
鼻毛を1本抜いた痛みを「1hanage」 という単位と設定する、というジョークを聞いたことがあるだろうか。
初めてこれを聞いたとき、なかなか面白い発想だと思った。
ラグビーはコンタクトスポーツのため、「痛い」競技である。痛みの感じ方は人それぞれであることは承知の上だが、人と比較ができない「痛み」に単位が与えられ可視化されたらどれだけ良いだろうか。
共感してくれるラグビー選手は多いのではなかろうか。

通常、怪我をした時は診断・評価を経て、休む必要があれば練習を離脱しリハビリという流れになる。問題はこの痛みの閾値(いきち/痛みが感じられる最小値)と、痛さの伝え方である。本当に壊れるまで耐えられる選手もいれば、痛みに敏感な選手もいる。
真剣に向き合ってくださるメディカルスタッフに、痛みをどうお伝えしたら良いかは、語彙力が問われる場面である。大袈裟ではなく、且つ、慎ましすぎず正確に、チクチク・バキバキ・ゴリゴリ・ドクドクというようなオノマトペ(擬音語・擬態語)を慎重に吟味しつつ伝えなければならない。
そんなとき、痛み(Hanage)測定器みたいなものがもしあれば切迫感をより伝えられるのに、と常々思っていた。
冗談はさておき、私はありがたいことに大きな怪我は比較的少ない方だった。それでも骨は何箇所も折れたし、指も曲がったままだ。
毎朝洗顔の折には、両手で水をすくう指の隙間から水がこぼれるため、私の朝の洗顔は、熊がシャケを狩るようなスピード感で行われる。人に見せたくない姿である。

さらに右手の人差し指は第一関節だけスキーのジャンプ台みたいな角度で絶妙に上むきに反っている。人差し指を上に向ければ、トリノ五輪で一世を風靡した荒川静香さんのイナバウアーのような角度となる。
人差し指というのはカーナビの操作時や回転寿司のタッチパネルで、否が応でもひと目に晒される。私のイナバウアー指は、角度的に指の腹の設置面積が大きくなるため、「(画面が)押しやすそうですね」とよく分からない褒め言葉をもらったこともある。
冗談はさておき(二回目)、もし痛みが本当に可視化されるようになったら、デメリットの方が大きいかもしれない。
傷ついた人を数値でジャッジし、「それなら大したことないよ」、「みんな痛いんだよ」、「もっと痛い人がいる」と誰も救われない言葉を、慰めのつもりでかけてしまうかも。
ラグビーが教えてくれることのひとつに、人の痛みがわかるようになる、というものがある。
自らの痛みの経験から多くを学ぶことができるからだろう。身体的でも精神的でも、人の痛みというものは他人には見えないからこそ、想像して、寄り添って、共感することが必要なのだ。

ジャッジするのではなく、その人の痛みが和らぐ道を共に考えることが、本当の意味での「人の痛みがわかる人」であり、人間のやさしさなのではなかろうか。
と頭では思いつつ、春先の低気圧で痛む関節を撫でながら、あぁ、この腰の痛さは25Hanageくらいだな、と思ってしまう今日この頃なのであった。
【プロフィール】
中村知春/なかむら・ちはる
1988年4月25日生まれ。162センチ、64キロ。東京フェニックス→アルカス熊谷→ナナイロプリズム福岡。法大時代まではバスケットボール選手。ナナイロプリズム福岡では選手兼GMを務める。リオ五輪(2016年)出場時は主将。2024年のパリ五輪にも出場した。女子セブンズ日本代表70キャップ。女子15人制日本代表キャップ4
