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【忽那健太のCHALLENGE, MORE CHALLENGE/中東編 #5・最終回】戦争で奪われたシーズンと、ラグビーが教えてくれた『立ち上がる力』。
バーレーンでもたくさん友人ができた。(本人提供、以下同)

【忽那健太のCHALLENGE, MORE CHALLENGE/中東編 #5・最終回】戦争で奪われたシーズンと、ラグビーが教えてくれた『立ち上がる力』。

忽那健太

 歓声ではなく、遠くの爆撃音がシーズンの終わりを告げた。
 ご存知の通り、イラン情勢が悪化。中東ラグビーリーグのプレーオフは、戦火に飲み込まれるようにして、あっけなく中止が決まった。

 昨年の9月に開幕し、中東各国を半年間かけて転戦してきた。これからいよいよ、真の中東チャンピオンを決める順位決定戦が行われるはずだった。

「こればっかりは仕方ない」
 何度も心の中で唱えた。
 しかし、込み上げてくる悔しさを飲み込むのは容易ではなかった。
 この1シーズン、仲間たちと来る日も来る日も「優勝」を目指して身体を張ってきたからだ。
 だが、私はこの結末を悔しいとは感じているが、決して「不幸」だとは思っていない。

 不条理な中止の先に、日本で平穏に暮らしていては決して得られなかった「戦争体験」という、あまりに重く、貴重な経験を積めたからだ。

 スポーツは平和の上に成り立っている。
 それを肌で感じ、命あっての人生であることを再確認した私は、日本に帰ることを決めた。

今シーズンのリーグ戦は12戦全勝だった。そのうち11試合に出場した。


◆「カオスを楽しむ」ということ。


 2023年からスコットランド、韓国、そして中東のバーレーン。3年にわたる海外挑戦の旅で学んだ最大の知恵はこれだ。
「人生は、思い通りにいかないことの方が圧倒的に多い。その中で起きるカオス(予期せぬ状況)を、いかに楽しめるか」

 27歳で「がん」という内なる死の影に直面した。 31歳で「戦争」という外なる死の気配を肌で感じた。 どちらも、自分の力ではどうすることもできない「カオス」だった。

 しかし、私は思う。これらすべては、死ぬまでの「ストーリーを豊かにする味付け」にすぎないのだと。
 起きた出来事に翻弄されるのではなく、それをどう解釈し、どう自分の力に変えていくか。そこにしか、生きる面白さはない。

 目標であった「中東リーグ優勝」は叶わなかったが、この先の未来に、この経験がどう活きてくるのかが今から楽しみでならない。

◆中東に息づくラグビーの情熱。


 この半年間、フィールドで感じた中東ラグビーの熱量も書き記しておきたい。
 バーレーンにはたった一つのクラブしかなかったが、そこには大人から子どもまで500人以上のラグビーマンが、国籍も宗教も、職業も年齢も超えて集まっていた。私がプレーした1軍チームだけでも10か国の選手がいた。

 レベル感で言えば、日本のリーグワン、ディビジョン3に近いかもしれない。だが、元プレミアシップ(イングランド)のプロや各国のU20代表経験者などが次々と加入しており、リーグのレベルは急成長している。世界のラグビー界においても、今後面白い存在になっていく可能性は十分にあるだろう。

 そして、グラウンド外での愛情は間違いなく世界基準だった。試合が終わればビールを片手に肩を組み、笑い合う。
「どこから来たんだ?」
「日本だよ」
「まじか、日本のラグビー大好きだよ!」

 その瞬間、世界の境界線は消え、そこにはただ「ラグビー」という共通言語だけが息づいていた。スポーツで世界は一つになれる。このきれい事のような言葉が、紛れもない真実であることを、私は中東の地で目撃した。

プレーしたバーレーンラグビークラブのチームメイトたち。


◆空襲警報が街に鳴り響く夜に。


 ミサイルが通過する音。上空で爆発音がする夜。暗いリビングに、自然とルームメイトたちが集まり、語り合ったことがあった。

「ラグビーの魅力って、結局なんだと思う?」
 一人の仲間が、力強く答えた。
「レジリエンス(復元力)だよ。何度倒されても、傷だらけになっても笑って立ち上がる力。ラグビーはそれを、体で教えてくれるんだ」

 そうだ。ラグビーは痛い。ぶつかり合い、なぎ倒され、息が切れる。 でも、笛が鳴るまで私たちは何度でも立ち上がり、また前へと突き進む。
 社会で、人生で、どれだけ打ちのめされても、ラグビー選手は「立ち上がり方」を知っている。その確信こそが、ラグビーが世界中で愛される理由なのだ。

 いま私は、ラグビーから学んだこの力を、これからの人生に全力で注ごうと思う。
 私の次の行き先は、まだ決まっていない。 確かなのは、私はまだ終わっていないということだ。 ラグビー選手として、一人の人間として、挑戦を止めない。また新しいゴールを見つけ、自分が一番ワクワクする場所へ飛び込み、ただ狂ったようにやり抜くだけだ。
 なぜなら、私の座右の銘は、『やるか、めっちゃやるか』なのだから。

 これからも、一瞬の後悔もしない生き方を選択し続ける。
 この旅を見守ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。
 日本で、あるいは世界のどこかのグラウンドで、また会いましょう。

※忽那健太(プロフィール)の中東挑戦記の、#1はこちら。#2はこちら。#3はこちら。#4はこちら。
※バーレーンでの現地情報はYouTubeチャンネル『忽那健太』でアップしています。

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