フィリピン・マニラ。11月だというのに、肌にまとわりつくような湿気と熱気が、空港に降り立った瞬間に襲ってくる。
2025年11月27日から29日にかけて、この地で「第1回アジア ラグビー・リーグ選手権(Inaugural Asian Rugby League Championships)」が開催された。参加したのは日本、香港、フィリピン、そして国際試合デビューとなるシンガポールの4か国だ。
これまで、13人制ラグビー(ラグビー・リーグ)のアジアにおける戦いは、単発のテストマッチが主だった。それが今回、NRL(ナショナルラグビーリーグ/オーストラリアのプロリーグ)のレフリーを招聘し、スポンサーがつき、アジアの王者を決める公式な大会として開催された。
私は日本代表「サムライズ」の一員として、そして副将として、この大会に参加した。
日本代表は1993年に協会が発足し、世界ランキングは30位〜40位前後。今回のメンバー構成は、国内組が4〜5人。残りの15人程度は、オーストラリアやニュージーランド、イギリス出身で日本に5年以上住んでいる選手、もしくは海外出身・在住だが両親や祖父母が日本にルーツを持つ、いわゆる「ヘリテージ選手」たちだ。

渡邉夏燦(元同志社・三菱重工相模原ダイナボアーズなど)や長谷川ショーン(元大東文化大)といった、ユニオン(15人制)ファンにも馴染みのある名前も並ぶ。
普段はそれぞれの国で、それぞれの仕事や家族を持ちながら生きている人たちが、「日本代表」というジャージの下に集う。
マニラでの数日間を、日記形式で振り返りたい。
◆11月24日(月):呉越同舟のホテルライフ
朝、羽田発の便に乗り、午後にフィリピン入りした。
空港にはスポンサーが迎えに来てくれており、そのままホテルへ。今回の宿舎は、試合会場近くのビジネスホテルを大会側が借り切る形だった。

そこには日本だけでなく、フィリピン、香港、シンガポールの全選手が宿泊している。私の部屋の隣は、初戦で戦うシンガポール代表の選手だった。廊下ですれ違えば挨拶もするし、エレベーターも一緒になる。
完全なプロの環境ではあり得ないかもしれない。だが、仕事と両立しながらプレーするマイナースポーツの国際大会では、こうした「呉越同舟」は珍しくない。
むしろ、この距離感こそが、ラグビー・リーグのコミュニティの温かさであり、同時にこれから戦う相手がすぐ隣にいるという独特の緊張感を生んでいた。
夜はルームメイトとなったオーストラリア出身の日本人選手と食事をし、軽くストレッチをして眠りについた。まだ、この時はリラックスしていた。

◆11月25日(火):丸亀製麺とサウナ・トレーニング
シンガポール戦の2日前。
朝は疲労も考慮してゆっくり起き、午前中にジムで軽めの瞬発系トレーニングを入れて調整した。
昼食は、近くのモールで見つけた丸亀製麺へ。海外遠征において、慣れ親しんだ炭水化物(カーボ)を摂取できることは、何よりの安心材料だ。積極的にカーボローディングをおこなう。
午後は、遅れて到着したオーストラリア組や日本組と合流し、全体練習へ。あいにくのスコールで室内トレーニングとなったが、そこが過酷だった。湿度が異常に高く、まるでサウナの中にいるような状態。真冬の日本から来た身には、呼吸をするだけで体力が削られるような環境だ。
夜は、各国の主将、副将、ヘッドコーチやスポンサーを含めたディナーが開かれた。飾られたトロフィーやメダルを前に、緊張感が走る。
「ニュージーランドやオーストラリア、イギリスといったラグビー・リーグ先進国だけが勝つ競技だと思われがちだが、そうではない。アジアにもラグビー・リーグを愛する人間がいて、その熱をいかに盛り上げていくか」
そんな想いを共有し、NRLでプレーするような選手がここから出てくる未来に思いを馳せた。
だが、高揚感とは裏腹に、この日の夜は寝つきが悪かった。眠っても浅く、何かにうなされるような夜だった。

◆11月26日(水):文化の壁と「ラーメン」事件
シンガポール戦の前日。
寝付きの悪さから頭がボーッとしていたが、Grab(Uberのような配車・デリバリーアプリ)でおにぎりを調達し、必要な栄養を体に流し込む。
午前中はセットプレーやサインプレーの確認をおこない、その後はプールでリカバリーをおこなった。

昼には、どうしても仕事の都合でこのタイミングでの合流となったメンバーたちが到着した。プロではない以上、仕事との折り合いをつけながらの活動となる。全員が揃う時間が限られる中、連携を深めきれないもどかしさはあるが、それが我々のリアルだ。私も合間で仕事を片付けつつ、ストレッチやリカバリーに時間を割いた。
夜は、チームディナー。主将副将やヘッドコーチのスピーチやジャージー授与式が行われた。
ちなみに、この時オーストラリア出身のヘッドコーチが選んだ店は、「ラーメン屋」。日本人の感覚からすれば、試合前日の食事に脂質の多いラーメンを選ぶことはまずあり得ない。
しかし、オーストラリアなどでは日本ほど厳密な栄養管理の概念が浸透していないこともあるし、「日本食=ヘルシー」という大雑把な認識があったのかもしれない。
結局、私たちは脂質の多そうなラーメンは避け、丼ものなど米系の食事を選んでなんとか調整した。ピッチ外でも、こうした文化のギャップに直面するのが、多国籍チームの面白さであり、難しさでもある。

この席で、私は副将としてスピーチをした(話した内容は概ね以下のような内容)。
“First of all, congratulations to those earning your first cap tomorrow. It’s been a long journey… Being here today is a token of your success. Let’s celebrate that.
Now, I imagine most of you might be feeling anxiety, fear, or some negativity. That is completely natural in a test match. We are all human. There is no need to be ashamed of it. Let’s acknowledge those feelings.
But, we have to embrace them and turn them into power. We can do it. We all can do it. Cheers.”
【日本語訳】
まず初めに、明日初キャップを獲得するみんな、おめでとう。ここまでは長い道のりだったと思う。(中略)今日ここにいること自体が、成功の証だ。まずはそれを祝おう。いま、不安や恐れ、ネガティブな感情を持っている人もいるかもしれない。でも、テストマッチでそう感じるのは当たり前のことだ。僕たちは人間だからね。恥じる必要なんて全くない。まずはその感情をしっかり受け止めよう。
だけど、どこかのタイミングでその感情を受け入れて、力に変えなきゃいけない。僕たちならできる。全員でなら、絶対にできる。
仲間からは「Motivational speech master(モチベーションスピーチの達人)」と呼んでもらえ、自分の英語学習の成果を感じた瞬間でもあった。
しかし言葉で鼓舞しながらも、私自身の内側の重圧は膨れ上がっていた。
「全然ラグビーなんかしたくない、早くこのプレッシャーから逃れたい」
そんな弱音が頭をよぎる。
気を紛らわせようとYouTubeを開くが、内容は全く頭に入ってこない。普段は見ないお笑い芸人の動画を流し見して、なんとか自分を誤魔化しながら浅い眠りについた。
◆11月27日(木):悪夢のシンガポール戦
初戦の相手はシンガポール。国際試合デビュー国とはいえ、NRLの「South Sydney Rabbitohs」のアンダーカテゴリーでプレー経験のある選手がいるなど、不気味な存在だった。

試合当日。朝食のレストランは各国の選手でごった返し、オペレーションが崩壊していた。注文した料理が1時間経っても出てこない。イライラしてもエネルギーの無駄だと自分に言い聞かせ、グッと堪える。
12時頃、試合前の最後の食事。朝食の遅れで調整が難しかったが、おにぎりとゼリー飲料でなんとかエネルギーを確保した。
16時キックオフ。会場もまた、サウナのように暑い。アップの時点で汗が止まらなかった。
試合が始まると、私たちは圧倒された。
シンガポールの鋭いステップ、激しいタックル、そして素早いプレイ・ザ・ボール。 暑さと湿気でボールが手につかない。ハンドリングエラーが続き、ディフェンスの連携も崩壊していく。冬の日本や乾燥したオーストラリアから来た我々にとって、この気候もまた敵だった。

さらに不運が重なる。FWの核として期待されていた南波流マヌエリ(元・秋田NB)やマイケル・アンドリュー・ピーターズ(元・横河武蔵野アトラスターズ)ら、主力3人が次々と負傷離脱してしまったのだ。消耗の激しいラグビー・リーグにおいて、FWの交代枠を失うことは大きな痛手だった。
結果は4-48。完敗だった。
シンガポール代表は、セブンズや15人制でプロのような環境でプレーしている選手も多く、非常に力強かった。日本国内からは、日本に対して優勝を期待する声もあったし、私たち自身もそれを目指していた。それだけに、ショックは大きかった。
私自身は80分間フル出場したが、チームを救うようなビッグプレーはできず、ただ「マイナスを作らなかった」だけの中途半端なパフォーマンスに終わった。脱水で足も攣り、心身ともに打ちのめされた。
試合後のロッカーは静まり返っていた。淡々と着替え、アイシングをする。
夜、近くのショッピングモールで日本食を見つけ、少しだけ心が安らいだ。だが、悔しさは消えない。
◆11月28日(金):「ピックアップ・ライン」で氷を溶かす
翌日、チームはどん底にいた。身体中が痛く、よく眠れなかった選手も多い。
朝のミーティング。空気は重め。
ヘッドコーチやマネージャーがアイスブレイクを仕掛ける。
「好きな映画は?」
「好きな音楽は?」
そして極め付けは、「What is your pickup line?(お前のナンパの決め文句は?)」。
際どい質問に笑いが起き、凍りついた空気が少しずつ溶けていく。
そこからシンガポール戦の振り返りをおこない、室内練習場でストレッチとボールを使ったトレーニングへ。午後はカフェで本を読んだり、家族と過ごしたり、各々がリカバリーに努め、メンタルとフィジカルをリセットした。

◆11月29日(土):歓喜の香港戦
3位決定戦の相手は香港。東アジアのライバルだ。昨年は日本が勝利しているが、ライバル関係は続く。
中1日、満身創痍の体を引きずってグラウンドに立つ。正直、「勝ちたい」という気持ちと同じくらい、「早くこの重圧から解放されたい」という思いもあった。
試合は序盤から点の取り合いとなった。
先制して手応えを感じても、疲労からくる規律の乱れや、ライバル国同士ゆえの小競り合い、焦りからのミスで主導権を渡してしまう。
前半を16-20の4点ビハインドで折り返した。
【試合の様子はこちらから】
※前半途中のトライの様子。最初に相手に当たったのが私、その後ボールをもらいトライをしたのが主将のタイ・フーパー
後半もシーソーゲームが続く。16-24、22-24、22-30。突き放されそうになるたびに、誰かが体を張り、食らいつく。
会場には、マニラや近隣諸国から駆けつけてくれた日本人サポーターもおり、「ニッポン」コールが響いていた。
28-30で迎えた後半38分。試合時間は残り2分、ボールを失えば負けがほぼ確定してしまう場面。ゴール前の攻防から、長谷川ショーンが意地の逆転トライをねじ込んだ(長谷川ショーンの逆転トライの様子)。
34-30。残り30秒、死に物狂いで守り切り、ノーサイドの笛が鳴った。
その瞬間、全員が駆け寄り、歓喜の輪ができた。
大の大人たちが、涙を流して抱き合っていた。私自身は後半の一部の時間帯にベンチに下がったため、全ての時間でプレーできなかった悔しさは残る。それでも、この勝利の味は格別だった。

試合後、ホテル近くのレストランでビールを飲みながら0次会。仕事の都合ですぐに帰国しなければならないメンバーとの別れを惜しむ。その後、大会主催のクロージングパーティーへ出席した。
日本チームのMVPには、再三のドミナントタックルとラインブレイク、そして決勝トライを挙げ、FWとして2試合フル出場という驚異的な働きを見せた長谷川ショーンが選ばれた。

◆大会を通じて感じたこと。
今回の大会は、私にとって単なる試合以上の意味を持っていた。
マニラでの経験を通じて見えてきた、ラグビー・リーグの可能性、そして自分自身の内面について少し触れておきたい。
①ラグビー・リーグという発展途上の競技で高みにアクセスする機会。
大会中、他国の選手ともよく話題になったのが、「ラグビー・リーグは体格に恵まれた白人系やアイランダーの競技だと思われがち」ということだ。実際、アジアの国々には体格的なハンデがあるし、知識や知見も十分に得られない環境にある。
しかし今回、NRL基準のレフリーに笛を吹いてもらい、NRLのシステム下で育った選手と対峙し、そのレベルを肌で感じることができた。代表選手たちがこの体験を自国に持ち帰る。その一つひとつが、アジアのラグビー・リーグのレベルを底上げしていくはずだ。
また決勝、3位決定戦のライブ配信の視聴者数は7000件を超えた。決して大きくはない、でも決して小さくはない注目が集まったことの証でもある。
私自身、好奇心として、もっと競争力の高い環境に身を置きたいと願っているが、日本にいる限りその機会は限られる。今回のように、1週間の間、高いレベルの環境に浸かれたことは、自分にとっても、競技の発展にとっても非常に大きな機会だった。
②ラグビー・リーグという選択。
15人制(ユニオン)にはラックやスクラム、ノットストレートなど、フットボール以外の要素が多く含まれる。それがユニオンの良さでもあるが、ボール展開の面白さやスピード感が削がれる側面もある。
ラグビー・リーグは違う。純粋なぶつかり合い、仕掛け合い、パスワーク、キック。ラグビーの根幹を成すスキルでピュアに戦えるのが魅力だ。
また社会人にとっての選択肢としても優れていると感じる。仕事や家族との時間を大切にしながら、それでも「ラグビーを本気でしたい」と思った時、夏場の数試合と秋冬の代表戦というリーグのスケジュールは、両立を可能にしてくれる。
ユニオンをお腹いっぱいやり切った選手が、セブンズやリーグへ転向する例もあるように、高強度・高頻度での活動は卒業しつつも、真剣勝負の場を求める人にとってリーグは、ベストな選択肢になり得る。
③重圧と戦う。
15人制のような注目度はないかもしれない。だが「日本を代表して戦う」こと、「やるかやられるか」の場に身を晒すこと、そして副将としてチームをまとめた責任は、想像以上の重圧だった。大会数日前からえづきそうになり、深呼吸がうまくできず、眠れぬ夜を過ごした。
トップアスリートほどではないかもしれない。しかし、コンサルタント時代にどこかの国の大臣と会議をした時よりも、個人的には大きな重圧がのしかかっていた。
ケニアで数千人の観衆の前でプレーしたことはあったが、日本のシステムとは異なる環境で育った自分にとって、この重圧は新鮮であり、苦しくもあり、そして何物にも代えがたい経験だった。

④ラグビー・リーグという競技の成長余地
初のアジア大会。スポンサーがつき、NRL関連メディアの取材が入るなど、開催されたこと自体の意義は大きい。
一方でイギリスやオーストラリアといった強豪国と戦えるようになるには、まだ多くの壁がある。仕事で選手が直前まで揃わなかったり、食事管理が難しかったり。NRLなどの環境と比べれば、その差は歴然としている。だからこそ、伸び代があるとも言える。
◆「桃の種」を割るということ。
最後に、この遠征で得た最大の収穫について書きたい。
異文化理解の文脈で、「ピーチとココナッツ」という比喩があるのをご存知だろうか。
アメリカやオーストラリアなどの文化は「ピーチ(桃)」に例えられる。皮も果肉も柔らかく、初対面から笑顔で接し、すぐに打ち解けたように感じる。留学した人、出張や旅行をした人が、アメリカの人は優しいなどということがよくあるが、それはこの皮や果肉の部分に触れているからだ。
だが、その中心には硬い「種」があり、そこから先のパーソナルな領域には、なかなか踏み込ませてはくれない。
対して日本人は「ココナッツ」だ。外側の殻は硬く、簡単には人を寄せ付けないが、一度その内側に入れば、とことん深く、長く付き合う。
海外で生活し、プレーする中で私が感じてきた「一線」は、まさにこのピーチの種だった。
「Camaraderie(カマラデリー)」──苦楽を共にした仲間意識、という言葉はラグビー界でよく使われるし、実際、ロッカーで肩を組み、酒を酌み交わす「仲間」はたくさんできる。
だが、彼らが私の心の最も奥底、いわゆる「Inner Circle(内側の輪)」にいるかと言えば、少し違う。
表面的な明るさや優しさという柔らかい果肉の奥には、異文化や言語の壁で作られた、簡単には割れない「硬い種」のような壁が常に存在しているからだ。
しかし、今回のマニラ遠征は違った。
急造チームゆえの脆さと、それを補おうとする必死のコミュニケーション。国を背負うという逃げ場のない重圧。野戦病院と化したチーム状況。まとわりつく湿度。敗北の絶望。そしてラスト2分の歓喜。
この数日間に圧縮された強烈な負荷が、普段なら数年かけても割れないかもしれないその「硬い種」を、強引に砕いた感覚がある。

言葉や文化、バックグラウンドの違いを超えて、互いの弱さも焦りもすべて晒け出した末につかんだ勝利だった。
その瞬間、私たちは単なる「代表チームのチームメイト」ではなく、本当の意味での「身内」になれた気がした。
大人になってこういった仲間ができることは多くない。でも代表戦という仕組みは毎年、このCamaraderieを作ってくれる。
グローバルな領域へ足をどんどん踏み入れていきたい自分にとって、言語や文化を超えつつ、この「Inner Circle」に足を踏み入れる感覚こそ、私がラグビーに、そして代表戦に求めていたものだったのかもしれない。
大会は、決勝でシンガポールがフィリピンを62-0で下し、幕を閉じた。
まだまだこれからの競技だ。運営も完璧ではないし、NRLのような華やかさには程遠い。
それでも、アジアのラグビー・リーグは確実に熱を帯びている。
私はこれからも、この「桃の種」を割るような瞬間を求めて、世界で体を張り続けるだろう。
【プロフィール】
おおたけ・かずき
1996年愛知県名古屋市生まれ。早稲田GWRC、University of Washington Husky Rugby Club、Seattle Rugby Club、Kenya Homeboyz、Kenya Wolves等を経て、現在カナダ・アルバータ州のラグビーチームでプレー中。13人制ラグビー日本代表副将(現在キャップ6)。早稲田大学、University of Washingtonを経て、外資系戦略コンサルティングファームの東京オフィス、ケニアオフィスなどに勤務したのち、独立。