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◆ケープタウン着…。
南アフリカの空港に一人で着いた時は、いつも期待と不安が入り交じる複雑な気持ちになる。比率としては7:3ぐらいか。
期待とは、特に今回の場合、ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ(URC)のシーズンにギリギリ間に合ったため、南アフリカの豪快なラグビーを生で観ることができる、そして、ジューシーなTボーンステーキや新鮮なシーフードが味わえる、日本では手に入らない美味しいワインが飲める、快適な気候に浸りリラックスできる、壮大で美しい景色を堪能できる…等々、いろいろな楽しいことが待ち受けている。
そして不安とは、やはりこの異常に犯罪発生率の高い国では、いつどんな形で自分が被害者になるか分からないという心許ない気持ちになることだ。もちろん場所にもよるが一般に治安は悪い。特に殺人は未遂を合わせると日本の60倍(※外務省/南アフリカ共和国安全対策基礎データ)の件数が1年間で発生しているとのことだ。
ただし、南アフリカの人口が日本の約半分と考えると、発生率としては、その倍ぐらいの感覚を持っていた方が良い。
実は筆者自身も自分のミスではあるが、30数年前、ヨハネスブルグの高級ホテル前に止めていた車から数分離れた隙に、リアガラスを割られ、車中に置いていたカバンを盗られた。カバンの中にはパスポートや財布が入っており、すべてをこのアフリカ大陸の南端で失った。いったい自分はこれからどうなるのか、果たして日本に帰国できるのか、と絶望感に浸った経験がある。
ラグビーの有名どころでは、オールブラックスのレジェンド、SOダン・カーターは自伝で南アフリカの遠征時に2回危険な目に遭ったと告白している。最初はヨハネスブルグで暴力事件に巻き込まれ、2度目はケープタウンで強盗に遭い、携帯電話を盗まれた。強盗の時は犯人から「撃つぞ」と拳銃で脅かされて、身体が凍り付いたという。
またワラビーズのPRタニエラ・トゥポウも以前、ヨハネスブルグで強盗に遭い携帯電話を奪われ、取り戻そうとした際に、犯人が抵抗し腕に軽傷を負った。135キロの体重を誇るトゥポウは、この時、フロントローのグループと一緒にレストランで外食した帰りだったという。犯人もわざわざこの巨漢グループを標的にしたということは、何らかの武器を持っており、ターゲットの身体の大きさなどは気にしなかったのだろう。
と、ついつい南アフリカの治安の悪さについて書いてしまった。そうでなくても日本のラグビー関係者からは、「南アフリカには一度行きたいけど危ないと聞いているから…」という声はよく聞かれる。これ以上、南アフリカに対する悪い印象を増大させたくないのでこの辺にしておく。
フォローにはならないかもしれないが、冒頭に記したとおり筆者の場合は、この国の魅力が不安要素を大きく上回っているので、帰る時にはいつも「また来たい」と思う。日本のラグビー関係者やファンの海外渡航先としては、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フランスが多いかと思うが、ぜひ一度、南アフリカにも足を延ばして欲しい。
もちろんそれらの国々と比べると距離も遠く、治安のこともあるので、気軽に来られる場所ではない。ただラグビーを愛する者としては、現在、ワールドカップでは、4回も杯を掲げた最強国の強さの真髄を垣間見ても良いのではないだろうか。加えて、前出の4か国と比べると物価が安いので滞在費を抑えることができるのはメリットの一つだ。
ということで現在、ケープタウンに滞在中。ここに来るたびに思う。テーブルマウンテンや喜望峰など風光明媚な観光スポットも多く、ヨーロッパと変わらない快適な気候と綺麗な街並み。南アフリカに危険なイメージがなければ、世界中からもっと観光客を集めることができる素晴らしい場所なのに…と。別にケープタウンの観光業に携わっているわけではないが、もったいなく、悔しい思いがする。

ケープタウンは南アフリカの立法の首都である。先のチーターズの記事でも少し触れたが、ブルームフォンテインが司法の首都、そしてプレトリアが行政の首都となっている。つまり、南アフリカには正確にいうと3つの首都がある。いわゆる三権分立を明確にしている。ただし各国の大使館はプレトリアに置かれているため対外的には首都はプレトリアとされている。
そして、ケープタウンは17世紀半ばに白人が最初に入植した場所であり、ここから人々が北上し開拓を進め、現在の南アフリカが形成された。そのため、南アフリカ人はこの都市をケープタウンではなく、マザーシティと呼ぶことが多い。
そういう意味では南アフリカラグビーにとってもここケープタウンはその発祥の地でもあり、マザーシティと言える。南アフリカラグビー協会の本部、そしてアフリカ全体を統括するアフリカラグビー協会もここに置かれている。また、比較的、白人人口が多いことから、ラグビーどころの一つでもあり、熱狂的なラグビーファンが多い。
◆2人のレジェンドの偉業。
そして、ここケープタウンはDHLストーマーズ(以下、ストーマーズ)のホームである。
ストーマーズは現在、URCの総合成績で第5位。南アフリカ勢としてはブルズ(2位)、シャークス(4位)とともにプレーオフ進出が決定した。
しかし、今季はスクラムの大黒柱であったワールドカップ2連覇メンバーのPRスティーブン・キッツオフがカリーカップで負った首のケガにより、URCシーズン前に選手としての引退を電撃発表。それから、シーズン開始後もやはりワールドカップ優勝メンバーのFL/HOディオン・フーリー、PRフランス・マルヘルベ、SOマニー・リボック、そして売り出し中の若手スプリングボックス、FLベン・ジャクソン・ディクソンやSOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルなどの主力選手が次々とケガで戦線離脱し、URCの前半は調子に乗れず下位に低迷した。
しかし、中盤からSOリボックが、後半からはSOムゴメズルが復活したことが大きいが、特に12節以降、過去5戦はアルスター戦の惜敗(34-38)以外はSOムゴメズルの活躍もあり4勝しており、調子を上げてきている。
さて、その試合に合わせて渡航スケジュールを立てたのだが、週末はDHLスタジアムでURC17節のドラゴンズRFC(ウェールズ)戦を観戦した(5月10日)。

DHLスタジアムは2023年に正式にストーマーズのホームグラウンドになった。もともと2010年のFIFAワールドカップのために新設されたスタジアムなので、建物自体はさほど新しさを感じない。しかし、街の中心部から徒歩圏内のロケーション、周囲は緑に囲まれていて環境は非常に良好だ。さらに、海のすぐ近くに位置しているため、時折カモメがグラウンドに舞い降りることもあり、スタジアムに入った瞬間に、潮の香りが漂ってきて、何ともいえない旅情を感じてしまう。
ただ、筆者にとってストーマーズの本拠地といえば、2020年までホームとして使われていたニューランズ・スタジアムの印象がいまだに強く残っている。1888年の開場以来、130年以上にわたってこの歴史あるスタジアムでは、ストーマーズはもちろん、スプリングボックスによる数々の名勝負が繰り広げられてきた。しかし、ストーマーズが去った後は、その土地や建物の売却案や取り壊し計画が浮上し、複雑な利権も絡んで、この2〜3年は混乱が続いている。
話をドラゴンズ戦に戻そう。
この試合は、ストーマーズにとって2つの意味を持つ重要な一戦だった。ひとつは、センターとして先発出場したダミアン・ウィレムセが、100クラブキャップを達成したことだ。

ウィレムセは、出場機会こそ限られていたものの、ワールドカップ連覇を成し遂げたスプリングボックスのスコッドの一員でもある。一見ベテランの風格を漂わせるが、18歳でスーパーラグビーにデビューし、20歳で南アフリカ代表に選出された彼は、まだ27歳という若さだ。
さらに特筆すべきは、ウィレムセはそのキャリアのほとんどをストーマーズ一筋で歩んできた点である。2019年に英・プレミアシップの名門サラセンズに、3か月間だけローン移籍した以外、常にケープタウンを拠点としてきた。その実力と実績からすれば海外クラブから移籍の話もあったはずだが、あえて地元に残る選択をしてきた。ウィレムセがストーマーズファンから絶大な支持を集めているのも、ひとえに地元への深い愛着と忠誠心ゆえだろう。
もう一つは日本での知名度は低いが、こちらもストーマーズのレジェンド選手であるプロップのブロック・ハリスの引退式が試合の前後で取り行われた。ハリスは今年40歳。結局、グリーン・アンド・ゴールドのジャージを着ることはなかったが、国内大会のカリーカップ(ウェスタン・プロヴィンス)で121キャップ、スーパーラグビー(ストーマーズ)で170キャップ、そして、2014年から7年間、移籍した本日の対戦相手、ドラゴンズRFCで143キャップ、バーバリアンズで1キャップとトップレベルの試合で合計435キャップを得た。ストーマーズの170クラブキャップは歴代最高だ。
実はハリスは昨年、ストーマーズと3年契約を交わしている。39歳の時に3年契約である。ストーマーズがどれだけハリスを評価していたのかが分かる。ただ彼自身は今シーズンをもって引退することをシーズン最初の記者会見で公言していた。
ストーマーズは現在、スプリングボックのPRフランス・マルヘルベが背中の負傷で欠場が続いており、同じく先発PRだったニースリング・フーシェは反則行為に対する罰則によりしばらく出場停止となっている。前述のとおりキッツオフの電撃引退もあった。これらのプロップ陣の穴を埋めるべく、タイトヘッドもルースヘッドもできるハリスは今シーズンの最終戦までプレーするつもりであったが、前節のベネトン戦で膝を負傷し、本人があっさりと引退を決めた。かなりの重症だったようで引退式も左足にはギブスをはめて片足を引きずりながらの登場だった。

183センチ、120キロという堂々たる体格に坊主頭という風貌ながら、ハリスは敬虔なクリスチャンであり、若手選手にはプロとしての心得を説くメンターとしても慕われている。その振る舞いは常に模範的で、人格者として高く評価されている。
したがって、彼がケガにより引退を余儀なくされたことに関しては、ジョン・ドブソンHCがチームを代表して「とても悲しい。彼は素晴らしい人間で、私たちは(最終戦の)カーディフ戦に向けていろいろ準備しており、それが彼の最後の試合になるはずでした。私はただ、彼にこんな形で終わってほしくなかったのです」という感情的なコメントを出した。
◆ストーマーズ、URCプレーオフへ。
そのハリスの古巣である対戦相手のドラゴンズRFCはここ数年、かなり低迷している。特に今年のURCではダントツの最下位で17試合中1勝しかできていない。
現在のヘッドコーチは日本でも選手、そしてコーチとしても活躍した元オールブラックスのフィロ・ティアティアが、今年に入ってから任命された。選手層も特にFWに関しては主将のベン・カーターをはじめウェールズ代表経験者が数多く含まれており、そんなに悪くはないと思うのだが…。逆にストーマーズが終盤に入ってから調子を上げていることもあり、SNSでは大量得点を期待するファンの声が散見された。
試合は結果としては48-12(トライ数は7対2)というスコアで、ストーマーズの大勝に終わった。内容的にも圧倒していたので、点差がもっと開いていてもおかしくなかった。ただ、試合直前までケープタウンではこの時期には珍しく激しい雨が降り、試合が始まってからも前半終了までは雨が降ったり止んだりと、コンディションは悪かった。その点を考えれば、ある程度仕方のない展開だったか。

前半はストーマーズが相手陣で優位に試合を進めたが、雨でボールが滑りやすく、パスミスやノックフォワードが相次いだことで、流れをつかみきれなかった。スコアは14-0。ライオンズから移籍してきたCTBワンディシール・シメラネと、元7人制南アフリカ代表(ブリッツボックス)のWTBシアベロ・セナトラが1トライずつを挙げるにとどまった。
やはり目の肥えたケープタウンのファンは要求も厳しいのか、ハーフタイムで選手がロッカールームに引き上げる際は、ブーイングで不満を表す者も少なくなかった。もちろん、「もっとできただろう。後半頑張れ」という期待する気持ちが含まれているのであるが。
その期待に応えるべく雨が上がりコンディションが良くなった後半、ストーマーズは攻め続ける。前半終了間際に主将のLOサルマーン・モーラットが不運なイエローをもらい、後半10分までは14人での攻防になった。
最初にストーマーズのミスもあり43分にモールから左端にドラゴンズRFCに先制されるが、その6分後にSHステファン・ウンゲレーが50メートルを独走しトライ。これでストーマーズに勢いがつき、その後、CTBウィレムセ(55分)、期待の新鋭21歳のWTBスレイマン・ハーツェンバーグ(73分)、SHポール・デ・ウェット(77分)、最後は、終了間際にこの試合で大活躍のCTBシメラネが2本目のトライで試合を締めた。

この試合、グラウンドコンディションとしては良くなかったと思うが、後半はストーマーズBKが縦横無尽に走りよく繋いだ。結局トライはすべてBKが決めた。
今のストーマーズの勢いを支えているのは、昨年スプリングボックスで華々しいデビューを果たしたSOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルにほかならない。この試合でもグラウンド上を自在に駆け回り、躍動感に満ちたプレーで観客を魅了した。この調子であれば、スプリングボックスの司令塔を任される日も近いだろう。
ドブソンHCもムゴメズルは『世代を代表する才能』と手放しで称賛している。ただ激しく前に出るムゴメズルのプレースタイルはタックルの標的になることも多く、最近、膝を2回負傷している。ドブソンHCは「そこは我々がコントロールできる部分ではないが、細心の注意を払っている。ただ彼のプレースタイルを変えるわけにはいかない」ということだ。

また今年のストーマーズの強みは、バックスにSOムゴメズル、CTBウィレムセ、そしてFBウォリック・ヘラントというスプリングボックス級の3枚看板が使えることだろう。それぞれフライハーフ(SO)ができるため、誰かが密集に捕まっていてもこの3人の内、誰かが司令塔を務め、試合を組み立てていくことができる。13節以降の10番はすべてムゴメズルが務めており、前述のとおり、アルスターに惜敗した以外はすべて勝利を収めている。
本来であればここにスプリングボックスのフライハーフであるマニー・リボックがポジション争いに絡んでくるべきなのであるが、今シーズンは膝のケガがあり6節から10節までの5試合のみの出場となっている。
そして、このリボックであるが、以前よりリーグワンの某チームへの移籍が内定していると南アフリカのメディアで報道されている。記事によると誰もが察するようにムゴメズルの台頭により、出場機会が少なくなることへの影響を危惧してとのことだった。
確かに、この試合のムゴメズルの動きであれば、スプリングボックスの正SOの座をハンドレ・ポラードから奪い取ることも十分に考えられる。
その報道によると当初はサバティカルとして短期のローン移籍で話が進んでいたとのことだが、リボック自身が希望して完全移籍に切り替えて契約交渉を進めているということだ。確かにリボックはブルズ時代、常にポラードの控えという存在では、実力を発揮することができなかった。それがシャークスに移籍し、出場機会が増えた途端、彼の得意とするキックパスの精度などが評価されスプリングボックスにも呼ばれた。
このままストーマーズに残り、ムゴメズルと高いレベルでポジションを争うのも一つの選択肢ではある。ただ、彼の特性を踏まえると、より多くの出場機会を得られる環境で実戦経験を積むほうが、本人の成長につながる可能性も高いだろう。いずれにせよ、リボックはまだ28歳と若く、スプリングボックスのラッシー・エラスムスHCからの評価も高い。代表レベルでの活躍は今後も十分に期待できる。新天地での飛躍に注目したい。
さてこれまでBKの話題ばかりであったが、最後にFWの活躍を付記したい。BKが走り回ることができたのも、FWが足場の悪い中、常に前に出ながらボールを供給し続けたからだろう。特にこの日はスクラムが圧勝。BKも後ろから見ていて、安心してプレーができたと思う。

前述のとおり、今年のストーマーズは特にプロップの選手にケガ人が相次いでおり、本日の試合でスタメン出場した若手2人、ヴェルノン・マトンゴとサジ・サンディも、もしハリス、マルヘルベ、フーシェといったレギュラー陣が健在であれば、本日の試合メンバーに名を連ねることはなかっただろう。しかし、スプリングボックスの選手たちと日常的に対面で練習できる環境は、若手にとって非常に貴重で効果的なのだろう。
この日は、間に入った代表キャップ6を誇るHOジョセフ・ドヴェバの的確なリードも光り、2人のプロップはまるでブルドーザーが岩や瓦礫を押しのけるように、ドラゴンズRFCのスクラムを粉砕した。特に55分のCTBウィレムセのトライは、ゴール前スクラムを押し込んで出したボールから生まれた。このスクラムの出来であれば、プレーオフで強豪チームと対峙した際も、十分に通用するはずだ。

リーグ最終戦であるカーディフ戦に勝利すれば、ストーマーズはURCランキング5位が確定し、5月30日にディフェンディングチャンピオンのグラスゴー・ウォリアーズとのプレーオフ準々決勝に臨むことになる。
ストーマーズの健闘を期待する。
最後に、ストーマーズとは直接関係のない話題になるが、5月8日に6月から8月にかけて予定されているブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ、オーストラリア遠征に向けた38名のスコッドが発表された。南アフリカ出身の選手としてはともにスコットランド代表としてプレーし、エジンバラ(※現在URCでは10位)に在籍しているWTBドゥハン・ファンデルメルヴァとPRピエール・スクーマンが選出された。なお、ファンデルメルヴァは2021年の南アフリカ遠征メンバーにも選出されており、今回で2大会連続の栄誉に輝くこととなった。
南アフリカラグビーファンとしては、この“Saffa”コンビがオーストラリア遠征でさらなる躍動を見せてくれることに大いに期待したい。
【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了