
会場のあちらこちらで、戦いの途中とは違う表情が見られた。
前日のファイナルでぶつかり合った東芝ブレイブルーパス東京とクボタスピアーズ船橋・東京ベイの選手たちが談笑している。
遠くから足を運んだチーム、選手たちも、戦いを終えてリラックスしていた。
5万人超の観客が見つめたファイナルの翌日(6月2日)、都内のホテルで『NTTジャパンラグビー リーグワン2024-25アワード』が開催された。
各ディビジョンの優勝チームや個人タイトルを獲得した選手たちが表彰されたほか、シーズンMVPやベストフィフティーンなどの発表もあり、それぞれが誇りと充実を感じる時間を過ごした。

◆目標を成し遂げたあとは、それに相応しい祝い方を。
シーズンMVPに選出、表彰されたのは、リーグワン創設後初めての連覇を成し遂げたブレイブルーパスのリッチー・モウンガだった。
名前を呼ばれて壇上に上がり、喜びの感情とチームメートや家族への感謝の思いを伝えたワールドクラスの10番は、「チームを代表していることに加え、東芝という企業、府中という街も代表して戦っている気持ちがあります。皆さんに受け入れていただいて嬉しく思っています」とスピーチした。
2年連続でMVPの栄誉を受けたその人は、表彰式でのアワードを終えた後の囲み取材では、優勝した夜の宴について、「ビールを飲み、焼酎も飲みました。この会場までどうやって来たか覚えていません」と記者たちを笑わせた。
ニュージーランドでもNPC(国内選手権)で4度、スーパーラグビ―で7度(7連覇)と、何度も優勝を経験している。
しかし、頂点に立つ感激は何度味わっても格別だ。
「この(喜びの)瞬間が毎年来ることは保証されたものではありません。だから大事にしないと。素晴らしいことを成し遂げたのだから、それに相応しい祝い方をしないといけません。その思いを胸に、チームメートと時間を過ごしました」

美酒を喉に注ぎ込みながらカラオケもした。曲名を問われると、「だからまっすぐ、まっすぐ〜」と歌い出した。長渕剛の『Myself』がお気に入りのようだ。
「大きな何かを成し遂げるには、そこだけを見るのではなく、その手前にある細かいことをどれだけ正確に遂行し、積み上げていけるか。ラグビーで言えば、ひとつのキャリー、クリーンアウトを、いかにフォーカスしてやり切れるか。先を見ず、一つひとつやっていくことが大きな成功につながります」
酔っていても、ラグビーの話になるとシンプルに勝利の鉄則が口から出る。強いプレッシャー下でも判断がぶれないのは、それが頭と体に染み付いているからなのだろう。
D1からD3までの、今シーズンの顔が揃うせっかくの機会だ。特に、D2やD3の選手たちとスタジアム以外で会う機会はないから、何人かに質問をぶつけてみた。
◆プレッシャーも楽しもう。
D2のMVPに選ばれたのは、優勝した豊田自動織機シャトルズ愛知のスタンドオフ、フレディー・バーンズだった。
イングランド代表キャップ5を持つゲームコントローラーは、得点王と最多トライゲッターのタイトル獲得で表彰されたほか、選手たちの体感が基準となる『プレーヤーズ・チョイス・プライズ』のMVPにも選出された。
今季を最後にチームから離れるバーンズは以前、「スタンドオフには、試合の最初の1分でも最後の80分でも、正しい判断をしていくことが求められる」と話してくれたことがある。そうなるためにはどうしたらいいのか尋ねた。
「すぐにできることではありません。私のプレーにも、試合後に振り返ってみればいくつものネガティブなものがある。それをレビューして、直す。その繰り返しです。ボールにたくさん触れるポジションだからこそ、一つひとつのプレー選択が重要です。結果が伴わなくても、判断は正しかったということもある。そのあたりを見極めて、自信を積み重ねていきましょう」

試合を決めるコンバージョンキック時など、常に精度の高いキックを実現できるようになるには?
「蹴る瞬間までのプロセス、ルーティーンは私にもありますが、もっとも大事なことはプレッシャーを楽しむ。それに尽きます。そうなればリラックスできる」
子どもの頃から庭でボールを蹴るときは、そのキックで試合が決まるシーンを思い浮かべていたという話を聞いたこともある。
あなたが少年たちのチームのヘッドコーチなら、どういうキャラクターの選手をスタンドオフにしますか。
「もっともコミュニケーションの力がある選手でしょうか。フィールドには表情がある。それをどう感じるのか、どう見るのかは、人によって違うものです。それを整理して、周囲の選手たちとともにプレーするのが10番。そういう意味で、他のプレーヤーやコーチとつながれる力があるといいと思います」

【写真右上】ベストホイッスルの古瀬健樹レフェリー(左)と日本サッカー協会プロフェッショナルレフェリー、御厨貴文さん
【写真左下】ベストフィフティーンNO8のリーチ マイケル(左/ブレイブルーパス)とサクラフィフティーンの長田いろは主将
【写真右下】ベストフィフティーンCTBのディラン・ライリー(左/ワイルドナイツ)と元女子15人制、7 人制日本代表の鈴木彩香さん
◆すべてが来季へつながる。
D3のMVPには、同ディビジョンを制したマツダスカイアクティブズ広島の主将、芦田朋輝が選ばれた。今季、入替戦を含む全17試合のうち15戦に出場し、7番を背負ってチームを牽引し続けたことが評価された。
壇上に立った同主将は周囲への感謝の言葉を口にして、「来季へ向けてもっと精進していく」と続けた。
D3優勝チームとしての表彰もあったスカイアクティブズは、主将以外にも数人の選手たちが会場を訪れていた。
その中にチームでリーダーを務めるプロップ、加藤滉紫の姿もあった。
D3優勝を決めたレギュラーシーズン第14節のルリーロ福岡戦でゲームキャプテンを務めた加藤は試合後の記者会見で瞳に涙を浮かべていた。その姿を見たダミアン・カラウナ ヘッドコーチは「こういう人間だから、この席に座っている。滉紫は毎回の試合、練習で体を張ってくれるリーダー」と称えていた。
172センチ、90キロと小柄な1番に、あの涙の理由を聞くチャンスだ。
加藤は「実りのあるシーズンでした」と言いながらも、入替戦で日本製鉄釜石シーウェイブスに敗れた(2敗)ことが悔しそうだった。
「上にいけなかったことだけは悔いが残ります」
「入替戦の雰囲気に呑まれました。岩手での初戦(5月24日/14-33)がすべてだったと思います」
その試合の前半、0-27とされたチームだったが、後半は14-6。力があることは証明した。
しかし、2戦目に24-51とされてシーズン終了を迎えた。
あらためてレギュラーシーズンの優勝を決めた試合でこぼした涙について尋ねると、「いろんなことが変わったシーズンでした」と返ってきた。
2019年の入社。社会人生活7年目が始まっている。これまで、「しんどい時期もありました」と振り返る。
「しかし、今シーズンから環境が変わりました。ヘッドコーチもそうですし、勝つための環境整備もしてもらった。そんな年の優勝が決まる試合でゲームキャプテンを任せてもらった。恩返しできた、と思ったら涙が出ました」
バンバンの愛称で親しまれるカラウナHCは、普段の練習でもミニチームを作ってゲームで競わせたり、個々のつながりが高まる仕掛けをいろいろしてくれた。
勝った試合のあとにロッカールームで、各チームから持ち寄った案を合わせて作ったウイニングソングを歌うようになったのも今季からだ。

【写真右上】バンバンこと、スカイアクティブズのカラウナHC
【写真右下】専大松戸→天理大を経て広島にやって来た加藤滉紫
会社も強化に力を入れてくれた。
仕事に取り組む姿勢はそのまま、トレーニングに注ぐ時間はこれまでより増えた。そして、グラウンドに併設するジムを作ってくれたことも大きかった。
それまでジムトレーニングは社外の複数施設を使ってそれぞれでやっていたから、チームメンバーと顔を合わせるのは週に3回ほどのグラウンド練習の時に限られていた。
「新しいジムができて、毎日一緒に時間をともにするようになり、ファミリー感が強まったと思います。何年も一緒のチームにいるのに、『あ、こういう人間なんや。知らなかった』ということもありました」
個々の距離が縮まれば、本当の意味でチームになる。
「試合中のしんどいときに、こいつならやってくれると思うこともあったし、(仲間がしんどいなら)俺がやってやる、となることもありました」
アワード当日に29歳になった左プロップは、「すべてのことは来年につながります」と締め括った。
◆監督から怒られることが減りました。
新人賞の静岡ブルーレヴズ、スクラムハーフの北村瞬太郎は、「試合にたくさん出て、ゲームメイク(の力)を成長させたい。苦しい時間帯にチームをコントロールできるようにならないと」と、さらに上を目指す気持ちを口にした。
そして日本代表への思いも、「小さい頃からの夢。リーグワンも終わったので目指していきたい」とした。
今季レギュラーシーズンに挙げた14トライは、15で最多のブレイブルーパス、ジョネ・ナイカブラに続く数。「どこかでもう1つとっておけば(トライ王だったのに)」と周囲を和ませながらも、「(トライは)レヴズとして取ったもので、最後に自分が抑えただけ」と仲間への感謝を忘れなかった。

プレーオフトーナメント準々決勝で敗れてシーズンを終えてからもボールに触れ続け、シーズン中の感覚を失わないようにしていた。そしてすでに走り始めており、「試合に出られる状態です」。日本代表候補のトレーニング合宿に参加しても、すぐにアピールできる状態を作っていた。
シーズンを通して試合に出続けたことで、「自分が自分が、という意識がなくなりました。でも空いたら、行く。その塩梅が良くなりました」。
藤井雄一郎監督に怒られることも少なくなった。
「ただ、褒められることもありません」
毎日のトレーニング、毎週末の戦いから解放されてリラックスし、あらためてエナジーを溜め込む時期。
スタジアムで話す時とは違う話を聞ける時間だった。