
Keyword
ラグビー精神にそむく。そう諭されたら、同意したくなる。
されど「これぞ技術革新」とたたえる人が目の前にいても、なんだか否定はしづらい。
南アフリカ代表スプリングボクスの先のイタリア戦における「フェイクラインアウト」が物議をかもしている。一言で表すと「オープンプレーのさなかにラインアウトもどきをこしらえる」。
前半36分過ぎ。敵陣中央右の22m線の少し前方。ラックの球をSHがいきなり下手から空中に放る。ロックがふたりのリフトに支えられてジャンプ、後方の4人も加わり、ドライブののち左へ散らし、スコアに成功した。
もういっぺん後半にも遂行、そちらはモールをぐんぐん押して、スピアーズ所属のマルコム・マークスがトライラインを越えてみせた。
この手があったか。ただし競技ルールはこうした策を想定しているのか。そんな疑問も同時に生ずる。
スプリングボクスのラッシー・エラスマスHC(ヘッドコーチ)は45-0の快勝後に述べた。
「ジェネラルなプレーにおいて空中に跳んだ人間でモールをつくった。そうすればラインアウトで得られる優位性のすべてを持つことができる」(ヘラルド紙)
そして重要な一言。
「ポール・ルーズのU14のチームが行なっているのを見たんだ」(同)
ステレンボッシュにある学校の名である。他の報道では同校の「U19Cがフェイクラインアウトを(スプリングボクスより先に)ダーバンビル校との公式戦でつかった」(2oceansvibe)という記述も見つかり、映像も示されている。いずれにせよ代表の指導者は「少年チームの発想」を借りた。
「これはラグビーの本来なのか」についても考えなくてはならない。しかし白状すると、ワールドカップ優勝の名将が、スクールの「作戦ブック」を引いたところには心をつかまれた。いいコーチだなあと。

国代表が、ある高校のムーブ(サインプレー)をそのまま採用した例を過去に知っている。1990年のジャパンだ。
題して「3タテ」。スクラム起点の左展開なら背番号で10、13、12が肩を寄せるように短くフラットに構え、真ん中のCTBにSHがパスを送る。当時はナンバー8の足がオフサイドのラインなので、防御とはすぐ接近する。
ここでボール保持者は前傾、肩の先でタックルに接触、すかさず両脇を10番と12番がサポート、いわば意図的な高速ラックをつくる。9番は素早く駆け寄り、またの下より転がり出る楕円球を外へさばいた。
そこへ、15番がフルスピードで走り込むと、それこそフェイクラックに視線を奪われたディフェンスは一瞬、棒立ちとなる。触れるか触れないか、ふわっと当たり、ぽろんと球出し、こんどは超高速で順目にパス、鋭利なランで仕留めた。
このよく抜ける仕掛けを編み出したのは早稲田大学高等学院ラグビー部である。あのころのルールを研究、限りなく速いラック成立を実現した。
ジャパンの宿澤広朗監督は、同校の指導にあたる大学の同期を介して着目、練習で試して、テストマッチで用いた。35年前のエラスマスだ。
世界のトップの代表を率いながら14歳のゲームに目を凝らす。軽量の高校生の必殺サインプレーは、体格で劣るジャパンにも有用なはず、と素直に思える。コーチに求められる資質のひとつに「競技レベルの高低にかかわらず、すべてに当てはまることを見抜く能力」がある。
日本列島のあまたの高校のグラウンドには、たとえば県の花園予選を制する、あるいは全国の頂点を長きにわたる好敵手と争う、といった「途切れぬ切実」の磨いた「よい考え」がこれでもかと漂っている。リーグワンのクラブにとっても凝視→採集→実験→実行の価値はあるはずなのだ。
オープンプレーでのラインアウトもどきに戻る。今回のイタリアがそうであったように、ふいに相手がそうしたら、つい本物のそれと同じように、こちらも塊を形成してしまう。されど、こうした場合に備える練習を積んでいないので、中途半端な抵抗に終わって、反則をおかし、ディフェンスは混乱をきたした。
ポール・ルーズ校U19Cもモール後にトライを挙げた。少なくとも「初手」としては有効だ。対策が広まり、そのことを「競技の進歩」とすべきか、いや邪道と退けるか。もう少しだけ様子を見よう。
対イタリアのスプリングボクスは、みずからの蹴る開始キックオフをわざと10m線より手前で仲間に捕らせて、イタリア投入のセットピースに持ち込むトリックも披露した。
エラスマスHCは意図を明かした。
「ゲームをスクラムで始めたかった」(ヘラルド紙)
イタリアのゴンサレ・ケサダHCは困惑を隠さなかった。
「本当に驚きだ。どう受けとめたらよいかわからない。彼らがあんなことをする必要はない。あの種の方法に頼らなくたって我々を倒せるのに」(同)
蹴りそこねたふりより正直といえば正直。でも露骨に過ぎる。こちらは言い切ろう。ラッシーさん、やりすぎよ。