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【楕円球大言葉】ウェールズはいかに向かってくるのか。
北九州で敗れ、テストマッチ18連敗となったウェールズ。2023年ワールドカップのプールステージ最終戦、対ジョージアに43-19で勝ったのが最後(2023年11月のバーバリアンズ戦には勝った)。(撮影/松本かおり)

【楕円球大言葉】ウェールズはいかに向かってくるのか。

藤島大

 神戸のどこかのホテル。きっと高級なのだろう。なにしろラグビー伝統国の代表が滞在するのだから。

 会議室を借りる。扉はずしんと重い。ウェールズのミーティングが始まる。
 北九州でのジャパンとの初戦をあろうことか19-24で落とした。なんとテストマッチ18連敗。結果、世界ランクは14位まで下がった。ふたつ上が日本、ひとつ上がサモア、ひとつ下は米国である。

 さて、ここからは想像であるが、監督(ヘッドコーチ)がどう言葉を切り出すか。勝手に考えてみた。

「60点。神戸では60点をもぎとる。目標はそれだけだ」

 暑い。しかも蒸す。なぜか夜のキックオフではない。だから、体力を温存しながら、キックをしつこく用いて、敵陣深くでのセットプレーを起点にうまいことスコアで上回ろう…という常道では足りない。

 北九州の敗戦直後、デヴィ・レイク主将はフラッシュのインタビューで述べた。

「それなりの部分をコントロールできていたのに勝てなかった」

猛暑の中で敗れた後の記者会見。デヴィ・レイク主将は疲れ切った表情で「勝利が手からこぼれ落ちた」と言った。(撮影/松本かおり)



 前半は19-7とリード。後半開始2分強、ジャパンの22m線の向こうへ侵入、ラインアウト後方の旋回攻撃(これは効果的だった)で前へ進み、左へ左へ。
 大物ナンバー8、タウルペ・ファレタウがあわやトライのところで球は暴れ、逸機する。その前のオフサイドに判定は戻り、ラインアウト→モールと運ぶも、オブストラクションの反則をおかしてスコアならず。

 あそこで24-7、あるいは26-7にできたら、のちの展開は異なった。
 であれば、同様の「コントロール」でも、神戸で勝利する可能性はある。ただしジャパンも準備をおこたらずに歴史的なシリーズ2勝を狙う。

 あらためてウェールズは18連敗の湿地帯に身を浸す。母国でヒート対策に励み、精神を統一、万全のつもりでぶつかって、接戦となり、やはり、九州北部の熱射に足は止まった。英国BBC放送によると、神戸でもし白星をつかむと「644日ぶり」だそうだ。
 
 こういう場合は「なんとしても1勝を」という心理の枠を飛び出たほうがよい。ちまちまいっても、暑いもんは暑い。この際、ボロ勝ちしようや、大外も、近場もがんがん迷わず攻めて。それであかんかったらしゃーない。こっちのほうが力はみなぎる。

 勝負は「呑み込むか、おそれるか」のどちらかだ。真ん中の「なんとなく勝てそう」はもろい。誇り高きウェールズは、現状を鑑みて、ジャパンをおそれた。間違ってはいない。しかし、本気で備えても追いつかぬ「酷暑=マイケル リーチいわく、日本の夏の暑さはノージョーク」がそこにからんできた。

 確実に得点で上回ろうとしても、尋常でない高温多湿がじゃまをする。ならば「呑み込む」に方針転換だ。と、マット・シェラット暫定ヘッドコーチが割り切ったら、ジャパンの2週続けての歓喜を願う立場としたら、ちょっとこわい。

 ひとつの注目は、ウェールズのスクラムの修正力である。先発の3番、身長188㎝のキーラン・アシラッティ、後半11分登場の18番、189㎝のアーチ―・グリフィンの両右プロップは、桜のジャージィの背番号1、172㎝の紙森陽太にてこずった。

 紙森のスパイクの底は芝を味方につける。相手より短い体は、ぐにゃぐにゃ動かず、ほとんど地面を根として一本の線と化す。ウェールズの巨漢が上からのしかかっても、大地を相手にするようなもので動かない。

 なんて、スクラムの深海に潜ったふりで書いてはみたが、これは昨夏、書評のために読んだ『相撲の力学』(松田哲博著)からの思考の援用である。

 明治・大正期の関脇に身長159㎝、体重90kgの玉椿憲太郎がいた。富山県富山市水橋町出身、雷部屋。異名は「ダニ」で得意技は「ずぶねり」(『大相撲力士名鑑』)。
 元力士の著者はその画像を分析、「全身を一本の杭棒のようにつなげ相手に対している」と気づいた。大きな相手の「前に出る力が玉椿の足の裏にかかり、玉椿の摩擦力を増やす」。体重105kgの紙森をなかなか御せぬ120kgのアシラッティの姿にそのページを思い出した。

特に後半、ウェールズはスクラムで圧力を受けた。(撮影/松本かおり)


 2番の原田衛も最前列の舵取りをまっとうした。ことにウェールズの控えのフッカーで後半28分に初キャップ獲得の16番、リアム・ベルチャーについては自在に揺さぶった。
 
 29歳のベルチャーは一時はプロ選手をあきらめ、グラウンド管理の専門家や電気技師となる道を模索した。苦労は報われたという意味で、所属クラブのカーディフの支持者を中心に感傷を誘う存在である。
 人情は人情だ。でもテストマッチは甘くない、と、ブレイブルーパスをあえて飛び出す26歳が、いわば教授してみせた。トップ級のラグビーの実相である。

 神戸におけるセットピース。真紅のジャージィのスクラム担当コーチ、代表98試合出場のアダム・ジョーンズの対応に着目しよう。短期に互いの傾向をつかんで、対処法を練り、浸透させる。連戦の国際マッチの妙である。

 2013年。ウェールズは東京でジャパンに負けた(8-23)。あのときは「ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズに15人を送り出しており、セカンドチョイスの代表だった」(BBC)。今回はライオンズに選ばれたのは2名(ひとりはすでに負傷)で「フルストレングスに近い」(同前)。威信はより傷ついた。
 
 選手は神戸ですべての力を投ずるつもりか? 真紅のウイング、トム・ロジャースは答えた。

「100パーセント」(Wales Online)

 きたる土曜のノエビアスタジアム神戸。古きラグビー国の評価は、ただいま、どん底である。ならば底力も尽きたのか。そこはノーと言い切れる。伝統とは何か。伝統を続けて破るエネルギーとはいかほどのものなのか。必見だ。


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