「運もあったと思う。プレッシャーを受ける場面もあったけど、勝てて本当に良かった」
試合後、ピッチ上でそう語ったのはキャプテンのアーディー・サヴェアだった。
オールブラックスが苦しい展開の末、スコットランドに25-17と勝利した。その直後、わずかに表情を曇らせ、本音を漏らしたサヴェアの姿が印象的だった。
本稿では、このスコットランド戦を振り返り、続くグランドスラムツアー最大の山場であるイングランド戦に向けた注目のセレクションと見どころも整理してみたい。
◆感動の国歌斉唱、前半はハイペースな試合展開でオールブラックスがリード。
現地時間11月8日、創立100周年を迎えたエディンバラにあるマレーフィールドが熱狂に包まれた。オールブラックスは右袖にポピーを刺繍した白の特別ジャージで登場。
対するスコットランドにとっては、通算33度目の挑戦。悲願の初勝利を狙う歴史的な舞台となった。
試合前、両国の国歌がスタジアムに響き渡る。独特の緊張感と感動が漂った。
その空気を切り裂くように、オールブラックスがいきなり主導権を握った。開始3分、LOジョッシュ・ロードの突破からSHキャム・ロイガードが先制トライ。このトライを皮切りに前半はハイテンポな展開で両軍が積極的に仕掛けた。
33分、オールブラックスWTBリロイ・カーターが反則でイエローカードを受けて一時退場。数的不利になりながらも39分にはFBウィル・ジョーダンが追加のトライを挙げ、前半を17-0とリードして折り返した。
スコットランドも何度か勢いあるアタックを見せた。しかし、ゴール前の攻防でトライラインを割らせなかったオールブラックスのディフェンスが光った。

◆規律の乱れで同点に追いつかれるも、マッケンジーが救った!
17点のアドバンテージを持って後半に臨んだオールブラックスだったが、流れは一変する。スコットランドが猛攻を仕掛け、2つのトライと1つのペナルティゴールで17 17の同点に追いつく。
オールブラックスは、前半に続き後半もアーディー・サヴェア、ウォレス・シティティがシンビン。数的不利の中で苦しい展開が続いた。
その状況を打開したのは、途中出場のダミアン・マッケンジーだった。鮮やかな50/22キックで敵陣深くにラインアウトのチャンスを作り出し、その後、左隅でタックルを巧みにかわしながら体をひねるアクロバティックな動きでトライを奪取(73分)。さらに終盤78分には45メートルのペナルティゴールを決めて25-17とする。セーフティーリードを確保して試合を決めた。
途中出場ながら試合を決定づける見事なパフォーマンスを見せPOM(プレーヤー・オブ・ザ・マッチ)に選ばれたマッケンジーは、「どうやってボールを抑えたのか」との女性アナウンサーの問いに「少しラッキーだったと思う」と謙遜。「キウイ(NZ人)のファンもスコットランドのファンもたくさん来てくれて本当に感謝しています。皆さんの前でプレーできて嬉しかった」と語り、試合だけでなく、街全体を包んだ特別な雰囲気への感謝も忘れなかった。
一方、敗れたスコットランド主将のシオネ・トゥイプロトゥは、「スタジアムに来てくれた皆さんのためにも、心から勝利を望んでいた。しかし、今日は叶わなかった。私たちにとっても、これは受け入れがたい結果です」と語り、数的有利や後半の勢いからして勝利が可能だっただけに、何度も「悔しい」と繰り返した。
オールブラックスにとっては、3枚のイエローカードと規律面の乱れを抱えつつも、なんとか逃げ切った一戦だった。それでも、苦しい展開の中でリザーブ陣が試合を動かし、さらに負傷者が続出する状況でも、若いLO陣のロードとファビアン・ホランドがこのレベルで十分に戦えたことは、大きな収穫と言えるだろう。
課題と収穫の両方を抱えたスコットランド戦。その先に待つのは、グランドスラムツアー最大の山場、イングランド戦だ。

◆イングランド戦、主将バレットが復帰、6番はパーカー、BKの変更も。
現地ロンドン時間11月15日、午後3時10分キックオフのイングランド戦に挑むオールブラックスのメンバー、23人が発表された。負傷者が相次ぐ中で、FW、BKともに大きな決断が求められ、3人の先発の変更があった。
●フォワード
フロントローに変更はなし。セカンドロー(LO)は、ツアー初戦のアイルランド戦で負傷したキャプテンのスコット・バレットが大一番に間に合い先発復帰。ファビアン・ホランドとコンビを組む。前戦で良いパフォーマンスをしたロードは、バレットの復帰によりベンチスタートとなった。
今回の会見で一番の注目を集めたのはバックロー(FL/NO8)だ。前戦で先発復帰し存在感を見せたウォレス・シティティが再びベンチに回り、今季の新人サイモン・パーカーが6番で先発に抜擢された。今回もアーディー・サヴェアが7番、ピーター・ラカイが8番を付ける。
記者会見では、真っ先に女性記者から「サイモン・パーカーの起用について」の質問が出ると、ロバートソンHCは冷静に応じた。強力なFW陣を誇るイングランド相手に、「彼(パーカー)はサイズがあり、フィジカルも強い。ウォレスも(シティティ)は途中から入るが、試合がオープンになってくる時間帯で特に力を発揮してくれる」と説明した。
記者たちのほとんどの質問がHCの狙いを的確に突いており、ロバートソンHCが「まさに、あなたの言う通りだよ」と語る場面も見られ、会見の空気がやや和らぐ一幕もあった。

●バックス
WTBケイレブ・クラークが前戦で脳震盪となったため、イングランド戦を欠場する。そのため左WTB(11番)には、アウトサイドCTB(13番)からレスター・ファインガアヌクが回る。
空いた13番には前戦でベンチ入りをしたビリー・プロクターが今ツアーで初先発。シーズン序盤から継続的に出場機会を得てきたが、結果を残し切れていなかった。この選出には賛否もあった。
セレクションに関してロバートソンHCは、「バックスの組み合わせにはいろいろな選択肢があったが、ケイレブ(クラーク)の負傷もあり、レスター(ファインガアヌク)を再びWTBに戻すのがベストだと感じました。彼(クラーク)は調子が上がってきて、左WTBに求められるパワフルなプレーができていたので、少し気の毒な面もありますが、チームにとって最善の変更だと思う」と説明した。
13番のプロクター起用については、「ビリー(プロクター)はこれが8試合目のテストになります。彼は(普段から)そのポジションでトレーニングしてきました。(CTBコンビを組む)クイン(トゥパエア)と一緒に出場したときも良いプレーを見せており、チームとしてのコンビネーションと、私たちのプレースタイルに合った形を選んだ」と説明した。
前戦で不必要な反則でイエローカードを受けたWTBカーターは、引き続き先発。ミスを挽回するに加えて、セブンズ代表で養われたワークレートの高さで、チームに貢献できるか注目される。

●ベンチ
控えには、引き続きPRタマイティ・ウィリアムズ、HOサミソニ・タウケイアホ、PRパシリオ・トシと、ボールキャリーの強いフロントローが並ぶ。バックローには、走力に加えスキルもあるシティティが控える。FWの豪華なベンチ陣が後半からインパクトが大いに期待できる。
BKには、前戦で強烈なインパクトを残したSO/FBマッケンジー、そして両CTBとWTBをこなすアントン・レイナート・ブラウンが入り、経験と安定感をベンチにもたらす。後半勝負を見据えた構成だ。
負傷者が相次いでいるものの、先発、控え共に充実したメンバーとなっている。
◆テストマッチ9連勝中のイングランド相手に勝利なるか。
グランドスラムツアー前から「最大の難関」と位置づけられていたイングランド戦。現在9連勝中と勢いに乗る相手は、ホームのトゥイッケナムでの一戦に自信を持って臨む。 この試合の最大の鍵は、やはりFW戦。新人FLパーカーがどれだけ首脳陣の期待に応えられるかが鍵を握る。オールブラックスのベンチの層は厚い。試合終了まで見応えがある試合となりそうだ。
もう一つのポイントはキッキングゲーム。安定を欠くキック処理が続けば、イングランドの司令塔ジョージ・フォードの正確なキックに主導権を奪われかねない。フォードへのプレッシャーは重要だ。 見どころ満載のこの試合の話題は尽きない。NZ国内のメディアやラグビーファンも大一番を目前に控えて興奮している。ラジオで議論する声のトーンもいつもより大きくなり、期待と緊張が入り混じっている。
イングランドは2019年ワールドカップ準決勝以来のオールブラックス戦勝利(19-7)に向けてモチベーションは高い。オールブラックスはここで勝ってグランドスラムへの望みをつなげたい。
昨年の同スタジアムでの対戦は24-22とオールブラックスが僅差で勝利した。今回の結果はいかに。8万2000人の観客を前に、激しいバトルが待っている。

