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【現地リポート/アルゼンチン 12-35 イングランド】揺れるスタジアム。自由。そしてタフ!
アルゼンチンFLパブロ・マテーラの前進を阻むイングランド。(Getty Images)

【現地リポート/アルゼンチン 12-35 イングランド】揺れるスタジアム。自由。そしてタフ!

中矢健太

 揺れている。スタジアムがまるごと揺れている。最上階のメディア席から下を覗くと、3万人のアルゼンチンサポーターがチャントを叫びながら、一斉に飛び跳ねていた。

『¡Soy Argentino!』
(俺はアルゼンチン人!)

『¡El que no salta es un Inglés!』
(飛ばないヤツはイングランド人!)
 
 ここアルゼンチンのラグビーには、サッカーカルチャーと融合した独特の空気があった。普段は地元のサッカークラブ「エストゥディアンテス・デ・ラ・プラタ」のホームスタジアムとして運用されているエスタディオ・ホルヘ・ルイス・ヒルシ(Estadio Jorge Luis Hirschi)。サイドスタンドでは、ぎゅうぎゅう詰めになったアルゼンチンサポーターが水色に太陽の国旗を振り上げ、興奮した形相で手を叩く。ちょうど開催されているサッカーFIFAクラブワールドカップで見た光景と重なる。

スタジアムの周りでは、プーマスのユニフォームやグッズを売る露店であふれていた。(撮影/中矢健太)


 自由だ。
 ピッチの上で繰り広げられる一挙手一投足に、喜怒哀楽を全力で表現する。ゴールキック時に流れる 『Sielente, por favor』(お静かにお願いします)のアナウンスに反抗するかのような指笛とブーイングが、嵐のごとく赤薔薇の10番ジョージ・フォードに降り注ぐ。むしろ事態を悪化させているのを見てアナウンサーも諦めたのか、途中からその呼びかけはなくなった。隣にいた現地メディアの記者が「俺たちはいつもこうなんだ」と苦笑いしていた。

 完全アウェーのタフな環境で、イングランドはアルゼンチンに35-12で勝利した。この日が100戦目となったジョージ・フォードは、終始落ち着きを見せた。前半20分にはドロップゴールで先制点を挙げ、イエローカードで1人欠けていたチームを牽引する。自陣で跳ねたボールをキャッチし損ね、あわやピンチという場面もあったが冷静に対処した。

 ここからスコアは全く動かなかった。イングランドは立て続けにイエローカードでもう一人を失い、13人でプレーしなければならない状況に陥った。しかし、度重なるハンドリングエラーでアルゼンチンはチャンスを仕留めきれない。フェーズはなかなか続かず、膠着状態が続いた。

 13人のイングランドは耐える。規律を守れずに反則を繰り返し、自陣深くでピンチを招くも、最後までボールに絡む。インゴールになだれ込まれながら、ギリギリでグラウンディングを許さず、トライチャンスを何度も阻止した。文字通りの我慢だった。

「ブレイクダウンはこのテストマッチで最も重要な要素になる」
 試合2日前にスティーブ・ボーズウィックヘッドコーチ(以下、HC)が話した通り、イングランドはディフェンスで激しいプレッシャーを掛け続けた。確かに規律の乱れはあったものの、素早い出足でボールキャリアーに迫り、ハンドリングエラーを誘発。セカンドタックラーはボールにガッチリと絡み、もぎ取る。何度もターンオーバーに成功した。
 執拗で、冷酷。圧倒的アウェーの環境下で、ラグビー発祥国のプライドと地力が表れているようだった。

 後半早々、アルゼンチンは自陣からの脱出に失敗。キックは伸びず、自陣22m付近からのラインアウトになった。それをイングランドは逃さなかった。前半で我慢していた力を一気に解放するかのように、テンポを上げて展開。14番のトム・ローバックがあっさりとトライを取る。開始1分の出来事だった。

普段はサッカースタジアムとして運用されているEstadio Jorge Luis Hirschi。サイドスタンドはごった返していた。16時40分キックオフだったが、後半開始前にはここまで暗くなった(写真右下)。(撮影/中矢健太)


 ここから一気に試合の流れを掌握し、FBのフレディ・スチュワード、ローバックが2本目と立て続けにトライ。たった9分間で22点差まで広げた。それにやっとアルゼンチンも火がついたか、狭いスペースで糸を通すように繊細なパスを繋ぎ、大きくゲインする。最後は10番サンティアゴ・カレーラスの鮮やかなキックパスをWTBサンティアゴ・コルデオがキャッチ。タッチライン際で2人を相手に粘っていたところ、サポートにきたパブロ・マテーラに戻してトライを取り返す。
 その後も同様に繋ぎ合う形で、最後はサポートに走っていたLOペドロ・ルビオロが追加点を挙げた。

 従来、アルゼンチンは強力なスクラムとフィジカルを活かしたディフェンスが脅威とされてきた。近年はここに「サポートの人数」が加わったように思う。ライオンズ戦でも、誰かがラインブレイクすると爆発するかのようなスピードで何人もの選手がフォローに走る。国技であるサッカーのカウンターアタックを彷彿とさせる。

 しかし、前半で13人の時間帯に得点できなかったことは、試合を通して響いた。ジョージ・フォードは大ブーイングの中でも、冷静にペナルティゴールを決め続ける。前半には3点しかなかった点差は、最終的に23点にまで開いた。

 試合後、ボーズウィックHCは振り返った。

「前半で試された場面が多くありましたが、選手たちはしっかりと我慢してくれました。まさにテストマッチにふさわしい、お互いに本気でぶつかり合う試合でした。選手たちはやり切ってくれたと思います」

 また、スタジアムの独特な空気についても言及した。

「アルゼンチンのファンは本当に素晴らしかったです。スタンドで飛び跳ねて応援しているので、スタジアム全体が揺れているように感じました。このような場所にコーチとして来ることができたのは素晴らしい経験ですし、選手たちもああいった雰囲気でプレーするのは大好きだと思います」

記者会見に対応するアルゼンチン代表のジュリアン・モントーヤ主将とフェリペ・コンテポーミHC。厳しい表情だった。(撮影/中矢健太)


 一方、アルゼンチンのフェリペ・コンテポーミHCは、ボール支配率について振り返った。
前回(ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ戦/28-24でアルゼンチンが勝利)の試合では、キックを多用したことでポゼッションは少なかった。しかし、相手のミスからのカウンターや少ないフェーズでチャンスに獲り切ったことで、試合を自分たちのペースで進められていた。
 今回は対照的だった。

「ライオンズ戦でのボール支配率は(キックを多用したことで)25パーセントしかありませんでしたが、その中で非常に効率的に得点できていました。今回の試合、まだ正確なデータは分かりませんが、自分たちがボールを持つ時間がもっと長かったはずです。にもかかわらず、うまく得点ができなかったことは課題です。前回は75パーセントの時間を守りながらも、うまく試合を運べました。ポゼッションが多いにもかかわらず、相手に何度もトライを許してしまったので、その部分も修正が必要だと考えています。ともあれ、前半で決め切れなかったことが一番痛かったです」

 実はアルゼンチン、ホームでイングランドに勝ったのは2009年にまで遡る。それ以降はイングランド相手に2013年、2017年とホームで勝てていないのだ。2022年11月に勝利した試合の開催地は、トゥイッケナム(現アリアンツ・スタジアム)だった。

 次戦の会場はブエノスアイレスから約1000キロ離れた街、サン・ファンにあるエスタディオ・サン・フアン・デル・ビセンテナリオ(Estadio San Juan del Bicentenario)。今回と同規模のサッカースタジアムだ。熱狂のアルゼンチンサポーターとともに、待望のホーム戦勝利となるだろうか。


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