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うまい選手がいる。強い。速い。賢い。あるいは、どこまでも耐えてみせる。なにが起きても辛抱を続ける。さまざまな個性が芝の上にぶつかり、溶けて、高め合う。すなわちラグビーのチーム。
そこにもうひとつ。トライする。あるいはトライにつながるランで裏へ出る。ポジションがどこであるかにかかわらず、出場したら、いっぺんは、そのどちらか、もしくは、どちらもしてのける。
5月11日。秩父宮ラグビー場。リコーブラックラムズ東京の背番号20、湯川純平がベンチより登場する。後半27分のあたりだ。実況解説席にいて、ああ、トライするぞ、この29歳のフランカーならたぶん、と思った。口に出したかもしれない。
した。正確にはほぼトライ。同32分。敵陣10m線を越えたところからスーッと駆け上がり、このところ才能を存分に発揮の23歳のSО、伊藤耕太郎の右へ。パスをつかみ独走、右ポールの直前で追いつかれるや、軽く浮かして、FBのアイザック・ルーカスのフィニッシュを呼んだ。
ほとんどユカワのスコア。と、書いて、認めてもらえると思う。驚きなどない。大東文化大学のころもそうだった。
対三重ホンダヒート。67-22の快勝。最終18節にして今季初出場だ。10節の三菱重工相模原ダイナボアーズ戦のベンチを温めて、あとは、いわゆる「メンバー外」であった。なのに、またもまたもや得点の匂いを逃がさぬ嗅覚の健在を示した。
取材通路で本人に録音機を向けた。いつもトライをしますよね。本日もほとんどトライ。なぜですか?
「チームメイトにもよく言われるんですけど。変なところで抜けるね、って。うーん。なんで…。感覚的な部分が多いのは確かなんですが」
スーッとスペースに現れ、スーッと抜ける。観客のわく決定機なのに、湯川純平が走るとそこは「無音」となる。ガサガサ、ガチャガチャ、ギュンギュン、一切のノイズはキャンセルされる。
あのスーッという感覚。秘密は?
「うーん、なんて言うんだろう。まあ、自分でもフィジカルがあまり強くないということを認識しているので。もちろん強くしなくてはいけないんですけど、そこにこだわり過ぎることなく、前を見てスペースをさがすようにはしています」
身長183㎝で体重97kgの自然なフォルムの稼働は滑らか、もちろん、弱々しいはずはない。タフな仕事に体を張るのは自明である。スティールも評判だ。ただ、パワーランナーとは異なる。ごつごつ体を当てるスタイルには走らない。
少なくとも「肉体モンスターではない」との自覚が、もともとの「感覚」を研ぎ磨く。あらかじめスペースのありかをつかみ、最適のタイミングを待って出現する。スポーツにおいて欠けるを知るは知性なのだ。

「リズムが違う。確か、2シーズン前の神戸戦の(放送の)解説でそう言われました。僕もしっくりきて、自分のリズムとテンポでプレーするというところが」
いま調べたら、前半35分にやはり20番で途中出場、さっそく後半4分にトライをものにしている。
ヒート戦の独走は、やはり観察と意思疎通と感覚の合わせ技だった。
「あの抜けたシーンも、その前のプレーのときに10番の伊藤耕太郎に声をかけました。狙っておいて、と」
なるほど。準備とセンスは削り合わない。御所実業(高校)でも、よくトライをした?
「そうですね。あんまり変わっていないかなと」
当時の竹田寛行監督、あれだけ目利きの名指導者なら、きっと、ほめてくれたでしょう?
「いや竹田先生はあまりほめてくれませんでした」
師とはそういうものなのか。いつだってスーッと抜けるので、いつしか自然現象として処理された。とは本コラムの仮説である。
最後にあらためて礼を。いっぺん本人に「なぜ」を確かめたかったのです。ありがとう。
「感覚といえば感覚になってしまうので。難しいですね」
準備と直感の融合の例をもうひとつ。ブラックラムズの伊藤耕太郎である。パスを受ける。いったん止まる。手詰まりかと防御を油断させ、急にランへと切り替える。猛者のひしめく渋滞がたちまち解消される。

最終節でも幾度かあった。なにより忘れがたいのは、16節の埼玉パナソニックワイルドナイツ戦の開始22分のスコアだ。立ち止まる。そこから縦-内-縦-やや外のラン、ひとり、ふたり、ふたり、ブルーの防御マイスターたちをかわし、ふりほどき、後方へ置き去りにした。
ヒート戦後、記者の囲む場で勝利へと導いた背番号10に聞いた。パスをもらい止まって、急に走ると、ちゃんと抜ける。あれ、あの前にスペースが見えているんですか?
「そうですね。若干、スペースを見ながら、もらったら相手の目線を見て、いくときはいく」
最初のプランの他にもうひとつスペースを見ておく? 「はい」。備えあれば即興もあり。絵具をちゃんと揃えるので配色の自由は許される。アートじゃないか。