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【楕円球大言葉】紫紺のチャージ。
早大SO服部亮太との距離を詰める明大1番の田代大介。この後、トライにつながるキックチャージに成功した。(撮影/松本かおり)

【楕円球大言葉】紫紺のチャージ。

藤島大

 キュウカンキュウ。ある名人は言った。

「チャージは急、緩、急だよ。タックルとおんなじ」

 全速力→いくらか速度を落としてコースとタイミングを定める→全速力。かすかな減速によって蹴る側の油断を誘う効果もある。

 早明戦。ひとつのチャージが歓喜の天秤を駿河台へ傾けた。
 後半4分55秒。紫紺の1番、田代大介が、勤勉のみならず敏速にキックを追い、赤黒の背番号10、服部亮太の右足より飛び立つボールを両手ではたき落とした。
 13番の東海隼の胸元にはずんでトライ。15-10とリードできた。
 スコアの推移よりも「明治のプロップのぶっとい腕が早稲田のスタンドオフの格別な足の甲の先をとらえた」という事実こそが、4万近くの観衆を酔わせる大接戦の勝負の分かれ目となった。

 あらためてヒーローは田代大介。大分舞鶴高校卒業、少年期には柔道で鳴らした。強靭なスクラムの組み手の走力をさっき映像で確かめてみた。
 一連の状況。早稲田の短いキックはピンポイントには落ちず(そこでノックフォワードのアドバンテージは消えた)、明治の新人フルバック、古賀龍人が逆襲のランを仕掛けた。倒されて、もうひとつ粘り、好機へ変換。9番の柴田竜成は正しく裏へ蹴った。

明大PR田代大介。大分舞鶴高校出身。経営学部3年。(撮影/松本かおり)


 180㎝、109㎏。ごつい木の株みたいなフォルムの田代のチェイスが見事だ。陸上競技中距離走のラストスパートのごとき脚力で前へ出る。
 早稲田は捕球に少しもたつき、服部へ渡るパスがぐらついて、キャッチ後の体を急ぎ左へ向けざるをえなかった。
 このことによって「第101回早明戦のキュウカンキュウ」は成立する。迷いなきバックス級の速度(急)→相手処理の乱れにより標的が想定外の角度へ動くことによる減速(緩)→そこから再び加速(急)。
 さらに服部の視線が極度にバックスタンド方向に寄ったことによって、まっすぐ襲いかかる勢いの田代の姿はビジョンの外へ。「見えないところから手を伸ばす」はチャージ成就のこれも秘訣である。

 かつて早稲田のラグビー部に「チャージをされぬ達人」がいた。1979年度卒業、社会人の日新製鋼でも活躍したので敬称を略して、センターやスタンドオフの日下稔。その人が東伏見のグラウンドで後輩たちに教えた。

「眉間(みけん)をめがけて」

 刺客が正面に迫る。圧を避けて斜めに足を振り抜いてはならない。襲ってくる選手の眉毛と眉毛の真ん中へ。すると不思議と楕円球は上を抜けていく。なるほど「手はついてくるが顔はついてこない」のだ。

 ここで想像はふくらむ。「急あって緩あり」も「圧をよけるな」も人間が物事をうまく進めたり、危機を逃れる際のなにがしかの実相を示している。

 田代大介は、まず、すべての力をこめてチェイスの距離を詰めた。だから「緩」もありえた。「速い」から「ひどく速くはない」は生まれ、もういっぺん「速い」へ移れる。急緩急ならぬ緩急緩の順は芝の上では弱い。
 音楽や文筆や映像の分野では若いときに枯淡をめざすと跳躍できない。はじけて生意気なくらいの表現者の角が歳月で削れ、ちょうどよいところに着地する。スポーツのコーチもさわると指の焦げる情熱が先だ。あとで落ち着きを会得する。逆はない。

 ボクサーは連打されて後退すれば、もっと殴られる。打たれたら前へ。ラグビーも似ている。ゲーム全体については慎重に進めるとしても、なお眼前のピンチは訪れる。そこでは逃げない。スペースはどのみち優勢の側の味方なのだ。引くな。よけるな。眉間へ。

RWC2023準々決勝、南アフリカ×フランスでのチェスリン・コルビのキックチャージ。(撮影/松本かおり)


 さて近年の有名なチャージは。
 やはり2023年のワールドカップ準々決勝の南アフリカ代表、チェスリン・コルビの「あれ」だろうか。開始22分。フランスにトライを許した。プレースキックの名手、トマ・ラモスが右タッチライン近くからゴールを狙う。スプリングボクスの11番がいきなり現れた。球は地面へ。語り草のバトルは29-28の勝利。まさに値千金の一幕であった。
 あれもキッカーの目に収まらぬコース、具体的には左肩の外にコルビの姿はあった。よって地中より飛び出したような不意討ちと化した。

 フランス国内には「フライング説=キック動作の前にトライラインを越えていた」も根強い。コルビ本人は、キッカーのラモスは以前クラブ(トゥールーズ)の同僚であったので「そのキックのプロセスを理解しており、1週間ほど費やして研究してきた」(インディペンデント紙)と述べている。
 非合法。周到な準備。どちらの意味も薄いと思わせるところが、まれなる出来事の真価だ。永遠の「あれ」。あれ、ほら、コルビの。すごかったなあ。おしまい。

 2022年1月30日。秩父宮ラグビー場。リーグワン第4節。サンゴリアスの17番、左プロップの祝原涼介が、ブラックラムズの10番、アイザック・ルーカスのキックをはたき、宙につかんでインゴールへ。後半38分。そこまでのスコアは29-33。ほとんど逆転サヨナラの殊勲だった。

2022年1月30日の東京サントリーサンゴリアス×リコーブラックラムズ東京(36-33)でキックチャージからトライを挙げ、ヒーローとなった祝原涼介(現・横浜キヤノンイーグルス)。当時はまだコロナ禍の中で試合が実施されていた。©︎JRLO


 いま確認すると、急→緩ではなく、緩→やや急に近い。ただし直前にラックの右から防御の穴を埋めるために逆側へ動き、流れのままに前方へ踏み出したので、あらかじめ左で構えていた同僚よりも初めの数歩は滑らかだった。
 
 殊勲のフロントローは当時の会見で述べている。

「当たった時にボールを見たら、たまたま手の中に入っていた」

 祝原涼介は明治大学情報コミュニケーション学部の出身である。大学日本一の2018年度のFWリーダーを務めた。先の国立競技場。タシロのチャージにイワイハラをとっさに思い浮かべたら、筋金入りの紫紺マニアだ。秘密結社「前へ」のプラチナ会員級の。




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