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YouTubeチャンネル『LEGEND』のインタビュー番組内で、自分が出場したテストマッチについて「記憶がない」と発言したセバスチャン・シャバル(4月9日公開)。元フランス代表の人気者で、名LOだった大男の告白は、ラグビー専門メディアはもとより、一般のテレビやラジオといった幅広いメディアで大きく取り上げられた。
番組は1時間半から2時間に及ぶもので、インタビュアーがカジュアルなスタイルでテンポ良く質問を投げかける形で進む。その内容は、記憶がない話(コラムVol.1)や、ラグビーキャリア(コラムVol.2)に加え、テーマは今回(Vol.3/最終回)紹介する子育て論やビジネス論にも及んでいる。
◆私はウーバー。そして教育論
シャバルには2人の娘がいる。
「上の娘は義理の娘で32歳。下の娘は20歳。上の娘にはもう2歳になる子どもがいるから、僕はもうおじいちゃんなんだ。すごいでしょ。2人目ももうすぐ生まれるんだ」と目を細める。
「僕はあまり優しい父親じゃなかったかな。いろいろなことを許してきたけど、厳しいところもあった。なぜなら、大切な価値観があるから。『こんにちは』、『ありがとう』と言うこと、敬意を払うこと、礼儀正しくすること、それは人生においてすごく大切なことだから。そして彼女たちが良い人間になり、幸せになるように育ててきた」
こんな父親の顔も見せた。
「僕と妻と下の娘でWhatsAppのグループを作っていて、『ウーバー』って呼んでいる。娘がどこにいようと、何時であろうと、帰るのに困ったら僕を呼ぶことになっている。僕が迎えに行くから。見知らぬ人に任せるようなことはしない。クラブから帰る時に友達が飲みすぎていたら乗らないで。パパに電話して」
彼女は絵を描くのが好きで、アーティストになろうとしている。
「そういう仕事は難しいし、アーティストとして成功する人は少ないかもしれないけど、『お前が幸せなら、思いっきりやってごらん。才能はある。もしかしたら誰かと出会うかもしれないし、出会わないかもしれない。人生はそういうものだ。でも、やりたいことをして幸せになりなさい』と言っている」
「人生は短いんだ。他人の意見をいちいち気にする必要はない。1000人いれば1000通りの意見があって、一人ひとりあなたに対して違う意見を持っている。それより自分自身の声に耳を傾け、自分自身を知り、何が自分の原動力になっているのかを理解し、幸せになりなさい。今の世の中、自分の好きなことをしていない人が本当に多い。好きなことをしていても、いつも好きなことばかりじゃない。嬉しくないこともある。それが人生だ。でも、嬉しいことの方が、嬉しくないことよりも少しでも多くなるように努力するべきだ」
インタビュアーはさらに、こう質問した。
「成功すると、自分の子どもがハングリー精神をなくしてしまうんじゃないかって心配する親が多い。自分がお金のない時期を経験したからこそ頑張れたわけで、成功した親たちの多くが抱える不安だと思う。与えすぎないように、でもちゃんと与えるように心掛けていますか? 子どもたち自身が頑張りたいって思うように仕向けていますか?」
「そこはとっても難しかった。その部分の戦いで、僕は妻に負けた。もし僕一人で決めていたら、娘たちの人生はずっと厳しいものになっていただろう。今の娘たちがどんな女性になったかを見れば、負けてよかったと思っている。しっかりしているし、お金の価値もちゃんと分かっている。わがままを言ったり、あれが欲しいこれが欲しいってこともない。本当に、その点については、妻と2人でうまくできたと思っている」
「でも、いろいろ考えたよ。娘が街に買い物に行って、セーター3枚とズボン2本も買って帰ってくると、発狂しそうになった。簡単すぎるんだ。僕たちはそんなにお金を使わなかった。良い例じゃないかもしれないけど、中流家庭でお金はあまりなかったけど、すごく幸せだった。新学期に街の市場に行って、上着1枚、ジーンズ1本、靴1足、セーターやトレーナーを2、3枚買ってもらって、それで一年過ごした。それで十分だった。だから新学期でもないのに、何の理由もなく、セーター3枚とズボン2本なんて、僕には理解できなかった」
「でも、僕たちが無駄遣いしないとか、浪費家じゃないとか、そういうのを見て娘たちは育った。さっき教育とか礼儀で言ったことにも繋がるけど、子どもたちは親を見て育つ。妻のおかげでバランスが取れた。僕が与えてたであろう最低限より、少し多く与えられて良かったと思っている」
上の娘とのこんなエピソードも披露している。

「イングランドにいる時に、休暇は南仏の家で過ごしていた。その頃、上の娘が男の子と付き合い始めた。数日間、彼氏を家に連れてきたいって妻にすごくせがんだ。僕は『ダメ』、『ダメ』、『ダメ』って毎回言った。結局、娘たちに押し切られて彼は来た。3日か4日、5日滞在したかな。僕は彼に『こんにちは』って言って、すぐに『さようなら』って言ってやったんだ』と爆笑する。
「食事中、彼は僕の向かいに座ってたけど、僕は何も話さなかった。最高だったよ! 素晴らしい時間だった。娘たちは彼に来てほしかった。彼は来た。そして二度と来なかった! ハハハハ!」
この青年を気の毒に思う。
◆ミシャラクとビジネススクールへ。
現役を引退してから3、4年は、特にこれといった仕事に就かなかった。
「いろんな世界を見てみたかった。企業とか、起業の世界とか。多くの人に会って、自分に合うことを見つけたかった。旋盤・フライス盤工が好きで選んだけど、もう工場には戻らないとわかっていた。でも、具体的に何をしたいかはわからなかった。だから、いろいろ試したり、本を読んだり、人に会ったりした。そしたら、2018年だったかな、引退して4年後くらいに、妻に言われた。『楽しそうでいいけど、疲れすぎよ。いろいろなことをしているけど、あまり役に立っていないわね』って。『引退して3、4年も経つんだから、そろそろ落ち着いて、将来何をしたいか考えた方が良いわよ。いつまでも自由気ままに、将来のことを考えず、何も築かずにいるわけにはいかないでしょ。落ち着いて考えなさい。今のままじゃ、あれもこれも中途半端になるわよ』って」
「それで、あらためて考えた。結果、やっぱり僕はサラリーマンには向いてないって思った。自由が好きすぎるんだ。2007年にテキスタイルのプロたちと一緒に立ち上げた自分のアパレルブランド『ラックフィールド(Ruckfield)』があった。僕はブランドの顔で、10年間のライセンス契約を結んでいたんだけど、当時はこの業界が自分に合うかどうかわからなかった。でも考え直してみて、『やっぱりラックフィールドでやっていこう』と思った。ただ、当時の経営陣の価値観と僕の考えは一致していなかった」
「それで、2019年に会社を買うことにした。良いアイデアだったよ。だって半年後にコロナが来たんだから! 彼らは嗅覚が鋭かったんだろうね(笑)。僕たちは3人で共同経営している。そのうちの一人に商才があって、コロナの時期を逆手に取って、仕入れ先とか販売店とか、すべてのパートナーとの繋がりをあらためて作り直した。おかげで売り上げが5年で2.5倍になった。買い取った時は700万ユーロ(約11億円)だったのが、今年は1800万(約29億円)から2000万ユーロ(約32億円)になる見込みなんだ」
「会社を立ち上げ、育て、チームを作っていくっていうのが、自分が本当にやりたいことなんだってあらためて思った。ただ、会社経営には常識だけじゃ足りないってことも痛感して、勉強しないといけないとも思った。でも、ビジネススクールとか、なんだか恐れ多い感じがしてた。そしたら、ちょうど同じ番組に出演していたフレデリック・ミシャラク(元フランス代表SH)がビジネススクールに行くって言うから、『僕も行きたかったんだ!』となった。僕は人についていくタイプだからね。彼が行こうとしていた企業経営のコースに一緒に行った。まあ良かったけど、完璧じゃなかったな。もっとちゃんと調べていたら面倒くさい科目とか取らなかった。でも、いろんなことを学べた」

しかし、会社でチームをまとめるのは、グラウンドとは違った。
「会社の方が1000倍難しいよ! グラウンドでは言いたいことが言えるからね。『お前、なんで行かなかったんだ!』とか。ダイレクトでシンプルで、ねじれてない。会社にはねじれているやつがいる。ちょっと性格が歪んでいるやつも。簡単じゃないよ」
そして、新たな事業も立ち上げた。『ジョーのバーガー』だ。ハンバーガーのW杯とも言えるアメリカ・ダラスで開催されたワールド・バーガー・チャンピオンシップで2023年に優勝したジョアネスのハンバーガーをフランス国内でフランチャイズ展開する。
ジョアネスは以前ラグビーをプレーしていて、シャバルの共同経営者と一緒にプレーしていた。衣装提供を引き受け、大会前のテイスティングに招待された。「めちゃくちゃ美味かった! これだ!」と思い、事業にすることを思いついた。既存のレストランに、毎月第1水曜日のランチタイムにジョアネス考案の高級バーガーを提供する。
「1地域、1軒限定。なぜなら、僕たちはレストランに本当にプラスになるものを提供したい。だから、その村のレストランすべてが『ジョーのバーガー』を出すようなことは避けたい。希少性も守りながら、フランス各地にあれば、誰もが世界最高のバーガーを試せる。かなり理想的なモデルだと思っている。ちょっと厄介なのは、レストラン経営者がとっても忙しくて、『うん、やろう』と言ってくれても、その後メールや電話で連絡を取るのに僕は人生を費やしているよ。でも、これも起業家の喜びだ。何もかもが簡単にはいかないからね」と、また豪快に笑う。
現在は150軒にまで加盟店が増え、目標は今年末までに3500軒だと言う。
子どもの教育やビジネスへの情熱を語る時も、シャバルの視点の根底には、長年情熱を注いできたラグビーを通して培われた価値観が感じられる。
「僕は激しくタックルして、相手の懐に深く入り込み痛手を負わせるのが仕事だった。それがチームにおける僕の役割だった。ボールをよりうまくパスできる選手もいた。僕にはそれはできなかった。うまくボールを蹴る選手もいれば、きれいなスクラムを組む選手もいた。それが違いの強さであり、集団の強さなんだ。多くの違いがあるからこそ、『自分はこの集団の一員になれる』って思える」
「だって、『僕はこの人に少し似ているから』とか、『この選手のこの部分、あの選手のあの部分を自分は持っているから自分にもできる』と思える。ラグビーの集団の中で自分を表現できるのは、異なる個性が補い合うことを必要とするからなんだ。だからこそ、僕たちは誰をも受け入れる。誰もがチャンスを試しに来られるところなんだ」
【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。