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ついに決まった。
このようなフレーズがニュージーランド(以下、NZ)国内から聞こえてくる。スポーツラジオ、ポッドキャストでも急遽特番を組んで、オールブラックスの新ヘッドコーチ(以下、HC)の就任発表を伝えた。期待感よりも、「ついに決まった」の安堵感が強い印象だ。
3月4日、NZ時間のランチタイムに差し掛かるころ、NZラグビー協会(以下、NZR)はデイブ・レニー氏(現・コベルコ神戸スティーラーズHC、元ワラビーズHC)の指揮官就任を正式に発表した。
48日間にわたり事実上『不在』となっていたオールブラックスの指揮官騒動は終止符を迎えた。
ラグビーを国技とする『王国』ニュージーランドにとって、このポストの重みは計りしれない。世界最強の称号を何度も手にしてきたブラック・ジャージの未来が、いま新たな指揮官に託された。
今年1月15日、NZ国内を騒然とさせた「レイザー」ことスコット・ロバートソン前HCの事実上の解任劇があった。NZR会長のデイビッド・カーク氏は当時の会見で、「変更を加えなければ、チームが本来の軌道に戻るとは思えなかった」と説明。この言葉は、事実上の解任の真相と後任選びの行方を巡る議論に火をつけた。SNSやトークバックラジオでは、誰が再建を担うべきかという論争が連日繰り広げられた。
NZRは「直ちに選考プロセスを開始する」としたものの、具体的な日程はなかなか明かされなかった。スーパーラグビーでクルセイダーズを7連覇に導いた『最強の切り札』とされたロバートソン体制が崩れた直後だけに、協会側が慎重な姿勢にならざるを得なかったのだろう。
一部のメディアやファンの間でも、「7月のテストマッチまで時間はある」との声も上がり、拙速を避けるべきだという意見も少なくなかった。かつてないほど、冷静さが求められるヘッドコーチ選考となった。

◆後任はジョセフか、レニーか。実質的な一騎打ちに。
NZRは後任条件として、『代表チームを指揮した経験を持つニュージーランド人』を掲げていた。
当初、NZ国内のメディアやファンを中心に候補として真っ先に名前が挙がったのは、前日本代表の指揮官ジェイミー・ジョセフ(現・オールブラックスXV、ハイランダーズHC)とレニー氏が有力とされていた。その他では、バーン・コッター(元スコットランド代表、フィジー代表HC)、そしてジョー・シュミット(元アイルランド代表HC、ワラビーズ現HC、元オールブラックスのアシスタントコーチ)、さらに、2015年ワールドカップ(以下、W杯)優勝時の指揮官スティーブ・ハンセン、同体制でヘッドコーチも務めたイアン・フォスターらに応募の確認をNZRがしたとの報道もあった。
しかし、蓋を開けてみれば、当初から本命視されていたジョセフ氏とデイブ・レニー氏による、実質的な一騎打ちの見方が強まっていた。
一時は両者がタッグを組む『ドリームチーム』構想が注目の的となっていた。しかし、両者とも「アシスタント就任は考えていない」と明言。最終的に、ヘッドコーチの座を巡る真っ向勝負となった。
◆異例の慎重選考。
今回の選考パネルには、デイビッド・カーク(NZR会長)、スティーブ・ランカスター(NZR暫定CEO)、ケヴィン・メアラム(元オールブラックス)、ドン・トリッカー(ハイパフォーマンス専門家)、そして2023年のW杯でプレーした後に引退したデイン・コールズ(元オールブラックス/2023-24シーズン、クボタスピアーズ船橋・東京ベイでプレー)らで構成された。
選考委員が候補者のチームを直接訪問し、トレーニングやミーティングにまで立ち会うという、異例のプロセスがあった。
前任のロバートソン体制では選手との関係性が課題とされた背景もあり、単なる戦術眼だけでなく、組織マネジメント能力まで厳しく見極める姿勢が強くうかがえた。
ジョセフ氏は、こうしたプロセスに対し不満を示したとも伝えられる。
日本代表を率いて2019年W杯ベスト8へ導き、昨年はオールブラックスXVも指揮。十分な実績を持つ自負があったからこそ、「いまさら何をテストする必要があるのか」という、プライドを逆なでされたとの見方もあった。その後、現在の代表アシスタントコーチたちの継続も前向きに考えているとのコメントが報道され、NZRに協力的な姿勢も見せていた。
◆48日目にして決断。オールブラックスの新指揮官はデイブ・レニー。
衝撃の退任劇から1か月が過ぎた2月中旬、「3月第1週から第2週に最終決定」との報道が流れた。
その予言通り、3月2日の月曜日には「今週中にも発表の見通し」が伝えられ、いよいよカウントダウンが始まった。
日本のリーグワン、レニーが指揮を執るコベルコ神戸スティーラーズが、その週(3月7、8日)はBYEウィーク(試合のない週)に入ったことも、このタイミングでの発表を後押しした。
TVNZの「1News」が報じた通り、今週おこなわれた最終面接(3月3日)を経て、ついに結論が出された。
3月4日、オールブラックス新ヘッドコーチ、デイブ・レニーが誕生した。
NZ時間の午後2時に会見がおこなわれた。時間は30分ほど。NZR会長で選考パネルに入っているデイビッド・カーク氏が「選考パネルの5人で広範かつ徹底した選考プロセスで選考した」と先陣を切った。
「徹底した」というニュアンスの言葉は、会見中に何度も出た。
「それぞれの環境(活動拠点)で訪問を受けた候補者は、ここ数日、3、4時間にわたって面談を受けた。そして今朝、NZRの理事会が開かれ、デイブ・レニーを次期オールブラックス・ヘッドコーチとすることに満場一致で承認が得られた。わたしたちはこの結果を心から喜んでいる」と語った。

カーク会長は、もう一人の候補であったジェイミー・ジョセフについて、彼が最終局面まで残っていたことを認め、「今朝、彼(ジョセフ)に任命されなかったことを伝えた。快く受け入れてくれた」と説明した。
ジョセフ氏は「私たちにとって素晴らしい任命です」と、レニー指名について話したようだ。カーク会長は、「ポジティブなコメントをくれた」とそのコメントを伝えるとともに、「彼(ジョセフ)は素晴らしいコーチであり、NZラグビー界で素晴らしい仕事をしている人です。今後もNZのあらゆるレベルで活躍してくれる事を願っている」とジョセフ氏の存在をあらためて高く評価した。
◆「やることはたくさんある、とてつもない努力と、調整が必要」。
カーク会長のコメントのあとは、主役のレニー新HCが質問攻めにあった。
冒頭で「とても誇りに思うし、光栄です」と素直に語り、「役割の期待と責任については十分に理解している。本当にワクワクしている」と興奮を隠せない様子だった。
就任の一報については、「まず最初に家族に話した。3人の子ども(パーマストンノース在住)、奥さんは日本に居て、グループチャットを使って全員と同時に話したことはとてもスペシャルだった」と熱く語った。
その直後に「やるべき仕事がたくさんある」とすぐに気を引き締める言葉が出た。
その後記者から「この仕事は『ドリーム・ジョブ』ですか?」というユニークな質問には「もちろんだよ!子どもの頃はオールブラックスになる事を夢見ていて、コーチになる事は夢見ていなかったと思うが、選手として十分ではなかったので、それ(オールブラックスのHC就任が)が次に最高のことかもしれない」と述べた。
メディアやラグビーファンの間でも心配された、リーグワンのチームとのバランスについては当然のように、会見での多くの質問を受けた。
「私は、明らかに(現在)日本に拠点を置いている。ご存知のように、私はこれまでにも、何度もこれ(拠点が違うところから)をやってきたことがあるんだ」と説明。
「私は、まだ先にある(今回のヘッドコーチ就任)契約にサインをしました」と前置きした上で「今後数か月、(日本のシーズンが終了するまでに)、誰かが私に会いに来たり、(現所属の神戸スティーラーズが)BYEウィークの時にNZを訪れたりする」と述べた。7月まで、自信をもって仕事をやれると強くアピールした。
前任のロバートソンHCが退任して、残されているアシスタントコーチについては、「私は変化をうまく出せる人材に囲まれている強みがあるので、何人かの人材を迎えたいと思っている」と説明しながらも、「ヘッドコーチが去る時は、多くの人が影響を受けます。その影響を受ける人たちと座って話し合い、その後、数週間以内に決めたいと思う」と慎重に答えた。
NZ国内で注目されていることの一つだけに、今後の決断に注目が集まる。
注目されるキャプテンについては、現キャプテンのスコット・バレットと話をすることに意欲を示すも、決定は、いまのところ最優先事項ではないと語った。
濃い内容の会見だった。印象的だったのは、会長のコメントだ。
「彼の国内外での実績、卓越した戦術眼、そして何よりもニュージーランド・ラグビーの根底にある文化への深い理解が決め手となった」
『文化への理解』の言葉が何度か出た。チーム内での不調和が前任者退任の要因と言われているだけに、レニー氏のこれまでの経験をしっかり見て判断したのだろう。チームがうまく機能するように、細心の注意を払った様子がうかがえた。

昨年オールブラックスXVの指揮をしたジョセフ氏に対する、選手たちのレビューは好評だったと言われている。しかし、結果としてレニー氏がオールブラックスの指揮官の座を獲得した。人望と、これまでの周りからの信頼が幅広くあったからなのだろう。
レニーHCは、「レガシーを深く掘り下げたい。世界の他の場所で私がうまくやったことは、多くのリサーチをおこない、多くの人々と話し、進むべき方向性を明確にすることだ」と話し、コミュニケーションの大切さも熱く語った。
来年のW杯でのオールブラックス優勝に自信があるかとの問いにも「YES」と答えた。そして、「とてつもない努力が必要になり、多くの調整が必要だ」と冷静に続けた。
「すでに多くの試合(オールブラックス)を見てきた。私たちをより良くするための変化について、確固たるアイデアを持っている」
頼もしいコメントがたくさん並んだ。
はじめのうちは緊張している様子もうかがえたが、ワラビーズの指揮官を含む世界での経験が豊富。冷静な受け答えに終始していた印象だ。
NZで首相の次、もしかしたらそれ以上に大変な仕事と言えるオールブラックスの指揮官。その大役に就く前の自信がうかがえる会見は、NZのラグビーファンを安心させたに違いない。トークバックラジオから聞こえてくるコメントは司会者も含めて、ポジティブなものが多かったように思う。
ワールドカップ優勝に向けて、オールブラックスは良い方向に進むだろうか。48日間の空白を経て、王国が再び前へ進み始める。
【デイブ・レニー 主な指導歴】
2000–2002年 ウェリントン(2000年NPC優勝)/2005–2011年 マナワツ(NPC)/2008–2010年 ニュージーランドU20代表(ジュニア世界選手権3連覇)/2012–2017年 チーフス(2012・13年スーパーラグビー優勝)/2017–2020年 グラスゴー・ウォリアーズ/2020–2023年 オーストラリア代表ワラビーズHC(2021年ラグビーチャンピオンシップ準優勝ほか)/2023–2026年 コベルコ神戸スティーラーズ/2026年〜 NZ代表オールブラックスHC
※NPC(NZ国内州代表選手権)