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観客は2601人。それでもスタジアムに響く歓声はとてつもなく大きく、長く続いた。
青いジャージーの背番号10、フレディー・バーンズのコンバージョンキックが、ゴールポストのバーを越えた瞬間、ジェットコースターのようだった試合展開に決着がついた。
5月24日、ウェーブスタジアム刈谷(愛知)でおこなわれたリーグワン、ディビジョン1/ディビジョン2の入替戦は壮絶だった。
D1の12位(最下位)、浦安D-RocksとD2の1位、豊田自動織機シャトルズ愛知が戦った試合は43-42というスコアで決着がついた。
プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれたシャトルズのSO、バーンズが、冒頭のようにラストプレーで逆転のキックを決めた。

勝者は開始14分で4トライを奪われ、0-28と先行されたところから逆転勝ちした。
試合開始直後にノーホイッスルトライを奪われ、その後もD-Rocksの選手たちに余裕を持って走られ、パスをつながれたその時間帯に、両軍が今季戦ってきたステージのレベルの違いはこんなにあるのか、と感じた人は少なくなかっただろう。
スタジアムも沈黙した。
しかし、ピッチの上のシャトルズの選手たちは落ち着いていた。
LOジェームズ・ガスケル主将の頭には、まず「長い一日になる」と浮かんだという。
「私たちは固まって、いいチームになっています。ポジティブアクションをひとつ起こせば、(それをきっかけに)なんとかなると思いました。そこから、みんなでリラックスして追いかけよう、と思った」
徳野洋一ヘッドコーチも、「(序盤の4トライは)個人に崩されたものでした。個々で相手が上回っていることは分かっていた。やられ方が想定内だったのでショックはなかった」と話した。
両者の言葉通り前半18分に齊藤大朗が、SOバーンズが転がしたボールをインゴールで押さえると、23分、40分にもトライを奪って相手の背中が見えた。
齊藤は、早い時間帯から「攻めればやれる」との体感があったと話した。
ハーフタイムで19-28と縮まったスコアは、後半13分に29-28とひっくり返るも、その5分後には29-35となった。
シャトルズはよく盛り返し、健闘した。しかし、勝利の尻尾は近づいては逃げていった。

【写真右上】後半8分にトライを挙げたWTB中野豪
【写真左下】相手にプレッシャーをかけるSH藤原恵太(左)とLOジェームズ・ガスケル主将
【写真右下】後半31分にトライを挙げたNO8イシレリ・マヌと、駆け寄るFL松岡大和、CTBジェームズ・モレンツェ
それでも追った。
後半31分、シャトルズはラインアウトからのこぼれ球を拾ったNO8イシレリ・マヌが持ち出してトライ。バーンズのGも決まって36-35とする。
ただ、その直後にはD-RocksのCTBサム・ケレビに走られ、SOオテレ・ブラックのGも成功して36-42とされた。
後半34分のことだった。
しかし僅かな残り時間に、シャトルズは自分たちの持っているものをすべて出した。
特別なことはなにもない。相手のハイパントをキャッチする。コリジョンで負けない。積み上げてきたものを出してボールを維持し続けた。
その中で相手の反則を誘った。
逆転劇は、試合開始後、80分が経ったことを知らせるホーンが鳴る中での左ラインアウトから始まった。
モールを組んで押す。ラックへと移行し、FWで攻め立てる。シャトルズはアドバンテージを得る中でフェーズを重ねた。
WTBチャンス・ペニがゴールポスト下に迫ってできたラックからボールが出たのが81分。SH藤原恵太からのパスを受けたSOバーンズは、右のエッジにFB齊藤がいることを確認し、相手ディフェンダーのイズラエル・フォラウの背中、右コーナーの手前にキックを転がした。
それを背番号15がインゴールに押さえて41-42とした。
5メートルラインより、さらに外側の位置からのコンバージョンキックをバーンズが蹴ったのは、ショットクロックが残り4秒となった時だった。
イングランド代表キャップ5を持つ35歳の右足から蹴り出されたボールはきれいな弧を描いてHポールに吸い込まれた。

3番の高橋信之はスクラムを押し、相手ボールを2回スティールした。途中出場のFL松岡大和も終盤の大事な時間帯にボール奪取。
徳野HCが言うように、「相手と違い、うちにはスターはいない。全員で戦う」スタイルで最後の最後に笑った。
入替戦第2戦は、5月31日に柏の葉公園総合競技場 (千葉)でおこなわれる。
大逆転の展開で得た初戦勝利に、シャトルズのファンは歓喜した。
5月のはじめ、バーンズはSNSで熟考の末にシャトルズを離れる決意をしたこと、周囲への感謝、入替戦勝利を約束すると伝えていたから、この日の声援はなかなか止まなかった。
それに応える司令塔の目には涙が浮かんでいた。
しばらくしてロッカールームから出てきた殊勲者は落ち着いてラストシーンを振り返った。
「35歳になるいままでプレーしてきて、多くのことを学んできました。タイミングを逃さない。それが大事。試合の最初の1分でも、最後の80分でも、正しい判断をしていく。僕にとってあのキックは、正しい判断だった」
そして、あの位置に立っていた齊藤に感謝した。
逆転のコンバージョンキックについての回想も深かった。
「若い頃、家の庭で遊んでいた頃から、自分が試合を決めるキックを蹴る立場を想像していました。もちろんこれまでに、失敗したこともありますが、きょうは、持ち続けたイメージを実現できました」
28点を先行された時間帯については、「難しい時間でしたが、戦い続けなければいけない。自分はチームをコントロールする立場にいます。いいアクション、いいプレーを重ねていくことだけを考えました」
ラクに勝てる試合なんてない。平坦な試合展開も同じ。
「まず状況を受け入れることが大事です。どんな試合でも苦しい場面は必ず来る。そこで立ち直れるかどうか。きょう、僕たちはそれができたと思います」

試合のスタッツでは、ゲインメーター、ポゼッションともD-Rocksが大きく上回っていた。
その状況でシャトルズが勝ったのだから、バーンズのゲームコントロールによって、どれだけチームが前に出られたのかがよく分かる。
「数字上ではきついかもしれません。その中で、どう自分のプレーを表現するか、どうやって勝ちをもぎ取るかを考える。それこそが僕たちのやるべきこと」
「大事なのは、常に正しい判断をすること」と言った。
「走るべき状況なら、迷わず走る。それが僕たちのスタイル。でも、きょうは後半、少し雨が降った。ピッチは滑りやすくなった。なら、無理してプレーしすぎる必要はない。レフリーの判断も意識しながら、自分たちができる正しいことをやり続けるだけ」
追撃のトライと、最後のトライ。その両方を10番とのコンビネーションで挙げた齊藤の言葉に、バーンズの価値が凝縮されていた。
「ラグビーに正解はないけど、(それぞれのシーンが)いつもいい結果に終わる。状況をいい方向に転がすプレーメーカーだと思います」
その実力は決戦でこそ輝く。
80分超の好ゲームが、それを証明した。