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少年はカバンからそいつを引き出した。
「リーグワン オフィシャルファンブック」
読み込んでいるな、と、すぐ、わかる。
昨年暮れの秩父宮ラグビー場。横浜キヤノンイーグルスと東芝ブレイブルーパス東京の試合後である。隣の父親(実はけっこう有名な元プロップ)が笑う。
「わたしに似て名鑑好きで」
子どもは興味の対象について、たちまち覚えて、ずっと忘れない。本稿の筆者もそうで、動物図鑑が大好きだった。ややこしいが、本物の生き物はそうでもなく、ページの図版のオカピやナマケモノとのみ恋に落ちた。
余談。メジャーリーグ、パドレスのダルビッシュ有を日本ハム時代の2005年に取材した。幼いころ、昆虫図鑑を暗記していたそうですね?
「そうだったような記憶があります。虫、好きで。小学1年からはプロ野球の選手の防御率も覚えました」
ラグビー場の男子は「ディビジョン3」のパートを愛しているそうだ。なんか、いいなあ。1でなく2でもなく3。
ということで新年18日のディビジョン3第4節の中国電力レッドレグリオンズ対ルリーロ福岡(45-45のドロー)のメンバー表をカタカタと印字した。

あっ。レッドレグリオンズの6番は森山皓太だ。こちら、いま32歳の激しくて聡明なフランカーの「勝手に第一発見者」のつもりである。
あれは2012年の秋。関西大学リーグの公式戦で見た。正確にはキックオフの前の大切な姿を。
東山高校から入学の摂南大学1年生。ウォームアップのシャトルランがひたむきだった。全力を絶やさない。記憶では、折り返しの際にひとり地面に指をつけた。この、ひとり、が大切なのだ。
練習=環境。入学して先輩のすべてが手を抜かなければ新人も入部初日に自然にまねる。しかし、そうでもない場合、自分で決めて行う人間は格別なのだ。
試合開始後もハードなタックルのたびに、一瞬、痛みをこらえ、ただちに、またタックル。出し切り=オールアウト。すでに世界中のコーチの宝物である「逆さにして一滴も垂れない」選手なのだった。
後日。サントリーサンゴリアスのチーム関係者に告げた。
「摂南大学の1年生フランカーの森山、採用したほうがいいですよ。間違いない。だってウォームアップで…」
わが職域を超えている。
何年も過ぎて、ラグビーマガジンが中国電力ラグビー部をグラビアで扱った。森山皓太の紹介に確か「職場の評判も上々」と記されており、ほら、やっぱりと、うれしかった。
あらためてJ SPORTSのオンデマンドで先の対ルリーロ福岡を観戦。フランカー森山はいくつになってもフランカー森山だった。仕事と仕事、ポジショニングとポジショニングをつなぐ意識が途切れない。ゲームが始まって数分、あと少しで戦い終えるみたいな顔になっている。
後半5分。左タッチライン際に位置、展開後のチャンスにサポートの歩幅をうまく整えて、はやらずにいちばん適切な深さで球を捕り、インゴールへ。お見事。

おっ。同僚の7番には松永浩平の名が。広島工業高校ー帝京大学。35歳の現在も万能に近い仕事人のままだ。2012年度、個人的に大学ラグビーの最優秀選手だと思った。ざっと13年後、正しかったと信じられる。
なんと8番はエドワード・カーク。34歳。かつてのスーパーラグビー、サンウルブズのかすれぬ像である。オーストラリア・ブリスベン出身。発足の2016年に加わり、闘争心と読みの鋭さで球を獲得、いつでも体を張った。
同年5月21日、ブリスベンのサンコープ競技場で古巣のレッズに挑んだ。当時の報道に「カークを現地の80人が柔道衣で応援」とあった。
東京の新宿区で酒場を営む元都立国立高校ラグビー部員がカウンターの向こうでつぶやいた。
「友だちが80人もスタジアムに。いいやつに決まってますよ」
さりげない名言ではあるまいか。

18歳でスーパーラグビーにデビュー。そのころの記事の一節。
「もし(カークが)ラグビーのキャリアに時間を注がなかったら、おそらく海洋生物学者になるための勉強をしていただろう」(シドニー・モーニング・ヘラルド紙)
まだ遅くはない。広島大学には名高き生物生産学部がある。
こんどはルリーロ福岡の先発を指でなぞる。「あのときのあいつがここにいる」。スポーツを追う楽しみのひとつである。
15番、荒牧佑輔。いつのまにか37歳なんだ。小倉高校-関東学院大学-九州電力。いかなる攻防においても「なにかどこか違いを生む」存在である。
おのれの感覚に従い、上等のスキルで実行、根底に自由をたたえる。
前半26分にトライ。左展開、10番の松尾将太郎のパスをここしかないタイミングと角度で受けて、防御のあいだをつき、心憎いパスダミーをひとふり、走り切った。
スコア後の様子がよい。齢を積んで文句なし、すると喜びに照れがまじって、形容しがたい表情になる。
この人、横浜キヤノンイーグルスの田村優と組んで芝に立ったら、互いにすべてをわかり合えるのではないか。いつの日か沖縄あたりのクラブでぜひ。

好機を演出の松尾は東福岡高校ー明治大学ー浦安D-Rocksを経て、ルリーロを選んだ。スキルフルな29歳は、きっとラグビーと人生を愛している。プレーそのものがそう伝えるのだ。
21点ビハインドの後半17分。背番号20、金智成がベンチより投入された。大阪朝鮮高級学校-朝鮮大学校から新加入。22歳と若い。同22分、一筆書きのごとく動き続けてのトライ成就で追い上げの勢いをもたらした。
この若者を知ったのは、昨年2月にNHKで放送された『逃げるな タックルせぇ~朝鮮大学校ラグビー部~』であった。キャプテンらしい苦悩や矜持や希望が言動ににじんで、つい画面を凝視した。
仲間への円陣での一言。
「耳で聞くなよ。心臓で聞け」
青春のはかなさを秘めつつ、なお、なんとも頼もしいリーダーだ。あのときのあいつはここにいた。