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まるでワールドカップ決勝前の雰囲気だ。
今週末(9月6日)、オールブラックスと南アフリカ代表 、スプリングボックスが激突する。最強ライバル対決とあって、ニュージーランド(以下、NZ)国内は大いに盛り上がっている。
その背景にあるのが、オールブラックスのイーデンパーク無敗記録だ。今季最大のビッグマッチを前に、その記録が守られるのか、それともついに破られるのか。NZ国内はこの話題で持ちきりだ。
選手たちもその雰囲気を感じており、CTBジョーディー・バレットはラジオ番組のインタビューで「もちろん理由は明白だけど、今は大きな注目が集まっている。空港や街を歩くだけで、この週末の試合がどれほど重要かすぐに分かるよ。本当にワクワクする」と話している。
◆31年間、50試合無敗の聖地。
オールブラックスがイーデンパークで最後に敗れたのは、1994年7月3日のフランス戦(20-23)。それ以来、実に31年間、50試合無敗を誇っている。
苦しいシーズンだった2022年も、ホームシリーズでアイルランドに1勝2敗と負け越したものの、イーデンパークでの初戦だけはしっかり勝利した。
ワールドカップにおいても、この地は特別な舞台だった。1987年の第1回大会決勝ではフランスを29-9で下して初代王者に。さらに2011年の自国開催大会でもフランスを8-7で退け、24年ぶりにウェッブ・エリスカップを奪還した。あの時の熱狂は、今もファンの心に焼き付いている。
ただし、最強のライバルのスプリングボックスとイーデンパークで対戦するのは2013年以来。その時はオールブラックスが29-15で勝利した。この場所でこの顔合わせは、その時以来となる。

◆近年の戦績はスプリングボックス優勢。
一方で、近年の両国の戦績は南アフリカが優勢だ。昨年のラグビーチャンピオンシップ(以下、TRC)では敵地で2連敗(27-31、12-18)。さらに2023年、W杯前のウォームアップマッチでは7-35と大敗し、パリでのワールドカップ決勝でも11-12と惜しくも敗れた。現在オールブラックスは、スプリングボックスに対して4連敗中だ。
さらに直近のアルゼンチン戦でもオールブラックスは敗戦し、内容面でも課題を露呈した。加えて怪我人が相次ぎ、チーム状況は万全とは言えない。積み重ねてきたイーデンパーク無敗神話が、いよいよ揺らぎ始めている。そんな声がNZ国内でも高まっている。
◆ SHクリスティー先発、新人プレストンがベンチ入り。サヴェアは100キャップ
9月4日、オールブラックスの指揮官スコット・ロバートソンHCは、TRC第3節(9月6日)、対スプリングボックス戦の23人の登録メンバーを発表した。前戦のアルゼンチン戦から、先発の変更が3人あった。
【バックス】
最も注目されていたのは、怪我人が多発しているSHのセレクションだ。キャム・ロイガード、ノア・ホッザムに続き、前戦で負傷したコーティス・ラティマも欠場が決まった。これを受け、フィンレー・クリスティーが先発メンバーに昇格し、背番号9を付けて大一番に挑む。
SHのベンチには、バックアップメンバーでスコッド入りしていたカイル・プレストンが入り、出場すれば、デビューとなる。今季スーパーラグビーデビューしたばかりのプレストンのことを開幕前に注目選手として、トライが取れ、左右から蹴り出すキックが魅力と紹介した。キッキングゲームが鍵となるテストマッチで、その能力が試される。いきなり世界王者相手のデビューとなるだけに、大きな注目を集める。
注目のバックスリーは、右WTB(14番)にエモニ・ナラワがセブ・リースを抑えて先発。ロバートソンHCはリーコ・イオアネについては、引き続き左WTB(11番)でチャンスを与えた。
ナラワの起用について同HCは、「彼(ナラワ)は空中戦に強く、サイドの守備も安定しており、後方のカバーリングもできる」、「彼にとって大きなチャンスになるし、バックスリー全体のバランスも良くなる」と説明。
また、これまでに、十分なパフォーマンスを発揮できていないイオアネに対して 「何を求めているのか」という厳しめの質問には、「彼の力を最大限に発揮してもらいたい」と、やや険しい表情で語った。

【フォワード】
1人の変更とポジションのシフトがあった。今季ここまでブラインドサイドFL(6番)で起用されていたトゥポウ・ヴァアイが本来のLOに戻り、キャプテンのスコット・バレットとコンビを組む。ラインアウトを中心に良いパフォーマンスを見せていた新人ファビアン・ホランドはベンチスタートとなった。
ヴァアイがLOに回ったことで空いた6番には、前戦でNO8だった新人のサイモン・パーカーがシフト。前戦ベンチスタートで復帰したウォレス・シティティがNO8で先発に復帰する。
なお、この試合で7番を付けて出場するFLアーディー・サヴェアは100キャップの節目を迎える。
「アーディーはオールブラックスを象徴する存在だ。彼はジャージに袖を通すたびに、いつも情熱、リーダーシップ、そしてチームに大きな精神的な力を与えてくれる」とロバートソンHCは絶賛する。
【リザーブ】
控えには、HOサミソニ・タウケイアホ、PRタマイティ・ウィリアムズ、怪我の癒えたPRタイレル・ロマックスと、ボールキャリーの良いフロントローが並び、後半からインパクトを与える。
バックローには、前節メンバー入りを果たせなかったデュプレッシー・キリフィが入った。サイズのハンディを感じさせないブレイクダウンでの鋭さが持ち味で、その強みをタフなスプリングボックスFW相手に発揮できるかに注目が集まる。
NZ国内のメディアやラグビーファンの間で「変化が必要」との声が多い中、結局大きな変更は見られなかった。それでも全体的にバランスの取れた布陣と言えるだろう。
メンバー発表後これまでに無いほどのメディアに囲まれたロバートソンHC。いつものにこやかな表情とは打って変わって、ビッグマッチを控えているだけに、厳しめの表情だった。

◆カギを握る3つのポイント。
「コリジョン」
最も注目されるポイントの一つは、ブレイクダウンを含むコリジョン(接点)での攻防だ。スクラムやラインアウトなどのセットピースは言うまでもなく重要だが、コリジョンエリアで優勢に立てるかどうかが、オールブラックスの持ち味である速いラグビーを成立させる命綱ともなる。ここでの激しいバトルが試合の行方を大きく左右することは間違いない。
「空中戦」
スプリングボックスが得意とするハイパント攻撃への対応も非常に重要だ。アルゼンチン戦では、キック処理でもたついた結果、地域とボールを同時に奪われる場面が何度かあった。空中戦で劣勢になれば、勝利の可能性は大きく下がる。バックスリーのイオアネ、ナラワ、そして15番のウィル・ジョーダンがカギを握る。
「規律」
近年のオールブラックスの課題として挙げられるのは規律の問題だ。アルゼンチンとの2試合では、合計5枚もカードを受け、そのたびに流れを失い、逆転を許す場面もあった。激戦が予想される今回の試合では、数的不利だけは避けたい。前戦ではレフリーのジャッジへの対応に課題を残した。この試合では冷静な対応が求められる。

◆歴史的瞬間を見届ける一戦に。
スプリングボックスは1937年以来(17-6で勝利)となるイーデンパークでの勝利を狙っており、そこに強いモチベーションがある。
一方のオールブラックスは、前戦で不甲斐ない内容で敗戦を喫しており、修正が求められる。これまでも敗戦のたびに見事な巻き返しを見せてきたチームが、世界王者との決戦でその力を証明できるか試される。
ロバートソンHCは、クルセイダーズを指揮して7連覇(2017~2023年)を成し遂げた名将だが、チームが強かったがゆえに大きな困難を経験する必要がなかった。オールブラックスの指揮官としては、これまでに経験したことのないプレッシャーに直面している。本人も「プレッシャーだ」と率直に語っており、それをどう跳ね返すかが問われる。
アルゼンチンとの第2戦ではHOコーディー・テイラーの100キャップを勝利で祝うことができなかった。今度はアーディーの100キャップの節目の試合に花を添えたい。
イーデンパークの大観衆の前で、伝説を守るのか、それとも世界王者が不敗神話を打ち砕くのか。歴史的瞬間を見届ける一戦となるのは間違いない。