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【インタビューも濃い!】フランスで高評価の古瀬健樹レフリーと話した60分。
ヴァンヌ×オヨナの試合後、古瀬レフリーを中心にアシスタントレフリーたちと。(本人提供)

【インタビューも濃い!】フランスで高評価の古瀬健樹レフリーと話した60分。

福本美由紀

 フランス協会とのレフリー交流事業により、古瀬健樹(かつき)レフリー(23歳)が世界最高峰のリーグに挑戦した。トップ14のトゥールーズ×ボルドー(現地時間10月12日)でアシスタントレフリーを務め、続いてプロD2ではヴァンヌ×オヨナ(10月16日)とグルノーブル×カルカッソンヌ(10月24日)で主審を務め、現地で高評価を得た。

 また、フランスのプロレフリー合宿にも参加し、フランスでのレフリング向上のための取り組みやレフリーが置かれている環境も間近で見ることができた。次のテストマッチ(11月1日/スコットランド×アメリカ)のためにフランスからスコットランドに渡ったばかりの古瀬レフリーに、1時間にわたって現地での経験とレフリングの奥深さについて語ってもらった。

◆1試合につき、その準備として6試合を見ました。


——元国際レフリーで、現在フランス協会のプロレフリーテクニカル対策室の責任者になられているマチュー・レイナルさんに、「古瀬さんのパフォーマンスをどう思われましたか?」と質問したら、「まずフランス語を話さないのに、ヴァンヌでの試合ではフランス語をかなり使っていた」とおっしゃっていました。

「頑張って勉強しました。フランスがラグビー用語もフランス語でやってるというのを理解したうえで、その国に行くのだったら、その国のやり方に則るのが礼儀というか、その方がいいんじゃないかって自分の中で考えながら、いろんな試合を見て、『あ、こういう時こういうんだ』っていうような感じでやりました」

——トップ14、特にプロD2は日本では馴染みがありませんが、どのように準備されましたか?

「レフリーは基本的に全世界の映像にアプローチをすることができる仕組みになっていて、映像は手に入るし、日本協会にはアナリストもいて、スタッツをもらうこともできるので、自分から取りにいけば準備することはできる環境でした。ヴァンヌとオヨナの試合では両チーム3試合ずつ観て、どういうプレーをするのかというのを考えながらレフリーをしました。リーグワンだと毎週のように試合があって、毎回3試合ずつ見ることは時間的に余裕がないんですけど、プロD2は今回初めてで、どういうラグビーをこのチームはするのかっていうのが全くない状態だったので、3試合では足りないかもしれないけど、とりあえず3試合ずつ両チームを見た。だから1試合につき、その準備として6試合を見ました」

——リーグワンとプロD2でどんな違いがありましたか?

「大きな違いはフィジカルです。そこには違いが確実にあって、日本はスピード勝負でボンボンやっていくラグビーで、もちろん日本でもフィジカルコンタクトはあるんですけど、あまりブレイクダウンでコンテストがなくて、ブレイクダウンのボールがクイックで出てきます。ラックからボールが出るスピードはたぶんリーグワンの方が早いと思います。フランスは、ブレイクダウンでディフェンス側もコンテストしに来るし、そこでターンオーバーを狙うところはまず大きな違いとしてありました。2つ目の違いとしては、僕たちもGPSをつけてレフリーをしているんですけど、そのGPSの走行距離が、前半はリーグワンぐらい走るのですが、プロD2は後半になると結構落ちる。スタッツを見ても、スクラムの回数が増えるとか、ハンドリングエラーが増えることがデータにも表れます。ただ日本の場合、さっき言ったフィジカルコンタクトが少ないので、前後半ともにあまりスキルレベルが落ちない。日本人がフランスでプレーしたら、たぶん同じようなことが起きると思うので、フィジカルが前後半のパフォーマンスに影響を与えるというのはあるかなと思います」

ふるせ・かつき。2002年1月25日生まれ、23歳。現役時代のポジションはHO。自彊館中→東福岡高→早大→日本ラグビー協会。2024-25シーズンまで、3季連続ベストホイッスル賞。プロD2、ヴァンヌ×オヨナの試合より。(ProD2公式『X』/Vannes提供)


——フランスは、選手交代の独自のルールがあって、一度試合から出た選手が、もう一度入れる。12回まで交代できるんですよね。そういうルールもあるから、選手の交代の仕方によってはスピードやインテンシティ、精度を落とさないように、交代を使うところもある。例えば最初にアシスタントレフリー(AR)をしたトップ14のトゥールーズなんかそうだったんじゃないですか?

「そうですね。トップ14はある程度、前後半均一で動けていると思うんですけど、プロD2になればハンドリングエラーが多くなったり、スクラムでリセットが増えるということがあると思いました」

——選手層が薄いからレベルを維持できるだけのリザーブがいないということかなと思います。トゥールーズ、ヴァンヌ、グルノーブルと、全然違う地方ですが、ラグビー以外の部分で楽しめましたか?

「そうですね。3都市とも初めて行かせていただいたんですけど、トゥールーズは結構南で気候も穏やかで、天気にもすごく恵まれました。1週間雨も降らず、すごく快適な日々を過ごしました。齋藤直人さんとも試合の翌日にキャッチアップして、一緒にランチ行ったりしながらいろんな話をさせていただきました」

——彼、ちょうど古瀬さんの目の前でタッチライン踏んじゃいましたね。ジャッジするの、つらいだろうなって思いました。

「踏んじゃったんですね。僕、ちょっと一瞬見えなかったんですけど。その前の(ロマン)ンタマックがギリギリだったので、まあこっちもギリギリだなと思って、ちょっとフラッグをあげるのを躊躇しているとTMOが入ってくれました」

——そういうところで躊躇することってあるんですね。

「そうですね。トライしたけど、フラッグあげちゃってキャンセルになったりするのが僕らとしては一番嫌なので、まずは怪しかったら、とりあえずあげないっていうのを僕らのセオリーとしてやっていますね」

——怪しかったらあげるじゃなくて、怪しかったらあげないんですね。

「シチュエーションによるんですけど、あのシーンはトライになる可能性があったんで、トライになったらTMOを使える。でもあげちゃうとトライの前に笛を吹かなきゃいけなくなっちゃうので、怪しいところはあげずに、あとは映像でというのは最近は結構あります」

——最後のグルノーブル×カルカッソンヌで、試合が終わってからすごくいい笑顔をされていました。近くにいたグルノーブルの選手やスタッフも握手しに来てましたね。

「中には、『このあとAsahi飲むでしょう』みたいな会話をしてくれる選手もいました」

——この3試合、一つはAR、あとはレフリーをされたわけですが、レイナルさんが、まずこの短期間でフランス語を話す努力をしたっていうことは素晴らしいことだと。そして『この年齢で、今彼が吹いているレベルのレフリングができるというのは、それだけでもすでに大きな成功。とても落ち着いていて、技術的資質やコントロール能力、コミュニケーション能力も持っていて、ボディランゲージも優れていて、動きもとてもいい』と絶賛でした。古瀬さんのパフォーマンスに非常に満足していて、『近いうちにトップ14の笛を吹いてもらいたいと考えている。そうすることによって露出の機会にもなるでしょう』とおっしゃっていました。将来ワールドカップというのを描いていらっしゃるのなら、露出の機会は重要ですよね。

「確実にそうだと思います。もちろん日本で吹くことが第一優先ですけど、世界に行って、じゃあ急にフランスのゲームってなったりする可能性もゼロではないので、そういう意味ではいろんなリーグを経験するというのはすごく重要だと思います」

こちらもプロD2、ヴァンヌ×オヨナでの一枚。(ProD2公式『X』/Vannes提供)


◆内容の濃い国立ラグビーセンターでのレフリー合宿。


——パリ郊外のマルクッシにある国立ラグビーセンターでのレフリー合宿(10月19日〜21日)ではどういうことをされたんですか?

「結構みっちりプログラムが組まれていました。日曜日の夜(10月19日)、夕方からみんな、いろんなところから集合して宿泊施設で夕食を食べた後、9時からトゥーロン×ラシン92の試合があったので、レフリー、AR、TMO、マネジメント全員で見て、各々がその試合のレフリーのパフォーマンスをレビューする。『これを判定しないといけないよね』とか、逆に『この判定はちょっと辛いよね』みたいな部分、エラーとかノンデシジョン(取られるべきデシジョンが取られなかったもの)とかハイインパクトデシジョンと僕たちは言ったりするんですけど、そういうのをみんなでチェックする。それをマネジメントが最後に全部回収して、次の日にみんなでレビューをする。『こういう意見があったけど、どう?』みたいなものを含めながら、みんなでディスカッションをするのが1日目でしたね」

——集合した夜から、すでに稼働しているってことですね。

「夜9時から11時まで試合を見て、次の日の朝は7時から8時の間に朝食、8時半から10時半までトレーニング。ブロンコテストとか、全部のテストをやって、その後、11時から12時半まで試合中のコミュニケーションについて映像を使いながらテクニカルセッションをやって、お昼ごはん挟んで、2時から前日の夜見た試合のレビューを全員ですり合わせ、そこもみっちり3時半ぐらいまでやっていました。そこからさらにメディアトレーニング。メディアでの受け答え、インタビューとかの応答を、たぶん外部講師を呼んで。それが終わってからリカバリーセッションが入って、交代浴ができる施設でリカバリーして、夜ご飯を挟んで、最後はソサエティのプレジデントとかヴァイスプレジデントとかを呼んで、契約してないARやTMOにどうやって金銭面でサポートしていくかみたいな話を1時間ぐらいみっちりみんなでディスカッションしていました」

——またフランスに合宿においでよって言われたら行きたいですか? レイナルさんは引き留めたかったみたいですよ。

「はい、面白い機会でした。フランス語だから何を言っているか分からない部分もありましたが、雰囲気としては面白いですし、日本人だったらあまり議論せずにボスが言うことに従うみたいな部分って少しはあると思うんです。フランスの場合はマチューも言うけど、それに対していろんな人が意見をバーッって発言し、でも、最後は結局彼がまとめる、みたいな感じでした。なにを言っているのか分かんないですけど、すごく活発な議論が感じられました。映像を見ながら話しているので、こういうこと言っているんだろうな、みたいなのは少なくともわかりました」

——レイナルさんも『合宿中はフランス語で話していたけど、僕たちがどういうふうに取り組んでいるのかっていうのを見るのは、カツキにとって興味深いことだったと思うよ』と言っていました。

「そうですね。日本ではほとんど見ないような光景ですし、朝8時半から、月曜日は夜10時ぐらいまで、みっちり、みっちり、みっちりやっていました」

——それを4日間ですか?

「僕は4日間施設に滞在しましたが、キャンプは日曜の夜から火曜日の昼まででした」

——合宿のあと、残って何をされていたのですか? あそこは周囲に何もなく世間と隔離されていますが。

「火曜日の昼までキャンプで、僕はその日の夜泊まって、水曜日にリヨンに移動することになっていました。火曜日、キャンプが終わってから半日はすることがありませんでしたが、幸いにもジムもあるので」

——トレーニングされたのですね。あそこはトレーニングしかできないですね。

「グラウンド、ジムと、ご飯を食べるところしかないので」

——あの施設はどう思われましたか?

「日本にはジャパンベースがありますが、東京からは遠い。でもフランスではパリから45分で行けるっていうところと、ジムがあって最新の設備が整ってるという意味ではすごくいい施設だと思います。例えばプロのレフリーが週に何回かトレーニングして、ジムとフィットネスをやって、その後フィジオの方がいてマッサージをしてもらって……などがあそこでできる。すごく良い施設だと思いますし、日本にはない施設だと思います」

——日本にもあればいいなと思ったのは、そういう施設だったり、フィジオなどもいる環境ですか。

「日本は(リーグワンの各)チームがグラウンドやジムを持って、フィジオなど全部管理しています。その中でレフリーが使えるところは限られています。なので、普通の公園で夜、周りから変な目で見られながらゼーゼー言いながら走っているレフリーもいます。フランスのレフリー全員がマルクッシのような環境を使えるのか分からないのですが、もし使える環境があるのなら結構いいな、と思います」

——フランスのレフリーも普段は一人で走っていることが多いと思います。ロマン・ポワットの現役当時のルポルタージュでは、近所の公園ではなく小さなグラウンドですが、一人で走っていました。それを見て、普段一人でそうやって努力をしないといけないことは、レフリーにとって厳しい環境と感じました。そんな感覚を共有できる仲間と一緒に合宿するのはいい考えと、彼らが初めてその試みをおこなった時に思いました。日本でも9月にレフリー合宿があったんですね。

「僕らはシーズン前のすり合わせを含めて、いまは毎月1回やっています。9月、10月、11月と3回やって、12月からのシーズンに入っていくような形です。ブロンコテストもやります。合宿をやるのは絶対にいい。一人よりみんなでやった方が、お互いをプッシュしながらやれる。普段のトレーニングから、1人より複数人でやった方がいいなと個人的に思っています」

——それぞれが別々の会場でレフリーをするので、集まって意見を交換する機会はとても貴重だと思います。さらにフランスでは、国際レフリーとしての経験もあるポワットとレイナルが(経験も含めていろんなことを)伝達しようとしているのがいいな、と。

「そうですね。フランスは、2019年日本大会では多くのレフリーを輩出していました。ガルセスが決勝を吹いて、ロマン(ポワット)もいて、マチューもいた。それなのに、2023年のフランス自国開催の時には、あまりフランス人レフリーがいなかった。そのことが少し問題としてあったんだと思います。そこからマチューが引退して、ロマンはトゥーロンでのコーチングを終えた。その2人のボスが来る体制をちゃんと整えた。しっかり投資しましたよね。世界の今の状況を見れば、ピエール(ブルッセ)を含め、リュック(ラモス)、エリック(ゴザン/TMO)と、どんどん上がってきている。いい体制が整えられています。レフリーに対してしっかり投資をしているのが、着実に成果につながっているんじゃないかなと思います」

——そういうところを日本でも、もっとやってほしいと思いますか?(少し躊躇している様子を見て)言い難いですか?

「見習うべきところは多いのかな、と思います。シーズン中にフランスのレフリーが集まれるのも、ハーフタイム契約などを結んでいるレフリーがいるから。それぞれ月曜日と火曜日は仕事がないような契約で、フランス協会がその両日を押さえ、サポートしているから、2日使ってキャンプができる。すごくいいことだと思います。そこで、みんなでディスカッションしながら試合の準備をして、フィールドセッションもして、リカバリーもして、次の試合に進んでいく。すごくいいと思います」

プロD2、グルノーブル×カルカッソンヌでのレフリー姿。(Grenoble提供)


——社会背景が違うということも確かにあるんですけどね。そんな環境の中にどっぷり浸かっての合宿だったわけですね。

「フランス人でもこんなに時間を守り、こんなにみっちりセッションができるんだと思いました。みんなオンタイム。時間内に集合し、時間通りに始まった。海外でもこういうこと、あるんだって」

——それはレフリーという職業を選んだ人たちだからだと思います。レフリー同士って、とても仲がいいですね。国際試合になると、大抵3人セットでいろんなところを回り、3人で行動を共にして、切り替えもしながら過ごしている。レフリー同士の絆もできるのでしょうか?

「そういうことは本当にあると思います。いま僕も一人でスコットランドにいます。でもいろんな国からレフリーが来ていて、この土曜日(現地時間11月1日)のスコットランド×アメリカは、レフリーがアルゼンチン人で、ARはイタリア人と日本人、TMOはアイルランド人。全然違う国の人たちが担当する。ワールドラグビーとしては、ここは非英語圏の人たちで固めようみたいな部分も少しは考えていて、その中でいかに僕らが3人で、プレーヤー、そしてレフリーチームの中でも英語でコミュニケーションを取っていくか、というところを見ています。(違う国から来て)僕らは結局孤独な感じもあるので、どうやっても他のレフリーとの繋がりは深くなっていく。すでに会ったことがあるので、もともと仲はいいんですけど、コミュニケーションを深めることはすごく大事にしています」

◆プレゼンス、すごく意識しています。


——そういえばグルノーブル×カルカッソンヌで、グルノーブルがトライした時にカルカッソンヌの選手が熱くアピールしていましたね。ああいうことには、どう対応するんですか?

「慣れたもんだと言ってしまえば慣れたものなのですが、どの国でもたぶん一緒で、選手がいろんなことを言うのは仕方ない。全員同じ人間で、もしかしたら僕が間違っている可能性もある。その場では僕が見えたものをしっかりと説明し、僕はこう思ったからこういう判断をしてトライなんだ、という話はしっかりします。で、『でも、もし間違っていればTMOも入ってくるし、明らかに違うことがあれば、そこはチェックするから』、という話をしてその場を一回離れる感じですね」

——古瀬さんを見て思ったのは、威圧感はないけど、すごく堂々と、そして自然にそこにいるな、と。そういうことは気にされていますか?

「僕はレフリーを始めて7年目なのですが、コーチとか、僕のレフリーのコーチとかも含め、プレゼンス(存在感、影響力)の部分とか落ち着きについてはすごく評価をしてもらっているポイントです。おっしゃったように、別にレフリーだから偉いとか、レフリーがすべてだとか全く思っていません。でも逆に、レフリーが弱々しくて、いろんな選手から言われることに耳を傾けすぎて、自分の軸がぶれるようなことがあるのは良くないとすごく思っています。自分が見たものをちゃんと伝えるためには、いいポジショニングにいないといけないとか、そういうことを含め、そこらあたりのことはすべて考えながらやるようにはしています。プレゼンス、すごく意識しています」

——選手とのコミュニケーションも、堂々と言うか、弱々しく自信なさげに言うかによって、選手が受け取る印象も変わってきますね。

「やっぱりグラウンド上では自分が一応ボスであることを理解しながら、でも選手の意見を全く聞かないということはなく、そのバランスをとりながらやる。それはプレゼンス、そして選手からの信頼を得る意味でも重要だと思っています」

——ボスというのは?

「俺が全てだ、みたいな意味合いではなく、最終的にはレフリーが決定しないといけない場面があり、責任を負っている。そういう意味で、弱々しい姿を見せてはいけないというニュアンスです」

——過去の古瀬さんのインタビュー記事をいろいろ読んでいたら、「みんながハッピー」という言葉がありました。そのために必要なのが、「タイミング」、「コミュニケーション」、そして「説得力のあるジャッジ」とおっしゃっていました。試合をたくさん見ながら判断基準を作っていかれるんですか?

「僕がほかのレフリーと違うのは、競技歴がすごく短いところです。3年しかプレーしていなくて、そこからレフリーになったので、プレーの背景とか、プレーヤーの考え方をあまり持ってない。だからこそいろんな試合をすごくたくさん見ていて、インターナショナルの試合は基本的に全部見ます。ほかの(国の)リーグも見る。見ることによって、いろんなラグビーの知識を自分の中で勉強しています。そしてチームがやりたいこと、例えば、このチームはアンストラクチャーからのアタックが得意とか、アドバンテージの時には裏にちょっと蹴り、その再獲得率が高いなど、そういうこともデータで出るので、各チームの傾向を考えます。そのチームにとっていいアドバンテージがある。そのあたりのことは、自分の中でずっと意識しています」

滞在したリヨンの街並み。(本人提供)


——選手じゃなかったからニュートラルな立場で見られるのかもしれないですね。

「そうですね。あまり考え過ぎず。思いもあまり選手に寄せ過ぎず、です」

——それが俯瞰すること、ニュートラルなレフリングに繋がる。

「だといいんですけど」

——2023年のワールドカップの視察に行かれて、その後の朝日新聞のインタビューで、ジョージアのニカ・アマシュケリに触れていらっしゃいました。彼もジョージアという強豪国ではないところから一線に出て、ビッグマッチをどんどん吹いていますね。母国語ではない言葉でコミュニケーションしながら。同じようなステージを目指したいですか?

「レフリー界もすごくシビアで、日本のレフリーが世界に行くには、まず英語がなければスタートラインに立てないよ、とワールドラグビーからずっと言われていますし、ニカも同じような境遇で、フランスも同じような境遇だと思います。英語が話せて、僕らはやっとスタートラインに立つ。その中で、ニカのすごいと思っている点はやはりプレゼンスで、強さというものを彼は持っている。2023年大会のレフリーに急に入って、それからもすごく成長して、(ブリティッシュ&アイリッシュ)ライオンズも吹いて、次のワールドカップも控えている。見習うところは本当に多いですね」

——他にも参考にするレフリーはいらっしゃいます?

「コミュニケーションがうまい人だとか、ポジショニングがいい人、判定の精度、説明、説得力があるのかなど、いろんな試合を見ながら、いろんな人のいいところを日々学んでいるところです」

——今回のフランスはどういった意味で良い経験だったと思いますか?

「日本ではあまり経験しないようなスクラムのマネジメントがすごく難しかった。ヴァンヌの試合では、全体的に見ればヴァンヌのほうがスクラムは強かったんですが、そこで負けているオヨナにどういうマネジメントをかけていくのかなど、試合が決まった中でも反則を繰り返すから、イエローカードが必要なのかとか、そういうマネジメントがすごく難しかった。グルノーブルの試合ではスクラムのマネジメントは比較的うまくいって、いっぱいボールイン、ボールアウトするようなマネジメントができたけど、カルカッソンヌはラインアウトモールにコンテストしてこなかった。そんなシーンもありながら、日本ではほとんどありえないような学びを得ることができました。フィジカルなラグビーだからこそ起こりうることなのかな。カルカッソンヌは試合前のミーティングで、『ラインアウトめちゃくちゃ反則しちゃうからもうコンテストしないんだ』みたいな雰囲気だったんで、そういう考え方もあるんだっていう面白い学びでした」

——ラグビーの数だけ学びがあるっていうことですね。

「確実にそうだと思います」

——国が変わると、ラグビーも変わる。国の中でもチームのカラーっていうものがある。いろんなところでどんどん場数を経験するっていうことが大事なんですね。

「そうだと思います。フランスのレフリーが急に日本に来て、日本のシーズンを吹けるかって言ったら、たぶんそれはそれで違うと思います。スピードについていけるかとか、そういう部分も出てくると思います。いろんなラグビーを経験すればするほど、自分の課題がより見えてくる、っていうことはあると思います」

◆文化の違いを楽しんだ。


——いまのご自身の課題はどういうところですか?

「U20のジュニアワールドカップを含めて、僕の中でセットピースのマネジメントというものは課題の一つとしてある。そういう背景もあって、たぶんフランスのリーグで今回吹くことにもなったと思うんです。あとは、得点に関わるハイインパクトデシジョンと言われるところのマネジメントとか、説明など、コミュニケーションのこともワールドラグビーと一緒に課題として挙げています。セットピースに関しては今回のフランスで経験できてよかった」

——実りのある機会になったわけですね。

「そうですね」

——フランスではオフの時間をどう過ごしていましたか。

「観光する場所は結構ありました。3週間で6軒のホテルを跨ぐことも、これまでの経験ではなかった。いろんなホテルを行き来しながらやりました。疲れる部分もありましたが、ヴァンヌの街並みも好きでしたし、リヨンもよかった。天気に恵まれたので、結構外歩きができたので、そこはよかったです」

——ヴァンヌの試合が始まる前のクラブのアンセム、メロディーがウェールズの国歌ですね。

「はい、そうでしたね。40分が経過した時のホーンで、すごく面白い音楽が鳴りました。『この音楽が鳴ったら40分の合図だ』と試合前に言われて、結構長めの音楽でした(ブルターニュ地方のバグパイプ、ビニウ/biniouの演奏)」

——地域のクラブチームの文化だから、地元のカルチャーが全面に出ています。そういう意味でいろんなスタジアムに行けたのは面白かったのでは。

「そうですね。あと、たぶんフランス独特で、試合後に会場で夜ご飯が出るんですけど、ヴァンヌは海鮮が出てきてすごく豪華でした(写真を見せてくれる)」

ヴァンヌ×オヨナの試合後に提供された会場でのディナー、シーフードプレート。港町で「最高に美味しかった」。(本人提供)


——すごーい、シーフードプレート!

「シーフードプレートが夜ご飯で出てきて、オイスターとか食べました。トゥールーズよりご飯はよかったと思います」

——トゥールーズの記者席は、プチフールやカナッペみたいな感じだったかな。

「トゥールーズはハンバーガーみたいなのが出てきました。グルノーブルもハンバーガー」

——それってフランスならではなんですか? 例えばニュージーランドではそういうのはないんですか?

「ここまでのものはないですね。最近は選手もレフリーもアスリートだからと、食べ物もすごいちゃんとしたものとか、サンドイッチなどが用意されるんです。(しっかりした食事は)フランスならではですよね。選手もみんな試合後にバーガーをガッツリ食っちゃうみたいな。それで全然いいと思っているんですけど、お酒も置いてあるし。本当にこの人たち、そのまま運転して帰って大丈夫なのかな? と思いました。結構ゆるいんですかね(※フランスの道路交通法では血液中のアルコール濃度が0.5g/l以上の場合、運転することができない/外務省ホームページより)」

——そうですね。よっぽど強い意思を持たなければいけません。

「ワイン2杯ぐらい飲んでいたけど運転して帰るって言うから、大丈夫? って思いました。文化の違いですね」

——そういう文化の違いが面白かったのですね。またヴァンヌ行きたいですね。

「ヴァンヌのご飯も美味しかった。最高でした」

——ホテル暮らしの時は毎晩外に食べに行かないといけないから大変ですよね。

「お店を探すのが結構大変だし、一人なんで、ちょっと迷いながらもいろいろ探して入ったり。あと、夜7時半からしか開かない店とかが多いじゃないですか。そこに最初慣れなくて、そこまで何も食べないでじっとしてるのか……みたいな感じもありました。だいぶ慣れましたが」

——21時キックオフの方が良い、って言うフランス人のレフリーもすごいなと思います。

「慣れちゃったらそっちの方が楽だと言ってましたよ。変に2時とかにしないでくれって」

——逆に2時っていうのは彼らには辛いと思う。「そんなに早いの? お昼ごはん食べられない!」とか。

「そう、珍しいなあって思いましたね。夜9時の試合のあとは全然眠れないです。体は疲れているけど目を閉じても眠れない。気づいたら深夜2時だよ、みたいな感じになっていました。慣れないです」

こちらもプロD2、グルノーブル×カルカッソンヌから。(Grenoble提供)


——フランスあるあるですね。アウェーのチームはその後バスに乗って5時間とかかけて帰る。

「考えられないですね」

——でも楽しくて良かったですね。

「はい、楽しみました」

——お話を伺って思ったのは、古瀬さんはどこに行ってもポジティブに受け止める人なんだろうなと。どこに行っても、自分のスタイルを崩さずに。フランスだから何かが良かったとかではなく、古瀬さんだからフランスも楽しめた、フランスでもいろいろ吸収できたということなのかなと思いました。

「それは少なからずあるかもしれないですね。たぶん、フランスで生きていけない人もいるかもしれない。レフリーしに来ても、いろんなことでフラストレーションやストレスが溜まってパフォーマンスを発揮できないとか、そういうことは僕はなかったので、よかったです」

——スコットランド×アメリカと、イングランド×フィジー(11月8日)のARですね。マレーフィールドとトゥイッケナムで。選手じゃないから、あまりスタジアムへの思い入れはないですか?

「でも、一ファンとしては大きいスタジアムの(ピッチに立てる)嬉しさはあります。自分がマレーフィールドでARするというのは想像していなかったので。こんな早くとは思っていなかったですね」

——U20のシックスネーションズは経験されているけど、マレーフィールドでもトゥイッケナムでもなかったですからね。

「自分自身、スコットランド、ウェールズ、アイルランドは全部行ったんですけど、今回ロンドンは初めて、イングランドに行くのも初めてです」

——じゃあ、今回で4か国全部行ったことになりますね。

「そうですね。ユナイテッド・キングダムとアイルランドですね」

——すでにフランス、イタリアにも行かれているし、次はジョージアにも。

「来年U20がジョージアですね。チーム数も増えて。そこに行くのかまだ全く分かりませんが」



【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。

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