![創造の人、W杯制覇目前。ケヴィン・ルエ[女子カナダ代表HC]](https://www.justrugby.jp/cms/wp-content/uploads/2025/09/Canada-v-Fiji-Womens-Rugby-World-Cup-2025-Pool-B.jpg)
ラグビーワールドカップ(W杯)準決勝でブラックファーンズ(女子ニュージーランド代表、以下NZ)を34-19で撃破し、決勝進出を決めたカナダ代表のフランス人ヘッドコーチ(HC)は、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、歓喜の絶頂にいた。
試合後の会見でケヴィン・ルエHCは、「前半はエキサイティングでしたが、後半は少しストレスを感じました。ですが、選手たちの振る舞いは素晴らしかった。冷静さを保ち、困難な瞬間を乗り越える術を知っていた」と選手を称賛している。
さらに、「80分間完璧ではなかったけど、彼女たちは今日もリラックスした状態でいられた。選手たちは自信に満ちていて、最高の1週間を過ごしました」と語り、ブラックファーンズを相手にこれほどリラックスできるというのは「良いこと」だと評価した。
ハーフタイムでリードし、前半はコントロールできていたため、ロッカールームはとても穏やかだったという。後半、NZが勢いに乗る時間帯もあったが、対応し、ゲームコントロールできた。
「とはいえ、前半にもう少し得点する機会はありました。このことは選手たちにも言いました。私はいつも彼女たちに言うんです。『君たちは時々、いい人すぎて、カナダ人すぎる』とね。
試合終了時には『Fk, Yes?! Fk, Yes!』と叫んでいましたよ」とカナダ代表の指揮官は笑う。

現在38歳のルエHCは、パリ北西部近郊のコロンブ生まれ。アマチュアクラブの会長を務めたこともあるほどのラグビー好きの父親の影響でラグビーを始め、スタッド・フランセのU18、U21のカテゴリーにも在籍した。SH、SO、時にはCTBでもプレーしていた。
「飛び抜けていい選手ではなかったけど、そこそこだったよ」と、決勝進出を決めたあとに出演したフランスのラジオのスポーツ番組で語っている。その口調はテンポ良く軽快で明るい。
2007年から2009年にかけてボルドーの名門工科学校で学び、エンジニアの学士を取得した。
大学の交換留学プログラムでカナダに渡り、現地の鉄橋の設計会社でエンジニアとしてのキャリアをスタートさせ、カナダ中、川のあるところを旅した。
「ボルドーではエンジニアの学位を取るためにラグビーとは縁を切っていた。しかし、カナダで少しずつラグビー界とのつながりを築いていった。まず、ケベック市の女子クラブでコーチとしての研修を受け、そこで毎年タイトルを獲得した。その後、ケベック州(2016年)やラヴァル大学(2017年)と並行して活動していた時にラヴァル大学からコーチのポジションを提示され、給料を上げてくれた雇用主のオファーにもかかわらず、100%ラグビーで生きることにした」(「シュッド・ウエスト」紙)
2018年には女子代表チームでアシスタントコーチとなる道が開けた。
ところが、パンデミックの影響で2020年から2年間もトップレベルでの活動が止まってしまう。この困難に対処するため、協会は選手たちがフランスやイングランドのリーグでプレーし、成長し、異なる技術を習得することを許可した。この経験は、今となっては非常に貴重なものとなっている。
カナダでの活動が停止していた期間、ルエHC自身もフランスでボルドーの女子チームをコーチしていた。ボルドーの女子クラブの会長は「彼は100%ラグビーに生きていて、技術面、戦略面、正確さ、試合の準備といった面で、私たちを次の段階へと引き上げてくれた」と称賛。(「ウエスト・フランス」紙)
チームのコーチは「試合のビデオ分析により専門的な視点をもたらしてくれた。彼は技術者なんです」と評価。「自分の世界に入り込み、他のチームのビデオやラグビー界の動向を見て進化しようとしている。そして、チームや選手を上達させるための解決策を常に見つけようとしている。絶えず考え続けている人物だ」と述べている。(「ウエスト・フランス」紙)
2022年3月、カナダでも活動が再開した頃、当時の女子代表チームHCの解任に伴い、ルエが新HCに任命された。W杯NZ大会の約半年前のことだった。

HCに就任したルエは、カナダ代表チームがカナダという国そのもののようになってほしかった。また、アングロサクソン的な規律とフレンチフレア(フランス的なひらめき)を融合させ、いくつものやり方で快適にプレーできるようにしたいと考えていた。
「私たちは、ワールドカップで最も組織化されていながら、最も非組織的な(型にはまらない)チームになりたい」と現地メディアに語っている。
NZ大会ではプール戦でイタリア、アメリカ、日本を破って1位通過するも、準決勝でイングランドに敗れ(19-26)、3位決定戦ではフランスに0-36。4位に終わった。
しかしこのチームは2024年5月19日、クライストチャーチでブラックファーンズ相手に歴史的な初勝利を収め、NZをワールドラグビー世界ランキングの2位の座から引きずり下ろした。
「カナダがニュージーランドに勝ったのはこれが初めて。心理的にとても重要なこと」とルエHCは評価した。
何が変わったのか?
その前年、イングランドに3度敗れた際、「絶対に勝とうとして自分たちに過度なプレッシャーをかけていた」と分析。そこで戦略を変え、「一戦一戦落ち着いて臨むようにした」結果、「ゲームマネージメントという面で良いところが見られた」と説明している。
この試合の前夜、選手に伝えたのは、「もちろん勝利を目指すが、それ以上にまずいろいろなことに挑戦することが必要だ。ニュージーランドを相手にプレーすることを恐れてはいけない。恐れていては力を出し切れない」ということだった。
何が何でも勝ちたいというよりも、「いまは一緒にプレーすることを学び、成長することが第一だ」と強調したことが、選手たちがリラックスしてプレーできた要因だとルエHCは分析している。
この年のカナダの躍進は目覚ましかった。NZ、オーストラリア、アメリカ、カナダの4か国で行われるパシフィック・フォー・シリーズで全勝。初優勝し、4人の選手がワールドラグビーのドリームチームに選ばれた(LO/NO8ソフィー・デ・グーディ、LOレティシア・ロイヤー、SO/CTBアレクサンドラ・テシエ、SHオリヴィア・アップス)。
この勢いに乗り、2025年3月、カナダラグビー協会は「ミッション:ラグビーワールドカップ2025で優勝する」ための資金調達キャンペーンを立ち上げた。目標金額は100万ドル(約1億1000万円)に設定されており、公式サイトによると9月27日現在で目標の88%に到達している。
「カナダの女子ラグビーチームは世界ランキングで2位にまで上り詰めたにもかかわらず、ライバルとなる強豪国と比べると、非常に限られた予算しかありません。この100万ドルの差額を埋めることが、チームが歴史を作るのを助ける追加の資金源となる、最善の方法であると特定されました」(カナダ協会公式サイト)
この件について、準決勝後の会見で「このキャンペーンにより集まった資金で何ができて、W杯の準備にどのような影響があったのか?」と質問が投げかけられた。

ルエHCは、「その話に関しては、少しメッセージの扱いに慎重になりたいので、経緯をお話しさせてください」と前置きし、「今年に関しては協会内で男女に割り当てられる予算が同じです。これは素晴らしいことです。しかし、私たちの予算は他の国と比べると、とても少ないんです。協会は最善を尽くしてくれていますし、多くのサポートがあります。ですが、ここに来るためだけでも、クラウドファンディングをしたり、パートナーシップを見つけたりする必要がありました。というのも、費用が高いからです。いまや、すべてが高価ですから」と明かした。
「例えば、南アフリカに支援してもらって、私たちは南アフリカへ遠征に行きましたが、他の協会ともパートナーシップを見つけようと試みました。これが私たちが見つけたやり方なんです。ある意味、私たちはクリエイティブになろうとしているのです。お金がなければ、準備の仕方でクリエイティブにならざるを得ません」と説明。
「お金がありすぎたら許されなかったであろうことができたとも言えます。こんなことを言うのはおかしいと分かっていますが、時としてこの状況が、私たちが持っているすべてのものの中から最高のものを見つけ、すべてを有効に活用しようとさせてくれるんです。これでいいんだと思っています」と資金不足の状況もポジティブに捉える姿勢を見せた。
「もちろん、もっとお金がほしいですよ。お金があった方が良いのは間違いありません。ですが、なければ、クリエイティブになる必要がある。それが私が言いたかったことです」と付け足すと、会場から笑みが漏れた。
ニュージーランドというラグビー界のシンボルに勝利した準決勝、カナダは終始冷静でのびのびとプレーし、圧巻であると同時に清々しい印象を残した。
この試合でプレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれたSHジュスティーヌ・ペルティエは「とてもテンポが速く、最高のラグビーでした。プレーしていて本当に楽しく、人々の心に響くラグビーとは何かを証明しました。このスポーツで私たちに何ができるかを示したのです。多くの勇気、多くのレジリエンス、そして多くの努力がありました。3年間の影の努力を経て、私たちはいま、脚光を浴びています」と語っている。
決勝戦に向けても準備は順調で、準決勝の前のようにチームの雰囲気も良いとルエHCは感じている。
「真剣に取り組んでいるけど気負いすぎないのがこのグループの良いところ。非常にモチベーションが高い選手ばかり。女子ラグビーは、プロでも何でもないので、選手たちはキャリアを犠牲にしてラグビーに打ち込んでいます。私自身もそうしたように、選手もラグビーに専念するためにキャリアを諦めてきました。これ以上のプレッシャーをかける必要はありません。彼女たちはこれが重要だと分かっていますし、しっかり準備しています」
決勝のトゥイッケナムはチケット完売で8万2000人の観客が集まる。歓声で味方同士の声が聞こえないことを想定し、ヘッドホンをつけて練習をした。
「選手たちにあの騒音を体感してほしかったのと、練習方法に少し変化をつけたかった。プレッシャーを和らげ、練習をより楽しむための、ちょっとしたアイデアです」
「1年半前から、私たちは何かを成し遂げられると感じていた。目標まであと1試合というところまで来られたことを嬉しく思います。来週末が待ち遠しい。今すぐ試合が始まればいいのにとさえ思う」と準決勝が終わってすぐに口にしていた。
「世界で2位なのに優勝しないなら、W杯に行ってはいけない」と選手たちと話していたことも明かしている。
彼女たちは、いまいるべき所にいるのだ。

ルエHCはカナダの女子代表チームで2人目のフランス人HCになる。1人目のフランソワ・ラティエは2014年にカナダを初めてW杯決勝に導いた。その時はイングランドに9-21で敗れた。現在、ラティエはボルドーの女子チームを率いており、昨季のエリート1(女子1部リーグ)で3連覇に成功した。
ラティエはルエHCのことを「勤勉で、賢明でとても良いコーチ」だと評価し、「カナダには世界チャンピオンになるチャンスが本当にある」と強調している。
フランスがまだ決勝に到達できていないのに、2人のフランス人コーチがカナダを2度決勝に導いているというのが興味深い。フランス協会はどう見ているのだろうか? 残念ながら、ルエHCはカナダ協会との契約を2027年まで延長したばかりだ。
でも、フランスのような大きな出来上がった組織より、カナダのような環境の方が、この人の力がより発揮されるのかもしれない。
「あまりにも組織化され、構造化されすぎると、創造性が失われるリスクがある。私は常駐しているが、他のスタッフは大会ごとに代わるので、新鮮さが生まれる。決まりきったルーティンを持たず、楽しむことを大切にしている」
カナダとフランスを行き来し、7人制代表のコーチも兼任して世界中を飛び回り「いつも旅を続けている状態」だと語るルエHC。
「私の人生、まったく悪くないですね」と満足そうだ。