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【激戦の裏側がよく分かる、南アフリカコラム】雨のち晴れ。世界1位に返り咲く。
9月13日、ウェリントンでのオールブラックスとの第2戦。トライを挙げたRG・スナイマンを仲間が祝福。(Getty Images)

【激戦の裏側がよく分かる、南アフリカコラム】雨のち晴れ。世界1位に返り咲く。

杉谷健一郎

◆88年の壁、“イーデンパークの呪縛”は解けず…。

 88年におよぶ “イーデンパークの呪縛(Curse of Eden Park)” を解くことはできなかった。スプリングボックスはザ・ラグビーチャンピオンシップ(TRC)の第3節で、宿敵オールブラックスと渦中のイーデンパークで戦い、17-24で敗れた(9月6日)。

 ただ、南アフリカメディアはこの “イーデンパークの呪縛” に固執し過ぎたのではないか。

 周知のとおり、イーデンパークにおいては、オールブラックスが31年間にわたり、50回のテストマッチで無敗を誇っている。対スプリングボックスということでは1937年以来、今日に至るまで88年間オールブラックスはここで負けていない。

 スプリングボックスからすると1937年に17-6でオールブラックスに土を付けてから、イーデンパークでは勝てていないということである。
 ただし、この88年間でイーデンパークにおいては、両雄のテストマッチは8回しか行われていない。そして、厳密には1994年のテストマッチは19-19のドローで終わっている。

 確かに、「31年」「50回」「88年」といった数字は、歴史的な重みと神秘的な雰囲気を帯びており、“イーデンパークの呪縛” は、記事として非常にドラマチックで人々の関心を引きつける力を持っている。だが実際には、両者のテストマッチが同地で行われたのは平均して11年に一度に過ぎず、その限られた機会にスプリングボックスが勝てなかった、という見方もできる。

 一部の辛辣な南アフリカのラグビーファンの中には、ニュージーランドラグビー協会がイーデンパークでの連勝記録を守るため、“鬼門” となり得るスプリングボックス戦をあえて避けてきたのだと揶揄する声もある。
 テストマッチの中でも最も人気の高いドル箱のスプリングボックス戦を誘致したいと考える地方協会は多く、それらの要望に応えるため地方でのテストマッチ開催が増えるのは仕方ないだろう。しかし、ニュージーランド最大の都市オークランドにあり、収容人数5万人を誇るイーデンパークで、両者の対戦がこれだけ少ないのは、確かに不可解といえる。

 したがって、“呪縛” とまで大げさに言う必要はないのかもしれない。
 とはいえ、ここまでメディアに繰り返し取り上げられれば、選手やコーチが意識しないわけにはいかないだろう。それを良い意味でのプレッシャーに変えられれば理想的だが、イーデンパークという舞台を過度に意識するあまり、緊張が力みへと変わってしまうのではないか。そんな心配を抱いていたが、残念ながらその不安はこの試合で的中してしまった。

対オールブラックス第1戦のメンバー。『Bokrugby』の公式Instagramより


 最近の戦績としては、スプリングボックスは対オールブラックス戦をワールドカップの決勝を含め4連勝中。ラッシー・エラスムスHCが就任後、ジャック・ニーナバーHCの補佐役だった時期も含めると、対オールブラックス戦は7勝5敗1分と勝ち越しており、後述するが、アウェーでも2018年ウェリントンで劇的な勝利(36-34)を収めている。

 ただし、この6年間、コロナ禍の影響もあり、ニュージーランド国内で両雄のテストマッチがあったのは2023年の1回のみ。また南アフリカがスーパーラグビーから脱退したこともあり、選手たちがニュージーランド国内での試合経験が少ないことを試合前にエラスムスHCは気にしていた。

 さて、今回のニュージーランド遠征メンバー36名はワラビーズ2連戦のメンバーとほぼ一緒。お馴染みといえばお馴染みのワールドカップ優勝メンバーが名を連ねる。
 しかし、そのワラビーズ・シリーズで負傷したWTBカートリー・アレンゼとWTBエドウィル・ファンデルメルヴェの両翼を失ったのは痛い。特にアレンゼは膝とハムストリングの2か所を負傷しており、次のアルゼンチン戦の出場も危ぶまれている。バックスリーの補強としては、マカゾレ・マピンピが呼び戻された。

 そして初戦の先発メンバーはワラビーズ第2戦から、大きな入れ替えは少なかった。
 FWはLOエベン・エツベス、FLピーターステフ・デュトイ、そしてNO8にはケガから復帰したシヤ・コリシが入った。BK陣はFBウィリー・ルルーを除いて変更はなく、ハーフ団もSHグラント・ウィリアムズとSOハンドレ・ポラードが引き続きコンビを組む。現時点でのベストメンバーと思われる。そして、キャプテンは引き続き“我らの”CTBジェシー・クリエルだ。

 ただ先のエラスムスHCが懸念を示した点と関連するが、先発メンバーの中で2013年、イーデンパークで行われた最後のテストマッチ(15-29で黒星)に出場していたのは、NO8コリシとLOエツベスのみである。

 特筆すべきはボムスコッド(控え選手)のFW:BKの比率が、久しぶりに一般的な5人:3人となった点である。これまでは6人:2人または7人:1人というFW偏重の構成が常だったが、今回、エラスムスHCは「先週(ロス・プーマス戦)のオールブラックスを分析した結果、この地でプレーするには5人:3人のベンチ構成が最適と判断した」と説明している。

 さて、オールブラックスのメンバー表を眺めていて、ひときわ目を引く名前があった。背番号20、後半から出場したFLデュプレシス・キリフィである。
“デュプレシス” といえば、南アフリカのアフリカーナーに多い苗字だが、彼の場合はファーストネームとして用いられている点がユニークだ。

 調べてみると、この名はスプリングボックスのレジェンド、モーネ・デュプレシスに由来するという。名門ポンソンビーRFCで同じくフランカーとしてプレーしたキリフィの父ポライウアメア・キリフィは、クラブレベルの大会でモーネ・デュプレシスと対戦。そのときに耳に残ったデュプレシスという名前の響きに強い印象を受け、自らの息子に託したのだという。

 モーネ・デュプレシスは1971年から80年までの間、主にNO8またはフランカーとしてスプリングボックスに選出され、出場したテストマッチ22試合中18試合に勝利している。また、キャプテンとして出場した15試合中13試合で勝利を収めており、南アフリカラグビー史上もっとも勝率の高いキャプテンとして崇められている。

 当時はアパルトヘイトに対する国際社会の制裁があり、南アフリカラグビーにとり難しい時代だったが、デュプレシスはまさにアフリカーナーの強さのシンボルで白人の中では国民的英雄だった。
 さらに、彼の父親フェリックス・デュプレシスも1949年のニュージーランド遠征において、スプリングボックスの主将としてオールブラックスとのテストマッチ4連勝という金字塔を打ち立てた、やはり国民的英雄だった。

 またデュプレシスは1995年ワールドカップにおいて初出場のスプリングボックスを故キッチ・クリスティと二人三脚で優勝に導いた監督(マネージャー)でもある。その大会は、1994年に故ネルソン・マンデラが黒人として初めての大統領に就任し、アパルトヘイトが廃止され、政権が白人から黒人中心へと移行するという歴史的転換期の真っただ中で行われた。
 そんな激動の時代にあって、政府や協会とチームをつなぐ立場にあったデュプレシスの責任と役割は大きかった。保守的な考えを持つ人が多かった当時のアフリカーナーにしては珍しく、彼は非常にリベラルな思想の持ち主だった。その柔軟さと調整力が功を奏し、スプリングボックスは歴史的な偉業を成し遂げたと南アフリカでは高く評価されている。

 結局、FLデュプレシス・キリフィは、実際にはまだモーネ・デュプレシスとは、対面できていないということだが、ラグビーの縁はいろいろなところでつながる。

2023年にオールブラックスXVの一員として来日した時のデュプレシス・キリフィ。(撮影/松本かおり)


 さて、試合の行方を大きく左右したのは、前半16分までにオールブラックスが奪った2トライだった。スプリングボックスから見れば、いずれも取られ方が悪かった。
 キックオフ開始直後のトライは、SOボーデン・バレットのキックパスが、WTBエモニ・ナラワの少し前に落下しそうになり、ナラワは前のめりでキャッチしようとして、そのまま転倒。だが追いついていたはずのFBウィリー・ルルーは、ナラワの転倒に対応しきれず、結果的にナラワに自らの足の間をすり抜けられてしまった(まるで野球の守備でいう“トンネル”のように)。ナラワは無人のスペースを駆け抜け、そのままゴールに持ち込んだ。

 この試合が101キャップ目となる大ベテランのFBルルーからすると、チームの意気を消沈させる痛恨の失策だった。最後の砦というポジションゆえ仕方がない面もあるが、ルルーはこれまでも特にワールドカップなどの大舞台で目立つミスを犯してきた経緯もあり、南アフリカでは意外とアンチも多い。この “トンネル” でSNS上ではルルーを非難する声がさらに高まった。

 続いて16分のラインアウトのロングスローから、FBウィル・ジョーダンが走り込み、そのままトライ。ここでHOマルコム・マークスとFLデュトイがタックルミス。FLデュトイはタイミング的に難しかったかもしれないが、HOマークスは止めなければならない、いや、止められる局面だった。

 それまでスクラムはほぼ互角だったが、20分のスクラムではレフリーの判断でオールブラックスのコラプシングとなり、安定のSOポラードがゴール成功で3点。結局、前半は3-14で終えた。

 後半51分には前半7分に負傷したナラワに代わり出場したFBダミアン・マッケンジーがPGを決めオールブラックスが17-3と差を拡げた。

 しかし、その後の61分のスクラムは、この試合でスプリングボックス・サポーターが最も盛り上がったシーンかもしれない。
 PRオックス・ンチェ、HOマークス、そしてこのスクラムの直前に入ったPRウィルコ・ローの強力フロントローがオールブラックスボールのスクラムを強力なブルドーザー・プッシュで押し切りボールを奪取。コリシの代わりにNO8に入ったクワッガ・スミスが素早くゴール前まで突進。さらに職人FLマルコ・ファンスターデンが続き、最後はHOマークスがゴールを越えた。
 先発の3番PRトーマス・デュトイがそこまで優勢ではなかったので、ローとの交代がもう少し早くても良かった。

 これでスプリングボックスに流れが傾くかと思われた矢先、NO8スミスが立て続けに反則を犯し、痛恨のイエローカードを受けてしまう。スミスはこの試合でも果敢にボールへ絡んでいたが、少し頑張り過ぎた。
 前週のワラビーズ第2戦の際も、同様に「ここを死守しなければ」という場面で、逆にペナルティを献上し、相手の得点に結びつけてしまった。何とかしなければならないという逸る気持ちは理解できるが、そういう時こそ激しいプレーと規律の両立が求められる。

 結局、数的優位を得たオールブラックスは直後の攻撃でCTBクイン・トゥパエアがゴールポスト右横にトライ。FBマッケンジーがコンバージョンを確実に決め、スコアは24-10となった。

 終盤の10分間はスプリングボックスが攻勢を強めた。
 73分、後半より交代のSHコーバス・ライナーがラックサイドを突いてトライを奪うと、同じく後半からゲームメイクを担ったSOサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルがコンバージョンを決め、スコアは17-24。ついに7点差まで迫った。

 その後もスプリングボックスは果敢に攻め続けたが、この日100キャップ目を迎えたアーディ・サヴェアの体を張った守備が立ちはだかり、追撃は実らず。結局、スコアは動かないまま試合終了を迎えた。

 敗れはしたものの、試合内容は接戦といえるもので、決して出来は悪くなかった。スタッツを見れば、ポゼッション、メーターゲイン、ボールキャリーのいずれもスプリングボックスが優勢だった。ただ、細部でのミスが致命傷となった。

 途中から激しい雨に見舞われたこともあるが、ハンドリングエラーはオールブラックスを上回った。また、2メートル超のジャンパーが揃っているにも関わらず、ラインアウト成功率は78パーセントと低調で、特にHOマークスとLOルアーン・ノルキアの連携には改善の余地がある。さらに、イタリア戦で奏功したミッドフィールド・ラインアウトも、この試合ではオールブラックスに完全に封じ込められた。

 前半中盤以降は徐々にインテンシティ(強度・集中力・激しさ)を取り戻したものの、序盤のスロースタートが最後まで響いたといえる。

 試合後、エラスムスHCはやはり「最初の15分が我々の信念を揺るがした」と振り返りつつも、「ハーフタイム以降は少しずつ自信を取り戻し、後半から出場した選手たちが試合にエネルギーを注入してくれた」と評価。後半だけを見れば14-10と点数では上回っており、決して悲観すべき内容ではなかったと強調した。
 そのうえで「少なくとも我々はまだTRCの優勝候補に残っている」と語り、次戦ウェリントンでの巻き返しに意欲を示した。

 オールブラックスはイーデン・パークの無敗記録を51試合に伸ばした。

 一方、スプリングボックスは7点差で敗れたことによりボーナスポイントを獲得。ただし、引き分けか勝利であれば、ワールドラグビーランキングのトップに返り咲けたはずが、2位からアイルランドに次ぐ3位に転落した。

◆第1戦の雪辱を果たす。スプリングボックス、記録的大勝!


 先に「イーデン・パークの呪縛」について触れた際、特定の場所での勝敗に対して、過度にこだわる必要はないと述べたばかりだが、ウェリントンでおこなわれる第2戦(9月13日)に関しては、スプリングボックスと “比較的” 相性の良い場所であると言える。これまで、スプリングボックスはニュージーランドの首都、ウェリントンで4勝を挙げている。

 もっとも、オールブラックスはホームゲームにおいて圧倒的な強さを誇り、スプリングボックスに対しては33勝10敗3分という圧倒的な勝率を記録している。ウェリントンにおいても、その成績は9勝4敗2分と大きく勝ち越している。スプリングボックスからすれば、9敗を喫しているこの地で、相性が良いと言えるのか疑問に感じるかもしれない。
 しかし、“比較的”という言葉を添えたのには理由がある。それは、スプリングボックスがこれまでニュージーランドで挙げた貴重な10勝のうち、4勝をウェリントンで記録しており、他の都市での戦績と比べれば、という注釈が付く。

 例えばイーデンパークのあるオークランドでは2勝、クライストチャーチでも2勝、ダニーデンではわずか1勝にとどまっている。スプリングボックスファンとしては、1敗してあとがないだけに“比較的”相性が良いことを信じて、ウェリントンで第1戦の屈辱を晴らしたかった。

 またウェリントンは絶不調だったスプリングボックスが、ワールドカップ連覇を経て、今日まで続く“常勝スプリングボックス”に変身する分岐点となった“縁起の良い”場所でもある。

 2018年9月、TRC第3節でスプリングボックスは、敵地ウェリントンで劇的な勝利(36-34)を収めた。それまで、オールブラックスとの対戦では2017年の0-57という歴史的大敗を含む6連敗を喫しており、ファンや関係者はその戦績に無力感、そして絶望感さえ抱いていた。

対オールブラックス第2戦のメンバー。『Bokrugby』の公式Instagramより


 そんな中、エラスムスHCが2018年2月に就任し、初めて迎えるTRCで、スプリングボックスの未来に一縷の望みを託された。しかし、当時はまだ負けてはいけない存在だったアルゼンチン代表ロス・プーマスに19-32、続くワラビーズ戦でも18-23と2連敗。南アフリカのメディアは、「Springboks is dead(スプリングボックスは終わった)」と報じ、諦めムードさえ漂っていた。
 そして、次戦がアウェーのウェリントンで、圧倒的な優勝候補であるオールブラックスとの戦いであることを考えれば、スプリングボックスの勝利はほぼ絶望的だと考えられていた。

 しかし前述のとおり、スプリングボックスは予想を覆し、僅差で勝利を収めた。ノーサイドの笛が鳴った瞬間、選手たちの中には喜びの涙を流す者もいた。確かに、この試合に負ければそのまま泥濘に沈んでいくことは容易に想像でき、スプリングボックスにとっては絶対に負けることができない覚悟の一戦だった。
 実際、エラスムスHCも試合後のインタビューで「もしウェリントンで勝てなかったら、コーチを辞任していただろう」と語っている。この試合での勝利は、スプリングボックスにとって2019年ワールドカップ制覇への道程の中で、まさにターニングポイントとなる一戦だった。

 さて、前置きが長くなってしまったが、そんな“縁起の良い”ウェリントンでの先発メンバーは、第1戦から15人中8人が入れ替え。キャプテンはFLコリシに戻った。

 第1戦からFWに関しては、疲れの見えるLOエツベスに代え、LOルード・デヤハー、そして、7月のイタリア戦でレッドカードによる4試合の出場停止期間を終えたヤスパー・ヴィーゼが待望の復帰を果たした。今シーズン、NO8は、キャメロン・ハネコムやエバン・ルーシュなどケガ人が続出し、エラスムスHCとしてはもっと競争を促したかっただろうが、現状ではヴィーゼに頼らざるを得ない状況だ。

 そして今回、エラスムスHCがギャンブルに出たなと思ったのはBKの布陣である。
 第1戦から引き続き先発の座を守ったのはWTBチェスリン・コルビのみ。ハーフ団には35歳のベテラン、SHコーバス・ライナーと23歳の新進気鋭のサーシャ・ファインバーグ・ムゴメズルの“一回り違い”のコンビ。11番WTBにはテストマッチ初先発となるイーサン・フッカーが起用され、スプリングボックス、久々の大型WTB(194センチ、98キロ)の登場となった。

 そして、CTBにはインサイドにダミアン・ウィレムセ、アウトサイドにはカナン・ムーディーの若いコンビを配置。14番WTBはコルビがそのままで、FBはアフェレレ・ファッシが起用された。
 ファッシは2021年に初キャップを得て、その年の南アフリカ最優秀選手賞を受賞。ウィリー・ルルーの後釜として期待されていたが、2023年ワールドカップのスコッドには入れず、少し伸び悩んでいる印象もあった。しかし、昨シーズンからはエラスムスHCの再評価を受け、出場機会が増えてきている。

 試合は、イーデンパークでの敗北を払拭するかのような圧巻の大勝となった。
 スプリングボックスはオールブラックスを相手に43-10で勝利。43得点は、オールブラックスとのテストマッチにおけるアウェーでの最高得点記録であり、33点差という得失点差もアウェーでの最大記録となった。

 この日はまさにスプリングボックスの日だった。ほとんどの局面でオールブラックスを凌駕していたといえる。スクラムでは常に優勢を保ち、ラインアウトは前週よりかなり改善し、相手ボールを取ることもあった。さらに、長身WTBのフッカーが加わったことで、空中戦でも圧倒的な支配力を見せつけた。

RWC2023時のダミアン・ウィレムセ。決勝のオールブラックス戦にはFBでプレーした。(撮影/松本かおり)


 前半は嫌なムードから始まった。
 9分、オールブラックスCTBジョーディ・バレットの好守によりWTBコルビのトライが寸前で阻まれる。続く11分、LO のRG・スナイマンがトライを決め、その後SOムゴメズルがコンバージョンも成功させた。しかし、ムゴメズルが自陣へ引き上げるタイミングでTMOが入り、起点となったプレーでノックオンがあったとして、7点は取り消されてしまった。

 この後、逆にオールブラックスは17分にFWとBKがグラウンドを左右に大きく使い、素早くボールを展開し、見事な形で連携を見せた。最後は、7人制ラグビー代表116キャップのスター選手、WTBレロイ・カーターが左隅にトライを決め、15人制代表デビューを飾った。

 ここまでを見返すと、スプリングボックスは好機を活かしきれず、2度のトライチャンスを失ってしまった。さらに、オールブラックスに先に得点されるという最悪の展開となり、多くのスプリングボックスのファンは、チームの士気が低下しないかと固唾を飲んで見守っていたことだろう。

 しかし、ここからスプリングボックスの逆襲が始まった。
 24分にコルビがインターセプトから70メートルを独走して見事なトライを決めた。オールブラックスからすると、先のトライのようにFW・BKが一体となり、いい形でつなぎ、ゴールまで迫ったものの、一瞬でコルビにトライまで持っていかれた。オールブラックスのショックは大きかった。
 とはいえ、前半はこのあとオールブラックスがPGを追加し、10-7と3点リードして折り返すこととなった。

 後半、試合はさらに白熱した。42分、スプリングボックスのFWが強力なスクラムプッシュを見せ、FLコリシが快走。その後、CTBアンドレ・エスターハイゼンのタイミングよく送った飛ばしパスがWTBコルビに渡り、コルビは対面のWTBカーターをステップでかわし、連続トライを決めた。

 さらに60分、敵陣ゴール前でオールブラックスボールのラインアウトにおいて、LOノルキアが対面のLOスコット・バレットに競り勝ち、ボールを奪取。その後のラックからの攻撃で、CTBウィレムセへのパスは少し逸れた。ウィレムセは一瞬体勢を崩すもすぐに持ち直し、瞬時に相手BKディフェンスの穴を突いて2人のディフェンダーを引きずりながらトライを決めた。ウィレムセの冷静さと力強さが光った瞬間だった。

 そして68分、WTBフッカーがダイナミックなカウンターアタックを繰り出すと、前半20分に脳震盪で退場したSOムゴメズルに代わって投入されたSOマニー・リボックが得意のキックパス。左端にいたFLピーターステフ・デュトイが好捕し、FLスミスへとつなぎトライとなった。

 SOリボックは先月のワラビーズ戦では失策が目立ち、戦犯扱いされるほど厳しい立場に置かれていたが、この試合ではその評価を一新する素晴らしいプレーを見せた。ラックからボールが速く出た際にはパスでつなぎ、逆に状況が整わない場合にはコンテスト可能なキックを的確に蹴り、そのバランスはほぼ完璧だった。
 試合のテンポをうまく操り、チームの攻撃リズムを作る役割を果たした。また、コンバージョンとPGは7本中6本成功。これまで問題視されていたプレースキックの精度も改善された。SOリボック自身もこの試合で失ったものを取り戻したであろうし、この磨かれたプレーが日本で観られる日が待ち遠しい(今年7月、2025-26シーズンの花園近鉄ライナーズへの加入が発表された)。

 72分、試合はさらに熱を帯びた。
 SOリボックのキックをCTBムーディが対面に競り勝ち、ボールを得たNO8ヴィーゼが力強く突進。最後はRG・スナイマンが俊足を飛ばしゴール中央にトライ。NO8ヴィーゼは15回のボールキャリーで113メートルをゲインし、ターンオーバーを1回、7回のタックルを決めるなど、攻守両面で圧倒的な存在感を放った。

 最後はこの日MVPに選ばれたCTBウィレムセのカウンターアタックから、BK陣がつなぎ前進。最後はCTBエスターハイゼンがダメ押しのトライを決めた。この日、43キャップ目を迎えたウィレムセは、テストマッチで過去最高のパフォーマンスを披露。試合後、「自信を取り戻せた」と語った彼は、この試合をきっかけにスプリングボックスBKの中心選手としての地位を確立するかもしれない。

 試合前、CTBウィレムセとムーディのペアが先発として発表された際、オールブラックス相手に経験の浅い2人では心許ないという批判的なコメントがSNSなどで飛び交った。確かに、スプリングボックスのCTBコンビ最多出場の記録を更新中のCTBクリエル&ダミアン・デアレンデのベテランペアと比較すると、不安視する声があがることは理解できる。
 しかし、策士エラスムスHCは前戦で負けてあとがないという状況で、一歩先を見越し、あえてこの若いペアを起用した。そして、結果としてその賭けは見事に成功を導いた。

 とにかくこの試合ではスプリングボックスは全員が縦横無尽にグラウンドを駆け回ったという印象だ。実際、スプリングボックスは110回のキャリーで629メートルをゲインしたのに対し、オールブラックスは95回で262メートル。走り勝ったともいえるだろう。

 試合後、エラスムスHCは満足げに「今日はベストを尽くした。我々にはお互いに大きな信頼と信念がある」と選手との絆の深さを強調。キャプテンFLコリシは「まず諦めなかった選手たちを称えたい。そして、このような試合をもたらしたコーチに感謝する」と応え、チーム全体の団結力を示した。

 この結果、スプリングボックスは、1か月ぶりにワールドラグビー・ランキング1位に返り咲き、TRCのスタンディングは2位へ浮上。そして両国間のテストシリーズの勝者に与えられるフリーダムカップは、スプリングボックスが南アフリカへ持ち帰ることになった。

 次戦は9月27日、オールブラックスとワラビーズからそれぞれ1勝を挙げ、勢いに乗っているロス・プーマスを迎え撃つ。舞台はホーム、ダーバンのキングスパーク。現時点ではポイント差があるものの、全4チームが2勝2敗の成績で並んでおり、どのチームにも優勝の可能性が残る。次戦も激しい戦いとなることは間違いなく、どちらが勝利を掴むか、目が離せない展開が予想される。

 Go for it, Bokke!


【プロフィール】
杉谷健一郎/すぎや・けんいちろう
1967年、大阪府生まれ。コンサルタントとして世界50か国以上でプロジェクト・マネジメントに従事する。高校より本格的にラグビーを始め、大学、社会人リーグまで続けた。オーストラリアとイングランドのクラブチームでの競技経験もあり、海外ラグビーには深い知見がある。英国インペリアルカレッジロンドン大学院経営学修士(MBA)修了。英国ロンドン大学院アジア・アフリカ研究所開発学修士課程修了。立命館大学経営学部卒。著書に「ラグビーと南アフリカ」(ベースボール・マガジン社)などがある。



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