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このジャパンはあのジャパンのようだ。7月26日。秩父宮ラグビー場。日本代表がスペイン代表を破った。30-19。女子の15人制、しかもテストマッチ、いつもながら、おもしろい。
サクラフィフティーンのそのフィフティーンは動いては働く。芝の上を駆ける15人の「勤勉」は、ほとんど初期設定だ。そうでないと体格の差をはねのけられない。
1990年代のごく初期までの男子代表とつい重なる。骨格に恵まれた海外出身者がおらず、あるいは、ひとり、ふたりの時代、ひたひたと走り続け、こつこつと体を張らないと、とても対抗はできなかった。
なんて、個人的にはノスタルジアの微風にくるまれるのだが、まあ余談。ワールドカップに臨む2025年夏のジャパンの仕上がりは悪くない。先に述べた「デフォルトとしてのひたむきさ」に加えて、おのおのの個性と個性が「自分らしさ」をそのままに噛み合ってきた。

ロックの佐藤優奈が、防御のスペースを埋めようと、転んで起きて、また一歩を踏み出す。義務でなく権利をまっとうする喜び。そのことがスタジアムの席にも伝わってくる。すなわち「チーム文化」。こうなれば強化は軌道に乗る。
11番と14番の両翼、左の香川メレ優愛ハヴィリ、右の松村美咲へ球が渡ると、理屈抜きにときめく。ジャパンはこうでなくちゃ。
「ラグビーはウイングに始まりウイングに終わる」
ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズの伝説のコーチ、カーウィン・ジェイムズの古き格言が浮かんだ。
アイルランド。ニュージーランド。スペイン。以上の順にプールで当たるイングランドでの本大会は甘くない。自陣トライライン前のタックルやチェイスの強度や精度といった課題も残る。それでも「世界の舞台が楽なはずはないさ」と堂々と口にできるところまではきた。
では秩父宮のテストマッチにおいて、どの選手が印象に残ったか。
スペインの背番号6、アナ・ペラルタである。
前半、ピンチのディフェンスの出足が鋭い。磁石に金属が吸いつくようだ。
そして後半10分。ジャパンはラインアウト起点の旋回アタックを仕掛けた。スロワーの公家明日香が鋭く回り込んで前へ。瞬間、フランカーは突き刺さった。
滑らかで、なお重いヒット。桜の2番は、なんとか次の仲間へつないでみせた。こちらも立派だ。つまり球を殺すにはいたらない。
でも、172㎝、74kg、遠くからは細身に見える22歳の的を射抜くタックルは「スマートなゲーム感覚と闘争心の両立」という非凡を示した。
攻守とも常によい位置にあって、むやみに死に体とならず、いざターゲットが定まるや高速のハンマーにして槍の一撃を狙う。クリーンアウトの角度や高さも的確だ。

あらためてアナ・ペラルタは、母国のセビーリャのクラブ、ウニベルシタリオ・ラグビー・セビーリャ・コルテバ・ココドリラスの所属である。ココドリラとはクロコダイル。ジャージィの写真をさがすと、ワニのエンブレムが緑の胸にあった。ちなみにココドリラスには、岩手県大槌町生まれの元日本代表ウイング、平野恵里子が所属していた(2021-22シーズン)。
今春のヨーロッパ・ウイメンズ・チャンピオンシップにあって主催者選考のチーム・オブ・トーナメントに選ばれた。
「スペインのアナ・ペラルタはブレイクダウンで存在を示した。幾度もボールを奪い、対戦相手がインゴールへ迫ったときのチームに生命を吹き込んだ」(ラグビー・ヨーロッパ)
ひとときペラルタマニアとなった。試合が終わると、ワールドカップでは、このフランカーは要注意だ、と、ちょっと心配になってくる。スペインのペナルティーは「23」(日本は6)にまで積み上がった。これがぐんと減って、スコアがもう少しもつれるようなら、たぶん、やっかいな相手となる。
サクラフィフティーンのひとりひとりはもちろん、スペインにも13番のクラウディア・ペーニャを筆頭に優れた者はたくさんいる。ただ、先入観なし、事前に情報を集めずに攻防を凝視、ある瞬間に「ハッ」とさせられると、心の動きはことさらに深く、ずっと忘れられない。
この夏、もうひとり、そんな存在があった。
上智大学のバックス、中山弘康である。
6月29日。一橋大学とのアタック&ディフェンスの練習。もともとの負傷者も多く、やや劣勢のチームにあって、絶妙のタイミングで球を受け、なんべんも突破してみせる。

ハッとさせられた。この学生には才能がある。仮にパスがぶれても、走る速さをほとんど落とさずに微調整、うまくキャッチできる。懐が深い。さっき調べたデータのサイズは175㎝、84kg。まっすぐドカンも得意そうなのに、コースどりはかすかな丸みを帯びた。
現場で旧知の関係者が教えてくれた。「彼は1年生ですよ」。なんでも成城学園高校の卒業生らしい。
昨年の11月10日。東京第一地区の花園予選決勝を放送解説した。成城学園はボールを持てばチャンスを創造、目黒学院高校によく立ち向かった。12-45の敗北も観客の支持なら得たはずだ。そうか。あのときの13番か。
東京都のファイナル進出校の一員とあらかじめわかっていたら、ここまで後を引かない。たまたま訪ねた炎天の練習で思いがけず目撃したので、すっかり姿は脳に刻まれた。スペインの6番のように。