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【楕円球大言葉】ジョージアのおろかな反則。
ジョージアの手から勝利が逃げた、反則の瞬間。写真左端がFLサンドロ・ママムタヴリシュヴィリ。(撮影/松本かおり)

【楕円球大言葉】ジョージアのおろかな反則。

藤島大

 ジョージアの首都トビリシの人々は野犬にまで温かいそうだ。そんな心優しい観客ですら日本語なら「バ」で始まり「カ」で終わる一言をつい叫んだのではあるまいか。

 東京湾岸のJ SPORTSのスタジオにいた解説の筆者も「おろかな反則」とたぶん口走った。帰宅後、英語の実況を確かめると「フーリッシュ・フロム・ママムタヴリシュヴィリ」と聞こえた。

 かの土地の最新の悲喜劇の主人公はサンドロ・ママムタヴリシュヴィリ。186㎝、95㎏の上体たくましき27歳のフランカーである。この日、本拠のジャパン戦では背番号21、後半26分から芝の上に立った。

 問題の瞬間は同39分49秒。すなわち終了寸前。ジョージア代表からとらえるスコアは23-22と勝利は目前にあった。

日本代表SO李承信が決勝PGを決める瞬間を見つめるママムタヴリシュヴィリ(21番)。(撮影/松本かおり)


 桜のジャージィーのフランカー、タイラー・ポール(勤勉! 本コラム選考の最優秀選手)をタックル。両脇をジャパンのサポートにはさまれて膝をつき、ノットローリングを避けなくてはと暴れる右腕がボールをかっさらった。

 物議をかもさぬペナルティー。10番の李承信は堂々と逆転のひと蹴りを成功させる。昨シーズンは所属の神戸ではメインのキッカーの地位を与えられなかった。なのに安定の軌道は揺るがず。あらためて立派だ。

「一体、君はなぜ」と肩をさすりたくなるようなママムタヴリシュヴィリの判断というのか反応のあやまちが、ワールドカップ本大会の組み分け抽選において最上位の次の層である「バンド2」入りを日本代表にもたらした。エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)にとっては誠にありがたき一幕であった。

 気になるのは「愚者のアリバイ」である。もういっぺん映像を見返すと、伏線、というのか理由の一端がわかる気がした。

 当該のシーンのふたつ前、後半39分35秒。ママムタヴリシュヴィリはワーナー・ディアンズの前進を抱えるように阻む。やはりジャパンの忠実なサポートで窮屈となり、この場合は左腕を上げ、レフェリーに脱出の意図を示しつつ、じゃま者をのけようとした。
 この腕の跳ね上げの様子が数秒後の痛恨といくらか重なる。

 もし自分が愛しいサンドロの親族なら、以下のごとく解釈してあげたい。ひとつながりの防御での反則回避を意図する身体の動きが、緊張と興奮の場面に無意識のまま自動化された。
 みずからの左に下川甲嗣、右にハリー・ホッキングス、一刻も早くここを去らないと笛が鳴る。右腕を宙に差し上げて、中立国アイルランドのレフェリーに恭順の意を示そう。あわてて、しかも激しくそうしたら、そこに楕円球があった。そいつは実にわかりやすくポンと宙に浮いた。

SHゲラ・アプラシゼのキックがタッチに出たところから日本代表は息を吹き返した。(撮影/松本かおり)


 でもサンドロ・ママムタヴリシュヴィリの伯父ではないので、どちらかといえばこう考える。眼前の獲物に本能の手が出ちゃったんだ。たぎる闘争心の負の側面だ。
「悠々と急げ」。作家、開高健の著書に知った言葉を我が人生でもかみしめよう。

 と、ここまで書いて、しかし、ジョージアの本当の敗因はその前にあった。
 後半38分。12番のトルニケ・カホイゼのトライおよび10番のテド・アブジャンダゼのゴールで1点リード。次のリスタートだ。
 レロスことジョージアはキープ。ひとつラックをこしらえて、ここで途中出場のハーフ、ゲラ・アプラシゼが右タッチライン方向へパントを蹴るとダイレクトに外へ。このラインアウト起点にジャパンは逆転する。

 痛いミスをおかしたアプラシゼは27歳、2019年、23年のワールドカップにも参加している。でも、先発の9番、当日99キャップ獲得のヴァシル・ロブジャニゼを引っ込めないほうがよかったのでは(後半16分に退いた)と、後出しジャンケンよろしく思った。
 激務のポジションであれ、落とせぬテストマッチとなればジャパンも齋藤直人を残り1分まで引っ張った。きっと29歳のロブジャニゼも力を発揮し続けたのでは。日本のコーチ席はそちらが嫌だったのでは。

 まさに結果論なのだが、今後の観戦のヒントとなる。大接戦に際してはルーティンを脇によけるべきだ。ベンチにアプラシゼのような実力者をきっちりそろえても、なお、生きるか死ぬかの攻防では「大実力者」をグラウンドにとどめる。

 ただし今回のジャパンのように出場機会限定のあらかじめ想定される編成は、国代表の格と将来性の均衡の観点で議論の対象となる。へっちゃらで送り出せる者を選んだ。しかし、この決闘では、すまないが泣いてもらう。ここらあたりが境界だろう。

ジョージアはファンの声援を多く受けるも、勝利に届かず。(撮影/松本かおり)


 いま「国代表の格」と書いた。ひとつは国内最高峰である誇り。もうひとつは他国との関係を示す。
 惜敗のリチャード・コッカリルHCは会見で語った。

「ハイレベルな試合は示している。もはや日本はジョージアを大きく上回る存在ではない」(ジョージア協会の英語版ニュース)

 なるほどトライ数なら敗者が2の勝者は1だ。どちらにも判断を含むミスはあった。ジャパンは33分に李承信のPGで22-16としながら直後のリスタートで球の確保をしくじり、続く不要のペナルティーで窮地を招いた。
 しかし、コッカリルHCの率いるチームは、相手のナイーブで得た劇的リードをさらなるナイーブでみすみす放り棄てた。

 昨夏。7月13日の仙台で両国はぶつかった。ジャパンは23-25で敗れた。
 開始20分、7番の下川甲嗣が「ワニ巻き逆さ落とし」と意訳したくなる「クロコダイルロール」をとがめられ退場となった。
 
 今回の対戦。あの「ママムタヴリシュヴィリの乱心」を呼んだのは下川その人の的確迅速なクリーンアウトである。歴史の順番だ。

戦いを終えたFL下川甲嗣。「フィジカルで勝負してくる相手にタックルは2人で入り、ブレイクダウンでプレッシャーをかけ、相手のテンポにさせない。ディシプリンを守り、相手にチャンスを与えない。その準備を練習からやった結果」。(撮影/松本かおり)





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