした。

CBHSは、卒業生にアンドリュー・マーティンズ、ダン・カーター、ブロディー・レタリック、ウィル・ジョーダンらをはじめ、多数のオールブラックスの選手を輩出している名門校だ。日本人では、日本代表で活躍した小野晃征(現在は東京サントリーサンゴリアスのヘッドコーチ)もCBHSの1stXVでプレーをした。
対戦相手のクライスト・カレッジの卒業生には、SO/FBダミアン・マッケンジー、PRジョー・ムーディー(元オールブラックス/元クルセイダーズ)、埼玉パナソニックワイルドナイツのヘッドコーチのロビー・ディーンズ(元オールブラックス)など、その他にも有名な選手を多く輩出している。
日本人選手では、昨年カンタベリー代表でデビューした三宅駿が在学中に1stXVでプレーしている。
CBHS × クライストカレッジの伝統の一戦では、特別な事がおこなわれる。
CBHSにおいては、クライスト・カレッジとの試合当日の朝、全校集会で試合に出場する選手が紹介されて壇上に上がり、他の生徒たちが選手たちに向けてハカを贈る。
全校集会には、昔の1stXVである年配の方たちも招待され、さらには、選手の親も招待される。2年前(2023年)は、OBでもある元オールブラックスのCTBアーロン・メイジャーがスピーチした。
学校を挙げての一大イベントだけあり、試合当日の授業は短縮され、両校の生徒たちの多くが会場に駆けつける。今回の試合会場の入り口では、荷物検査がおこなわれるほど厳重な警備体制となっていた。
6月3日の試合は薄曇りで肌寒い気候の中、クライスト・カレッジで開催された。この試合は、Miles Toyota Premiership(クルセイダーズ地区の1stXVの大会)の第4節にあたり、改装を終え見事な芝となったグラウンドが舞台となった。
試合前から、両校の応援に駆け付けた生徒たちはすでに興奮気味。その熱気は、まさに「伝統の一戦」ならではのものだった。
先に入場したのは、ビジターチームであるCBHS。高校ラストイヤーとなるCBHSの渕上は、晴れやかな笑顔でピッチに足を踏み入れた。続いて、ホームのクライスト・カレッジの選手たちが入場する。サイドラインの生徒たちからは、鳴り物とともに大きな声援が飛んだ。
そして、いよいよ試合前のハカが始まる。
普段の試合よりも一層気迫のこもった選手たちの表情から、この一戦にかける並々ならぬ意気込みが伝わってきた。

◆両軍合わせて13トライ。息を飲む後半戦、CBHSが粘り勝ち。
序盤からCBHSが主導権を握る試合展開だった。前半28分の時点で4トライを奪い、24-7とする。この時点では、そのまま大差で勝利を収めるかに思えた。
しかし前半31分、クライスト・カレッジの15番ギャビン・ホルダーがディフェンスを切り裂く50メートルの独走トライを左隅に決め、追撃モードに入る(24-12)。15番ホルダーの見事な個人技に会場は大きくどよめいた。
これで息を吹き返したクライスト・カレッジは、前半終了間際のピンチも堅いディフェンスで防ぎ、24-12でハーフタイムを迎えた。

後半戦は、ハーフタイムの両校の応援に駆け付けた生徒たちのハカ合戦(動画あり)で高まった熱気そのままに、観客を魅了する見応えのある熱い戦いとなった。
両軍が譲らぬ激しい攻防を展開。CBHSがペナルティゴールなどで点差を広げる一方、クライスト・カレッジも再び15番ホルダーの活躍やモールからのトライで追撃し、一時は1点差に。終盤も両軍1トライずつを重ね、残り5分でCBHSが41-38とわずか3点リードと緊迫した。
そして試合終了間際にCBHSが決定的なトライを決め、最終スコア48-38で勝利を収めた。
最大17点差のビハインドから2度も1点差に迫るクライスト・カレッジの猛追を振り切ったCBHSの勝利だった。敗れたクライスト・カレッジも最後まで諦めず素晴らしいラグビーを見せ、会場を大いに盛り上げた。

◆伝統が息づく感動的な瞬間。
警備体制が例年より強化されたため、試合終了後に勝利チームの生徒たちがサイドラインから選手たちに駆け寄る、伝統の一戦ならではの光景は見られなかった。
しかし今年は、出場した選手たちが自らサイドラインに駆け寄り、応援に駆けつけた生徒たちと喜びを分かち合った。
勝利を収めたCBHSの選手たちは、応援に駆けつけてくれた生徒たちと向かい合い、自校のハカを共に披露した。勝利の喜びを分かち合うその一体感は、まさに伝統の一戦でつかんだ勝利の重みを物語っていた。

惜しくも敗れたクライスト・カレッジの選手たちもまた、応援席の生徒たちのもとへ歩み寄った。生徒たちが選手たちに自校のハカを贈り、健闘を称える光景が繰り広げられた。
長い歴史に支えられた試合の真髄がそこにあった。勝敗を超えた、深い絆と誇りが胸を打つ瞬間だった。
直近の3年、この対決の場にいて思うのは、毎年違う物語がある中で、すべての試合が観る者の心を揺さぶる感動を秘めているということだ。
試合前の張りつめた緊張感から始まり、選手入場と共に熱気が高まる。そして両軍のハカで、その熱気が最高潮に達する。そして、いつも記憶に残る白熱した戦いが繰り広げられる。70分間(35分ハーフ)の激戦が終わると、応援の生徒たちと選手が一体となり、ドラマを締めくくる。一連の流れは、いつも大切な何かを思い出させてくれる。
ラグビーがプロ化して30年が経ち、お金に目が向きがちな現代においても、選手たちが純粋にラグビーを楽しんでいる姿があることを嬉しく思う。その中に、3年連続で日本人選手の渕上が出場した事を誇りに思う。
毎試合応援に駆けつけている渕上の両親は、3年連続の勝利に満面の笑みを見せていた。親子3人の写真もまた、心温まる一枚となった。
観客の心を掴んで離さない一戦。その熱気と感動は、また来年も多くの人々を惹きつける。何度でも見たくなる、そんな魅力にあふれている。