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初戦は、因縁の地「シカゴ」でアイルランドとの再戦。オールブラックスが15年振りにグランドスラム・ツアーに挑む。
日本人選手、三宅駿も出場したカンタベリー代表が8年ぶりに王者に輝いたNPC(NZ国内州代表選手権)の決勝の興奮が残る中、ニュージーランド(以下、NZ)国内のラグビーファンの気持ちは代表チーム、オールブラックスへ向けられている。今回の北半球遠征は、2010年以来15年ぶりのグランドスラムツアー。チームも初戦に向けて気持ちを高めている。

※グランドスラムツアーは、南半球の(NZ、オーストラリア、南アフリカ)が、ヨーロッパのホームユニオン(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド)の4か国を巡るツアーのこと。すべての国に勝利するとグランドスラム達成となる。オールブラックスは過去に1987年、2005年、2008年、2010年にグランドスラムを達成している。
11月1日(開催地アメリカ、シカゴ時間)に迎えるツアー初戦に向けて、36人のスコッドの動向やチームの様子、そして初戦のアイルランド戦の23人の試合登録メンバーにも注目したい。さらに、この初戦がオールブラックスにとっていかに大事な試合であるかということを合わせて紹介する。
◆グランドスラムツアーのスコッド。
TRC(ザ・ラグビーチャンピオンシップ)のスコッドから、HOのジョージ・ベルがNPCで圧巻のパフォーマンスを連発して代表復帰。PRはタイレル・ロマックスの怪我により、バックアップメンバーのテヴィタ・マフィリオが正スコッドに繰り上がった。
怪我人が多発したLO陣は、トゥポウ・ヴァアイに加えて発表直後にパトリック・トゥイプロトゥも離脱。ジョッシュ・ロードが入り、トゥイプロトゥの代わりは昨年代表デビューしたサム・ダリーが怪我から復帰後、NPCで力強いパフォーマンスを見せて代表復帰となった。
TRCでバックアップメンバーから出場機会を得て見事アピールした新人WTBリロイ・カーター、そしてフランスから帰国し、NPCを経て代表復帰したCTB/WTBレスター・ファインガアヌクが、ワラビーズ戦で持ち前のパワフルなプレーを披露して正スコッド入りを果たした。
怪我人による入れ替わりを除くと、ほとんど変わり映えの無いメンバーとなった事について、メディアやラグビーファンの間では賛否があった。一方で、TRCで怪我をしたSOボーデン・バレットがツアーに間に合い、スコッド入りした事は人々を喜ばせる明るい材料となった。

◆ジェイソン・ホランド アシスタントコーチの退任発表。
ツアーに向けて選手たちが集まり、旅立とうとするタイミングで、アシスタントコーチのジェイソン・ホランドが今季限りで退任することが発表された(10月23日)。
スコット・ロバートソン新体制となったのが2024年。昨年はTRCの途中でレオン・マクドナルドがチームを離れる騒動があった。ホランド氏の退任は現体制2人目のアシスタントコーチ離脱となり、メディアはざわついた。TRCの最終戦後、ロバートソンHCに意思を伝えたというホランド氏は、ツアー終了までは現場に残りチームをサポートするようだ。
ホランド氏は、「私たちは仲の良いグループなので、これは簡単な決断ではありませんでした」と円満退任をにおわせるコメントをしている、しかし、メディアやラグビーファンの間では、憶測が飛び交っている。
その中でも、ロバートソンHCがクルセイダーズを指揮していた時に支えていた現体制のアシスタントコーチ、ジェイソン・ライアン、スコット・ハンセンの2人は残ることで、クルセイダーズで固める体制が何らかの影響を及ぼしている、という見方もある。
今思えば、2週間ほど前にSky Sportのラグビー番組でインタビューを受けていたロバートソンHCの歯切れが悪かったのは、のちに発表されるホランド氏の退任が背景にあったのかもしれない。
シニアメンバーのHOコーディー・テイラーは、ホランド氏の退任の発表に「驚かなかったら嘘になる」と言いながらも「(ホランドの退任が控えていることにより)チームの集中が途切れることはない」と語り、チームの結束を強調した。
※ホランドはハリケーンズのHC、マクドナルドはブルーズのHCからロバートソン体制に入った。

◆ツアー初戦、対アイルランド。NO8ラカイ、13番トゥパエアが継続先発へ。
オールブラックスのツアー初戦、対アイルランド戦(11月1日現地アメリカのシカゴ時間)のメンバーは、TRC最終戦(10月4日)のワラビーズ戦から4人の変更があった。
前戦で欠場していたPRイーサン・デグルートが復帰して背番号1に返り咲き、HOコーディー・テイラー、PRフレッチャー・ニューウェルとフロントローを組む。
TRCで肩の負傷をしたSOボーデン・バレットも復帰し、10番を付けて先発出場。WTBケイレブ・クラークも足首の怪我が癒え、今季2試合目のテストマッチに挑む。クラークは会見で「空中戦が試合の勝利に関わる重要な要素となるだろう」と語り、自身の強みである空中戦に自信をのぞかせた。
先発メンバーの変更はこの3人で、怪我で離脱したLOトゥイプロトゥの代わりにジョッシュ・ロードがベンチ入りした。
最も注目されたセレクションは、ロバートソンHCが「前戦の試合を見て決めた」と説明した、NO8ピーター・ラカイ、13番クイン・トゥパエアの起用だ。ふたりは2試合連続で先発メンバーに抜擢された。
特にラカイは、昨年ブレークしたFL/NO8ウォレス・シティティを抑えての8番。ロバートソンHCは「彼(ラカイ)は、ボールを持っているときだけでなく、両方の面で(ボールを持っていない時の動きも)非常に良い。ディフェンスも良く、パワーアスリートで、様々な面で優秀な選手だ」と絶賛するコメントをした。
同じくトゥパエアも、今季これまで13番で起用されてきたビリー・プロクターのポジションを奪取。わずか一度の先発機会で首脳陣の信頼を勝ち取り、アイルランドとの大一番に挑む。本職が12番だけに、レベルの高いアイルランド相手に13番でも再びアピールできれば、ポジションが確定しそうだ。

先発メンバーだけでなく、控え選手もなかなか強力だ。PRタマイティ・ウィリアムズ、HOサミソニ・タウケイアホ、PRパシリオ・トシと言ったボールキャリーの強いフロントロー。バックローには、シティティが控え、層の厚さが増した。
BK陣の控えは、コーティス・ラティマとダミアン・マッケンジーのチーフスコンビのハーフ団。そしてCTB/WTBレスター・ファインガアヌクもいる。フランスから帰国後、前戦でテストマッチ復帰したばかりながらも、NPCで見せた力強いプレーを維持。プロクターやリーコ・イオアネを抑えて、今回もメンバー入りをした。後半からのインパクトあるプレーが期待される。
対するアイルランドは、NZ出身のCTB バンディー・アキがベンチスタート。ロバートソンHCは「アイルランドベンチもなかなか強力だ」と何度も口にしており、後半はファインガアヌクとアキのフィジカルバトルが見どころのひとつになりそうだ。
◆いろんな意味で大きな一戦。因縁の地でのアイルランド戦勝利は「マスト」。
オールブラックスがシカゴでのアイルランドと対戦するのは、今回が2度目。前回は9年前の2016年、同地でアイルランドに史上初の黒星(29-40)を喫した。忘れがたい試合だ。
そのとき出場していた現メンバーも何人かいる。
唯一先発だったのがボーデン・バレット。途中出場では、現キャプテンのスコット・バレット、アーディー・サヴェア、テイラーらと現在の主力がピッチに立っていた。9年の時を経ても、その時の試合を鮮明に覚えているという。

この試合はオールブラックスを象徴とするNZラグビーユニオンにとっても、スポンサーにとっても重要な意味を持つ。アメリカ市場での露出は、チームの収益構造に直結している。シカゴに本社を置く保険会社ギャラハーの前で行われるこの一戦は、単なるテストマッチではない。
昨シーズンは4敗と満足いく成績ではなかっただけにスポンサーの前で勝利を飾ることは、経営面でも「マスト」と言えるだろう。
NZは人口わずか500万人強の小国だ。だからこそ、オールブラックスにとって海外スポンサーの支援は欠かせない。チームはNZ国内のファンの期待に応えるだけでなく、広告塔としてスポンサーの信頼にも結果で応える責任を負っている。
グランドスラム・ツアー初戦で、アイルランドに9年前の借りを返し、最高のスタートを切りたい。前回と同様にたくさんの観客が見込まれるシカゴで、熱い戦いが待っている。