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髭をたくわえた精悍な顔がするするとほどけた。マオリ・オールブラックスのカート・エクランド主将は、JAPAN XVを53-20と突き放す勝利の直後、芝の上のインタビューで言った。
「今週、これがシリーズの第3試合であると話し合ってきました」
1年前の7月6日。愛知県の豊田スタジアムで同じ相手に14-26で負けた。6月29日の初戦は36-10で制しており、ゆえに今回を1勝1敗からの3戦目と位置づけた。
チームの集合は6月23日である。「グラウンドでの練習は2回きり」だ。しかも冬からほとんど夏への移動。それでも「勝ち越し」を遂げた。
ロス・フィリポHC(ヘッドコーチ)の戦前のコメント。
「愛知でのあやまちをただす覚悟だ」(RNZ)
継続性を語っている。なるほどマオリ・オールブラックスは、いくつ年を越し、どれだけ人は変われど、マオリ・オールブラックスだ。
背番号2のキャプテン、エクランドは会見で明かした。
「去年は少し油断がありました」

集まってほどない第1戦を押し切れた。コンビネーションはどんどん整い、次を落とすとは考えづらい。しかも第2戦のJAPAN XVの先発には、彼らの解釈におけるフォーリン・プレイヤー(海外出身)は、8番のサウマキ アマナキと12番のサミソニ・トゥアしか含まれていない。油断(気をゆるすこと。不注意=広辞苑)の種はあったのだ。
当日の愛知はおそろしく暑く、ひどく蒸した。午後6時の開始も、ほとんど、むだな抵抗のようだった。思い出すだけで汗ばむほどの湿気はスタジアムを覆った。
かくして「あやまち」は起きる。そして、そいつを「ただす」機会なのだと、みずから定め、1888-89年のニュージーランド・ネイティブ(英国などに14カ月遠征、26人で107試合を戦い抜いた)を起源とするマオリ代表の誇りを維持した。
この日のJ SPORTSの中継は「国際映像」仕様なので、終了後、日本の選手をおもに追うのではなく、作法というか儀礼に従って、勝者の姿もよくとらえた。マオリ・オールブラックスのひとりひとりの肩や背に深いところの充足がにじむ。負けて学んで笑ってみせた人間の人間らしい表情は浮かんだ。
いっぽう日本代表のエディー・ジョーンズHCは敗戦後のインタビューで話した。
「大敗だが、教訓となる、いい試合だった」
ひとつのゲーム総括なら間違いではあるまい。ただ、マオリ丸の船長、カート・エクランドの声を聞いたばかりなので、つい「1年前はやっつけたのになあ」と考えてしまう。
JAPAN XVの23人にあって、3番の竹内柊平、7番の下川甲嗣主将、16番の佐藤健次のみが豊田スタジアムの歓喜の当事者だった。マオリ・オールブラックスはリザーブを含めて計10人が連続出場、比較では、いっそう「人は変われど」だ。
もとよりジャパンと JAPAN XVは異なる。ジョーンズHCも囲み取材で「このチームの何人が代表に」という方向の質問をけん制した。
「ジャパンとは切り離してください」
そこで、この先はウェールズ戦を控える正式な日本代表の「継続性」について記したい。

2023年10月8日。フランスのナント。ワールドカップのプール戦でアルゼンチンに敗れた。27-39。準々決勝進出をこれで逃がした。
中立地でのまさに真剣勝負。結果として大会4位となる対戦国との12点差。この事実をどうとらえるか。
本コラムの結論。
「あの決戦でできなかったことを出発点とすべき」
以下、軽く攻防を振り返る。
まず、全体にこんなバトルだった。
「アルゼンチンと日本はここにきて意欲と活気を試合に注ぎ込み、このワールドカップ(のこの時点)において、もっとも息を呑む壮観な試合をやってのけた」(ル・モンド紙)
いきなり陣地中盤のラインアウト起点のモールを押され、タッチの外へ蹴り出しづらくなり、ハイパント系に傾いてピンチを招いた。
なんというか「ものすごく前向きな気持ちで蹴ったわけではない状況」でふいに生ずる反攻の圧にとまどい、鍛えたはずの防御は乱れる。リスタートやラインアウトの争奪局面での高さおよび、バックスの個の足の速さにもいくらか差はあった。
リーチ マイケルの現場での言葉を思い出す。
「日本のラグビー、全力を尽くして、出し切って、この結果なんで。世界の壁を感じました」
コロナ禍の影響は他国と比べても多であった(2020年は活動なし)。加えてサンウルブズ消滅の影響を勘案すれば、日本のラグビーの伸長と正確な現在地を苦いスコアは示していた。
そこでできたことが桜のジャージィのできることであり、できなかったことはまさにできないことだ。思考や準備の端緒とすべき理由である。ちなみに翌24年のロス・プーマスはオールブラックスと南アフリカを破った。
2015年の南アフリカ戦金星=油断してくれた強国中の強国を中立地で倒す。
2019年のワールドカップ8強=油断はせぬ、ふたつの伝統国(アイルランド、スコットランド)を自国で退ける。
2023年の対イングランド、アルゼンチンの黒星=油断はせぬ大会3位、4位に中立地で崩れるところなく、なお散る。

すべてはつながっている。2027年のオーストラリアでのワールドカップが過去3大会の奮闘努力と切断されてはもったいない。指導者が交替、新戦法を導入、選手の構成は移っても、ジャパンはジャパンである。
あらためてマオリ・オールブラックスは完結していた。オールブラックスへの通り道に収まらず、先住民族の文化や歴史のひとつの頂点であろうとした。だから2024年の敗北を2025年の切実な問題と受けとめられた。
本当は日本代表もそうなのだ。2年前の12点差を公正に評価、いまにつなげて、そこから高みをめざすのが、歴史の道である。