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「勝ててよかった。全員の力で勝ち取った勝利です」
キャプテンの乗松聖矢は、安堵のにじむ笑顔で優勝の喜びを語った。
「2025 ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ(以下、アジア・オセアニア選手権)」最終日の11月24日、世界ランキング1位の日本は、同2位のオーストラリアとの最終戦に臨んだ。
ここまで共に無敗同士、事実上の決勝戦となった試合は、延長までもつれ込んだパリ・パラリンピックの準決勝を彷彿とさせる大接戦となった。
世界一のプレーヤーと称されるライリー・バットを擁するオーストラリアは、12名のメンバーのうち9名がパリ出場組という盤石の布陣で今大会に臨んでいる。
日本は、橋本勝也―池 透暢―月村珠実-長谷川勇基のラインアップでディップオフを迎えた。

立ち上がりから、連係のとれた日本のディフェンスが相手のトライを遠ざける。
橋本が豪州のポイントゲッター、クリス・ボンドに強烈なタックルを浴びせてノートライに抑えると、日本が先行する形となってゲームが進んだ。
開始から5分が経過しようとした時、オーストラリアはバットを含むラインアップへと4人全員が交代。その動きを見た日本は、橋本、月村を下げ、島川慎一と乗松聖矢のベテラン勢をコートへと送り込む。終了間際にターンオーバーを奪った日本がラストゴールも収め、13-11で第1ピリオドが終了した。
第2ピリオド、日本が2点のリードを守る形で進んでいたが、ここぞとばかりにディフェンスの強度を高めたオーストラリアが、立て続けにターンオーバーを奪い、中盤でついに同点に。悪い流れを断ち切ろうと中谷英樹ヘッドコーチがタイムアウトをコールする。
その後、メンバーチェンジをするなど立て直しを図るが、前半残り2分を切ったところで、痛恨の連続得点を許す。ついに逆転され、24-26の2点ビハインドで試合を折り返した。

後半に入っても、苦しい時間帯が続いた。
依然として日本ビハインドの状況は変わらない。ただ、オーストラリアにも、らしくないミスが出たり、お互いに精彩を欠くギクシャクとした空気がコートを覆う。なかなか点差が埋まらない中、時間は刻々と過ぎていった。
ピリオドも終盤に差し掛かろうとした時、日本に風が吹いた。相手のインバウンド(スローイン)を、受け手の前に入ってキャッチした島川がそのままトライ。その直後、ターンオーバーからさらに1点を追加し、再び同点へと戻した。ワンプレーで形勢がたちまち入れ替わる緊張感のなか、39-39の同点で運命の最終ピリオドを迎えた。
相手インバウンドのミスにより、ようやく日本がリードする展開に。長いトンネルを抜け出したかと思いきや、今度は日本のロングパスがコートの外に流れてノートライ。またもや同点になり、そこからしばらくは交互に得点を重ねた。
試合時間残り3分を切り、連続得点を挙げた日本に流れがきたかと思われたが、逆に連続得点を返されて気持ちの切り替えが追いつかない。そんな展開だった。
そうして迎えた最終盤。相手のトライで52-52となり、残り18秒で日本の攻撃。橋本、池、月村、長谷川。スタートから多くのプレータイムを任された4人に命運は託された。
バットとボンドをコートに送り込むオーストラリア。観客が固唾をのんで見守る中、日本がスローイン。ボールを受け取った池がトライラインへと走った。

池にプレッシャーがかかろうとした時、トライライン手前のキーエリアにすっと走り込んだのは月村だった。まさかの展開にオーストラリアのディフェンスは間に合わない。トライラインを背に待ち構える月村の正面に池がパス、そして月村が後ろ向きにトライ。残り0.6秒、日本に53点目が入り、53-52で試合終了となった。
日本ベンチは歓喜に沸き、月村は高揚感を抑えながら柔らかい笑顔を見せた。
日本は全勝で大会2連覇を達成、アジア・オセアニアチャンピオンに輝いた。
「勝ててよかった」と率直に心境を語ったキャプテンの乗松聖矢。
コンディション不良の選手も出て、日本は万全な状態ではなかった。
「それをマイナスではなくプラスにとらえて、その選手の分もがんばって全員で戦おうと話した。チームがひとつになったのを、試合を通して感じられた。全員の力で勝ち取った勝利です」と誇らしげに喜びを口にした。
パリ・パラリンピックから1年。
大会ごとに多くのチャレンジが見られた日本代表。
中谷英樹ヘッドコーチはこの1年を振り返り、次のように総括した。
「今年はいろいろな戦力を試しながら強化に取り組んできた。その中で今日しっかり勝ち切れたことは、本当に大きな収穫だと考えている。いい選手がそろってきて、ようやく日本ラグビー全体として、いいチームになってきた。世界選手権に向けて、今度はチーム内での競争も激しくなるだろう。
今回、オーストラリアの戦い方を見ても、各国いろいろなことを試している。来年がひとつ勝負の年になると思っている」


ロス・パラリンピック開幕まで1000日を切り、選手たちのモチベーションもそれぞれだ。
日本のエースへと成長した橋本勝也は、この日の試合でも、チーム最多の26得点をマークした。
橋本は、ロスとその先までも、しっかりと見据えている。
「課題はたくさんあるが、逆を言えばそれは伸びしろだと思っている。僕自身としては、世界一のプレーヤーになる、日本代表を引っ張っていくという目標を掲げてラグビーをしている。この最高のメンバーで戦えているなかで、新しいメンバーも入ってきて新しい色になりつつある。ラグビーができている幸せな環境に感謝しつつ、ロスに向けて、その先に向けて、自分の目標を達成できるように積み上げていきたい」
チャレンジを重ねながら進化していく、車いすラグビー日本代表。
来年は8月にブラジルで世界選手権、10月には愛知県で開催される「第5回アジアパラ競技大会」など重要な大会が控えている。
日本がどんなラグビーで世界に立ち向かっていくのか、今後の戦いに大いに注目だ。