logo
甲斐敬心、元気満々。
2年生だった昨季は関東大学対抗戦に3試合出場(すべてベンチスタート)。今季は開幕戦の立教大戦に途中出場した後、2戦目の日体大戦で先発した。(撮影/松本かおり)

 マムシ。働き蜂。ハニー・バジャー。背の高くないラグビーのフランカーにとっての名誉のたとえである。
 ちなみに最後の「ハニー…」は、アフリカ大陸などに生息する「ミツアナグマ」の英名だ。コンパクトなフォルムにして獰猛、ライオンをやっつけるドキュメンタリー映像により、ある種のアスリートは世界中でときにそう呼ばれる。

 9月27日。秩父宮ラグビー場。真紅の背の「6」を追ううちに上記の生き物が脳内にうごめいた。
 甲斐敬心。帝京大学医療技術学部3年。宮崎県立高鍋高校出身。同夜の日本体育大学との対抗戦、113-7の大勝利にあって、毒の牙で侵入者を倒し、だれかのための労働にせっせと励み、なにがあってもひるまず、いつもの自分であろうとした。

 8月17日の菅平高原での早稲田大学との練習ゲーム(35-17)にその活力満々の姿を見つけ、この若者、ただ者ではあるまい、と思い、勝手に第一発見者を気取った。近くの仲間や指導者や帝京のファンはとっくに、その生気を知っていた(昨年度も立教、明治、筑波との対抗戦に途中出場)。

 それから41日。公式戦の甲斐敬心は球の争奪およびタッチライン近くでの突破やつなぎなど務めをまっとうした。ただ結論を書くと、帝京の6番は対戦校が強ければ強いほど、より光りを放つ。

 防御の機会の少ない流れにあって、まれに攻守が急に入れ替わる。その瞬間、待ってましたと前へ出る。なんというのか、本能のレベルでうれしそうなのだ。

2004年8月15日生まれの甲斐敬心(かい・けいしん)。小4の時に延岡少年ラグビースクールに入り、中学時は延岡ジュニアラグビースクール、高鍋高校とプレーを続けた。高校時は3年間、花園に出場。(撮影/松本かおり)


 違いますか? 試合後の取材通路で聞いたら即答だった。

「常にそこは気ぃ張ってるんで。アタックとディフェンスの入れ替わり、僕がいちばん気ぃ張らなあかんとこ」

 気ぃ張る。いい言葉だなあ。「集中する」より実感が伝わってくる。飾らぬ口調に根源の生命力はほとばしった。

 目の前の21歳は大きくない。メンバー表の記載は「171㎝、84㎏」。なのに、たくましく、強い。と、ストーリーを展開したくなるのだが、本人はあっさり、スポーツライターの狙いを退けた。

「僕、小さいんですけど、試合中、自分でも自分が小さく見えないんで」

 決定的なコメント。ほとんど名言ではあるまいか。

「やれることはいろいろある。ハンデとも思いませんし。気持ちと、これまでやってきた練習の自信、それを全力で発揮すれば、なんのこわいものもありません」

 でも帝京には留学生を含めて体の大きなフランカーもたくさんいる。ポジションの競争は楽ではありませんよね?

「自分ができることを全力でやるだけ。そのことが強みにもなると思います」

 接点に駆け寄る。いや吸いつく。大股になり、彼我を隔てるラインをグンとまたいで、ガシガシと上半身を低くねじ入れる。わずかな空間を察知すればスティールの腕は伸びる。なんとも、いきいきとしている。

 常にエネルギーを発散していますね。

「元気でいることは大事なんで。元気でないと試合にも出られませんし。普段から意識はしてます」

 さて辞書、辞書。げん・き【元気】①天地間に広がり、万物生成の根本となる精気。②活動の根本となる気力。③健康で勢いのよいこと。
 
 甲斐敬心は元気だ。そして選手の元気はコーチの金貨である。このことは競技レベルの差を問わない。
 不思議なようだが、たとえばオールブラックスにしても、ある試合、仮にワールドカップのファイナルで全員が「元気はつらつ」とは限らない。わずかに、しょんぼりする人間もまざる。だから、そこにある元気は、少年少女のスクールでも、リーグワンの入替戦でも、まさに宝なのである。

 夜間照明の秩父宮ラグビー場。チームの決め事で、しばしば攻撃時では大外に配置された。本コラムの独断だが、本心ではグラウンド真ん中でのファイトに先陣を切りたそうだ。そうですよね?

「いや、そうですね、いや、でも、外でゲインを獲ってボールを継続させるのが自分の役割なんで、それを遂行することです」

キックチャージを試みる。すべてのプレーに全力。(撮影/松本かおり)


 昔、たとえば1980年代のラグビーは、現在のようにフォワードの役割分担が細分化されておらず、どのチームも「8人が1枚の毛布にくるまれたように」塊となって球の確保に走り、防御では両フランカーがひとりずつ、グラウンドの左右の広大なスペースを担い、あらゆる機会にタックルを仕掛けた。

 甲斐敬心が当時の部員なら、すべてのラックに真っ先に飛び込んで、視野に収まる物体をところかまわず狩り続けただろう。ありありとそんな絵が浮かんでくる。

 もちろん元気だけで学生王者のクラブの先発をつかむのは無理だ。背番号6は瞬発力に恵まれている。突然の加速。後半23分、リスタートのキックオフでのしなやかなジャンプ。さまざまな動作における瞬間の出力は非凡だ。
 そこで質問。小さいころから運動は万能?

「僕は宮崎出身です。ちょっと田舎の延岡で育ちました。自然環境に恵まれたこともあって、それなりの運動神経もあるのだと思います。実家が山に囲まれた場所にあって、そこで兄弟で遊び、川でも泳ぎました」

 往時の高鍋高校は猛鍛錬で鳴った。基礎体力の徹底養成で体格の劣勢を補うどころか強みへ換えてみせた。いまもそうですか?

「いや。自主性を重んじて、部員が自分たちで考えながら練習しました」

 となると、やはり「山」と「川」か。マムシで働き蜂でハニー・バジャーである学生ラグビーの気鋭のフランカーの骨にへばりつく強靭を育んだのは。

 後半31分。チーム最後の入替でようやく退く。タッチラインのこんどは外、ベンチへ向かうランは、これから芝の上に飛び出すかのような足の運びであった。


ALL ARTICLES
記事一覧はこちら