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【サクラフィフティーンのテストマッチを深掘りする ①/女子日本代表×女子スペイン代表・第1戦】安定のセットプレー。キックチェイスの整備を
FBに入った松田凜日。機を見て積極的に走った。(撮影/松本かおり)

【サクラフィフティーンのテストマッチを深掘りする ①/女子日本代表×女子スペイン代表・第1戦】安定のセットプレー。キックチェイスの整備を

宮尾正彦/小島碧優

 8月下旬開幕のワールドカップを控えた女子日本代表(以下、Sakura15)の国内最後の強化試合であるスペイン代表戦第1テストマッチが7月19日(土)、北九州で開催された。
 Sakura15は前半2トライを奪い優勢に試合を進めた。後半一時は逆転されたものの粘り強い防御とスペースを生かすアタック、ラインアウトモールによるトライなどで再び逆転して32-19と快勝した。

 今回アナリシスのコーナーで初めてSakura15を取りあげ、W杯までの戦いを分析していく。私自身、女子代表を対象に分析したことは初めてであり、選手の特徴をはじめ様々関連情報に詳しいとはいえない。そこで、現役選手でもありチームで分析も担当している横浜TKMの小島碧優(みゆう)選手の力も借りながらSakura15の戦いを追っていく。
 今回は勝因と試合の流れの詳細について考えてみたい。

【1】勝因として挙げられるポイント

1)安定したセットプレー

 図はラインアウトの獲得結果を示す。数値そのものはスペインのほうが上回ったが、ラインアウト数がスペイン(5回)の3倍以上の17回だったことを考えるとSakura15の安定度の高さと、その一貫性は十分に評価できるだろう。

 ②公家明日香と⑯谷口琴美のスローや、プロップ陣中心にリフトの精度が常に高く正確だった。またボールをキャッチしたジャンパーはSHがパスしやすいよう高水準のデリバリーを徹底、日々の厳しい練習に取り組む選手の努力を感じさせた。バックボール(15mライン付近)でも見事にキャッチし、その後の攻撃の起点になった。
 さらに後半の2トライだけに限らず、モールの精度の高さも非常に印象的だった。キャッチャーが着地後に各プレーヤーが低く堅くバインドし前進した。

 またスクラムについては図で示すまでもなく、8回すべてにおいて安定したボールを供給した。低く鋭いヒット、SHがボールを持ち出すまで全員が押し続ける努力。前半25分のゴール前チャンスの際に右PRがややバランスを崩しかけたが、ボール出しには大きな影響がなく、⑭松村美咲の幻のトライという良いプレーを引き出した。

2)ディシプリン Sakura15/3 vs スペイン/12

 反則数では圧倒的にSakura15が優れていた点も挙げておきたい。
 スペインはマイボールのブレイクダウンで3回、Sakura15のブレイクダウンで3回の反則、そして前述したようにSakura15の高水準のモールドライブにスペインはたまらず5回もモールプレーで反則を犯し、苦しんだ。64分の8回目の反則(㉑のノットロールアウェイ)にはイエロカードにより、数的にもペースを握るきっかけがつかめなかった。
 Sakura15の反則は僅か3回。ディシプリンの高さは十分に勝利に貢献した。

【2】試合の流れとキーとなるプレー

 80分間の試合においては、どちらかのチームにとって優勢(あるいは劣勢)な時間帯や流れ、そしてそれらが変わる起点がいくつか生じる。図2はこの試合のSakura15からみた勢いや試合状況の流れを可視化しようと試みたもの(モーメンタムチャート)である。各プレーの結末の良否に応じて点数化し試合時間ごとの累計を示している。今回そうした流れの詳細考について深掘ってみたい。
 前述した横浜TKMで分析も担当する小島選手と共に、図の3つの局面について、フェイズのなかでのボール争奪を中心に考えてもらったので以下に紹介する。

◆試合の流れを左右した3つのキーモーメント

 試合の流れを「連続性」と捉え、フェイズ数を指標として分析を行った。 フェイズ数が多いことは、攻撃の継続性が高いことを示し、それが試合の流れを掴んでいる可能性があると仮定する。
 一方で、防御側が短いフェイズでボールを奪い返す場面が多ければ、相手の攻撃連続性を阻止し、流れを引き寄せていると考えられる。 今回は1フェイズを「攻撃側がボールを保持したまま1つのブレイクダウン(主にラック)を経た単位」と定義し、モメンタムチャートにて流れが変化した3つの場面①、②、③に着目し、フェイズ数を集計した(図3参照)。

① 前半17分までの連続トライ
 Sakura15は立ち上がりからキックの攻防で優位に立ち、敵陣でマイボールラインアウトを獲得後、モールを起点に先制トライを奪う。その後も、スペインのハンドリングエラーや反則により、Sakura15は優位に敵陣へ侵入。平均1.7フェーズ以内で相手の攻撃を断ち切り、ボールを奪い返す展開が続いた。
 前半13分、ゴール前5mでのモールではボールを出せず一度攻撃権を失うが、前半15分に敵陣22m左サイドでマイボールスクラムを得る。⑫弘津悠の縦突進から、テンポ良くFWの連続攻撃でゲインを重ね、最後は①小牧がラックサイドへ仕掛けた⑨阿部恵に合わせて、この試合2本目のトライを挙げた。スペインのミスを着実にスコアへとつなげ、試合の主導権を握った場面であった。

② 前半26〜31分:攻撃ミス → 反則 → 被トライ
 前半26分、Sakura15はこの試合で唯一獲得に失敗した敵陣ラインアウトの場面であった。
 そこから約3分間、プレーが途切れることなく続き、8回のトランジション(攻守の入れ替わり)が発生する目まぐるしい展開となった。
 Sakura15はスペインのミスに乗じてカウンターアタックを試みるも、自らもハンドリングエラーやターンオーバーを重ね、再びボールを失う場面が目立った。
 一方で、再びボールを奪い返すには平均3.6フェーズを要した。最終的には、自陣10m付近でノットロールアウェイの反則を犯し、自陣に喰い込まれスペインにモール起点でのトライを許した。
 連続するミスと反則で流れをスペインに渡し、失トライにつながった時間帯となった。

試合終盤、鍛え上げてきたモールでトライを挙げたSakura15。(撮影/松本かおり)

③ 後半63分以降の再逆転と連続トライ
 後半、一時逆転を許したSakura15だが、63分以降は再び主導権を握る展開となる。
 後半63分、トライラインドロップアウトから再び敵陣へ攻め込むと、㉒山本実からパスを受けた①小牧日菜多がビッグゲイン。その後、スペインが反則とイエローカードで一時退場者を出し、Sakura15が数的優位に立つ。
 敵陣22m中央でSakura15はスクラムを選択。⑭松村の縦突進からFWの連続アタックで確実にゲインを重ね、①小牧からのショートパスで⑥向來桜子がゴールライン目前まで前進。そのボールをテンポ良くボールを捌き、最後は⑯谷口がポスト下にトライを決めた。㉒山本のゴールキックも決まり、スコアを20-19として再逆転に成功する。
 その後もSakura15はディフェンスで圧力をかけ続け、スペインの反則を誘発。敵陣に侵入すると、この試合の得点源となったラインアウトモールから追加トライを奪った。
 この時間帯、ボールを再獲得するまでに要したディフェンスは平均2.5フェイズで、スペインのアタックの連続性を抑えながら、Sakura15の攻撃チャンスを確実にスコアに繋げたことで勝利への流れを生み出す大きな要因となったと考えられる。

 最後に、図3からも分かるように、3場面における攻撃フェイズ数(AT)には明確な差は見られなかった。Sakura15はキックを多用し、ポゼッションよりもエリア獲得を優先する傾向に。そのため、フェイズ数だけでは試合の流れを完全に捉えきれない場合もあった。
 一方、防御フェイズ数(DF)は流れが悪い時間帯に長くなる傾向が観察された。なるべく少ないフェイズ数でボールを再獲得することが試合の流れを引き寄せるキーポイントになるのかもしれない。



【3】課題/キックチェイスの整備と個々のタックル

 5トライを挙げ、試合後の花火も勝利に華を添えた北九州での第一戦だが、一方で課題が全くなかったわけではない。

 アメリカ協会HPに掲載されているこの試合のスタッツによれば、Sakura15のタックル成功率は140回中118回成功の84%。スペインが90%だったことを考えるとまだまだ精度を上げていける部分だ。
 図4はSakura15のミスタックルが生じたプレー場面を示している。スクラム・ラインアウトといったセットプレーから、キックチェイスから、そしてSakura15が攻撃権を失ったターンオーバーロストから、の3つの内訳である。

 55%、半分以上がキックチェイスだった。
 例えば前半18分のスペインのキックオフ。自陣でボールを捕球したSakura15が蹴り返す。ボールを受けたスペイン⑮はハーフウェイラインを悠々越えてさらに前進、チェイスラインのタックルを1つ振りきった。

 Sakura15キッカー⑩大塚朱紗のキックは地面で3回バウンドした。つまりチェイスラインの選手たちにとっては十分に時間的余裕があり、テレビ画面には見えていないが、もっと前進してスペイン⑮にプレッシャーをかけることができた局面である。
 その後のスペインの攻撃を③北野和子、⑤吉村乙華の鋭いダブルタックルでミスを誘って事なきを得たがもっと前の段階で相手攻撃の芽を摘み取れるだろう。

 また48分のスペイン2個目のトライでは、自陣ゴール前でのスクラムから地域を挽回したいSakura15だったが、キックが相手選手正面に飛んでしまった。ファーストタックルのミスもあったが、その後の防御を再整備することができずオフロードなどで前進を許し、最後は相手⑩に合計3つの連続したタックルミスを許し、約30m前進されてトライを与えてしまった。

相手のキックにプレッシャーをかけるLO吉村乙華。(撮影/松本かおり)


 この試合のキック数は、Sakura15が33回でスペイン代表(27回)を上回った。キックを活用する戦術は非常に有効であるし、この試合も奏功した場面が多く見られた。また相手バックスリーの選手を背走させることも数回あり、どキッカーの質も決して悪いわけではなかった。
 今後はチェイスする選手が横との連携を取りながら、より前でカウンターランナーを止めることができるか、そこがチームのディフェンス力のさらなる向上のために重要となるだろう。

 以上、今回は快勝で盛り上がったSakura15の第1テストマッチを取りあげた。7月26日には、東京で第2テストがおこなわれる。彼女らのチャレンジに引き続き注目してみたい。


【PROFILE】
小島碧優/こじま・みゆう
2000年神奈川県生まれ。日体大から2022年に横浜TKM入団。ポジションは7人制ではFW、15人制ではFL。昨年度は主将と並行してチームの分析担当も務める。4月からアイルランドにラグビー留学、Railways Unionに所属。ラグビーは勿論、語学、アナリストスキルも学んでいる。

【PROFILE】
宮尾正彦/みやお・まさひこ
1971年10月12日、新潟県生まれ。2003年4月からトヨタ自動車ヴェルブリッツで、2013年4月からNEC グリーンロケッツでコーチ・分析スタッフを務め、日野レッドドルフィンズを経て、現在、東芝ブレイブルーパス東京でハイパフォーマンスアナリストとして活躍する。





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