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【バンコク10s/下】大会運営の中心人物はカナダのレジェンド。日本IBMでもプレーしたエディさん。
大会運営の中心にいる元カナダ代表PRのエディ・エヴァンス氏。日本に10年間住んでいたため、日本語も上手。(撮影/中矢健太)

【バンコク10s/下】大会運営の中心人物はカナダのレジェンド。日本IBMでもプレーしたエディさん。

中矢健太

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 2026年2月14日、15日に開催されたアジア最大級のラグビーアマチュア大会の一つである「バンコク10s(テンズ)」は、今回で開催20周年を迎えた。記念すべき節目となった今年は115チーム、総勢2400人が参加する大規模な大会となった。

 この大会運営の中心にいるのは、元カナダ代表PRのエディ・エヴァンス氏(Eddie Evans)だ。今から35年前、1991年のラグビーワールドカップ(イングランド大会)にカナダ代表として出場したエディは、同代表の偉業として語り伝えられるベスト8進出に貢献した。
 同大会の準々決勝ではオールブラックスを相手に29-13と迫った。1987年の第1回ワールドカップから3大会連続で出場し、代表50キャップを保持し、カナダのブリテイッシュコロンビアラグビー協会からは、2024年に殿堂入りを発表されている。

日本から参加したチームの中のひとつ、オーバル・ボーイズでプレーした学生たち。関西学院大、早稲田大学院、法政大、明治大、国立台湾大から集まった。右から2人目がキャプテンを務めた関西学院大・宮下。(撮影/中矢健太)


 1992年には、日本IBMのラグビー部に加入した。プロ選手としてプレーしていた2001年に現役を引退するまで、日本ラグビーの成長期を現場で支えた一人でもある。

「私にとって、現役時代に味わった困難の一つが、IBMのときの北海道・網走合宿でした。新鮮な食事は最高でしたが、1日に2回も試合をしました。コーチの大西(一平)さんは明治大学から神戸製鋼でプレーしたタフガイで、彼が指揮するハードな練習は今でも覚えています。日本には今でも愛着がありますし、素晴らしい友人がたくさんいます」

 IBM時代、オフシーズンは個人的にバンコクで過ごすことが慣例となっていた。街に漂う熱と活気には、生まれ育ったカナダや今まで滞在した国とは異なる面白さがあった。それが契機となり、引退後はバンコクに移住。地元のラグビークラブに所属し、プーケットやマニラなどアジア圏を中心にドバイまでも足を伸ばし、各地の10人制や7人制の大会に参加しながらさまざまな国を回った。大会がひとつのコミュニティとなり、そこに集まった人々が繋がっていくことに感銘を受けたエディは、バンコクでの大会開催を決意する。

エディさんの現役時。カナダ代表として活躍。日本ではIBMでプレーした。(エディ・エヴァンス氏提供)


「世界で最も楽しい街のひとつなのに、当時バンコクにはラグビーの大会がなにもなかったのです。そして常々、インターナショナルレベルでラグビーをプレーしてきた友人たちとコミュニティを作り、なにかを還元したいと思っていました。各国を旅して訪れた少人数制の大会は、良いインスピレーションになりました」

 現地でアパレル会社「X-Treme Sports Wear」を起業してラグビージャージーなどの発注を請け負う傍ら、2006年に「バンコク10s」を立ち上げた。日本でのチームメイトや、南アフリカ代表のキャプテン経験もあるボビー・スキンスタッド氏といったラグビー界の知人たちに協力を仰ぎ、初年度は16チームからスタートした。日本で戦後まもなく創部したエーコンクラブも、大会の創設初期からこの地を訪れ続けている。

 この大会がユニークな所以は、フィールドの外にあるカルチャーだ。試合後は対戦したチーム同士で写真を撮り、歌い、踊り、ビールを酌み交わす。フードスタンドやライブミュージックのステージがあり、それぞれが心地よく過ごす。そんな「古き良き」ラグビーのカルチャーこそ、エディが求めていたものだった。

ピッチの外にも楽しいことが詰まった大会。(撮影/中矢健太)


 また、エディは“Nuk Suu Rugby Academy“(ナツ・ラグビー・アカデミー)という現地チームの代表も務める。
 このチームのプログラムは、バンコクのスラム街から子どもたちを受け入れ、貧困、売春、薬物乱用、児童労働といったリスクから子どもたちを守り、自立を促すことが目的だ。ラグビーを通じて、コミュニケーション能力や忍耐力、規律を授け、子どもたちが劣悪な環境から抜け出すために伴走する。“Nuk Suu”とはタイ語で「戦士」の意味を持つ。

 この大会の利益は、すべてチャリティとしてナツの活動に充てられる。エディをはじめとした運営グループは、この大会の段取りをすべて司っているにもかかわらず、完全なボランティアなのだ。
 1年に1回のバンコク10sで募った寄付や、飲食物の売り上げをナツに還元することで、子どもたちがラグビーできる環境を整える。クリスマスやサンクスギビングなど特別な日には、普段暮らす孤児院からウォータースライダーやプールなどのアクティビティへ連れ出す。事実、毎年の暮れには資金が尽きそうになるというが、この大会がまた次の1年の活動を支える。

 なぜ、そこまでの苦労をしてチャリティに取り組むのか。

孤児院の子どもたちを対象としたラグビープログラム「Nuk Suu Rugby Academy」の様子。(Nuk Suu Rugby Academyホームページより)


「ラグビーに関わってきた私たちは、ラグビーから非常に多くのものを得てきましたよね? だからこそ、それをラグビーに還元したいと思うのです。私はとても幸運でした。ラグビーで生計を立て、3回のワールドカップでプレーし、世界中の素晴らしい友人に出会いました。ラグビーは私に非常に多くのものを与えてくれたからこそ、私も何かを還元したいと思ったのです。

 残念なことですが、タイには貧しい人々が非常に多くいます。私の出身地であるバンクーバーや東京では、裕福な人々をよく見かけます。でも彼らには、バンコクのような場所で実際に何が起きているのか、分からないのです。そして、ここ(孤児院)にいる子どもたちは、自立するための道もすべも知りませんし、教育を受ける機会に恵まれてきませんでした。ですから、彼らには生きるために、楽しめるなにかが必要なのです。

 もちろん、これからも良いイベントとしてバンコク10sを開催したいですし、集まる人々には特別でユニークな雰囲気を楽しんでほしいと思っています。しかし同時に、子どもたちをサポートすること、私たちがプレーするラグビーのゲームを彼らに見せることが本当に重要なんです。ラグビーは美しいスポーツであり、彼らにもそれを経験してもらうことで、スポーツやメンターシップを通じて人生を変えてほしい。それが私のモチベーションです」

 ラグビーが与えてくれたものを、次はほかの誰かへ。エディの信条のもと創り上げられたバンコク10sは、また来年も開催される。




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