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世界とジャパンのいま。竹内柊平の熱。「藤島大の楕円球にみる夢」は12月1日(月)放送
帰国したばかりでも元気な竹内柊平(左)と藤島大さん。後方はJust RUGBY編集長、田村一博。(撮影/松本かおり)
2025.11.30
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世界とジャパンのいま。竹内柊平の熱。「藤島大の楕円球にみる夢」は12月1日(月)放送

ジャスラグ編集部

 この秋、日本代表はロンドン、ダブリン、カーディフ、そしてトビリシで世界の強豪と激突した。
 南アフリカ、アイルランド、ウェールズ、ジョージアと戦ったタフなツアーで残した成績は1勝3敗。厳しい結果となったが、世界トップ国とも戦って得た体感はチームの背骨を太くした。

 その全4戦に出場した(3戦先発)タイトヘッドプロップの竹内柊平は、最強国・南アフリカとの試合(7-61)を振り返って「完敗。パワーだけでなくて緻密だった」と言う。
 スクラムを組み、体をぶつけ合って得たものをラグビー情報番組「藤島大の楕円球にみる夢」で話す。

 スポーツライターの藤島大さんがパーソナリティを務める同番組は、12月1日(月)、夜6時からラジオNIKKEI第1で放送される。今回の日本代表欧州ツアーを追った『Just RUGBY』の編集長、田村一博も参加して遠征の内部、竹内の内面を伝える。

 10月25日に東京・国立競技場でおこなわれたオーストラリア代表戦(15-19)から始まった5週連続のテストマッチを戦い終え、帰国したのが10月24日。その直後に発した声、言葉だから、各代表チームとのやり合い、泥だらけになりながらハードワークを続けたツアー中の練習の様子が生々しく伝わる。

 例えば世界最強とも言われる南アフリカ代表の1番、オックス・ンチェと対峙した時に気づいたものは何だったのか。試合には完敗したものの、「絶対に追いつけないということはない。この先、チャレンジしていくのが楽しみ」とも言う。
 スクラムについての考え方や、ジョージアのフォワードのド迫力についての話にも惹き込まれる。得意プレー、ボールキャリーで前進できる理由についても話す。

 1997年12 月9日生まれ。もうすぐ28歳になる。
 宮崎県出身。小学校6年時に、地元の宮崎ラグビースクールでラグビーを始め、中学3年まで同スクールでプレー。宮崎工業高校でもラグビー部に入り、3年時には副将を務めた。

 福岡の九州共立大学へ進学し、1 年生から試合に出場。NO8やLOとしてプレーしながら、4年生の時にはプロップの練習も始めた。キャプテンも務め、創部以来初の大学選手権出場も果たしている。

 卒業後、トライアウトを経て2020年の春からNTTコミュニケーションズシャイニングアークス(トップリーグ)に加入。本格的にプロップとしてプレーを始め、力を伸ばした。
 2022年6 月、NDS(ナショナル・デベロップメント・スコッド)スコッド入りを果たし、ウルグアイ代表とのテストマッチで日本代表初キャップ。同年から浦安D-Rocks(リーグワン)となったチームで2024-25シーズンまで所属し、2025-26シーズンからは東京サントリーサンゴリアスでプレーする。

 183センチ、 120キロ。 2022年に初めて得た代表キャップは同年中に3キャップが重なるも、一旦途切れる。赤白ジャージーでのキャリアが再開したのは2024年にエディー・ジョーンズ ヘッドコーチ(以下、HC)が日本代表の指揮を執るようになってからだ。前向きな選手の背中を押す同HCは、竹内のことを「TK」と呼び、期待を寄せる。

 欧州ツアーを終えて日本代表キャップは24。地方の公立高校、九州学生リーグ所属の大学から階段を昇ってきた経歴を見れば、誰もが、生まれながら勤勉な努力家なのだと思うだろう。
 しかし、自身のことを怠惰な人間だった言う。変心から変身。その理由とその後の変わりようを、番組内で情景が浮かぶように話す。
 ジョーンズHCを筆頭に、コーチたちがこの人をすぐにいじる理由が分かる。

 長年のラグビーファンは3番の選手に、寡黙なイメージを持つ人も多いかもしれない。
 竹内柊平は明るい。そしてよく喋る。しかし大学時代、向上心が目覚めた後のトレーニングの話から、あらためて最前列で歯を食いしばれる人だと知ることになる。

▽ラジオ番組について
 ラジオNIKKEI第1で12月1日夜6時から全国へ放送。radiko(ラジコ)のサービスを利用して、PCやスマートフォンなどで全国無料にて放送を聴ける。音楽が聴けるのは、オンエアのみの企画。
 放送後も、ラジコのタイムフリー機能やポッドキャストで番組が聴取できる。U-NEXTでも配信予定。12月8日の同時刻には再放送がある。




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