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【Feel in Mexico vol.4/若きコーチ、世界を歩く、書く】情熱の国の情熱的コーチ。テリー・ブラウア[元セブンズ フランス代表]
「何か相談事があったらいつでも連絡しておいで」と取材後のテリー。チームに合流した初日も真っ先に声をかけてくれた。心が広く、器の大きな人物だった。(撮影/中矢健太、以下同)

【Feel in Mexico vol.4/若きコーチ、世界を歩く、書く】情熱の国の情熱的コーチ。テリー・ブラウア[元セブンズ フランス代表]

中矢健太

 テリー・ブラウア(Terry Bouhraoua)。セブンズでは世界的に著名な人物だ。2010年のデビュー以降、フランスのセブンズラグビーを牽引してきた。2016年のリオデジャネイロ五輪ではベスト8で日本に2点差で敗れるも、代表キャプテンを務めた。

 そんなテリーは、現在はメキシコ代表のバックスコーチ兼セブンスヘッドコーチを務める。2年前、セブンズのヘッドコーチとしてメキシコに来た。今の時期はセブンズの活動が落ち着いているので、15人制代表のバックスコーチとしてチームに加わっている。

 ジャマイカとのテストマッチ後、取材に応じてくれた。

 10年ほど前、テリーはメキシコラグビー協会の会長と知り合い、メキシコ国内におけるラグビーの普及率や状況を聞いていた。そして自身が引退を決めたとき、本格的にコーチの依頼を受けた。

試合当日、ハドルで選手に語りかける。選手やチームからの信頼は厚い


 だが、テリーは引退後にバーンアウト、いわゆる「燃え尽き症候群」に陥ってしまう。

「17年間、プロフェッショナルのラグビー選手としてプレーしてきました。ラグビーをプレーすること、そして良い選手になることが人生で唯一の目標でした。でも、その生活を辞めるとなったら、今までとは全く異なる状況になりますよね。心の準備ができていないと、人生の目的や目標を見失うことになります。私の場合はまさにそうでした」

 何のため生きているのかわからなくなった。抑うつ状態になったテリーには、時間が必要だった。その間も、メキシコは待っていてくれた。

「家族や友人、またカウンセリングなど心理的なサポートを経て、立ち直ることができました。そして、新たな人生の目的、目標をメキシコラグビーは私に与えてくれました。これは本当に幸運なことです。いわばメキシコラグビーは、私の人生を救ってくれたのです」

 異国でのコーチングは、さまざまな苦労があったという。例えば、フランスのラグビーはアカデミーなどの育成システムが確立されている。TOP14のようにプロリーグもある。自身もそれが当たり前の環境でプレーしてきた。

 だが、メキシコのラグビーを取り巻く環境は正反対だ。協会に潤沢な予算があるわけもなく、プロリーグもない。強化には予算が欠かせないが、スポンサー探しは依然として難航している。

 また、前回にも書いた通り、選手やコーチ、メディカルスタッフの8割はボランティアだ。チームマネージャー・チャーリー(Carlos Prieto)の言葉を借りれば「愛で成り立っている」。

 だが、テリーはこのまったく異なる状況だからこそ、やり甲斐や面白みを見出している。

「私がここにいる目的は、自分がキャリアを通して得た知識や経験をすべて伝えることです。コーチとしてのキャリアを自分が今までプレーしてきた場所とは異なる文化、環境で歩み始めたのは、すごく良いことだと思っています。新しい文化や、若い選手たちと一緒に学ぶのは素晴らしいことです。

 確かに現状では、メキシコではラグビーの人気がありません。協会に予算もありません。国内でラグビーを普及させていくのは、とても難しいミッションと思います。でも私にとってはすべてが前向きですし、今後、解決策を見つけていけると思います」

試合前のB Kドリルで選手を盛り上げるテリー


 キャプテンズランや試合でも、テリーは静かだ。あまり多くを語らないし、大声で何かを指示することも少ない。じっと見つめている。ハドルでのスピーチも端的だ。スペイン語がゆえに、言っている内容はハッキリとは分からなかったが、選手の目からは納得感、そしてテリーへの信頼が見てとれた。

 ゴールキックの練習ではさりげなく球拾いに入る。行き帰りでは率先してチームの荷物を持つ。誰にでもできるようなことに気づける。チームへの姿勢は献身そのものだった。良いコーチかどうかは、そういった部分に表れるのだと思う。
 
 私自身、日本そしてオーストラリアでのコーチング経験を踏まえ、テリーに聞きたかった。コーチとして、なにが最も重要な要素か。即答だった。

「情熱です。コーチングといえど、重要なのは人間性です。選手たちには毎回、何かを得て帰ってほしい。私自身、退屈なコーチだと思われたくないですし、学んでいる最中です。そして、人間である以上、誰かに貢献したいものです。それをメキシコで再認識しました。情熱を持って、いいチームを作っていきたいと思います」

 メキシコのラグビークラブはまだまだ課題が多い。遠方に住んでいると、クラブの練習に行くのに車で2時間以上かかる場合もあるという。夜間の外出は危険が伴うので、親は許可しない。そういった状況の中で、良いコーチを育成していくのもテリーの使命だろう。

 フランス代表として立派なキャリアを重ねながら、異国での新たなスタート。学ぶことをやめたら、教えることをやめなければならない——(ロジェ・ルメール / 元フランスサッカー代表監督)。テリーは、まさにこれを体現しているコーチだった。

◆プロフィール
中矢 健太/なかや・けんた
1997年、兵庫県神戸市生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。ラグビーは8歳からはじめた。ポジションはSO・CTB。在阪テレビ局での勤務と上智大学ラグビー部コーチを経て、現在はスポーツライター、コーチとして活動。世界中のラグビークラブを回りながら、ライティング・コーチングの知見を広げている。

キャプテンズランを見つめるコーチのジェームズ(左)とテリー(右)。この取材はフランスラグビーに造詣が深いライター、福本美由紀さんの存在があってこそ実現した。10年ほど前、テリーは東京セブンズでフランス代表キャプテンとして来日。そのリエゾンを務めたのが福本さんだった。この場を借りて、御礼申し上げます。ありがとうございました。
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