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【楕円球大言葉】サム・ケイン、ここにあり。
1992年1月13日生まれの33歳。189センチ、103キロ。ニュージーランド代表として104キャップ。(撮影/松本かおり)

【楕円球大言葉】サム・ケイン、ここにあり。

藤島大

 その人のタックル。一本か。一発か。一撃か。一閃か。うーん、もっと重い。
 イメージは急流に浮く丸太だ。そいつが高速艇にぶつかれば、とたんに沈む。もっとでっかい船も止まる。もう進みはしない。

 サム・ケイン。正式にはサミュエル・ジョーダン・ケイン。東京サントリーサンゴリアスの33歳の背番号7は、先のリーグワン準々決勝の惜敗において、あえて書くなら、ようやく存在の大きさを存分に示した。タックルは鉄をくり抜く丸太である。

 開始41分55秒。クボタスピアーズ船橋・東京ベイが3-0のリード。サンゴリアスは自陣トライラインを背に粘りに粘る。ラックのあとにオレンジのジャージィのマルコム・マークスがパスをつかんだ。

 そこへ横殴りのヒット。南アフリカ代表スプリングボクスの怪物フッカーが余韻を残さずに地面へ。たちまち東大阪の花園ラグビー場は、パリ近郊、サンドニのスタッド・ド・フランスに変換された。

 2023年のワールドカップ。10月14日。オールブラックスは優勝候補筆頭格のアイルランドとの壮絶と記して誇張でない語り草のバトルを制した。28-24。キャプテンのサム・ケインは、球争奪に上体をねじ入れ、前を動く物体を倒し、逃げる緑の背中に科学の範疇にないスピードで突き刺さった。
 後半、アイルランドの15番、ヒューゴ・キーナンが突破、ヨーイドンなら負けるはずなのに、ステップを切る減速と同時にうしろからドーン。光景が消えた。後半35分まで出場。タックル数は「21」に達した。

 あの場にいて、サム・ケインが才能ひしめく集団のリーダーシップを担う理由をわかった。1点を争う緊迫の勝負、ピンチまたピンチ、そんな渦中にこそ、痛覚とおさらばの根性を発揮する。

「まったくクレイジーなテストマッチでした。究極のアームレッスルが83分、84分と続いた。自分たちの努力や準備についてスーパーな誇りを感じる」

2023年ワールドカップの準々決勝、アイルランドに28-24と勝利した後のケイン。(撮影/松本かおり)


 白星直後のフラッシュのインタビュー。礼を外さず、歓喜を慎重に避けつつ、言葉は弾んだ。クレイジーなのは本人だった。

 ここ花園でもそうなのだ。黙々と動き、体を張って、両手を組んで後頭部に当てる「疲労隠蔽の仕草」にも表情はまず崩れない。

 オールブラックスで104キャップの世界の名士である。この日のために、つまりノックアウトステージの決闘のために東京に暮らすわけではあるまいが、ちょっと、そう思った。
 開幕節でヘッドインジュアリー。異なる負傷も重なって2節~7節、12節~14節を欠場する。入団初年度(23年-24年)も前半の6試合出場にとどまった。実力に疑いはないものの、大車輪の活躍の印象は薄い。

 しかし、この午後のサム・ケインはいくら劣勢でも寄り切られはせぬチームのシンボルであった。接戦が働き場。そこに真価はある。

 あらためてキャリアを駆け足で振り返る。チーフスの一員として18歳でスーパーラグビーに登場。2012年6月の対アイルランドでテストマッチのデビューを遂げる。2015年のワールドカップ、ナミビア戦にて初のゲーム主将に指名された。同大会のワラビーズとの決勝では、最後の1分のみフィールドに立ち、栄えある優勝メンバーとなった。翌年より先発を定位置とする。
 
 2018年10月、敵地プレトリアでスプリングボクスと戦い、首の骨の一部を折り、現地での緊急手術に踏み切る。次の年の7月までプレーを許されなかった。
 2020年、コロナ禍のシーズンにオールブラックスの正式な(フルタイムの)キャプテンに就任。2022年8月、負けたらイアン・フォスター監督解任も濃厚なヨハネスブルグのスプリングボクスとの対決を35-23の結果へ導き、23年のワールドカップ、みずからが不運に近いレッドカードをもらうファイナルの惜敗(対南アフリカ、11-12)のところまで立て直す。
 
 2022年10月28日。ジャパンとのテストマッチの前日練習後、本人に質問した。
 オールブラックスの主将は試合に負けると世論にたたかれる。いやになったりしませんか?

「負ければ苦しい。でも批判を浴びるのはよいことなのです。だれであれオールブラックスによくなってほしい。その気持ちが意見になるのですから」

 人間、できとるやんけ。取材の輪がほどけて、あやしげな関西口調でつぶやいておいた。
   
 翌日。38-31の試合後の会見を冷静にこなすも、のちに「左目の下と脇の骨折」は明らかとなる。衝突の瞬間のみちょっと痛そうにして、それ以上は悟らせず、都内の病院へ向かうまで、なにもかも務めを果たした。

 ああ、黒いジャージィの胸に銀シダの統率者は、あまねく市民の苦言に耳を傾け、顔面が壊れても平然とふるまわなくてはならない。英雄を超える公人ではないか。

5月18日のリーグワン、プレーオフトーナメント準々決勝のスピアーズ戦(15-20)。後半13分にはラインアウトでのサインプレーからトライを挙げた。(撮影/松本かおり)


 さて。サムとクワッガの話を。静岡ブルーレヴズの6、7、8番、クワッガ・スミスはあらゆる試合のあらゆる時間にわかりやすいほどに際立つ。ボール奪取のみならず、やけに速いランこそは非凡だ。
 リーグワンでは、スプリンボクス51キャップの180㎝・99kgで31歳のほうが、本コラムの責任で言い切ってしまえば、189㎝・103kgで104キャップのサム・ケインより「よい選手」に映る。

 なぜ? やはりクラブやコーチとの相性のみならず、リーグとの「フィットの濃淡」は存在するのだ。
 クワッガはワールドカップの決勝レベルでは「きわめて小さい」が、日本国内なら「大きくはない」にとどまる。骨格の威圧を含むパワーも通用、しかも、攻守万能の初速の鋭い脚力、重心の低さが、せわしなくパスをつなぎ、フェイズの積み上がるリーグのスタイルにどこまでもはまる。

 オールブラックスにおけるサム・ケインは、サンドニでのアイルランド戦のごとく、ひたむきに丸太のタックルを繰り返すときにワールドクラスだ。アタックはきらめくフットボーラー揃いの同僚が引き受けてくれる。

 世界の大関がリーグワンの横綱。その反対も。うまく説明したい。言葉のイメージの降るようにと散歩に出たが、なかなかうまく運ばない。
 
 大リーグでは15打席にいっぺん特大本塁打を放ってきた怪力が、球場の狭い某国リーグに転ずると、メジャーの外野フェンスのすぐ手前まではしょっちゅう飛ばした無名の同胞にホームラン王争いで劣る。
 ダメだ。クワッガは有名である。サムは「一発屋」からもっとも遠い。出直します。

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