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【好評価の声、まだあった】古瀬健樹レフリーはフランスで感じた。いろんな経験も語る。
10月中旬にフランスでのレフリー合宿に参加した際の古瀬健樹レフリー。(フランス協会提供)

【好評価の声、まだあった】古瀬健樹レフリーはフランスで感じた。いろんな経験も語る。

福本美由紀

 フランス×南アフリカ(11月8日)の前に、日本代表チームのスクラムコーチだったマルク・ダルマゾと電話で話すことがあった。彼がコーチしていた時代の日本代表の選手の近況や、最近のフランスラグビーのことなどいろいろ話していると、急に「日本からプロD2の試合を吹きに来ていたレフリー、良かったな」と言ってきた。
「良いジャッジをしていた。流すところと止めるところのバランスも良かったから、見ている者にも、プレーしている者にも快適だった」
 ここにも1人、古瀬健樹(かつき)レフリーを評価している人がいた。

 元国際レフリーで、現在フランス協会のプロレフリーテクニカル対策室の責任者であるマチュー・レイナル氏からも「技術、動き、コントロール能力、コミュニケーション能力、ボディーランゲージに優れている」と高評価を得たことは、前回のインタビューの中で紹介したが、レイナル氏はその評価を古瀬レフリー自身には伝えていなかったようだ。

 レイナル氏とのやり取りは、「マチュー(レイナル)からはフランスで今導入されているルールの件について、1回電話があっただけ」だと古瀬レフリーは言う。
「自分でレビューして、ARとTMOとかに送る事はしたんですけど、マチューからは『よくやったよ』とテキストが来ただけで、具体的なレビューは、今回はなかった。そのあとすぐにレフリーキャンプに行ったので、そこで話しながら(の振り返り)っていうのはありましたけど」とのことだった。

『ミディ・オランピック』の記事に、トップ14のレフリーの、試合後の作業を含む1週間のルーチンを紹介しているものがあった。

フランスで得た経験を生かし、さらに先へ。(フランス協会提供)


「土曜日にトップ14の試合を担当した場合、日曜日は帰路または疲労回復に充てるとともに、フィードバックの作業を始めます。すべての判定、そして見過ごしたノンデシジョンについて、その判定がなぜ、どのように下されたのかを深く分析し、次の改善に繋げるための分類と評価をおこなう必要があります。これは5~6時間の作業になります。

 我々はすべての事象を記録し、その選択を正当化するか、あるいは誤りを認めたうえでフィードバックを伝えます。このフィードバックは、ARとTMO、そしてレフリーハイパフォーマンス対策室のコーチと共に作成され、48時間以内にまとめてクラブに送付しなければいけません。

 その後、次の試合の準備と周辺のすべての準備を始めます。直近の3試合をすべて見る必要はありません。チームには繰り返される傾向があり、レフリー間での情報交換も非常に多いからです。その他の曜日については、月曜日はフィジカルトレーニング、火曜日は強度をあげたフィジカルセッション、水曜日は有酸素運動、つまり持久力トレーニングです」

 レフリーも選手同様、見えないところでの多大な努力が求められている。
 古瀬レフリーも、フランスにいる間、あるいは日常の中で、さまざまな状況に対応し、アクシデントに見舞われることがあるようだ。

 フランスでは、観客からレフリーへのブーイングもあれば、テレビの解説や実況も「この判定はおかしい」と発言することもある。しかし、フランスのレフリーはそのようなプレッシャーについて「あんまり感じてなさそうですね」と古瀬レフリーは感じた。
「たぶんレフリーをやっている人って、その場のブーイングとか、外からの声は気にしていないですね。『いや、僕の方が一番いい場所にいて、見てるし』みたいに、内心そう思っている人のほうが多いと思います」

 そして、「選手に言われる方が、たぶん、みんなつらいですね。観客がブーって言うより、選手とかコーチ、プレーの近くにいる人の言葉の方がより説得力あるし、ドキッとします」と続けた。

 フランスではヘッドコーチが試合中もピッチサイドから大声で叫んでいる。
「何か言っていますね。でも幸いなことに、何を言っているのか分からないので(気にならない)。なんでフランスだけヘッドコーチが下にいるんでしょう。ほかの国ではないのに。不思議だなあって思います。ペナルティもらって(PGで)3点なのかタッチなのかも、ヘッドコーチがすぐに指示を出している」
 彼らはピッチサイドから、3本立てた指を高々と挙げて、指示を出すのだ。

 古瀬レフリーは「キャプテンが(プレーの選択を)決めないところが面白いですね」と言う。
 キャプテンが決定することもあるが、大抵はHCの指示を仰ぐのには理由がある。フランス人がよく言うのは、『降格』があるからだ。
 プレミアシップ(英)は降格制度を一時停止しており、スーパーラグビーやURC(ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ)にも降格がない。しかしトップ14には、その恐怖や脅威がある。「最下位は自動降格となる」から、負けられないプレッシャーは強い。

 また、フランスのように試合数が多いと、絶対に勝つ試合と、主力選手を休ませる試合も選ばなければならない。今季はその傾向が特に強く、ホームでは大勝するチームがアウェーで大敗するケースが多い。例えば古瀬レフリーがARだったトゥールーズとボルドーの試合、ボルドーは主力選手の多くを休ませることを選んだ。その結果56-13という大差でトゥールーズの勝利となった。

「それでも、マチュー・ジャリベールが出てなくても戦える戦力がいるのはすごいです。アウェーだから(メンバーを)落とすとか、日本ではあまりない感覚ですね。試合数が少ないから一つの負けが日本だと(最終成績などに)直結しちゃうけど、フランスは試合数が多いので、シーズン前半は選手を循環させて(起用し)、後半、勝負に出ていく感じですよね。そのあたりも面白いなあ、って感じますね」

 しかし、彼らも一戦一戦真剣である。
「本当そうですね。感情を露わにしながらヘッドコーチも怒る。そもそも(自分が指導している)チームじゃんって、僕は思うんですけどね」

 古瀬レフリーがフランス滞在時に最後に担当した試合で戦ったグルノーブルは、特殊なチーム状況だった。
 昨季はD2のレギュラーシーズンを1位で終えながらプレーオフの決勝と入れ替え戦で敗れ昇格を逃した。それが3年続いている。今季は開幕から成績は芳しくなかった。そんな中、試合中の選手の治療を15分以内に終えることができず、その選手がピッチに戻れなくなった試合があった。結果、HCがドクターを罵倒し、それを理由に会長はHCをクビにしたのだ。
 古瀬レフリーが吹いたグルノーブル×カルカッソンヌは、新しいHCでの初めてのホームでの試合。指揮官は、「絶対にこの試合を支配してやる」という意気込みで臨んでいた。

古瀬レフリーがARだったイングランド×フィジーでレフリーを務めたポール・ウィリアムス氏も、自身のSNSで古瀬レフリーのパフォーマンスを称えた


「最初のキックオフからトライになるんじゃないか、と(思うような勢いでした)。最後の最後に(外に)出ましたけど、すごくエンジンがかかっていた。直前の3試合を見たのですが、全部負けていたんですよ。なので、どういうゲームになるんだろうって思っていました。ホームで勝った試合も、チーム状況的に難しいだろうな、と背景も考えながら見ました。何試合か前に結構強いところ(プロヴァンス)とホームでやって負けていたことも頭に入れ、チームの内部事情とか、ボイコットしそうな雰囲気も」インプットされていたという。
 実際グルノーブルの選手は、HC解任に反対してストをする姿勢だった。

 ヴァンヌ×オヨナの試合では、SNSに「英語を話すARをつけるべきだろう」と言う書き込みが見られた。
「TMOには僕もよく知っている、インターナショナルでもやっている、英語を喋れる人をアポイントしてくれていました。ARは、英語を話す機会がたぶん少なく、少し苦手ということはありましたが、大きな問題ではなかったです」ということだった。

 今年6月のU20世界大会の南アフリカ×オーストラリアでレフリーの通信機器が故障し、携帯電話で通信したこともある。
「試合中ずっと状況はよかったのですが、肝心な時に繋がらないな、と。TMOは1回しかありませんでしたが、それまで良好だったものが、いざ、という時につながらなくなって、『あれ?』と。U20の大会の時は会場に大きなスクリーンがなく、レフリーがタッチライン際に置かれている小さなモニターのところに行かなくてはいけなかった。(結果的には問題なかったのですが)日本でも電話を使ったことはけっこうあります」

 通信機器が整っている会場ばかりではないのが実情。
「(環境を整えるには)どうしてもお金がかかる。人手もいる。全会場に1人ずつ、コムズギヤ(通信機器)のために人手を割くのかっていう問題もあります。見ることはあまりないかもしれませんが、レフリーの通信機器がダウンしたら携帯を使う運用になっています」

 古瀬レフリーへのインタビューは、レフリーの役割の重さ、目には見えない日々の努力を知る機会になった。選手やチームの事情まで深くインプットし、時に通信機器のトラブルにも対応する。常に冷静で、ピッチ内だけではなく、ピッチの外でも自身を取り巻く世界を俯瞰しているのではないだろうか。
 これからも日本でも、世界でも、順調に階段を昇っていってもらいたい。




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