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終わった。
スペインに29-21と勝ち、スタジアムを沸かせたサクラフィフティーンが、ラグビーワールドカップ2025への旅を終えた。
9月7日のヨークは穏やかな天候に恵まれた。
その中で赤と白の段柄ジャージーは、開始6分にFB西村蒼空が左隅に飛び込み、ニュージーランド戦に続いて「先に殴る」ことに成功した。
スクラムで押し込み、フォワードの後方にいたWTB今釘小町が左へ動くと同時に、SH阿部恵が左に持ち出す。パスは背番号11→15とつながった。
狭い方のスペースを瞬時に切り裂く先制トライ。自信のあるセットプレーと、スピードと細かな動きに長ける、147センチと158センチのコンビネーションに相手は慌てた。
いいぞ。

しかし今大会に入り、7月に日本で戦った時とは違う充実ぶりを見せていたスペインも好チームだった。
フォワードは激しく、ブレイクダウンで圧力をかけてくる。SHアネ・フェルナンデス・デ・コレスの積極さも厄介。
前半11分と38分に奪われたトライは、反則やミスをした後に仕掛けられたものだった。
5-14のスコアで最初の40分を終えた。
日本の前半の反則は相手と同じ7。攻めても守っても、ボール争奪戦の局面で長い笛を吹かれた。
落ち着いてプレーするサクラフィフティーンの選手たちの動きは悪くなかったが、そのせいでうまくゲームを支配できなかった。
そうやって迎えたハーフタイム、選手たちは「これまで自分たちは、モメンタムを生むためにどういうことをやってきたか確認しあって」(PR北野和子)後半のピッチに出た。
「私たちはフィットネスを高めることをやってきました。前半は相手に勢いに乗られたところがあったので、もっとテンポを上げていこう、と」

ラックができれば、フォワードが順目側にどんどん走った。それが実ったのが、後半5分の長田いろは主将のトライだった。
相手反則でスペイン陣へ入り、この日安定していたラインアウトをクリーンキャッチ。そこからフェーズを重ね続け、背番号7は、「自分の前にスペースがあったので(LO佐藤)優奈にコールしてボールをもらい」、タックルを弾いて走り切った。
SO大塚朱紗のコンバージョンキックも決まり、12-14と迫る。
そして、後半10分過ぎからの時間帯を自分たちのものにして勝利に近づいていった。
サクラフィフティーンはハーフタイムで改善したブレイクダウンの影響で、自分たちは規律を守り、相手の反則を誘発した。
結果、PKで敵陣に入り込み、自分たちの得意なシチュエーションに持ち込めた。
そこでしっかりスコアできたのは、この3年間積み上げてきたものを、自分たちの武器にするまで研ぎ澄ましてきた証拠だった。
後半17分、逆転トライはPR北野が決めた。ラインアウト→モールから相手ゴール前でしつこく攻め続けた。PKを得てもフォワードでトライラインに迫り、粘り強く攻め続けて最終的に仕留めた。

さらにチームを勢いづけたトライは後半22分、WTB今釘が挙げた。その場面も、北野のトライのようなシーンが続いた後、空いたスペースにボールを運んだ。
トライラインの向こうにボールを置いた背番号11は、「フォワードが粘り強くプレーしてくれていました。外が空いたときに、うまく呼び込めた」と振り返った。
29分にも三たび相手反則→PK→ラインアウト→モールの流れを作り、背番号8のンドカ ジェニファがトライスコアラーとなった。
山本実のコンバージョンキックも決まり、29-14として試合を決めた。
後半38分にトライを許すも、相手より地力が上であることをあらためて示した80分だった。
完璧な試合ではなかったものの、一人ひとりが責任を果たすことに集中したから、手にしたかった勝利をつかめた。

チャンスメイク、フィニッシュ、そして左足からのキックで勝利に貢献した今釘は、「蹴ることと外勝負。自分の役割が明確だからやりやすい」と話した。
特にブラックファーンズ戦では自分のキックから相手の好ランナーに走られることもあったけれど、やってきたことを信じ、チェイスする仲間を信じて、プランの遂行に注力した。
プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれたFB西村は、先制トライの他にも、攻守両面でキッキングゲームに対応した。
大会前はなかなかコンディションが整わず、1週間前の試合では開始20数秒で負傷退場とアクシデントが続いた。しかし周囲の尽力もあって最終戦に間に合う。多くの人のサポートに感謝し、「アグレッシブにいく」と掲げた個人テーマ通りに動き、ボールタッチも多かった。
積み上げてきたものを信じ、全員が出し切ることを誓って、ラストゲームに勝利したこの日。
試合を重ねるごとにパフォーマンスが上がったことは、それだけの力を蓄えていたことの証明ではあるが、準々決勝進出以上を狙うなら、戦う試合すべてで力を出し切れないと、行きたい場所へは到達できない。


2017年大会の香港戦以来の勝利は未来に続く勝利に違いない。しかし、勝ったことが、さらなる結果を残すために歩くべき道、変えるべき点を見つめる目を曇らせるものになってはいけない。
ニュージーランド相手にも押せたモールなど、力の高まりを感じさせたフォワードの強化は継続しつつ、その土台の上に日本特有の武器を作り、それで勝負を挑む段階に入らないと、いつまでも強豪国の背中を見るところから先に進まないだろう。
今大会、3試合連続でSOとして先発した大塚も、自身が代表でプレーするようになった2019年から、チームは大きく進化したものの、「自分たちがやってきたことを常に出し切るチームになることが大事」と現在地を語る。
上位に勝ち進めないチームの中には、力はあっても、それを出し切れていないチームも多い。日本も、そのひとつからまだ抜け出せない。
「スペイン戦は積み重ねてきたものを出し切って戦えたから勝てた」と言う西村も、「(大事な初戦のアイルランド戦など)勝たないといけない(と重圧がかかる)試合では、守りがち(消極的)なプレーが出てしまった」と話し、「練習からチャレンジするなど、常にプレーの質を高くしていくことが大事」とした。
マッケンジーHCは、スペイン戦後に全員で組んだハドルの中で、「きょうのラグビーを誇りに思う」と話し、選手たちを称えた。
そして、報道陣に「(プールステージ敗退は)望んでいたものではありませんが、私たちは自分たちのラグビーを積み上げ、そこから多くの学びを得ました。そして今日、それを発揮できたと思う」と話した。

それでも完璧な試合ではないと話し、前半を「テリトリーもポゼッションもコントロールできていたのですが、少し焦りが出てしまっていた。それは私たちの悪い癖のひとつ」とした。
ハーフタイムには、「前半に出せていた多くのポジティブな要素を拾い上げ、焦らずに続ければ、後半に報われる」と伝えた。
「とにかく落ち着き、忍耐強く、プロセスを信じ続けようと、それだけを伝えました」
それが結果につながった。
現在の日本の女子ラグビーの環境の中でやれることはやり尽くしてこの大会を迎えたと話す。その前提で、準備に「後悔はない」とした。
一貫して自分たちのパフォーマンスを出す力を得ることを教えることは難しく、実際の試合を通して選手たち自身で得ていくしかないとした。
ワールドカップで勝ち進もうとするならプロレベルの大会で大きな経験を積むことが必要で、現在の日本の女子ラグビーの環境では難しいとする。「(女子)シックスネーションがうらやましい」と言い、先日も「パックフォー(Pacific Four Series/ニュージーランド、オーストラリア、カナダ、アメリカで戦う毎年の大会)の扉を叩いているのですが、うまくいかない」と言っていた。

正論。
ただ、環境は急速に変わらないのだから、土台作りと並行して、現状でもトップ国相手に勝負に出られるだけの独創性あるスタイルを作り出していく必要がある。
それこそが、地道に成長し続けてきたチームが強豪国に迫り、勝てる可能性を高め、そこで得た自信が進化の歩調を早めるのではないか。
長田主将は試合後、「32人だけでなく、日本にいる(仲間たち)全員でつかんだ勝利。みんなの貢献があってこその結果。女子ラグビーの歴史を一歩、進められた。チームとして自信を持って、次のサクラフィフティーンにつないでいこう」と話した。
「このパフォーマンスは日本ラグビーの次世代の女の子たちのためのものです。今日の結果を未来へ、次の世代へとつなげられたことをとても嬉しく思います」
その言葉に異議なし。そしてリスペクト。
だからこそ同じサイクルで、ゆっくりと長い坂道をのぼるのではなく、重ねる努力の大きさに見合った結果が出るための道をみんなで探す必要がある。