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◆世界最強のスクラメイジャー2名が競い合う。
弊コラムでは、繰り返し書いてきた。スプリングボックスの強さの根幹にはどこにも負けない強力なスクラムがあるのだと。そして、そのスクラムの象徴とも言える存在、筆者の “推し” であるルースヘッドプロップ(1番)のオックス・ンチェについても、幾度となく言及してきた。
昨年、スティーブン・キッツオフが首の負傷により電撃的にキャリアを閉じたこともあり、スプリングボックスのルースヘッドプロップはンチェがほぼ一択と言ってよい状況が続いている。もちろん、ンチェの実力が他のルースヘッドプロップと比べても抜きんでているということもあるのだが。
しかし言うまでもなく、スクラムは1人では成立しない。とりわけ、スクラムの軸として全体を支えるタイトヘッドプロップ(3番)の強さなくして、あの壮絶な推進力は生まれ得ない。
このタイトヘッドプロップのポジション争いについては、ルースヘッドと様相が異なる。昨年より、このもっとも肉体的負荷が大きいとされるポジションの座をめぐって、2人の男がせめぎ合っている。30歳のトーマス・デュトイと、31歳のウィルコ・ロウ。ともに円熟の域に差しかかり、スクラムという極限の場で、互いの重さと誇りをぶつけ合っている。
ラッシー・エラスムスHCの構想では、タイトヘッドプロップは、この2人を軸としながら、昨年11月の日本代表戦でテストデビューを果たしたザカリー・ポーセンを加えた三人体制で競わせていく、そんな青写真が描かれているように見える。ただし、正直に言えば、まだ21歳のポーセンがこれまでに見せたテストマッチ3試合でのスクラムを観た限りでは、デュトイとロウという“海千山千”の2人と並べたとき、そこには埋めがたい経験値の差があるように思えた。
デュトイは昨年、事実上の世界ベストXVとも言える「ドリームチーム・オブ・ザ・イヤー」のタイトヘッドプロップに選出された。もっとも、筆者の目には、デュトイとロウの間に決定的な実力差があるようには映らない。おまけに顔立ちや体格までよく似ているのだから、スプリングボックスの試合を観ていると一瞬戸惑うことすらある。ただ、昨季のザ・ラグビー・チャンピオンシップではデュトイの先発起用が多かった。恐らくであるが、その試合参加時間の多寡が、ワールドラグビーの評価ポイントにわずかな差となって表れたのだろう。
興味深いのはデュトイとロウの2人は共通点が多いというか、似たようなキャリアパスを歩んできていることだ。彼らのこれまでの足跡を少したどってみたい。

【トーマス・デュトイ】
190㎝、132kg。プロップにして24トライ。圧倒的な機動力でプレミアシップ・ラグビー制覇
デュトイは名門パール・ボーイズ・ハイスクールでキャプテンを務め、2014年にシャークスのアカデミーに入団。才能はほどなく開花し、同年後半には19歳でスーパーラグビーの舞台に立っている。
シャークス在籍中の2016年には、当時PRO12(現ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ=URC)のマンスターへ短期移籍。さらに2019年には、当時WTBチェスリン・コルビが所属していた仏TOP14の名門スタッド・トゥールーザンに加わった。ただし、W杯で不在となるフランス代表PRシリル・バイユのジョーカーとしてのローン契約だったが、デュトイ自身がW杯に急遽招集されたため出場は1試合にとどまった。その後、一旦、シャークスに復帰するが、2023年シーズンから現在に至るまでイングランド/プレミアシップ・ラグビーのバースでプレーを続けている。
バースでは2023/2024シーズンにプレミアシップ・ラグビー準優勝、続く2024/2025シーズンには、ついにバースを29年ぶりの同大会制覇へと導いた。さらにこのシーズン、バースはEPCRチャレンジカップ、PREMラグビーカップでも優勝を果たし、見事に三冠を達成している。
そんな古豪復活となったバースにあって、デュトイは今年1月までに公式戦61試合に出場し、24トライを記録している。ポジション上の制約もあって、試合でトライを挙げた経験がないプロップ選手も少なくないことを考えれば、この数字は驚異的であり、デュトイの機動力と攻撃センスの高さを証明している。特に2023/2024シーズンは25試合で12トライを挙げ、チーム最多トライスコアラーとなった。もちろん、デュトイはほとんどの試合において、タイトヘッドプロップで出場している。
そして、バースの関係者やファンが強くチーム残留を望むなか、デュトイは来シーズンから古巣シャークスへ復帰することを公表している。昨年のヨーロピアンラグビー・チャンピオンズカップの覇者、ユニオン・ボルドー・ベーグルからの高額オファーを受けていたが、家族との生活を優先するということでダーバンへ戻ることを決めたということだ。

【ウィルコ・ロウ】
185㎝、144kg。無敵のスクラム。ハーレクインズのプレミアシップ・ラグビー優勝に導く。
一方のウィルコ・ロウは、デュトイのパール・ボーイズ・ハイスクールほどの強豪校ではないものの、中堅レベルのドロストディ・テクニカル・ハイスクールの出身である。したがって、高校時代から注目を集めていたデュトイとは対照的に、ロウが本格的に脚光を浴び始めたのは、2014年のブルズのジュニアチーム在籍時、南アフリカU20代表に選出されてからだった。
その後、ロウは2015年にストーマーズへ移籍し、21歳でスーパーラグビーのデビューを果たした。当時のストーマーズは、キャプテンのNO8ドゥエイン・フェルミューレンを筆頭に、WTBコルビ、CTBダミアン・デアレンデ、スプリングボックスのキャプテンだったCTBジャン・デヴィリアス、さらにキッツオフとヴィンセント・コッホという両プロップなど、まさにスター軍団と呼ぶにふさわしい陣容を誇っていた。その中で出場機会をつかみ取ったこと自体、ロウが非凡なプレイヤーであることを示唆している。また、ロウは2015年及び2018年はチームをカリーカップ準優勝へ、そして2017年には同カップ優勝へ導くなど、ストーマーズにおいて結果を残してきた。
2019年、ロウはストーマーズから仏TOP14のRCトゥーロンへ移籍し、キャリア初の海外挑戦を果たす。続く2020年からは3シーズンにわたり、イングランド/プレミアシップ・ラグビーのハーレクインズでプレーし、主力として特にスクラムで存在感を示した。とりわけ2020/2021シーズンには、クラブにとって9年ぶりとなるプレミアシップ制覇に貢献している。
2023年からは、当時ブルズHCだったジェイク・ホワイトに三顧の礼で迎えられて故国へ戻った。ロウはホワイトHCが期待したとおり、持ち味であるスクラムで圧倒的な強さを発揮し、ブルズを2年連続のURC準優勝へ導いた(※両年ともレギュラーラウンド総合成績も2位)。とりわけ2024/2025シーズンは、スクラムで131回の勝利(※成功率94%)を記録し、スクラム起点で49回のペナルティを獲得するなど、際立った活躍を見せている。ベンチスタートの試合では、後半開始直後から観客席から「ロウを出せ!」という声が上がることもあるほどだ。
ブルズファンから絶大な信頼を集めていたロウだが、デュトイと同様に来シーズンから古巣ストーマーズへ移籍することを発表し、多くのブルズファンを落胆させる結果となった。
このように2人は国内である程度の実績を残した後は、若くしてイングランドやフランスのリーグに飛び込み、厳しい環境の中で自らを鍛え上げてきた。南アフリカでは、とりわけフロントローの選手がスクラムの技術を磨くうえで、これらのリーグで研鑽を積むことが一種の王道とされ、実際にその経験が高く評価されている。

◆満を持してスプリングボックスへ。
デュトイは現在32キャップ、ロウは29キャップを数える。2人とも高校代表、U19、U20といった年代別代表を経てスプリングボックスに選出されており、順調なステップを踏んできたように見える。
しかし実際には、初キャップを得てから、先が決して平坦な道だったわけではない。スプリングボックスのレギュラーメンバーとして定着するまでには、相応の時間と試行錯誤を要している。
デュトイは2018年、1歳年上のロウはその前年の2017年に、それぞれスプリングボックスの初キャップを得ている。偶然ではあるが、2人とも23歳という若さでグリーン・アンド・ゴールドのジャージに袖を通すことができた。
もっとも、そのデビューはいずれも華々しいものではなかった。デュトイは米国ワシントンDCで行われたウェールズ戦にリザーブとして出場したが、この試合は翌週に重要なイングランド戦を控えていたため、遠征メンバーはほぼ “Bチーム” に近い実験的なメンバー構成だった(※20–22で敗戦)。
一方のロウも、ザ・ラグビー・チャンピオンシップ(TRC)最終節のオールブラックス戦において、本来リザーブに入っていたコーニー・ウェストハイゼンが負傷したため、急遽招集されて出場機会を得た(※24–25で敗戦)。
つまり2人の初キャップはいずれも、ポーセンのように大きな期待を背負って迎えたデビューとはほど遠い、地味なスタートだったのである。
その後も2人はテストマッチには招集され続けたものの、2019年、そして2023年のW杯スコッドにはいずれも名を連ねることができなかった。この時期、スプリングボックスのタイトヘッドプロップの座には、フランス・マルヘルベ(76キャップ)、ヴィンセント・コッホ(63キャップ)、トレバー・ニャカネ(68キャップ)という三人の実力者が君臨し、2人の前に厚い壁として立ちはだかっていたからである。
もっとも、2019年ワールドカップでは、プールステージ初戦のオールブラックス戦でニャカネが負傷したことを受け、前述のとおり、デュトイが急遽、追加招集された。ただし主軸はあくまでマルヘルベとコッホであり、デュトイが出場機会を得たのも、リザーブとしてナミビア戦とカナダ戦という格下相手の試合に限られていた。
2人がスプリングボックスのタイトヘッドプロップとして本格的に定着し始めたのは、2024年にエラスムスHCの “第二次政権” が始動して以降のことだ。イングランドとフランスで積み上げた実績、そしてフィジカル強度の高いリーグでもまれた経験によって、スクラムを軸とする2人は大きく成長した。満を持しての代表選出といっていいだろう。エラスムスHCもまた、成長を遂げた2人を、スクラムの屋台骨を支えるタイトヘッドプロップとして、確かな手応えをもって迎え入れたに違いない。

話は変わるが、ふと気になって調べてみたのだが、この2人とンチェがスクラムで真正面からぶつかったとき、いったいどちらが優位に立つのだろうか?
残念ながらデュトイは現在もバースに在籍しているため、ンチェが所属するシャークスとの直接対決は近年実現していない。一方、ブルズでプレーしているロウは、昨シーズンのURCプレーオフ準決勝でンチェとマッチアップしている。意外ではあるが、筆者が観た限りでは、ロウの圧勝だった。
もちろんスクラムは1対1の勝負ではない。それでも、特にロウの右サイドがンチェを明確に押し込んでいるように見えた。シャークス・ボールのスクラムでブルズがボールを奪う場面もあり、位置次第ではスクラムトライも可能であったのではないか、と思えるほどロウ率いるブルズが優勢だった。
その試合では、シャークスのフロントローは、ンチェ、ボンギ・ンボナンビ、ヴィンセント・コッホと、いずれもスプリングボックスの主力選手が並ぶ強力な布陣である。それでもなお、あれほどの差が生まれたのは、やはりロウの強さによるものだと判断せざるを得ない。
スプリングボックスのスクラムは、こうした国内でのレベルの高い競争の中で個々が切磋琢磨することで、今後さらに強度を増していくのだろう。あらためてそう実感させられた試合だった。
ロウは昨年、TRC試合後のインタビューで、強いスクラムの秘訣について問われた質問に対し、スクラムは単に力で押すものではなく、FW全体の連携やシステムこそが重要だと語っている。個々が単独の力で臨むものはなく、8人全員が同じ意識でスクラムを組むことが不可欠だという点を、強く強調していた。
また、現在のスプリングボックスの強力スクラムを築き上げたFWコーチ、ダーン・ヒューマンからも、「スクラムではFW一人ひとりが自分のポジションと役割を理解し、8人全員がどう調和するかを常に考えるよう求められている」とロウは明かす。ちなみにヒューマンは元スプリングボックス(4キャップ)のルースヘッドプロップで、ストーマーズ出身ながら、現役時代の大半をスタッド・トゥールーザン(チームキャップ169)という熾烈な競争環境で過ごした猛者でもある。

ごく当たり前のことではあるが、大抵の相手であれば力でねじ伏せることが可能なスプリングボックスのプロップが、これほどまでにFW8人の連携を重視している点は興味深い。当然、スクラムの細かな技術指導は他にもいろいろあるのだろうが、スクラムの根底にある考え方は “8人全員がシンクロして組む” という極めてシンプルな原則に尽きる。それは日本でも高校生が最初に教えられるような基本中の基本でもある。しかし、試合ではその “当たり前” を徹底することが、実は難しいのだろう。
その “当たり前” を実践しているスプリングボックスのスクラムが世界最強であり続ける時代は、まだしばらく続きそうだ。
【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了