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ふにゃふにゃするな。ラグビーなのだからその通りだろう。されど一本調子もまたまずい。ちゃんと力強いのにランがわずかに丸みを帯びる。あわてずにタメを利かせる。それが理想である。
根塚洸雅。イングランド戦の日本代表の11番のランはいつでもそうだ。後半26分、ゆえに国立競技場でトライをものにできた。
フィニッシュの場面。ゴール前の左展開でワーナー・ディアンズがタッチラインへ向けて距離のあるパスを放る。これをクボタスピアーズ船橋・東京ベイ所属の左のウイングがつかんでコーナーへ。
なんて文章にすると、いや、ことによると映像で見返しても、さりげない流れに映る。しかし、あれは根塚ならではの得点だ。シーンを分解してみる。
ラインアウトより弾んだボールを途中出場のフランカー、山本凱が拾い、ステップと強靭な足腰の合わせ技で大きなゲインに成功する。いわば、ふいの出来事。攻撃における緊急事態ともいえる。その高速ラックからのオープンへのつなぎは簡単なようで難しい。どうしても全体に勢いがついてアタックは前がかりとなり、あわてて戻り飛び出す防御との間合いが詰まる。結果、パスはついよれる。
そこで左端の根塚洸雅までが「一本調子」になると球を追い抜いてしまう。でも、この人は自然にコースを微調整して、なお必要な速度は保ちつつ、やや後方、いくらか落下気味の軌道をとらえた。あれ、実は容易でない。
試合後に声をかけた。あの種のパスをとるのがうまいですね。
「ちょこちょことしたスピードというか、ああいうのは自分らしさも出て、よかったと思います」
たぶん本稿の筆者が張り切って分析するような意識はなく、もっと自然にこなしている。
東海大仰星ー法政大学ースピアーズのウイングはパスをする側にとってありがたい存在だ。投げやすいのである。「点」に走り込むランナーは少しでもタイミングがずれれば失速するし、また落球もする。根塚洸雅なら「面」や「線」で吸収してくれる。
同じポジションの誰かに似ている。そう。フランスの新鋭、ルイ・ビエル=ビアレ。6月16日に21歳になったばかり、現在進行形にして未来の星である。と、書いて、正確ではない。本当は、2023年のワールドカップでこのボルドーの若者を見て「根塚洸雅」を思い浮かべた。順番はこちらが先だ。鋭いのに柔かい円運動が重なった。
重大な試合はひとつのパス、ひとつのキャッチが泣き笑いを定める。日仏のふたりはともに決定機に球を落とさず、ぐらぐら揺れるパスでも捕ってみせる。ソフトな相手を蹂躙するスピードやパワーよりも、こちらの能力こそはトロフィーを掲げるためにに欠かせない。
イングランドには17-52と敗れた。若手の起用や開始20分までの速いアタックでマスクされたものの防御のもろさは事実である。背番号11としても蹴り上げられるキックの処理は満点とはいかなかった。
「高さのある選手たちにどう対抗していくかを思考錯誤しながら自分なりの答えを出したい」
ジャパンは開始直後から猛攻を仕掛けた。ところがトライには届かない。すると疲労はたまり、防御の粘りがそがれた。
「最初の20分、超速ラグビーで(トライを)とりきれたら流れは変わった。そこが若さであり弱さです」
もっとも手応えはあった。
「ディフェンスのフィジカリティーには問題を感じませんでした。イングランドの2番がきても対抗できましたから。アタックもアジリティーを使えば勝負できる」
いつでもコメントは率直で能動的だ。昨年の1月29日、40-38と大いに苦しんだリコーブラックラムズ東京戦の直後に言った。
「やってる人が楽しくないと見てる人も楽しくならないと思うので。勝ち負けはありますけど自分が楽しまないと損。ラグビーはハードなスポーツ、いつまでできるかもわからないので、やれてるうちは楽しみたい」
ただ元気がよいようで、なかなか深い発言ではあるまいか。同シーズン、スピアーズは山頂まで駆け登った。
あらためて根塚洸雅は25歳で173㎝・82kg。日本代表の2キャップ獲得。2年前、ウルグアイとの初めてのテストマッチでも前半10分にスコアを挙げた。
翼は風を切って進むだけではない。左右の均衡や昇降を調整しながら滑走路への着地をかなえる。体格に恵まれず、長いスプリント力に頼るわけでもない。それでも大舞台でインゴールへ躍り込んできた。前向きな個性。絶やさぬ努力。そしてパスを呼び込む才能のおかげだ。