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1番で初キャップ、フル出場、そして勝利の価値。紙森陽太[日本代表]
1999年4月26日生まれの26歳。172センチ、195キロ。四條畷ラグビースクール(中1)・四條畷中学校→大阪桐蔭→近大→クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(2022〜)/ NPCウェリントン(2024)。【代表歴】日本代表(キャップ1)。ジュニア・ジャパン、U20日本代表、高校日本代表。(撮影/松本かおり)
2025.07.09
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1番で初キャップ、フル出場、そして勝利の価値。紙森陽太[日本代表]

田村一博

 試合中、コーチ席からエディー・ジョーンズ ヘッドコーチ(以下、HC)が叫ぶ。
「シバー! シバー!」
 膝を芝すれすれに、低く組もうぜ。
 日本代表がスクラムを組むときに意思統一するための合言葉であり、コールだ。

「それ(エディーの声)は聞こえませんでした。でも、自分たちでやっていました」
 激戦の直後だというのに、いつもと変わらぬ穏やかな表情で、紙森陽太が話す。

 7月5日、ミクニワールドスタジアム北九州(福岡)。来日中のウェールズ代表と2試合を戦う日本代表は、その第1テストマッチで24-19と勝利した。
 その試合が日本代表としてのデビュー戦だった紙森は、背番号1のジャージーを着て先発した。

 初キャップだ。当然緊張もしただろう。その中で80分ピッチに立ち、勝利に貢献した。
 ジョーンズHCも「素晴らしいパフォーマンスだった。しかも初キャップ。なかなかのもの」と称賛した。

 特に後半、スクラムをコントロールしたのは赤×白のジャージーだった。ウェールズ代表主将、フッカーのデヴィ・レイクも「最初のうちは(自分たちの方が)優位に立てていたと思うが、日本のスクラムがどんどん低く、タフになっていって勢いを失ってしまった」と認めた。

フロントロー3人で80分プレーし、「自分だけきつい顔をするわけにはいかなかった」。(撮影/松本かおり)


 紙森自身、「ファーストスクラムから押せる感覚はあった」と話す。ただ、「最初はうまくいっていなかった」のも事実だ。
 試合開始からの21分、5回のスクラムで2つのペナルティを取られた。不安定なスクラムを起点にトライを奪われたシーンもあった。

 しかし、時間の経過とともに盛り返す。
 フッカーの原田衛と話し、3番の竹内柊平とも連係。レフリーともコミュニケーションをとって、その人への「(スクラムの)見せ方を変えていきました」。

 自分たちの低さをウェールズは嫌がっていると感じた。
「ヒットした後、相手の力が伝わってこなかった」
 後半は4回のマイボールスクラムで2度相手のコラプシングを誘い、そのうちひとつは、その後のトライに直結した(PK→ラインアウト→モールからトライ)。
 笛は吹かれなかったが、アドバンテージを得た中で攻撃に移ったシーンもあった。

 172センチ、105キロの26歳。相手の3番、キーロン・アシラッティは188センチ、120キロ。後半から出てきた18番のアーチー・グリフィンも189センチ、117キロと自分より随分大きかった。

 しかし紙森は「大きさでなく、体の使い方にフォーカスしています」と、サイズの違いはさほど気にしていない様子だ。
 所属するクボタスピアーズ船橋・東京ベイには190センチ、129キロのタイトヘッドプロップ、オペティ・ヘルもいて練習で組むこともある。
「オペティはヒットスピードがはやい。いい経験ができています」

 フロントロー3人が揃って80分ピッチに立ち続けた上で、歴史的勝利をデビュー戦でつかんだ。
「(キャップ獲得は)目標にしていたものなので光栄です。それも、ウェールズに勝てた。忘れられない、いい思い出になります」
 ただゴールではない。「キャップを積み上げて勝利に貢献していきたい」と意欲を示す。

 近大時代はフル出場が当たり前も、スピアーズに加わってからはなかった。80分のプレーは予想外も、後半30分前後には「やるしかない」と覚悟を決めた。
 ジョーンズHCは「(3人で相手を)ドミネートしているのに代えるはずがない」と言った。

 1番、2番、3番が揃って戦い続ける状況も奏功した。「(他の2人が)心の支えになった」と笑う。
「隣を見て、(3人とも)同じ気持ち、と。しんどい顔をするわけにはいかないな、と思いました」

 インターナショナルレベルでフルタイム動き続けられたのは自信になった。「試合よりきつい練習をしてきた」ことがレッドドラゴン撃破の結果につながった。
「もともとワークレートが自分の課題だと思っていたので、タックルして、すぐ起き上がって、正しく判断して、ポジショニングすることを練習から繰り返しました」

 ウェールズの選手たちのボディランゲージを見てほくそ笑んだ。
「相手は膝に手をついていました」
 20日間以上のハードトレを積んできた。午前中だけで2部練に取り組む日々は、体と気持ちも強くしてくれた。

ワークレートを高めるため、連日ハードトレーニングを重ねた。(撮影/松本かおり)


 試合後はいっきに4本のペットボトルの水を喉に流し込んだ。
「勝った直後は勝った嬉しさであまり疲労感はなかったのですが、少し時間が経ってから疲れたなあ、と」
 いい緊張感の中で力を出し切ったのだと伝わる。

 前年から負けが込んでいる日本代表の周囲には、不穏な空気もあった。そんな中でウェールズとの第1戦に負けていたら、騒音はさらに大きくなっていたかもしれない。
 1勝だけで安心していいわけではないが、選手たちが自信を得たことがこれまでの流れを変えることは確かだ。

 準備期間や試合前、チームにも自分にも緊張はあったけれど、それはキックオフが近づいてくると、一丸となって勝ちにいく結束や、やってやるぞ、の高揚感になっていった。

「緊張はありましたが、個人的には、いつも通りのプレーをすることにフォーカスしました」

 最高の結果を残した試合後、多くの人からお祝いのメッセージが届いた。その中には両親や妻からのものもあった。
「あなたは誇りです、と。もっともっと、誇りになれるように頑張ります、と返事しました」

 そのやりとりは紙森家の枠を超えても、何の違和感もない。




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