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【情報てんこ盛り、南アフリカコラム】死角なし。スプリングボックス、欧州ツアーを全勝で終える。
ほぼすべてのポジションにワールドクラスの選手が揃うスプリングボックス。充実。(撮影/松本かおり)

【情報てんこ盛り、南アフリカコラム】死角なし。スプリングボックス、欧州ツアーを全勝で終える。

杉谷健一郎

 今回、エンド・オブ・イヤー・ツアーの “ヤマ場” の一つでもあったフランス代表レ・ブルーに後半14人で戦うという数的不利にも関わらず、32-17で勝利したスプリングボックス(11月8日)。続く3連戦でもワールドランキングNo.1を証明すべく、厳しい戦いを勝ち抜いた。

◆vsイタリア代表 : 2試合連続レッドカード。再び数的不利を跳ね返し、乱戦を制す。


 今シーズン、スプリングボックスが敗れた相手はワラビーズ(22-38)とオールブラックス(17-24)の2チームだけ。しかも、そのワラビーズ戦は久々のホームでの敗戦となった。
 そのワラビーズに前週(11月8日)、26-19で勝利したイタリア代表アズーリが今回の対戦相手である。場所はトリノのアリエンツ・スタジアムだった(11月15日)。

 ワールドラグビーのランキングこそ1位と10位の戦いになるが、トニー・ブラウンBKコーチは試合前に「スペースとチャンスを与えると、アズーリは非常に危険な存在になる。決してイタリアを軽視するつもりはなく、彼らに対抗できる最高のメンバーを選ぶつもりだ」と語った。

 スプリングボックスのメンバーはレ・ブルー戦からは先発メンバー11名を入れ替え、少し実験的なメンバー構成になった。PRボアン・ベンター、キャプテンのFLシヤ・コリシ、WTBカートリー・アレンゼ、そしてFBダミアン・ウィレムセの4名のみが先発の座を維持した。

アズーリ戦のメンバー。bokrugbyの公式Instagramより


 最も目を引いたのは、イーサン・フッカーとカナン・ムーディーで組んだ若いCTBコンビだ。ともに22歳。初めての組み合わせながら、その並びは明らかにスプリングボックスの未来を見据えてのことだろう。2027年のワールドカップに向けて、このコンビネーションを頻繁に目にすることができるかもしれない。ラッシー・エラスムスHCが2人の希望ポジションを聞いたうえで配置したとのことだ。

 ちなみにムーディーはスプリングボックスのジャージを着て20試合目になるが、まだ一度しか負けていないという幸運の持ち主。そしてフッカーはスプリングボックスでも所属するシャークスでもWTBでの出場が多かったが、本人は12番を希望している。194センチ、100キロいうサイズもあり、どちらのポジションで使うかはエラスムスHCとしても悩ましいところだろう。

 もう一つ、NO8は久々の先発となるブレイクダウンの職人、マルコ・ヴァンスターデンだった。ニックネームは『エスコム』。エスコム(Eskom)は南アフリカの国営電力会社の名称だ。スターデンがU21の時にあまりにも強烈な当たりやタックルをするので、『相手の光を消し去る』ということからチームメイトからつけられたとのことだ。Eskomは借金まみれの経営で発電事業がうまくいっておらず、頻繁に停電があるため南アフリカでは『電気を消す会社』と皮肉な表現で揶揄される。したがって、ネガティブなイメージに由来するニックネームなのだが本人は気に入っており、メンバー表の名前にもエスコムを入れる時がある。

 エラスムスHCはヴァンスターデンにバックローとバックアップのフッカーとしての二刀流を期待している。この試合もヴァンスターデンがいるので、ボムスコッド(リザーブ)にはHOの選手は入っていない。ちなみにスターデンは所属するブルズではFLかNO8での出場しかないが、2023年ワールドカップ、プールステージのトンガ戦ではHOで出場している。

 そしてハーフ団は新進気鋭のSHモルネ・ヴァンデンバーグと久々の先発、安定のSOハンドレ・ポラードが久々に司令塔を務めた。

 試合はレ・ブルー戦のデジャヴから始まった。前半11分、この日は奇しくもレ・ブルー戦でフルレッドカード退場となったロード・デヤハーと同じ5番で出場のLOフランコ・モスタートが、相手SOへのタックルが首に入っているということで、同様に、交代不可のフルレッドカードが提示された。デヤハーの時と同じようにダブルタックルの形になった。先に入ったタックラーが低く入っていたため、後からタックルに向かったモスタードは自然と上に行かざるを得なかった。レフリーの判断ではタックルの接点が首付近にかかってしまったということだった。

 納得のいかない表情を浮かべたままモスタートはピッチをあとにした。つまり、スプリングボックスは残りの69分を14人で戦わなければならない。ワールドチャンピオンにとっても、これは大きな試練だ。

 策士のエラスムスHCはモスタート退場後に迷わず手を打った。FLベン=ジェイソン・ジャクソンを下げ、LOルアン・ノルキアを投入。レ・ブルー戦と同様にLOを入れて、セットプレーの屋台骨であるラインアウトの高さを確保することを最優先にしたのである。

 しかし、ここでの交代は戦術的には仕方がなかったが、FLジャクソンにとっては不運だった。ジャクソンはケガや契約問題のゴタゴタを乗り越え、久々のグリーン・アンド・ゴールドのジャージ。本人としては持ち味の突破力を存分に披露し、スプリングボックス復帰を鮮やかに刻みたかったはずだ。

 この交代以降アズーリ側にもミスが続いたこともあり、試合は33分にSOポラードがPGを決めるまで0-0の拮抗した状態が続いた。14人という数的不利を背負いながら、スプリングボックスのディフェンスの密度は落ちず、アズーリを自由に動かさなかった。

 しかし前半、スプリングボックスのスクラムが珍しく劣勢だった。先発フロントローは日本代表戦で初キャップを得たばかりの先発タイトヘッドPR、ザカリー・ポーセン、この試合が6キャップ目のHOヨハン・グロベラー、同じく7キャップ目のルースヘッドPR、ボアン・ベンターという比較的経験の浅い面々だった。

 このスクラムにもエラスムスHCはすぐに対応する。19分にはPRポーセンを現在、世界最強スクラメージャーと評されるウィルコ・ローへ、24分にはPRベンターをPRゲアハルド・スティーンカンプにそれぞれ交代させた。ただし、前半に関しては、アズーリの強力FW陣の押しは終始鋭く、PRローが入ってからもスクラムはしばらく安定せず、37分には押される形でペナルティを献上してしまう。

 26分にはWTBエドウィル・ファンデルメルヴェに替え、この日もFW枠で登録されていたアンドレ・エスターハイゼンを投入。レ・ブルー戦に続く二刀流の再演である。エスターハイゼンはスクラム時にはFLとして脇を固め、ボールが動けば場面に応じてBKラインへと自然に流れ込む。その柔軟な可変性が、1人少ない状況で生じる綻びを確実に埋めていった。

バックローとCTBの兼任で貴重な存在となったアンドレ・エスターハイゼン。(撮影/松本かおり)


 前半に身を削って戦い続けたご褒美だろうか。終了間際の41分、NO8マルコ・“エスコム” ヴァンスターデンが密集を力強く割って抜け、左のポール付近へと飛び込んだ。苦しい展開の中でようやくつかんだ価値あるトライ。スコアは10-3となり、スプリングボックスは7点のリードを手にしてハーフタイムを迎えた。

 後半は立ち上がりから不穏な空気が漂った。アズーリが早々にPGを決め、さらに52分には前半のヒーロー、ヴァンスターデンがブレイクダウンでの悪質なプレーでシンビン。スプリングボックスはさらに1人失って13人での戦いとなる。点差も10-9と1点差に。

 この流れを変えたのは、54分のSOポラードのPG、そして、今度はアズーリNO8ロレンツォ・カノーネが55分にハイタックルでイエロー退場となり、スプリングボックスからすると2人減から1人減へハンディが緩和され、戦局がスプリングボックスへ傾き始める。

 さらに前半は苦しめられていたスクラムが、後半に入ると一転して優勢に回ったことも戦況を大きく左右した。恐らくハーフタイムでFW陣には強烈な “喝” が入ったのだろう。スクラムは明らかに圧力を取り戻し、前半とは別物の推進力を見せ始めた。59分にはスクラムを5メートルほど押し込み、SHファンデンバーグのトライにつながった。スコアは20-9。

 しかしその5分後、アズーリのエース、FBアンジェ・カプオッツォにラインブレイクされ、右中間にトライされる。アズーリもあきらめない。

 これに対し、スプリングボックスもすぐさま意地を見せた。71分にCTBムーディーが華麗なステップで相手ディフェンスを外し、一気に前進。その動きをフォローした交代直後のSHグラント・ウィリアムズにムーディーからの絶妙なタイミングでパスがわたりトライ。このツアーでは我らのファフ・デクラークはメンバー外だったが、スプリングボックスのSH陣は選手層が厚く、今後、ポジション争いが激化することは必至だ。

 最後は、やはり交代したばかりのSOマニー・リボックが魅せた。プレッシャーを受けながらも放った芸術的なキックパスをCTBフッカーが好捕し、右端にダメ押しのトライを決めた。締めの場面で期待の若手CTBコンビがそろって存在感を示し、エラスムスHCの采配の妙が当たったといえる。

 最終スコアは32-14のダブルスコアになった。この試合も工夫とセットプレーの安定で、数的不利の状況を何とか凌いだ。

 渦中のモスタートの件については、試合から6日後に開かれたワールドラグビーの懲戒委員会の審理で結論が出た。モスタートはボールキャリアーの頭部には接触していなかったと認定され、レッドがイエローに格下げされた。筆者も映像を何度も見返したが、モスタートが咄嗟に腰を落として低く入ったため、接触点が首にかすっているようにも、そうでないようにも見える微妙な角度だった。

 TMOが介入するとはいえ、最終判断を下すのはあくまで人間であり、その限界や誤りがあるのは仕方がない。この試合では幸いスプリングボックスが勝利したこともあり、この誤審が大きく取り上げられることはないだろう。ただ、もしこの試合がワールドカップや負ければ終わりのトーナメントで、この誤審が原因で負けたということになったらどうなるのだろうか。

 今回の“格下げ”は単なる事後処理にとどまらず、危険タックル基準やレッドカード運用について、あらためて議論すべき課題を浮き彫りにした。

◆vsアイルランド代表 : スクラム圧倒、BK躍動! 2つ目のヤマ場を乗り越える。


 試合前に前週から引き続きキャプテンを務めるFLシヤ・コリシは「この試合は最後まで15人で戦いたい」と嘆いた。

 アズーリ戦は不運だったとはいえ、スプリングボックスは2試合続けて14人、時には13人での戦いを強いられた。いくら二刀流エスターハイゼンの投入など工夫を凝らしても、数的不利を抱えながらのプレーはチーム全体に大きな負担となり、選手の疲労度も高くなる。コリシの嘆きも理解できる。

 さてアイルランド代表はスプリングボックスにとって、勝率という観点では、オールブラックス以上の難敵となっている。過去20年間におけるシックスネーションズ各国との対戦勝率を並べてみると、その傾向はより鮮明だ。上から、スコットランド88パーセント、イタリア83パーセント、ウェールズ67パーセント、イングランド58パーセント、フランス57パーセント、そしてアイルランドは25パーセント。つまりスプリングボックスは、この20年間でアイルランドに大きく負け越している。

 直近5試合を見ても、スプリングボックスが勝ったのは2024年の対戦(27–20)のみで、残る4試合はすべて敗戦。もちろん、アイルランドが近年、非常に完成度の高い強いチームであることは間違いない。ただ、例えば同じ期間の比較では、オールブラックス✖️アイルランドは3勝2敗とニュージーランドが勝ち越し、スプリングボックス✖️オールブラックスは4勝1敗でスプリングボックスが大きく上回っている。この3つ巴の関係からすると、スプリングボックスとアイルランドは力の差というよりは、スタイルやテンポの噛み合わせなど、相性の悪さがあるのかもしれない。

 また今回の戦場となるアイルランド代表チームのホーム、アビバ・スタジアムは彼らのまさに砦となっており、スプリングボックスは13年間ここで勝利を挙げていない。エラスムスHCも「ここが最後のフロンティアだ」としており、この『未開の地』を開拓すべく、13年ぶりの勝利を目指した。

 アイルランド戦に向け、スプリングボックスは先発を大幅に入れ替えた。アズーリ戦から11名を変更し、前週の若手主体から一転、ワールドカップ連覇を経験した主力が顔を揃えた。
 ただしハーフ団は好調の23歳、SOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルと老練な35歳、SHコーバス・ライナーの “一回り違い” コンビに託された。先発メンバーの総キャップ数は876。アイルランドという難所を攻略するため、スプリングボックスは万全に近い体制を敷いた。

アイルランド戦のメンバー。bokrugbyの公式Instagramより


 11月22日におこなわれた試合は前半4分、FLピーターステフ・デュトイがその瞬間しかないという絶妙なタイミングで放ったパスを受け、FBダミアン・ウィレムセが左コーナーへ豪快に飛び込むトライで幕を開けた(5–0)。
 ウィレムセはこのエンド・オブ・イヤー・ツアーでは日本代表戦以外はすべて先発FBとして出場。もしエンド・オブ・イヤー・ツアーにMVPがあるとすれば、間違いなく彼の名が最有力に挙がると思われるほどの活躍をしている。20歳でスプリングボックス入りしたものの、伸び悩んだ時期もあった。しかし、今年の活躍でFBのレギュラーポジションを確保したのではないか。

 33分にはSHライナーが狡猾な動きで左中間にトライを決める(12-0)。対して、37分にアイルランドのHOダン・シーハンがラインアウトからつなぎ、左中間にトライ(12-7)。アイルランドが差を縮めた。

 しかし圧巻は、前半終了間際の43分のペナルティトライだった。この日のスプリングボックスFWはスクラムにこだわり続けた。そして、ほぼすべてのスクラムを圧倒した。このペナルティトライもスクラムトライを狙ったが、その圧力に耐え切れずアイルランドFWがオフサイドを犯し、レフリーは迷わずペナルティトライを宣告。スタジアムには激しいブーイングが渦巻いたが、アイルランドのフロントローはすでに粉砕されており、どう見てもあれはオフサイドがなければそのままトライになっていた。

 この時のスプリングボックスのフロントローは、PRスティーンカンプ、HOマークス、PRローの強力トリオ。対するアイルランドは、PRアンドリュー・ポーター、HOシーハン、PRタイグ・ファーロングで、今年のブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ、オーストラリア遠征のテストマッチでも先発フロントローとして起用された3名だ。
 このアイルランドのフロントロー3名はヨーロッパでは屈指のスクラムメイジャーといってもいいだろう。それでもスプリングボックスの強力スクラムの前ではなす術がなかった。思い返せば昨年のテストマッチでも、スプリングボックスはまさに同じ3名を相手に豪快なスクラムトライを奪っている。スプリングボックスのスクラムは本当に異次元的な強さだ。

 結局、スプリングボックスの12点リード(19-7)で前半を終えた。

 アイルランドはスクラムが劣勢だったことを除けば、全体的には悪くはなかった。ただ、前半だけでレッドカード1枚、イエローカード3枚が飛び交うことになった。規律が守れず自滅したという印象ではあるが、それだけ、さまざまな局面においてスプリングボックスのプレッシャーに耐え切れなかったということでもある。
 一方のスプリングボックスは前週、前々週の反省を生かし、前半にはカードをもらうことはなかった。

 後半50分からの出場となったLO、RG・スナイマンはこの試合で節目の50キャップ目を迎えた。現在、アイルランドの強豪レンスターの主力として活躍し、その前もマンスターに在籍していたことから、アイルランドのファンにもよく知られた存在である。そのため、この試合では敵としての登場であったにも関わらず、この南アフリカの巨人がピッチに入ると観客席全体から温かい声援が送られた。

 その後、56分にアイルランドが再びPGを加えてからは、スコアは24–13のまま動かず、両チームともノーサイドまで追加点を挙げることはできなかった。ただし、スプリングボックスが試合の主導権を握っているのは明らかだった。
 スプリングボックスはほとんどの時間を敵陣での攻撃に費やしており、アイルランドが敵陣ゴール前に迫ったのは試合終了直前の5分間のみ。そういう意味ではアイルランドがスプリングボックスの猛攻からゴールラインをよく守ったといえるだろう。密度の濃い攻防が詰まった終盤だった。

 このアイルランドとの一戦は、エラスムスHCが遠征前から警戒していたレ・ブルーに続く “ヤマ場” の一つだった。その難所を乗り越えられたのは、久々に規律が守られたこと(※終了間際の39分にSHウィリアムズがイエローを受けたが、全体的には選手は規律を意識していた)と、繰り返しになるがスクラムで圧倒的な優位を築いたことである。

 アイルランドは、シックスネーションズを含む通常の戦いでは、スクラムでここまで押し込まれる経験はほとんどない。それだけに、この日のスプリングボックスの強烈なプレッシャーにどう対処すべきか、対応策の引き出しがなかったのだろう。

 英テレグラフ紙も「南アフリカがスクラムで圧倒的な強さを見せたことが、勝利の決め手になった」と伝えており、「南アフリカのスクラムに匹敵するスクラムを世界中で探そうとしても、結局、南アフリカのベンチ(=リザーブの選手)を探すことになるだろう」と皮肉を込めて評し、現状ではどのチームも南アフリカのスクラムに真正面から対抗することは難しいとした。

 また、スクラムを中心にFW陣を称えてきたが、この試合ではBKのパフォーマンスも申し分なかった。この試合のBKメンバーにはまったく穴がない。まずハーフ団は、SHライナーとSOムゴメズルの組み合わせが、現時点で最もフィットしている印象を受けた。
 CTBのジェシー・クリエルとダミアン・デアレンデのリーグワン・コンビも攻守の基点になっており安定感抜群だ。さらに、FBウィレムセ、WTBチェスリン・コルビ、WTBムーディーによるバックスリーは、キック処理が上手く、ハイボールにも強かった。バックスリーはこの他にも、WTBアレンゼ、そして台頭著しい大型WTBフッカー、さらに怪我から復帰したエドウィル・ファンデルメルヴェなど層は厚い。この顔ぶれを見ると、エラスムスHCはこれからもさぞかしメンバー選定に頭を悩ませることになるだろう。

 先のテレグラフ紙は、さらにスプリングボックス全体の評価として、「2027年、アイルランドが、スプリングボックスのワールドカップ3連覇を阻止するのがいかに難しいかを再認識させた」と賞賛して記事を締めている。

 確かにスプリングボックスの強さが際立ち、ワールドラグビーランキング3位のアイルランドがまるで “普通のチーム” に見えた一戦だった。

◆vsウェールズ代表 : スプリングボックス容赦なき完勝。ウェールズの闇は深い。


 このウェールズ代表戦(11月29日/カーディフ)の実況コメンテーターが何度も発した言葉が “relentless(容赦ない)” “remorseless(無慈悲な)”だった。この2つの形容詞に続く名刺はもちろんスプリングボックスだ。

 73-0。スプリングボックスの “容赦なき” 完勝だった。

 もともと深い低迷期から抜け出せていないウェールズにとって、今回のテストマッチは極めて厳しい条件下での戦いだった。契約上の制約によりイングランドやフランスの所属クラブに戻った主力選手が13名。戦前からウェールズが今ツアー無敗のスプリングボックスに苦戦することは予想できた。

 ウェールズは対スプリングボックスということでは、1998年にロフタス・バースフェルド(プレトリア)で96–13と83点差で敗れた痛烈な記録が残っている。今回の73点差はホームでの最多失点記録を更新した。

 また今年のウェールズは、テストマッチ10試合での平均失点が36.8点。ホームの聖地カーディフにおいて、3試合において50点以上を奪われるという大敗を喫している。一方のスプリングボックスは今回のエンド・オブ・イヤー・ツアーでは1試合平均 37 得点、5トライを記録している。現在の両チームのコンディションと地力の差が、そのままスコアに表れた結果となった。

ウェールズ戦のメンバー。bokrugbyの公式Instagramより


 スプリングボックスの先発メンバーは前週のアイルランド戦から9名が入れ替わった。イタリア戦で誤審され、無念のレッド退場となったモスタードがフランカー(7番)で復帰した。そして、ボムスコッドは久しぶりのFW:BK=7:1というFW偏重の比率に設定。BKの交代要員はこの試合で50キャップ目を迎えるSHライナーただ一人という思い切った布陣だった。
 リスクが高いように思われるが、エラスムスHCの目算では、SHライナーはWTBができ、FWで登録されているFLクワッガ・スミスとFLベン=ジェイソン・ジャクソンは場合によってはBKを兼務することを想定している。

 アイルランド戦でのメンバーと比較すると若手が多く入ったような印象があるが、それでもスプリングボックスの選手一人当たりの平均キャップ数は40に達していた。対するウェールズは同平均11キャップ。数値が示すとおり、もともと今回の対戦にはテストマッチ経験の質と量において、両チームの間に歴然とした差が存在していた。

 ウェールズもメンバー編成に苦心しているが、スプリングボックスも選手層が厚いとはいえ、激戦続きのツアー最終戦である。怪我人は着実に増え、試合前にエラスムスHCは「もしあとFWで2人選手が欠ければ(FWコーチの)ドゥエイン・フェルミューレンを出さなければならない」と語っていた。

 誰もが半分冗談かと思っていたが、実際に試合までの1週間、39歳のフェルミューレンはすべての実戦練習に参加していたというから驚きだ。この試合でもキャプテンを務めたコリシは「彼がまだ現役選手としてプレーできることを確認した」とコメントし、一緒にエリスカップを2度掲げたバックローの盟友が最悪の事態に備えて真剣に準備していたことを明かした。

 結局、実際にはフェルミューレンには出番が回ってこなかった。だが、そこまで準備ができていたのであれば、あの豪快な突進をもう一度観たかったかな。

 73-0という結果からは、この試合に詳しい解説は不要だろう。前半4トライ、後半7トライ。力の差は歴然で、終始スプリングボックスが主導権を握った。

 前週に引き続き司令塔を担ったSOムゴメズルは、この日も2トライと9本のコンバージョンを決め、28得点と圧巻のパフォーマンスを見せた。これでテストマッチ19試合目にして9トライ。9トライはスプリングボックスの歴代フライハーフ(スタンドオフ)の中でも最多記録で、2位のポラードとモルネ・ステインの8トライを上回る。ムゴメズルが単にラインを動かすだけではなく、自ら仕掛けてトライを奪えるフライハーフであることをあらためて証明した。

 余談だが、ムゴメズルは高校(※南アフリカで最初にラグビーがおこなわれたとされるディオセサン・カレッジ)時代に、交換留学制度を使い、ウェールズのランダベリー・カレッジに4か月間留学した。同カレッジは、ジョージ・ノースやアラン=ウィン・ジョーンズといったウェールズ代表選手を数多く輩出している。しかし、ムゴメズルはラグビー留学ではなく一般学生としての留学であったこともあり、同校のラグビー部の門を叩き、初めてプレーした際は、コーチ陣にそのレベルの高さを驚かれたという。

今回のツアーであらためて存在価値を高めたSOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズル。(撮影/松本かおり)

 気分よく終わるはずだった試合の最後に、大変残念で看過できない事件が発生した。この試合ではボムスコッドとして後半52分から出場したLOエベン・エツベスが、試合終盤の乱闘において、ウェールズFLアレックス・マンの目を指で突いたとしてレッドカード退場となった。

 直前のラックで、先にマンがエツベスの目を突いたのではないかという疑惑もある。それが仮に事実であっても、同じ行為をやり返すことが許されないのは言うまでもない。しかも、エツベスの指がマンの目に食い込んだ瞬間は、カメラが鮮明に捉えていた。試合後、エツベスは「目を突くつもりはなかった」と弁明したが、あの映像を前にしては説得力を持たない。普段は選手を擁護するエラスムスHCでさえ、このレッドカードについては「仕方がない」と、その判定の正当性を認めざるを得なかった。

 エツベスはこれまでも乱闘の渦中に身を置くことが少なくなかったが、実はスプリングボックスとしてレッドカードを提示されたのは今回が初めてだ。これまでは、どれほど感情が高ぶり相手と組み合いながらも最後の一線は越えない、そんな自制が働いていた。しかし、今回はそのタガが外れてしまったようだ。

 もちろん当事者にしか分からない部分はあると思う。しかし、今回のエツベスのとった行動はスプリングボックス最多の141キャップを誇る彼自身の名誉を傷つけただけではない。伝統あるスプリングボックスの名を汚し、さらにラグビーという競技そのものへの冒とくでもあった。

※試合から6日後、ワールドラグビーの懲戒委員会がエツベスに処罰を下した。相手の身体を傷つける行為は最長24か月の出場停止処分となるが、エツベスの場合は “初犯” ということもあり、12週間の出場停止処分となった。これで所属するシャークスで予定されている3月下旬までの11試合に出場することができない。現在、シャークスはユナイテッド・ラグビーチャンピオンシップでは、16チーム中14位と低迷している。チームとしてもエツベスの復帰を心待ちしていたところにこの処分は痛い。いずれにせよ猛省が必要だ。

 試合後のインタビューで、キャプテンのFLコリシは「スプリングボックスにも以前、ウェールズと同じ状況があった。2015年に主力のベテラン選手が一斉に引退したことで、2016年から2017年にかけては本当に厳しい時期だった。(中略)我々がその状況を打破できたのは、勝利への強い思いを持ちながら、メンバーの世代交代をおこなってきたからだ。コーチは『(世代交代の時期だから)負けてもいい』とは決して言わなかった。我々は勝利しながら、チームに厚みを持たせてきた」と自身が経験した低迷期のスプリングボックスの状況を語り、ウェールズにエールを送った。

 後味が悪くなったが、これで昨年に引き続きエンド・オブ・イヤー・ツアーは全勝で終わった。やはりスプリングボックスは強い。今のところ、死角は見えない。

 これでスプリングボックスの活動は一旦終了となる。すでに南アフリカ本国やヨーロッパ、そして日本の所属クラブに戻り試合に復帰している選手もいるが、各チームにおいて個人の研鑽を積む時間が続く。

 来年8月、オールブラックスは “ラグビーズ・グレイテスト・ライバルリー” と銘打った30年ぶりの長期遠征で、南アフリカの大地に乗り込んでくる。両チームは各地で4試合のテストマッチを戦うことになっている。スプリングボックスは、当面はこのシリーズに向けてチーム作りを進めていくことになるだろう。積み上げてきた現在のチーム力を損なうことなく、永遠の宿敵を迎え撃つ姿を期待したい。

『Go for It, Bokke !』

【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了

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