オリンピック金メダルの重さをご存じだろうか?
持ってみたら誰もが言うと思う。「想像より重い」と。
ちなみに正確には、パリ五輪の金メダルは529g、東京は556gだそうだ。
先日、金メダルに初めて触れる機会をいただいた。しかも、ふたつ同時に。
小雪の舞う福岡・中洲。金曜夜のほとぼりもひとしきり落ちついた、昭和通りに佇む屋台での事。
黄色い看板の人気のお店、隙間風が吹くちょうど角の席でその人は巾着袋からおもむろに取り出した。
なんだか歌謡曲のAメロみたいになってしまったが、そう、この金メダルの持ち主の名は、サラ・ヒリニ。
世界一に君臨し続けるニュージーランドの女子ラグビー界のレジェンドであり、キャプテンであり、オリンピックの2度の金メダリスト。15人制W杯の優勝経験もあり、世界中のラグビー選手で知らない人はいない。ワールドラグビーの年間最優秀選手をはじめ数々の栄光を手にしてきた、ラグビー界のメッシのような存在である。

優れた選手なのは間違いないが、特筆すべきは彼女の人間性である。世界トップを何度も知っているにもかかわらず、謙虚で、誠実で、学ぶことを止めない。自分やチームだけでなく、スポーツ全体のことを常に考えられる視点を持つ人である。
そんな彼女が福岡に尋ねてきてくれた。私がラグビー普及のクリニックを日本各地でやっていることを知って、彼女から手伝いを申し出てくれたのだ。
パートナーである三重パールズのコナー・ヒリニ ヘッドコーチと共に、四日市からはるばる福岡まで来てくれたので、この日は、ひと通り博多の夜を案内した。
彼女とはもう10年以上の付き合いになるだろうか。私はJAPANのキャプテンとして、彼女はNZのキャプテンとして、女子ラグビーやセブンズラグビーの認知度がまだまだ低い時代から、共にオリンピックを目指して走り続けてきた。
金メダリストである彼女ですら、十数年前は何者でも無かったのだ。
ゼロからいまの地位を築き、守り抜いている。彼女は勝ち取る苦しさも、勝ち続けることの難しさも、王者としての重圧もすべて知っている。彼女の栄光は本当に稀有で輝かしいものだ。そんな彼女が日本でプレーすると聞いて、国内の女子ラグビー界はにわかに沸いた。
夕食を終えて二軒目に入った中洲の屋台で、ホテルまでわざわざ金メダルを取りに帰り、見せてくれたのが冒頭の出来事である。
ちょっとそこのお醤油とって~、みたいな感覚で、ヒョイと煌めく金の丸い塊をふたつ、ほら、掛けてみなよ、と手渡してくれた。
メダルの凹凸は屋台の蛍光灯の灯りですら美しく乱反射させていた。トップアスリートしか見られない景色や表情を、サラと共にこのメダルはたくさん見てきたのだろう。
これほどまでに美しいものを私は見たことないように思えた。
過去にも五輪のメダル自体は見たことがあった。でも触れられなかった。心の底から望んでいたものだっただけに、自分のモノではないメダルに触れることは、何か御法度なようなそんな気がしていたからだ。

でも、サラの金メダルは別だ。見た瞬間、そんなことはどうでもよくなった。他の誰でもない、セブンズラグビーの、サラの、金メダルだったからだと思う。
願わくは、表彰台の上で出会いたかったが、中洲の屋台の丸椅子の上で金メダルと出会えるとは。もう、これだから人生は面白い。
「中洲屋台」×「五輪金メダル」以上に強烈なコントラストは果たしてこの世にあるのだろうか。
金メダルを触れようとしているこの手は、さっきまで明太子を腹に抱えたイワシの尻尾とか、汁だくのホタテとか、そんなものをつまんでいた手だ(めっちゃ美味しかった)。この日に限ってラグビーボールすら握っていない手である。
手を洗いに行こうとした私を、そんなことしないでいいからと彼女は爽やかに引き留めた。汚れを手相ごと削り取る勢いで、履いていたズボンで100回くらい拭っている間に、彼女は屋台で肩を並べたお客さんや女将さんにどうぞどうぞと、金メダルをバンバン回していた。
紐がついているという共通点しかないが、金メダルは愛想のいい子犬のように、いろんな人に愛でられて撫で回されていた。

帰り道、彼女を送り届ける間に、私たちの若い頃は……の、おばさんじみた話をたくさんした。
軍(我々は自衛隊)でのキャンプの話。理不尽なトレーニングメニューの話。負け試合で罰走させられていた話。ラグビーではお金を稼げない時代だったから、経済的にも苦労した話。
あれ、私たち同じ経験してるじゃん。
かたやあなたは2回も五輪の金メダルを取って、私は何も持ってないなんて、アンフェアな話だ、と二人で爆笑した。
とても、いい夜だった。
結果よりも過程が大事、ということば。
本気で金メダルを追いかけた間は、そんなのは綺麗事と思っていた。でもこの一夜で、サラの金メダルをみて、全て腑に落ちた気がする。
彼女はモノにこだわっていない。
たとえ汚れがつこうが、キズがつこうが彼女はきっと、No Problemと言うのだろう。そんなことより、この一期一会の出会い、屋台で肩を並べた人たちや、福岡でラグビーを通じて交わった子どもたちが、オリンピックの金メダルをこの手で触れ首にかけたという思い出が、彼らの中で残っていく方がずっと大切なのだ、と知っているのだ。
物はいつか壊れる、でも、自分の中の思い出は壊れない。自ら掴み取った栄光や積み上げた自信は、自分以外の誰にも汚すことができないのだ。
こだわるべきものは、モノではない。自分の中にあるプロセスや思い出がすべてだ。ずっとオリンピックのメダルという『モノ』にこだわっていたのは、きっと、この私だったのだ。

サラのパリの金メダルのフチには、すでに傷が何個もついて、デコボコしていた。私がその傷をまじまじと眺めていると、彼女はこう言った。
「オリンピックのあと、父親がこれをビールの栓抜きに使ってた(笑)」
くそう。
どこまでも、かっこいいじゃないか。
サラ・ヒリニと、金メダルに、ラグビーに、乾杯。
【プロフィール】
中村知春/なかむら・ちはる
1988年4月25日生まれ。162センチ、64キロ。東京フェニックス→アルカス熊谷→ナナイロプリズム福岡。法大時代まではバスケットボール選手。2025年春まで電通東日本勤務。ナナイロプリズム福岡では選手兼GMを務める。リオ五輪(2016年)出場時は主将。2024年のパリ五輪にも出場した。女子セブンズ日本代表70キャップ。女子15人制日本代表キャップ4