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【楕円球大言葉】東佑太はクリス・ジャックだった。
東海大大阪仰星の主将を務めたCTB東佑太(あずま・ゆうた)。写真は準々決勝の桐蔭学園戦。(撮影/井田新輔)

【楕円球大言葉】東佑太はクリス・ジャックだった。

藤島大

 神がかり。神霊が人身にのりうつること。常人とは思えぬ言動をすること。
 ちょっとスポーツの場には大げさな感じもして、弱気に「神がかり的」と書いてみる。でも「的」がずるいよなあ、と、キーボードで消去。さあ、どうする。

 鬼神。きじん。きしん。おにがみ。意味は同じだ。人の耳目では接しえない、超人的な能力を有する存在。
 
 たまに用いるのは「つかれた」。疲れたではなく憑かれた。憑依ってやつだ。今回の例は少し違うか。活力や迫力は少年の内面より湧き上がったのだから。

 ここは簡潔に。新年3日。東佑太、ものすごかった。東海大学付属大阪仰星高校の背番号13のキャプテンである。今回のコラムは最新のリーグワンを題材にと考えたのだが、正直、174㎝で85㎏のセンターの残像がいまだかすれない。
 
 それこそ「常人」では処理しきれぬほどに深くて濃い「使命」が、そんなに大きくはない身体や格別に大きなハートを支える。現実をはみ出すほどの攻守を現実のグラウンドに最後の最後まで貫いた。

 感嘆の一言にもっともふさわしいのは「なんだ、これは」である。

 進む時計の後半29分。4日後に日本一となる桐蔭学園高校に12-32のリードを許している。なんとここから2連続のスコア。10点差へ迫った。悔しい敗北にもトライ数は4対4だった。
 東主将は左右へよく動き、縦を抜き、倒れずにつないだ。どんな体勢でボールを手にしようと、不利な状況を打ち破って仲間へ託した。終盤、この人がプレーすると、すべてが正解で成功だった。

東佑太主将は豊中ラグビースクール出身。高校OBの長田智希(日本代表キャップ26/埼玉パナソニックワイルドナイツ)が目標。(撮影/井田新輔)


 取材テント。湯浅大智監督に質問になってない質問をしてしまう。
 キャプテン、すごいですね。

「体を張り続けて、チームを鼓舞して、賢くプレーする。早稲田に進むんですけど、4年でリーダーとなる素材です。身体能力というよりも努力のタイプ。こういう選手が将来、ジャパンの12番、13番となって、日本のラグビーで世界と勝負してほしい」

 話はインターナショナルにおよんだが、口調は淡々、道端の草花にすっと視線をやるように自然だった。

 やや離れた場所で本人も取材者の録音端末に囲まれている。童顔のような老成したような、取り置きの形容を拒む表情だ。

「この10点差の中に足りないものはある。後輩たちに見つけてほしい」

 自陣深くより自身の突破や手渡しのオフロードで堅牢なトライラインを攻略した。あの、おしまいのトライを振り返って。

「僕がリーダーとして、しんどかろうが痛かろうが、相手がどれだけ出てこようが、あそこは絶対に耐えて、チームにボールをつないでいこうと」

 チームにボールをつなぐ。いい表現だ。あらためて1年を振り返って。 

「チームを一からつくりあげていく。リーダーにしかできないことです。湯浅先生とチームメイトに感謝しています。この経験を大学で、そして自分の人生がさらに豊かになるようにいかしていきたいです」

 年齢不相応にしっかりしている。オーラの気配。またもまたもや「とことんラグビーに取り組むのに、ただラグビーをしないラグビー選手」が輩出した「仰星」である。散って、なお、散りはしない。

 花園の現場でキャプテン東を見つめながら、しきりに、昔の巨漢の像が浮かんだ。すぐには名が浮かばなかった。えっと、ほら、九電の、ほら、元オールブラックスのロックの、ほら。

 クリス・ジャック。いま47歳。あの試合のときは33歳。神がかり、鬼神、もしかしたら憑依、すなわち、ものすごかった。

 2012年2月11日。秩父宮ラグビー場。九州電力はトップリーグ入りを競う「トップチャレンジ」最終節で、キヤノンと対戦した。諸条件によって「39点差」をつけて勝たなくては昇格はならない。大方の見立てでは非現実的とされた。

 ところが。なんと。まさかまさかの68-17。驚きの白星を遂げた。
 はっきりと背番号5、202㎝、112㎏、ニュージーランド代表でキャップ67のクリス・ジャックのおかげだった。
 跳ぶ、倒す、前へのドライブ、背の高さのみならず、すべてに頭ひとつ、ふたつ抜けていた。当時の自分の原稿にこうあった。

「精神と身体と技巧と経験が人間でないような塊となって、すべてのボールをかっさらった」。そしてこうも。「こんな表現、スポーツライターとして失格だけれど、神がかっていた」。

2012年2月11日におこなわれたトップチャレンジ1、九州電力×キヤノン。トップリーグへの自動昇格には39点差以上の勝利が必要だった九州電力は68-17と勝利を手にした。写真はLO、クリス・ジャック。(撮影/松本かおり)


 予想を覆す結末。九州電力の平田輝志監督が述べた。

「クリス・ジャック、前へ出てきましたね」

 それまでの下部リーグでは、やや引いて、周囲をいかす攻守に傾いていた。でも部内の指導者や仲間は底力をわかっていた。

「ファンのかたは物足りなかったかもしれません。でも私たちは普段の練習を見ていますから。本物であることを知っていました」 

 生きるか死ぬかの大一番。本物は本物だった。

 逸話を思い出した。愛称ジャコはチームの風紀担当だった。
 平田監督が明かした。「寮の玄関をきれいにしなくては勝てない。そんなことを言うんですよ」。
 ニュージーランド出身の同僚、ドウェイン・スウィーニーも練習で日本の選手たちが給水ボトルを芝に投げ捨てる行為をとがめた。理由はこうだ。「試合中、そうするのはチームが追いつめられたときではないのか」。
 そこで後日、クリス・ジャックに聞いた。ボトルを投げることと勝敗は関係しますか?

「明らかです。水を準備してくれるスタッフに対するリスペクトを欠いてはならない。小さなことをしっかりできる選手、できない選手、小さなことをしっかりできるチーム、できないチームは結果を分ける。フィールドの外のふるまいはゲームに表れるのです」

 東海大学付属大阪仰星高校ラグビー部とそのリーダーであった東佑太の大切にしているところと重なる。「ものすごい」の前段階、神は細部に宿るのである。




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